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zoom RSS ゴダールの「勝手にしやがれ」  bout de souffle  本多敬

<<   作成日時 : 2011/06/08 21:02   >>

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・ヌーヴェルバーグの批評家集団としての黎明期;高感度フィルムの利用と手持ちカメラのテクニックによって、ヌーヴェルバーグが暴いたことのひとつは、都市の人々の疎外をリアルに物語るはずの撮影所のシステムにおいて、映画の文体が、極めて安定した固定カメラに束縛されていた、という事実である。

・外部の思考に属している人間のコミュニケーションを、情報システムの内部に持ち込むのが、ハリウッド映画の商品としての特性なのだ。「ザ・デッド」のヒューストンはダブリンの街をスタジオに完全に再現したが、トリフォー「大人は分ってくれない」、ゴダール「勝手にしやがれ」の反逆は街頭で撮影された




‎1960
A bout de souffre
Scenario; Jean-Luc Godard d'apres une histoire ecrite par Francois Trauffaut
Conseiller technique; Claude Chabrol
Directeur de la photographie;Raol Coutard
Montage; Cecile Decugis

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ゴダールの「勝手にしやがれ」  bout de souffle  本多敬 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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