言葉と表現と射影のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS ALSO SPRACH OWLCATO ふくろねこー、かく語り き 2011年月12月 本多敬

<<   作成日時 : 2011/12/02 13:24   >>

トラックバック 0 / コメント 0



・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう 、とアインシュタインは語る。他者との論争は、誠実さや真摯を伴なわなければ、木を切る行為と同じ、言葉のスラム化だ。人は兄弟や親しい友人とだけ本当の口論ができるものなのに

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう 、と、スピノザ的なアインシュタインは語る。原因の認識の方が、結果の認識よりも十全である。「成果」がなくとも何故自分はデモに参加するのかと思う時こそ、出会える黄金の言葉

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう 、と、デリダが言ったかもしれない。過剰な差異である無限を有限化し囲い込んだとしても、それは、権力者にとって都合がいい幻想でしかない。無限はダンスし続けるーいつも遅れて

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう 、とケインズが語ったとしても不思議じゃない。そのこころは?結果(供給)との一致のもとに原因(需要)を従属させるネオリベ的均衡は、完全雇用の高さに届かない事が起きるから

・サルトルは何を問題提起したか?レヴィストロースによるサルトル批判は何か?フーコは、サルトル、従ってデカルトの再定義をどのように行ったか?デリダとの間で起きた議論は何か?ドゥルーズはいかにフーコを展開させたか?サィードによるフーコ批判の根拠は?なぜ、現在サルトルが復活しているのか?

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう 、とフーコが語ったかもしれない。思考し得ぬものこそ、思考の無限の可能性の出発点。いかに思考し得ぬものを思考するかだ。思考から思考し得ぬものを排除するのは、木を切る行為

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう、とマルクスは語るか?ポストモダニズムとポスト構造主義、多文化主義は木を切るのは、大きな絵を犠牲にして特殊性を知りたいから。しかし今は大きな絵(一般性)を見る時ですぞ!

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう、と座り込む人々は抗議する。囲い込み+排除は木を切る行為。資本主義のオルターネティヴは、NGO、アナーキズム、社会民主主義政党、市民派グループ、多文化主義+フェミニズム

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのかしら。それは直ぐに結果を知る事ができる行為だから?構造主義者は<これかあれか>と分類したがる二元論に定位するのは、木を切る選別の如し。ドゥルーズとデリダは問う。思考は、思考し得ぬものから、声の運動と書く行為から純粋に自立する事はそれ程可能だろうか

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう、とサィ−ドはフーコを弾劾する。思考と思考し得ぬものを、丸い円を描く様に区別しているだけでは木を切る行為。思考し得ぬもの=劣ったもの、とする現実の力関係を非難しなければ

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう、と、レヴィ=ストロースはサルトルを名指差した。実存主義即ちヒューマニズムとは、木を切る行為。思考し得ぬ存在構造を破壊している点で、ブルジョアとマルクス主義と同じ間違い

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう、とサルトルは言うはずだ。フランス革命をブルジョア革命と整理してしまうのは木を切る愚行だ。未来を思い出せ!フランス革命を導入せずして、いかに現在の全体主義と闘うつもりか

・なぜ木を切るのが好きな人が多いのか、いまやっとわかりました。それは、すぐに結果を知る事ができる行為だからでしょう、とゴダールは抗議する。全部を見せようとするポナパリティズムは、ハリウッド的なもの、木を切る最悪の映画なのだと。思考と思考し得ぬものとを関連づける主体性を破壊してしまう

・言語哲学のチャンピオン、ウィットゲンシュタインは、形式言語の哲学から出発した。論理実証主義は何をしたか?日常言語が孕む全体幻想を執拗に警告した。何処にも帰属しない故に、全体を代表できるとするポナパリティズムも、間接民主主義という言語の捏造といえよう。ブルジョアが全体幻想を売るのだ

・代表制の危機は、間接民主制のもとで必ず起きる現象である。一体誰が誰を代表しているのか曖昧となるそんな空白の中で、ポナパリティズム、即ち、誰でもないが故に全員を代表できる貨幣的記号は成立する。記号が成立した後に、事後的に、政治家の資質や庶民の知恵の事が語られるだけである。逆ではない

・Class identities, like racial identities, are multiple and overlapping誰でもないが故に全体を代表してしまうポナパリティズムは、間接民主主義の捏造。金が有ろうが無かろうが、ブルジョア的な政治家が全体幻想を売るのだ

