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zoom RSS ALSO SPRACH OWLCATO ふくろねこー、かく語り き 2011年月6月(1) 本多敬

<<   作成日時 : 2011/05/30 08:31   >>

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思想・哲学

・Deleuze et Sartre, Vent et Chat
Surtout en quoi , face à l'accélération généralisée des mutations, à leur mondialisation , nous sommes confrontés existentiellement aux enjeux que Deleuze développe si clairement dans la "Spinoza et le problème de l'expression"

グローバリゼーションのもとで、容赦なく加速化していく変換の諸体系に向かって、私達一人ひとりは、スピノザ論のドゥルーズが描いたゲームに、実存的に直面しているのだ。

Deleuze and Sartre, Wind and Cat
Especially some what, facing the acceleration generalized of the mutations, to their globalization, we are confronted existentially with the game that Deleuze clearly pictured in the "Spinoza and the problem of the expression"


・They cannot represent themselves,they must be represented. And narrative through mass-media exploits   these voiceless voice.

In fact some of victims can't understand their own situarion since 3.11.They have no idea at all. They cannot represent themselves,they must be represented. And narrative through mass-media exploits these voiceless voice.The politician only speaks of the official "story of the victims" to fit to their view. This is the problem to solve !

Nicoletta Massai;
All the world politicians seems to be the like. Very sad. You Japaneese must do any effert to speak up and let the world the truth. We are by you!

・The way of uncontrollable mob of the nuclear power generation presents an aspect of modern Frankenstein!Even under the pseudo-developmental dictatorship of the LDP in the singular form, or under the coalition making the ruling party in the plural form, the nuclear power generation in Fukushima was produced, like the derivation of the Godel's incompleteness theorem,in the democraticically constitutive way. Once it is given breath, like a power of state,it is emerging as the character of Leviathan, that is never based on anything.



・何故かくも多くの日本人は、五百年前のイタリア半島に特別の思いを寄せるのだろうか?戦後知識人の憧憬の対象、表象としてのルネッサンス人。自身を枠にはめない自由な探求。宗教(天皇性)から独立していて、政治(軍国ファシズムとスターリニズム)によっても翻弄されない思想的自立性を表していた。

ジョイスの自分で決めた亡命地トリエステ。ローマ(宗教)とウイーン(支配)から距離を取るだけでなく、統一イタリア国家にも帰属しないという、ルネッサンス的な自治都市の精神を発見しようとしていた。彼の女性像は、知性と教養に溢れて性的にも解放された女性達との出会いによって、大きく変化した


戦後知識人が憧れたルネッサンス人。宗教と政治から独立したコスモポリタン的な思想的自立性を表していたが、日本人はプロテスタント的に表象してしまったのではないだろうか。歴史的に言って、ルネッサンス人は、ジョイスがトリエステで遭遇した人々、ギリシャ的ユダヤ人、ブルーム的スピノザであった


・岡倉の「アジア」は、「場所」と西田が呼んだものに対応する。国家は、資本主義が齎す矛盾、「貧富の格差」を是正する役割を持つ。例えば、官僚機構は奪って再分配する集団だ。つまり、福祉や戦争は国家Stateの領域に属する事柄となる。しかし国家は結果的に資本主義を延命させてしまう


"Asia" that Tenshin Okakura (the aesthete) called is just equivalent to the concept of "place" that Kitaro Nishida (the philosopher) investigated. According to Hegel, State has its own role to correct a contradiction that capitalism inevitably brings , a gap between rich and poor. For example, it is bureaucratic machine that robs the rich of their wealth and redistributesthem to the poor.(the Keynesianism linked to militarization ). In other words both of Welfare and War become the matter to belong to the priviliged domain of State. However, State, as a result, makes capitalism prolonge...

・分け前は半分という悪党の正義?

昨日観たシャブロルの映画「最後の賭け」は、そういう互酬原理を主張していると思えました。窃盗や詐欺で巻き上げても、必ず半分の金を所持人に返しておく、これが主人公の流儀です。盗みは盗み、悪は悪、しかし、映画で観ると、滑稽な事に、盗んだ者からの贈与(ご恩!)が成立しているような不思議な錯覚が起きます。ちなみに、映画の観客というのは、泥棒を必死に応援するものなのです。「見つかるなー、うまくやれよー」と。皆さん、そうでしょ!?政治家(例、ヒトラー)が俳優の真似をし、俳優(例、レーガン)が政治家を真似するみたいに、もはや、現実のなかに映画が溶け込み、映画のなかに現実が溶け込んでいますから、本当は、世に、悪人なんか存在しないのかもしれません。しかし、最悪の映画は存在すると私は思います ー戦争です

政治経済学の古典的な図式だと、資本主義がもたらす貧富の格差を、国歌が是正する役割を負います。官僚機械は、富むものから奪って、貧しいものへ分配する、暴力装置です(官房長官の言うとおりと思います・笑)。福祉政策や、時によっては、戦争が、そのために取る手段と考えられてきました。しかし、90年前後からマーケット原理たるネオリベによって、ゲームの規則が完全に変わってしまいました。いまや、国家は、貧しいものから奪わって、富めるものに分配している有様です。弱肉強食の世界を導入して、本当の暴力を行っています。たとえ、義賊でも、共同体的な互酬原理をもって、マーケットの合理性という名の支配に対抗するなら、たしかに、おっしゃるように、「マシ」という気持ちを持ちますね。


・第一次大戦は、民衆が国家と国家(フランスとドイツ)との争いに巻き込まれる、総力戦の様相を呈した。民衆の開放感と国家への不信感が戦後、支配的となった。日本の場合、関東大震災(1924)がそうした戦争と同等の意義を持つ。渡辺氏によると、日本は西欧と同じスタートラインを切ることになった





1林達夫(1936年);従って彼らはいつも現実の生活の中で分析され、そして日常的存在の細部の中から採られた社会的個性的人間の実際的実証的探求の上に「人間哲学」樹立すること、つまり、「人間の分限」の普遍的形態をを求めることをその主要関心としているのである。

2林達夫;フランスのモラリスト達の(思想家で物を書く人、文学的な哲学者の意;渡辺一民氏による)、人間探求の特色は、その探求の結果が単に抽象的、概念的に羅列することではなくして、必ずそれを一つの可及的に生きた具体的な像に再構成して見せることである。(「思想の文学的形態」より)

3林達夫;批評家A−学界では、彼のことをジャーナリストだといふ。文壇では、彼のことをアカデミー人だといふ。学界では彼が書くものはすっかりジャーナリスチックに悪擦れしてしまったといふ。文壇では、彼の書くものはぺダンティックで鼻持ちがならぬといふ。(批評家Aは林達夫自身のこと、渡辺)

4三木清(1933);既に数年このかた我が国においても精神的危機が絶えず叫ばれてきたが、その危機の最も内的なもの、いわば最も精神的なもの、従ってまた最も魅惑的であり得るものは、従来なほ一般には真実に経験されていなかったといふことが出来る。

5三木清(1933);ヨーロッパにおいてはもちろんかやうな精神的危機は既に以前からその精神的な表現を生産している。・・・・・・ひとはそれらをおしなべて、不安の文学、不安の神学、不安の哲学といふやうに考へることができる。

6三木清(1933)日本では昨年あたりではかやうな不安の思想の影響は局部的であった。青年の心を圧倒的に支配したやうに思えたのはマルクス主義であった。至る所きき鮮明であり、どこでも威勢が好かった。とにかく「如何に活動すべきか」が問題であった。・・しかし反動期が順序としてやって来た

7三木清(1933);外部に阻まれた青年知識人の心はおのづから内部に引き込まれるだろう。社会的不安は精神的不安となり、しかも「内面化」される。・・・かくの如き危機は単なる文化的危機と直ちに同一視することのできぬ一つの「精神的危機」である。・・・・