・他人の墓の碑文を読みあげるアイルランド人が昔いた。碑文には人生の物語が簡潔に示されている。これはなにか聖職者による洗礼の儀式に類似し、即ち、死者(の人生)を遡及的に保証する如き儀式の外観をとる。ポナパルティズムはそんな死者の象徴に思えてしまう。闇の奥から生者全員を覆う雪ー語りの力

・ポナパルティズムは、なにか聖職者による洗礼の儀式に類似し、死者(の人生)を遡及的に保証する如き儀式の体裁をとる。誰でもない故に(生者)全員を代表できる貨幣的記号の如く、語りの内側において現れる。ウィットゲンシュタインによる私的言語批判はポナパルティズムに向けられたものではないか!



他の資本主義の未来を考えるとき、それだけだと、ネオリベに押し戻される社会民主主義者の失敗を繰り返す危険がある。だから、ソビエトとは異なる他のコミュニズムの未来を一緒に思い描くとか。当初絵空事とみなされたケインズのエンジニアリングは、マルクスのラディカリズムのもとで実現した知性主義

豊かになれば貧困がなくなる、と信じていいのでしょうか?現実に目を向けて観察すると、豊かになることと貧困がなくなることとは、別々の事柄と結論せざるを得ないのです。 豊かになればなるほど貧困が増えていく事も起きます。エリートへの非難がそのまま、差別がなくなることを意味しないのと同様です

ええ、こんな事態になっても、格差の広がりに対して批判的に取り組もうとしないバブル期の学問、例えば、経済学(新古典主義経済学)や、政治学(合理的選択理論の類、ゲーム論)がアカデミズムとマスコミで現状肯定的に幅を利かせているのが現実でしょう。本当に怒りを覚えます

「言葉と物」翻訳者渡辺一民氏は、日本人の土に対する執着と、国家は選ぶものとは考えない日本知識人の顕著な態度のことを指摘なさいます。両者は互いに関係合っている事柄なのでしょうか?「だが〈私の安心〉は神道から排除されても、否定されたのではない。宣長は〈私の死後〉の鎮まる場をもつのだ」


・かのヴィクトリア朝様式の半球形の天井を仰ぎ見て、図書館の任意の一点に立つ。想像の軸線を回転させると、大きな絵画であるマルクスのパノラマがぐるぐると旋回しはじめる。と、轟く歴史の声たち!ここはパノプティコンに非ず。主体としての知の普遍者が自立していく場所であるー言語の公共性とともに

・ポストモダニズム、ポスト構造主義、そしてマルチカルチャリズムは、マルクスの大きな絵画を犠牲にして、特殊性のみを見ることを欲した。私的言語(ウィットゲンシュタイン)のうちに、身体の感覚のうちに、蘇る故郷たちの煌き。精神の方は、異郷の神々が越えていく山の彼方に囚われて凍ったままなのに

・ロンドンに半ー亡命状態のアフリカ人達に、本居宣長の姿を重ねてみることもあった。彼らの知的批評性は、神話の内容だけではなく、神話の政治的機能の吟味に向かう。現地の言葉が植民者の英語や仏語に対して優越的地位にあるべきと考えたサルトルに、同意しない。現地の言葉だけでは抵抗できないからだ

・アフリカ土着音楽の話題ほど、ロンドンに半ー亡命状態の元国費留学生エリートを困惑させる話題は他にないだろう。原始宗教の迷信性のせいで、西欧植民地主義の奴隷貿易に抵抗する組織を持てなかったと憤っているからだ。パウンドの詩にアフリカのリズムを発見する報酬は?自己欺瞞の難破船の闇が深まる

Paul Valéry
形式は本質的に反復と結びついている。だから新しさの偶像は当然の結果として、形式の関心とは相容れないものなのだ。


Capitalism will never fall on its own. It will have to be pushed.
The accumulation of capital will never cease. It will have to be pushed.
The capitalist class will never willingly surrender its power. It will have to be dispossessed.
Party of Wall Street vs Party of Indignation

(David Harvey)


ポピュリズムは、1930年代にフランスで興った文学運動。ジッド、ヴァレリー、プルースト等によって知的難易度(?)を強めていた文学を民衆の手に返そうとするもので、民衆をあたたかで誠実な目で捉えようと試みた。ダビ「北ホテル」の映画化は有名。現地近くのスタジオで小作品の編集の手伝をした

ダブリナーズ、肖像、ユリシーズ、FWと易しいものから複雑なものへと読み進めていくものと思っていましたが、FWを読んだ後でダブリナーズを理解できたというアメリカ人もいます。FWよりダブリナーズの方が難しいと感じるとは本当に驚きました

私はパリで学生だった時George WhitmanのShakespeare& Co.で働きました。当時GeorgeはUlyssesを買おうとする客に『Dublinersと肖像はもう読んだか』ときき、まだ読んでない人にUlyssesは売らなかったのを覚えています

フリッツは、FWの文を、高速道路で次々に通過していくサイン(道案内)と比べていました。一分前に見たサインを正確に覚えていない感じが、三行前に書いてあった事を全く思い出せないFWの感じと同じだと・笑。空を旋回する鳥の視点のこともよく言っていました。鳥から見ると、地上は言葉の坩堝だと

GWF_Hegel_Japan_1
一方は無限大へ、他方は無限小へと無限に。次から次へ他の定量へ……これが一般に定量であり、そしてこの矛盾が明確に定立されたものが、度である。定量としての度は他者との関係性を持つから、他から孤立した固定的な「度」として安定せず、常に「大小関係」の進行に引きずり込まれるのである。

xyzqa いろはにのツイート
家出した人は、何よりもまず「おかえりなさい」ということばを待っている。その一言に変わることばは、抱きしめるという行為の他にありそうにない。

ゆるふわの甘い分析。支配の語に酔っている。引用した詩も空ろ。ドイツとフランスの銀行が支払うべきとギリシャの人々が考える理由をしっかり書け!結婚スピーチ調紋切り型は天声人語を支配しても、借金はそう簡単に民主主義を支配できない。ところでこの結婚式=新聞に花嫁がいるのかしら、大丈夫?笑

Paul Valéry
神が人間を創り給うた。さて、まだこれでは孤独さが足りないと思し召して、もっと孤独を感じさせるため、伴侶を与え給うた。

TristanTzara
神さま悲しそうな恋人たちにやさしい羊毛をつくってほしい 小鳥たちをインクで描いて月面の画像を変えてほしい

ドストエフスキー
私は歩きながら歌っていた。というのは、私は幸福を感じた時には、必ず何か鼻歌を歌う癖があったからである。それは親友もなければ親切な知人もなく、嬉しい時に喜びを分かつ相手のない仕合わせ者が、誰でもすることなのである。 ―白夜

・九十年代ヨーロッパに行ったとき、アイルランド、スペイン、ポルトガル、ギリシャは、経済的に落ちこぼれた国とされていた。元々貧しかった。EUの高い理想のもとでこういう国々の経済発展は南北問題の解決の糸口と期待されたが、ネオリベの政治によって、主権を担保に差し出す債務危機国に貶められた

The big question is; what will be the direction of the citizens' revolt against the dictatorship of markets that instrumentalise governments?これを数式に翻訳する手品は、ホホー

e₁‚₂ =e₁Γ¹₁₂‚₁+ e₂ Γ²₁₂‚₂ +e₂ Γ³₁₂‚₃ 

じゃじゃーん、アインシュタインの友達、ふくろうねこ流数学。ここで(e₁、e₂、e₃)は各々、政府、資本主義、国民の基底を表す。例えば、e₁(政府の基底)が、Α²(資本主義のベクトル)の方向に微小変化したときは、e₁(政府の基底)はΓ¹₁₂‚₁、e₂(資本主義の基底)は Γ²₁₂‚₂、 e₂(国民の基底)は Γ³₁₂‚₃だけ変化する事を意味している。問題は、最後の変化の計量が現実化していないことだ。だから、いまの課題は、e₂(国民の基底)の 変化Γ³₁₂‚₃、システムに国民の意思を導入することなのニャー

The big question is;what will be the direction of the citizens' revolt against the dictatorship of markets that instrumentalises governments?