8三木清(1933);そしてこの危機は、青年インテリゲンチャにとって魅惑的でなくはないだけに、一層危険でもある。(「不安の思想とその超克」)


・大正の中産階級は、「世界文学全集」という商品に魅了された。関東大震災の崩壊感を洗い清める「復興」の一つの形だった。「やさしい」翻訳が次々と登場したのは現在と同じ。そんな「大衆」の先駆は、17世紀の商業資本主義の中心オランダだ。絵画のマーケットが存在した。フェルメール、レンブラント


・「注釈学」という体系性とコンパクト性に規定された知の言説は、トマスアクナスのスコラ学的「合理主義」と朱子学的「コスモポリタニズム」において、同時代性を見出せるとしても、17世紀のスピノザと仁斎は、「帝国」という、いわば集合の内部の領域には属していなかった。外部性が大事だったからだ

(Anita Laporta; Human reason is the source of knowledge and can give rise to large reflections.)





・アメリカ映画は第一次大戦に乗じてフランス映画を、第二次大戦とテレビの誕生に乗じて全ヨーロッパの映画を破壊してしまった、とゴダールは言う。しかしゴダールの前まで、体系的でコンパクトな、フランス映画やヨーロッパ映画の空間が存在するとは誰も考えなかった。スイスの様な外部性の領域のことも


・マルクスの価値論「注釈」から、フーコが引き出した表象的特徴は何だったか?α体系性、したがって形式性とともに、コンパクト性に規定された表象の空間的広がりを解読した。β「奥行き」の幻想が自立する、とした。(例、時間的尺度)γ;「商品」論に、体系性とコンパクト性と時間的尺度を書き込んだ





・「デモでなにが変わるんだ!」、と懐疑的な声。「−をしたら、XXをゲット(get)する」、と、この問いかけの源は、例えば「資本家が利潤を得る」、「官僚が出世を得る」という植民地主義的な発想にあると思う。晩年のデリダはデモに出たが、転向ではない。元々本は、エクリチュールは、デモなのだ


山本 修司氏;何かをすれば対価として何かを得る・・・・という考えの根底には気づきませんでした。
デモという行為はそれとは違う力学で動いているということなんですね・・・

本多; 事態の進展にもよりますが、原発の問題は、公害裁判のように、十年とか、二十年の戦いかと思います。なにか、運動を持続させてくれる、スピリチュアルな長期的なヴィジオンを持ちたいと思います。苦い挫折と無視は覚悟しなければなりませんが、希望もあります。全く新しい価値観が生まれてくるかもしれません。


・ 「デモでなにが変わるんだ!」、と懐疑的な声が参加者の中から起きる。「−をしたら、XXを手に入れる」、この問いかけの源がどこにあるのか?と自問してみよう。例えば、「資本家が利潤を得る」、「官僚が出世を得る」という発想と違うのだろうか?デモでは自分の信念が固まる。それで十分じゃないか

Vincent O'Driscoll ;小さな力が集まって、大きな流れになりますように!
Hiro Watanabe; ”利から理へ”
本多; Vincentさん、Hiroさん、コメント、どうもありがとうございます。ところで、大学の後輩であった法学部の助教授から聞いた話ですが、戦前まで、「権利」や「権理」という言い方があったのですが、戦後、文部省が、「権利」という言い方に統一させてしまったそうです。「権理」が復活して欲しいものです








言葉と本と表現



・Abraham Lincoln :
" on peut mentir a une partie du peuple tout le temps , a tout le peuple une partie du temps mais l on ne peut mentir a tout le peuple tout le temps"

« La solitude empêche la solidarité. La solidarité corrompt la solitude. »
« Solitude limits solidarity. Solidarity corrupts solitude. »

[Susan Sontag]
(MerSea Takashi Honda)

第一次大戦は、民衆が国家と国家(フランスとドイツ)との争いに巻き込まれる、総力戦の様相を呈した。民衆の開放感と国家への不信感が戦後、支配的となった。日本の場合、関東大震災(1924)がそうした戦争と同等の意義を持つ。渡辺氏によると、日本は西欧と同じスタートラインを切ることになった

日本人は、関東大震災によって、第一次大戦後のヨーロッパとの同時代性を獲得した。世界の中心たる西欧の崩壊の危機意識、未知の世界の到来への不安(未開社会への関心)。特権階級の所有から取り返せ!と、世界文学の大ブームが起きた。体系化されたコンパクトな知への渇望だ。幻想なんだけどね・苦笑


震災後は大衆文化の到来だ。特権階級の所有から奪回せよ!と、出版社は次々に世界文学全集を発刊、世界文学のブームが起きた。中産階級は、「世界文学」という商品の、体系化されたコンパクト性に魅了された。「構造と力」で現代思想に浸っちゃったみたいなものだが、ひとつの精神の復興の形に相違ない

特権階級の所有から奪回せよ!と、大正の世界文学ブームは、中産階級を捉えた。「世界文学」という商品の体系化されたコンパクト性に魅了されたと、「言葉と物」の渡辺氏から聞いた。確かに、英国の中産階級の旺盛な読書欲は、上へ行けないという階級社会が齎す代償行為で、知識でのし上ろうと凄い必死


アイルランドには商業化された書物の欲望は存在しない。口承を重んじる文化だったから印刷物の価値が低いから?と素朴に考える人は、オリエンタリズムの輩だ・笑。単に英国に反発した結果、そう振舞っているだけかも。サッカー観戦で行儀が良いのは、フーリガンの英国人に反射的に反発しているようにね

アート

・Go! Go!! Stravinsky!!! I was the wild child mimicing and dancing " firebird" on the table responding to Stravinsky symphony.

・Have a gramophone in every grave or keep it in the house. After dinner on a Sunday. Put on poor old greatgrand-father Kraahraark! (Joyce)

・Ecomium moriae
L'imbècite veut parvenir de lui-même à des solutions péremptoires et définitives.Il veut clore à jamais une question.Example;""Think that there is not yet a dead person by nuclear power generation. What is criticized to nuclear power is very strange". A car keeps killing million person" (a famous businessman, neo-liberalist ideologist, pro-nuclear power)

映画・演劇


・分け前は半分という正義。昨日観たシャブロルの映画は、そういう互酬原理を主張していると思えた。窃盗や詐欺で巻き上げても、必ず半分の金を所持人に返しておく。これが主人公の流儀。盗みは盗み、悪は悪、しかし、映画で観ると、滑稽な事に、盗んだ者からの贈与(ご恩!)が成立しているような錯覚が

・映画の観客というのは泥棒を必死に応援する。「見つかるな、うまくやれよー」と。政治家(ヒトラー)が俳優の真似をし、俳優(レーガン)が政治家を真似する様に、現実の中に映画が溶け込み、映画の中に現実が溶け込んでしまっているから、世に悪人は存在しないかも。が、最悪の映画は存在するー戦争だ

(再)・アメリカ映画は第一次大戦に乗じてフランス映画を、第二次大戦とテレビの誕生に乗じて全ヨーロッパの映画を破壊してしまった、とゴダールは言う。しかしゴダールの前まで、体系的でコンパクトな、フランス映画やヨーロッパ映画の空間が存在するとは誰も考えなかった。スイスの様な外部性の領域のことも



・明治はキリスト教、昭和はマルクス主義(スターリニズム、社会主義リアリズム、コミンテルン)。そんな他者の前では、自律的な人間像は幻想に過ぎなかった。震災後の復興期に於けるアヴァンギャルド精神と思想的自立性は三木清と林達夫において貫くものだが、三十年代に左翼からも右翼からも攻撃された

・「言葉と物」の翻訳者・渡辺一氏によると、震災後の復興期に於ける前衛精神と思想的自立性は、三木清と林達夫において成就されていった。夫々アメリカとドイツの背景を生かして、アカデミズムとジャ−ナリズムの領域を横断した。過去に於ける文化遺産的なヴィジオンによって、新しいイメージを編集した