(1)citizens とmarketの関係は前置詞againstで限定する(対立性)
(2) marketとgovernmentの関係は関係代名詞thatで併置的に限定する(等価性)
(3)citizensとgovernmentの関係は(1)と(2)の限定によって、対立関係を導く

前置詞(against)と関係代名詞(that)は、名詞(citizen、markets、governments)を内側から限定する作用である。同時に、これらは、名詞(citizenとgovernments)の間に括弧に入れられたように外側から限定され意味を形成している。これが英語の形

citizenとgovernmentsの間に置かれて外側から限定されるのは、againstとthatだ。説明すると、citizenと governmentは、「並べる」というアングロサクソンの簡潔な規則で同じ範疇に属する。そうでない場合に、whatが生きてくるー疑問と非難の含意

無限小の領域は単に狭い世界を意味しない。ふくろうねこ関数の対象は無限小。諸要素間の連続性を前提に拵えた、非実在の写像空間ニャ。力関係の場である政府と市場と国民の関係において、そのような連続性は虚構に過ぎない。だからこそ国民投票という統合の象徴性に憲法は大きな意義を与えている、ホー


Falling in love is not at all the most stupid thing that people do - but gravitation cannot be held responsibility for it. Albert Einstein
恋に落ちることは、ひとがおこなう最も愚かな行為というわけではありませんが、かといって、その責任を重力に負わせることはできないでしょう Albert Einstein
アインシュタインの一文を観察すると、the most stupid thingとit (=Falling in love)の二つの名詞をとって、その間を括弧にくぐります。thatとforの限定がみえます。 並列的同一性が推測できます。愚行=恋に落ちることです。語り手は、notを示して自分の考えを主張します。強い否定

英語話者は、強い否定の形を使って、自分の感情を微妙に伝えます。(二重否定はそのまま単に肯定をあらわしません)。Falling in love is not at all the most stupid thing ですね。ここで、最上級the most が出てくるのはバランス感覚


Paul Valéry
だれもが、他人がかつてまだ見なかった何ものかを見ている。しかもこれらのものの総和は零だ。役に立つのは皆が同時に見たものだけだ。


TristanTzara
誰がいまだに医者を信じるだろう?僕は詩人のほうが好きだ、詩人は蒸気機関のなかの屁だーー詩人はやさしくて涙を流さないーー上品な疑似ペデラストで、泳いでいる。僕にはまったくどちらでもいいんだ。医者がドイツ人で、詩人がスペイン人だとしても、それは偶然(必然にあらず)である。


G_Bataille_jp ジョルジュ・バタイユ
一切は戯れであり、存在は戯れであり、宇宙は戯れである。神という観念は出来が悪く、その上耐え難い、というのも当初は時間の外にあって、戯れでしかありえなかったのに、人間の思考によって、戯れとは正反対の創造とそれに伴い一切のものに結び付けられてしまったのだから。−非-知と反抗−

Quis enim aut eum dīligat, quem metuat, aut eum, ā quō sē metuī putet?
誰が、自分が恐れているような人や、自分を恐れていると考えられる人を愛するだろうか?
(キケロー「友情について」)



堀 茂樹先生のツイート

だからこそ市民(≠住民)的ネイションが重要かと。尚ヴィシーはバレスよりモーラスの路線と理解。
RT@jiro50フランス革命は政治的抽象的な市民概念で国民統合を図ったけれど、それに不満な土着的なフランス人が他方に現前していた。…ヴィシーの「国民革命」。その源流はバレスの「国民概念」

ヴィシー政府の「モントワール精神」。ユダヤ人迫害法(en:Statute on Jews)が成立した。国民革命はフランス革命以前の古いフランスへの復帰を求めた。アクション・フランセーズのモーラスがイデオローグ。農業国としてのフランスが求められ、土地に帰れというスローガンが叫ばれた

Maurrasは、ドレフュス事件の当時は、ユダヤ人であるドレフュスを追放すべきであると主張し、連日、新聞紙上で反ユダヤ主義の激しい論陣をはっていた。1905 「アクション・フランセーズ」。ナチス占領下では、フランス国家の回復を求める考え方からペタンのヴィシー政権に協力した。モーラスは、フランスにおける反近代主義の代表的存在。その思想は、古典主義的要素を含め、反ロマン主義的、エリオットやパウンドに影響を与える。初期は極右イデオローグのブランショも間接的に影響されている。王という無意味で不合理な存在をあえて据える事で民主主義の害を防げると考え、王制支持

バレスMaurice Barrèsは、8歳でプロシアによる占領を経験した事がナショナリズムの思想家としての原点。1894年ドレフュス事件ではフランス統一を優先する立場からエミール・ゾラ等と対立した。1905年に始まった政教分離ではカトリック派と共闘。フランスの小説家、ジャーナリスト、社会主義者、政治家。ナショナリズムや反ユダヤ主義などの視点による政治的発言でも知られ、フランスにおけるファシズムの思想形成に大きな役割を果たした。1905年に始まった政教分離ではカトリック派と共闘 


・Baecqueは、アルジェリア戦争に抗議したトリフォーの署名活動を高く評価している。検閲を心配したゴダールは妥協的だった。マックケーブは、トリフォーがある時期モーラスに傾倒した事実を非難している。こうした背景が、ゴダールに、トリフォー達と一線を画した批評を書かせた理由ではないか?