・第一次大戦後は、世界の中心たる西欧の崩壊の危機意識、未知の世界の到来の不安、未開社会の関心が起きた。復興期に於ける前衛精神の編集と思想的自立性は、第二次大戦後のゴダールに引き継がれるだろう。戦争が自国中心主義の結果だったから、ネーションに還元されない普遍言語としての映画を探求した

・コリンマッケーブは、第二次大戦後のフランスの文化エリート達の危機感のことを語っている。二回の悲惨な大戦は自国中心主義の結果だったから、ネーションに還元されない普遍言語としてのサイレント映画の意義が意識された。ゴダールのサイレント映画の思い入れは、こうした歴史的背景から説明できよう


東京


・電力会社に就職した同級生によると、新入社員は皆、一つではなく三つ四つと議員の推薦状を提出するのだそうです@hirougaya電力会社、地方銀行、県庁・県庁所在地市役所、地元新聞社といえば、Uターン就職組または地元国立大学文系の最大の就職先でした。そして地方権力者たちでもあります



Nobukuni_Koyasu子安宣邦氏のツイート

・ 「現在、また政権の敵対意識によって被告席に座らせられている。だが私はこの私の自由を剥奪した政権に対して変わりなくいおう。・・・私には敵はいない、憎しみはないという信念を私は堅く守っていると。」これは劉暁波が11年の懲役刑の判決を受けた法廷でのべた言葉である。

・「私には敵はいない」とは、言論の暴力的な抑圧者に対して、その暴力を無化させるような反語的な抵抗の言葉である。それはガンジーの無抵抗主義にも通じる。私は劉暁波の言葉をそのように理解する。だがその言葉を日本で劉暁波のために使ったら、それは何を意味するのか。

・敵もはっきりしていない、抵抗の意識もあるわけではない、劉暁波を支えるものさえほとんどいない日本で、「私には敵はいない」という言葉を引くことの意味は何か。オポチュニズムか。日本的なあいまいさに埋没せよということか。

・満州事変が始まったのは昭和6年9月18日である。関東軍はその筋書きに従って一気に満州を占領する。その翌月、橘樸は奉天で関東軍参謀の板垣征四郎と石原莞爾と会談し、彼らの口を通して満州事変という行動の動機と理由と意図を聞くのである。


外国

・Voice of Barcelona! PROTESTERS SEEKING change in how Spanish society and economy is runバルセロナはアナーキズムの歴史を証言した都市で、ドイツ軍の爆撃が熾烈を極めた。現在、デモは12日めに突入!

・ガーデアン紙Switzerland became the latest country to decide to phase out nuclear power last week, citing concerns over the accident at Fukushima


・純粋理性とカントが呼んだものは、体系的且つコンパクトな表象のこと。哲学の自己完結した独断的眠りを深めるものが、この純粋理性であるからには、再びこの純粋理性の依存によっては、目覚めは不可能だろう。真の批判的理性は、この眠りの危機そのものから生じるのだ。安全神話の眠りから真の復興へ!

・Noam Chomsky
The world is too complex for history to repeat, but there are nevertheless lessons to keep in mind as we register the consequences of another election cycle. No shortage of tasks waits for those who seek to present an alternative to misguided rage and indignation, helping to organize the countless disaffected and to lead the way to a better future.

Achim Kubinski; if you can find Hans Jürgen Heringer its the best Syntax and a bridge between precise Grammer and Speachact like Austin .. there is annother fantastic book by Heringer ; called praktische
Semantik

・中間選挙後のチョムスキーの言葉;現在国中に席巻する激怒と憤慨に代わるものを模索する話し合いが是非必要であり、もはや待った無しの段階だ。 数え切れない程沢山の不満の声を汲み取ることによって、より適切な未来の道へと歩みださなければ・・・




東京


・放射能のことを心配ない人はいないと思うけど、どうして怒らないのかとおもう。TLで拾った言葉。「怒ったり嘆いたりしていれば船が戻ってきたり瓦礫が片付いたり放射能が減るんだったら、そうしていればいいさ」。成程、生活実感は心配する、しかし、怒りというのは隷属を拒否する倫理的なものなんだ

・山本 伸子氏; なんとなく感じているのは、「そういう風に出来ている」のかな?っていうことです。
ことが一旦起こってしまったときに、そうして責任のありどころをうやむやにしてしまうような構造が出来上がっている。
もしくは物事っていうのは元々そういうものなのかもしれなくて、それをちゃんとわかった上で自分の意思をきちんと表明することをしなかった結果がこれなのかもしれないとも。
そのあたりが頭のなかでごちゃごちゃしていて、言葉にするのがすごく難しく感じています。

・昔、某電力会社の幹部候補として就職した私の大学の同級生と再開したっとき、二十年前のこと、、その当時彼がはっきりとなんのことをいっているのか分らなかったのですが、原爆奴隷や原爆ジプシーと呼ばれる人達のことに言及していました。また、原発施設では危険な放射能漏れが常時起きるのだそうで、あまりにも頻繁なので、不安を煽るという理由で!、会社は警戒音を止めてしまったそうです。それ以来かれは、安全神話を疑っていており、心配が絶えなかったようです。とはいえ、当時、私が、反原発の市民運動に関心を持ち始めたことを知って、反政府の危険人物と非難し始めました。苦い記憶です。また、アイルランドに行ったときには、商社マンが、原発を政府に売り込もうと、賄賂を有力政治家に渡していたことを知って、愕然としたことがありました。アイルランドは、対岸にある英国の原発の放射能汚染水のせいで、長年にわたって、奇形児が多く生まれていましたから、核嫌いなんですね。ですから、事の進展によっては、現地の新聞に投稿して暴露するつもりでしたが、結局、実現には遠く及ばない商売話でした。もうひとつ別の話ですが、ゼネコンの耐震構造の研究所にいた親戚から、原発施設の耐震設計に問題があり、コスト優先のため、偽装的な耐震設計をしている現状のことを喋っていました。恥ずかしい話ですが、当時、私の無知のため、なんのことが全然分りませんでしたが、福島原発に関して、「意外に、大きく揺れた」と証言する地元の人々の証言を知り、やっと問題の所在を認識するに至りました。と、色々思い出しながら、自分の無知さと、無知ゆえに、適切なアクションをおこせなかったこと、知らなければならないのに知るための努力を怠ったこと、全部を苦々しく思っています。

・With 3/11 voices have begun to tell that a worldview " may change", or " is changing" , or " may change". These voices necessarily contains a will "I wil change". And the voices of the protest in demonstration are being surrounded by anonymous voices of the reaction, I "do not want to change" , or "did not change" ,or " will never change" like the law of inertia...


・BBCRadio3はクラシック中心の放送番組だ。音楽をききながら朝食をとる。こちらは始まりの朝だが、あちらは終わりの夜。最近は、インド系やアイリッシュ系の民謡音楽、日本の国籍不明な音楽、黒人音楽やジャズ、サイケ系の音楽等がかかる。乏しい労働意欲は不意に流れきた中東の調べで彷徨う

本多 敬;
ヴィンセントさん、どうもありがとうございます。朝起きると、汚染のことがとても気になって、心が晴れない、メランコリーの人が多くなりましたが、しかし、東京の大半は全然気にしていないようなんです。単なる無知なのか、考えないふりをしているのか、あるいは、忙しすぎて考えられないのでしょうか・・その全部なのか!?ま、今日は22度まで上昇するらしいですがね
Vincent O'Driscoll;
again, it's 10:40 am in England. 日本の温度 22度 ですかそれとも原子炉の温度... :))
私個人の正直な気持ちを言えば、原発のことはとっても不安です。 私は福島第一を考えるとき、よく眠ることができません。しかし、一般的に、英国人とアイルランド人 まったく気にしない.... 私はこれは世界の問題だと思う思うんですが. 本当に大変な状態だと思います。本当に多くの人々が生命の危機している状態です.少しでも多くの人の生命を守り、少しでも安心して生活していけるように、本当に心から一人でも多くの人が助かることを祈っています。