日本の惨事を知りながらあえてインドにウラン供給を行うのはabsurdと非難するオーストラリア国内の批判の声を、BBCニュースは伝えている。豪州労働党はインドに対する禁輸措置を解除する方針を決定。インドが核拡散防止条約に未加盟である事を理由に供給を拒否していたが、国内雇用拡大が狙い

王や貴族の肖像画の前に立つと、鑑賞者に無関心の如く冷たいモデルの視線。それなのに、なんでこんな人の肖像を有難く拝む必要があるんか?と私は怒る。選挙である以上、東京都知事も大阪市長も、他者への関心や愛情に溢れた視線を送ってくるが・笑、高所から全員の利益を代表する演出がいかがわしいね

エルネスト・ルナンは、講演『国民とは何か?(Qu'est-ce qu'une nation?)』で、フィヒテに代表されるような民族・言語の共通性などに立脚する「ネイション」概念を否定した。彼によれば、「ネイション」とは民族・言語・宗教・地勢などによって定められるのではなく精神的な原理に立脚するものであり、彼の代表的な言葉を借りれば「日々の国民投票」によって形成されるものとされる。


Samuel Beckett
Narrated by the exterior voice of the text's 3rd Person Narrator, this unit announces the potentiality of another "Hearer" in the same dark.
To whom the 2nd Person Voice is speaking. The questioning and uncertainty of the suspicious Hearer, the "one"threatens to destabilize the authority/objectivity of the 3rd Person Omniscient Narrator.

latin_bot ラテン語名文集
Vērē ac līberē loquere. ありのままに、自由に語りたまえ。

God is the indwelling and not the transient cause of all things. Spinoza

Marcel Proust
From the darkest depths of my memory, the face of Vinteuil’s lesbian daughter emerges, committing vile & profane acts on her father’s grave.

フェイスブック友達申請ですが、owlcatoをなにかの王党派の類と勘違いするフランス人が稀に現れます・笑。エリオットとパウンドはモーラスに影響された様ですが、古典主義の竜巻と普遍主義の竜巻が衝突すれば、それはきっとロマン主義の嵐でしょう

来年の方が酷い年でしょう。今日カフェで後ろに座って憤っている英国人二人の話をきいていました。放射能とTPPで一番弱い数万の人々の命が危険にさらされているのにXmasを祝っているのは正気ではないと


ジョイスは映画には関心をもっていなかった。それでも、サイレント映画はジョイスと同じくらい遠くまで行っていたんだ。われわれはサイレント映画が獲得したものの大部分を失ってしまった。―ゴダール

子安宣邦先生
人間は文化を引きずっている。むしろ文化に引きずられている。結局文化の道化として人間は死ぬしかないのかもしれない。吉本さんの舞踏を見ながら、勝手にそんなことを考えた。吉本大輔

xyzqa いろはにさんのツイート
生活であり、調和であり、破綻であり、蜜月であり、革命であり、暇潰しであると同時にごく潰しであり、埋め合わせであり、代替であり、主体であり、蝶番であり、闘争であるに等しく逃走であり――衝動として、愛だった。――と思えない日々があると言うのなら、それこそが不思議であり、正気ではない。

イシカワ トモヤ氏のツイート
ニューシネマパラダイスのラストシーンを観ていて、ふいに「天皇と接吻」を思い出した。占領下のGHQの映画検閲をめぐる燐光群の10年ほど昔の優れた芝居だ。平野共余子さんのDr.論文(草思社から出版)も元ネタになっている。検閲官は天皇と原爆の扱いに極めて敏感な一方、キスシーンを奨励した

正確な引用ではないが、柄谷行人が以前「僕は日本にファシズムの心配はないと思う」と書いていた。「なぜなら既にファシズムだから(笑)」と。半ば冗談だが、彼のファシズムの定義は「代表制の失効からくるボナパルティズム」。抑圧体制や軍国主義と混同するな、次なるファシズムの警戒を誤るから、と