本多;
東電は毎年1000億円の宣伝費を使っています。この額は、トヨタ自動車の宣伝費と同じ額ですから驚きです。東電は独占企業なのに、そんな巨額のお金をなにに使うのでしょうか?政党やマスコミ(新聞の広告、テレビのコマーシャル、ニュース番組のスポンサー)、それから大学の研究費助成ですね、そういう所にお金が配られています。本当は、科学者やマスコミには、もっと中立の立場を貫いて欲しいのですが。それから、学校教育にも、お金が行っています。高校生のときでしたが、具体的なケースを一件知っています。アイルランドには素晴らしい神話が沢山ありますが、日本の原発安全神話みたいな厄介なものはないでしょうね!

Vincent O'Driscoll;
原子力で食っているメーカー、ゼネコン、学者、そして彼らに資金­をもらっている政治家、官僚OB等の経済的欲望により、一般国民­が犠牲になったということ。一部の人間の金の為に多くの日本人が苦しんでいま­す。 名もなき会社員と公務員は命懸けで戦っているのに。水、大地、海­、を汚すことは、自分を毒すること。日本人だけでなく、世界中の­人々。地球に住む、動物、植物、すべての生態系を毒することです­。自然災害からは、復興できます。しかし、原発は人災です。 ...

東電は被害者顔をしているが信じられな­い.... 損害賠償... 納税者の税金から... !?? 東電は犯罪会社... 先生 アイルランドには"The Myth of the Celtic Tiger" があります­. 原発安全神話は存在しないです­。
原子力は政治と深く結びついている。日本の国がどうしても原子力を進めたいという考えの根本には核開発をしたい ?? NHKが「核を求めた日本」という番組を放送して、日本は実は核兵器を作りたかったということを暴露したのですか ?

本多;
ええ、台湾のWangさんがおっしゃるように、just save the earth for all the living things and things we thought they don't sense anythingですね。まったくその通りと思います。日本人の傾向なんですが、天災を人災みたいに考え、人災を天災として捉えるんですね。例えば、津波そのものは天災ですが、他国から侵入されたような受け止め方をします。戦争のメタファーが飛び交います。他方で、原発事故は人災で...続きを読む
Vincent O'Driscoll; 解説ありがとうございます先生 . 「石原当選確実」をエイプリルフール最大のネタだと信じたい人い ました。 老人の、老人による、老人のための政治。先生デモ頑張ってください.... my thoughts are with you. http://datugeninfo.web.fc2.com/脱原発・渋谷デモ !!!


・「電気がなくなると困るし、放射能の影響も心配だわ」、「心配になることは、考えないことにしてるの」。In Fukushima Wake....but my question is ...when they wake up?(フクシマの覚醒、されど、眠る人々の目覚めはいつのことか?)

松沢 まり子氏;そういうひと、多いですねえ
Vincent O'Driscoll; 世界人口のたった4分の1の人間が地球のエネルギーのほとんどを消費しているということ、そして常に原発によって誰かが苦しめられているということが見えるようになれば、少しは人びとの判断や行動も変わってくるのではないでしょうか。


・Horkheimer
They misinterpret the light that falls on labour from ultimate goals.Instead, they take labour qua labour as the telos and hence see their persinal work success as that purpose.That is the secret.If they did not do that, such a thing as solidarity would be possible.

・Adorno; Hapiness would be an animal condition viewed from the perspective of whatever has ceased to be animal.(1956)

Horkheimer; Animals could teach us what happiness is
・Adorno
I suppose that bourgeois sexual taboos are connected with the jus primae noctis. Women should acquire the right to dispose of their own bodies. Human beings become their own property. That is threatened by sexuality and this sets the scene for the perennial war between the sexes.

・Fabienne Raphy Hubert Vive la guerre fraîche et joyeuse...

・Karamfila Siderova I don't know about war, but even in the animal kingdom the sexes aren't equal in rights. It's a natural state.