Philosophy Quotes
I have always observed that to succeed in the world one should seem a fool, but be wise. Montesquieu

David Harvey says;
Unravelling the enigma of capital,rendering transparent what political power always wants to keep opaque, is crucial to any revolutionary strategy (資本から謎を剥ぎ取ること、政治権力が常に隠蔽せんと欲するものを透明にすること、この両者は、革命的戦略の中心をなす行為だ)

What was given us by nature has long been superseded by what has been humanly constructed.Capitalism's geography is increasing self-produced

野田の中国訪問予定の13日は南京事件74年目に当たり、結局キャンセルに。他の日がなかったのかな?
ところで各国の社会民主政党は、現在の中国共産党を理論的にどう位置づけるかという困難な仕事に取り組んで必死だ。がこの国は中国を考えようとしないー好き嫌いに振り回されるだけの幼稚園児の如し

「多なるものが多なるまま肯定される世界」という人生観は、ドゥルーズの妥協なき一元論を隠蔽し続ける。安易な多元主義のもとで、アパルトヘイトすら「多なるものが多なるまま肯定される」危険がある。「大いなる肯定」も、ブルジョア家族でしかない天皇の領域を分断し特権化する否定に劣化してしまう

人々は単に、奪われたものを、自分本位に振舞う政府と我儘な企業から取り返したいだけなのに。しかし傍らでポナパルティズムは叫び続ける。自分達の国家なのに外国人の様に歩く日が来ると根拠薄弱な事を煽る。現在の恐怖を解決する為に、もっと大きな嘘と恐怖を次々に捏造し欲望を覚える一種の依存症だ

財政支援という語は隠蔽している。実態は、納税者が銀行と機関投資家に税金を与えたのだからー債務負債と違法行為を免除して。税金を年金制度の再建にあてたかったのにね。結局銀行は国民の金を山分けしてしまった。この種の不平等さによって、義憤と怒りに詠えるポピュリスト達のデビューを許している

失業の問題は深刻だが、ヨーロッパは堅固なセーフティーネットがある。米国の様には簡単に崩れはしない。米国化している日本こそ心配。銀行が税金を山分けしてしまう不平等によって、怒るポピュリストが進出。現在は、生存の不安に苛まれる真面目な人々の情動に訴え、TPPと原発の推進者に貶めている

主体性として世界=一人ひとりを肯定できるか、でなければ全体性の幻想を破壊できない。こうして、一元論的に、唯物論的に肯定するドゥルーズの思考が赴く方向は、アナーキズム的哲学の場。この思考は普遍主義のヘーゲルのもとに停留しはしない。普遍主義がポナパルティズム的統合と縁を切らんかぎりね

「煉獄ベーグル」は中々自分でも気に入ってます。うちから自転車で二十分ぐらいの所に、多摩川に沿って六、七世紀に築かれた古墳跡があります。先月までこの私も全然知りませんでした。日本書紀に関係した記録が残っています。やはり、ニューグレンジのことを思い出しますね。@EloiseK


EloiseK Eloise
@owlcato そうですか、多摩川古墳跡とは。。。全然知りませんでした。しかし、すごい名前ですね。「煉獄ベーグル」「冥土カフェ」「三途の河パフェ」「土葬パナシェ」「冥土の飛脚コース」など、想像力をかきたてます。私はこの前、西のバレン高原のドルメン巨石墳墓を見に行ってきました。


heidegger_
思索と詩作との会話は、死すべき人間をして、言語の中に住むということを更めて学ばしめるべく、言語の本質を喚起することをめざしているのである。「詩のなかの言語」

人々は愛していないものを愛するふりをやめた。人々は望んでいないものを失っただけだ/愛されるものだけが存続する/アジアにおしつけた言葉は愛されなかったから存続できなかった。軍隊も原発も存続しないだろう/愛は幸福のイマージュをもたらすとやっと学んだのだ/ NOT TOO LATE !

昨夜は青山で、アンサンブル・ベルリンによる、モーツアルト、リスト、ヴェルディの演奏を昨夜、堪能した。間近でオーヴォエが醸しだす音色に魅了された。室内楽演奏が織りなす異空間ー重層化されていく移ろい、間、深さーに誘われた。11月末に来日し、福島などでチャリティー演奏を行ったとのこと

・現実に保護貿易を必要する国は、他ならないアメリカなのだ。意外でも何でもない。ただ保護貿易に復帰したくないから復帰しないだけのこと。代わりにTPPの如き露骨な国益への服従を要求する。自由貿易は、(孤立的な)保護貿易を必然化し、自由貿易だけでなく、米国をみよ!民主主義を破壊しかねない

国際情勢の変化を読んだ古代日本は、中国との関係で、百済との外交は危険と判断した。「くだら(=百済)無い」の起源とする説あり。さて今日、「くだらない」は、自身の道徳的優越性を示したいエリート崇拝の逆立ちごっこ。 実際に高級官僚は「くだらない」を連発、庶民の味方と自分を飾りたい人ほど

・今日アメリカは自由貿易の擁護者とみなされているが、アメリカがアメリカである原点に、「代表なくして課税なし」の、保護貿易的な独立精神の歴史があった。アメリカの独立は、大英帝国の自由貿易との戦いに沿って実現した。英国紅茶を海に捨てた抗議は、自由貿易が民主主義と両立しないと考えたからだ

・自由貿易的なものには保護貿易的なものがあり、保護貿易的なものには自由貿易的なものが存在する。例えば、大英帝国の自由貿易を考えよう。一八六0年代マンチャスター綿産業の隆盛は、米国のアフリカ奴隷労働による原料生産に支えられた。安価な綿製品の販路はインド。これも自由貿易、但し大英帝国の国策としての

・自由貿易的なものには保護貿易的なものがあり、保護貿易的なものには自由貿易的なものが存在する。後者に関して、トッド氏は、戦後、保護貿易から出発した日本経済が長期的に拡大させてきた自由貿易を高く評価している。戦前日本の統制経済下の植民地主義的保護貿易が齎した全アジアの窮乏化と大違いだ

官僚的形式主義というのは、合理主義を追求する企業の理想でしょ?公害裁判支援闘争の時そう思ったー>Red tape encases the spirit like the bands of a mummy ! 官僚的形式主義はミイラの包帯のように精神をすっぽりと包み込んでしまいます

ブルジョアジーの創造的破壊の法則ー資本家は生産革命を革命化し続けなければ、生産設備への絶えざる投資を行わなければ滅んでしまう。しかしこの法則はバブル期では成り立たない。回収された貨幣=新投資、ではない。リスク回避を選択し土地と株の領域に回路づけられてしまう。オリンパスの問題の根本

人類のために真理を追求する科学集団に属する個人は、同時に、社会的責任を自覚した市民である。自己の専門領域の利用によって、科学に関する事実を人々に伝える義務がある。この自覚があればこそ、差別という反真理それゆえ非科学に対して戦わんとする、科学者の市民的正義の実践が比類ないものとなる

人類の為に真理を追求する芸術家は、追求する対象と表現するプロセスがたまたま芸術の形式と関わっているに過ぎない。本質的な事柄は、到達した思考と知識の進歩を共有せんとする社会的責任にある。この責任に伴なわれて、差別という反真理の権力に逆らう芸術家の市民的正義の実践が比類無き意義をもつ

不況は一度入り込むと出口なし、は真である。世界不況を撃退する有効需要の創出も、大金持ちにbigボーナスを与え消費して貰うと願うことは、カルト的救済の次元の話だ。驚く程、現在のBrutalな格差社会は、マルクス再生産表式ー森島や宇沢によって高度に数学的再構成されたーに近づいてきた

日本化している中国。いまや北京の軍事行進は、アメリカ人の観光名物。「可愛い」女性兵士達の中には、芸能界進出の者もいる。一般にどの社会も秩序が強まると、つまり自由がなくなるに比例して、女性達は「可愛い」ー男性達の視線のなかで。わが邦の若い女性達は「可愛い」を捨て、どうぞ自己主張を!