・Fabienne Raphy Hubert loll... Praying mantis, bees and so on... Indeed it's a natural state...

・Henri Mandine Que nous enseignent les Bonobos , si proches de nous ?
Ils ont des moeurs réjouissantes . . .

・Henri Mandine Selon, P.Pick , les bonobos appartiennent à la famille des hominidés, vivent à la frontière du Congo.Ils privilégient dans leurs moeurs l'érotisation , la réjouissance , avant la reproduction . :)

・Horkheimer; People repress their own chatic drives which might lead them away from work. This is what makes them feel that work is sacred.
Adorno; The idea of freedom from labour is replaced by the possibility of choosing one's own work. Self-determination means that within the division of labour already laid down I can slip into the sector that promises me the greatest rewards.

・Achim Kubinski compliments .... preapearing a seminar on the private Academy SCHOOL OF BERLIN of Adornos competent listening to music
( title : Language of music )

・Henri Mandine Marx et la lutte des classes sont dépassés.Ils appartiennent au capitalisme productiviste.
Le néolibéralisme est encore plus dangereux.
C'est l'essence même de l'existence qu'il s'agit de préserver, de défendre. Va t'on permettre de réduire l'homme à n'être que produit ?

・Henri Mandine Entièrement d'accord , Honda. La "War Machine" est la société néolibérale vers laquelle la financiarisation mondialisée , avec la complicité des chefs d'Etat , de gouvernements, du FMI, de l'OMC, veut entraîner la société mondialisée .
Voir l'évolution de la société japonaise, les plans de rigueurs imposés par les néoconservteurs au pouvoir , en GB par exemple .
D'où la violence des luttes en France . .

・Achim Kubinski CONGRETULATIONS to this high class talk Achim Kubinski & THE SCHOOL OF BERLIN
・・・should be established like PLATON as TALKashi DIAlogue

・ Horkheimer;
Both Marxism and the bourgeois world take good care to make sure that people cannot revert to the pre-civilized phase, the phase in which man has sought refuge from work by reverting to childhood.
人間として決して後退してはならない前文化的段階を避けよ、と、彼らは説き伏せてきた - マルクス主義であれ、ブルジョア世界であれ。すなわち、そのような前ー文化的段階とは、子供の状態に逆戻りすることによって、大人として働く労働を避けるような段階である。

・Adorno

In actuality the subjective aspect of use value conceals the objective utopia, while the objectivity of exchange value conceals subjectivism.


本多;
フランクフルト学派アドルノ、語りき。
「実際上、使用価値の主観的側面は客観的ユートピアを、交換価値の客観性は主観主義を隠蔽する」
(注;マルクスによると、商品は対立する二つの極の統一体である。二つの極とは使用価値と交換価値である。前者は有用性、後者は他の財と交換される際の交換比率)
.
David Shapiro;
Adorno's best line: The real tragedy of love is loving at the wrong time.
It';s better than all his violent dreams in his dream-book.
Does someone have a goiod list of all the besat dreamn-books ever
written. Graham Greenbe, Kurasawa's fuilm,Kossofski, I tried for years to place my dreams next toi my wife's to have a novel of He and She:
Dreams of a Young Archutect, too petrsonal as is said.,

本多;
David, thank you so much for your word! I think, the ordinary people in Japan, under the condition directed to the neo-liberalism, becomes the subjective aspect that conceals the objective utopia.There is no space for common place. That young peoples seem to be evictee, alien and refugees excluded within their own country exactly reminds me of a sence of estrangement in North Ireland.

Matthew George Richard Ward; ‎"the superfluous is the enemy of necessity" - Nietzsche, on the utility and liability of history (1874).

"there is nothing that permits one to define what is useful to man" - Bataille, the notion of expenditure


本多;
アドルの翻訳はこのほうがよかったかな?
「実際上、使用価値の私的側面は公共圏的ユートピアを、交換価値の社会的側面は単独者の実存を隠蔽する」と。
Matthew;,I really agree with Nietzsche and Bataille.





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