Absolute silence leads to sadness. It is the image of death. Rousseau

英国人は、田舎好きゆるふわ系一人ひとり。スコットランド人が綴るノスタルジーの詩には当惑。アイルランド的な、ナショナリズムの毒の如き曖昧性に蒼ざめる。ソーアリズムが得技だが、なぜか、不得手な資本主義的なものを崇拝ー故にBBCはこの野蛮な国民を啓蒙する使命感を持つ。ベートベンの音楽で

TristanTzara
冷たい水が心臓につないだ 共有される苦い眼球 生き残った者たちの小径で ピクピク動く細胞膜は円形に分割され 空気は根から溶けはじめる 静かな殴り合いの空洞にできた 自分の影を再現できるものはいない そこに現れるのは冬たち 冬の茂みの骸骨と沫のため息

えにくす さんのツイート
妖精のキキをご存知ですか。魔法の使えない、できそこないの妖精です。内緒の話ですが、彼女はエルドラド、――つまり太陽の都からやってきた疑いが掛けられています。そして本当にそうであったと思います。彼女は、黒い太陽が実はそれぞれに一生懸命な蝶蝶の大群でできていることを知っているのです。

There is no hope unmingled with fear, and no fear unmingled with hope. Spinoza

英国人は、田舎好きゆるふわ系一人ひとり。スコットランド人が綴るノスタルジーの詩には当惑。アイルランド的な、ナショナリズムの毒の如き曖昧性に蒼ざめる。ソーアリズムが得技だが、なぜか、不得手な資本主義的なものを崇拝ー故にBBCはこの野蛮な国民を啓蒙する使命感を持つ。ベートベンの音楽で

TristanTzara
冷たい水が心臓につないだ 共有される苦い眼球 生き残った者たちの小径で ピクピク動く細胞膜は円形に分割され 空気は根から溶けはじめる 静かな殴り合いの空洞にできた 自分の影を再現できるものはいない そこに現れるのは冬たち 冬の茂みの骸骨と沫のため息

えにくす さんのツイート
妖精のキキをご存知ですか。魔法の使えない、できそこないの妖精です。内緒の話ですが、彼女はエルドラド、――つまり太陽の都からやってきた疑いが掛けられています。そして本当にそうであったと思います。彼女は、黒い太陽が実はそれぞれに一生懸命な蝶蝶の大群でできていることを知っているのです。

There is no hope unmingled with fear, and no fear unmingled with hope. Spinoza


In the 17th century the word semiotics reappeared (centuries after Galen, and not only in Locke) to designate a doctrine of signs also because only at that moment the European culture became fully aware of the existence of other cultures and other forms of writing, from the Chinese ideograms to the Egyptian hieroglyphs.
- Umberto Eco

フェミニズムはマルクス主義の男性原理を批判してきた。男性中心の家族的価値観を自明視する既成労働組合を批判、「大きな政府」に定位する官僚体質の男性優位主義に警戒してきた。但しネオリベとの一致点は表面的なもの。ネオリベの多様性を憎むファシズム的抑圧をフェミニズムは拒むのは明らかである

戦後は英国が乞食として現れた。米国は、財政支援を求めたケインズを信用せず、国際経済に関する彼の重要な提案も却下。結局国益に都合よくドル金本位制を創設、ベトナム戦争のドル垂れ流しでこれを維持できなくなると、変動相場制へ移行。世界機軸国としての公的な責任を果たさず勝手気儘にやって来た

ケインズ案は、"失業を輸出する"貿易黒字国に対して、(内需拡大による)不均衡是正、制裁金賦課、黒字分所得の没収を求めた。国際取引秩序を壊す黒字国だけでなく、貿易赤字国も、国際取引が暫定的に禁止される。バブル時代米国の貿易赤字が齎した大混乱を見通した様な、ケインズの驚くべき先見性だ

国内雇用を生み出せない米国は、TPPに活路を見出す。これは一九七〇年代に遡る。利子率の長期的低下に直面した米国資本主義は、海外の安価な労働力のもとに飛び出したかった。企業の多国籍化を防ぐ規制の緩和がレーガンノミックスだった。その失敗の代償は、現在日本のセーフティーネットが支払う?

「わが子は二十に成りぬらん 博打してこそ歩くなれ 国々の博党に さすがに子なれば憎かなし 負かいたまふな 王子の住吉西の宮 (梁塵秘抄365番)」 好きな歌です。親不幸な上に郷里なので。兎角、高等芸術の金箔を剥ぎたいです。

日本人ならば仏教徒と思わないでおくれ!ヨーロッパの人々に、「僕はFreethinker無神論者」と答えるが、相当な説明力が必要で中々面倒だ。Freethinkerといえば、穏健な無神論者の知識人達は、サッチャーから三十年、復興したわが子(英国)をカルト狂い賭博国家と嘲弄していたな

ポピュリズムの政治家はキューティーハニーの如く変身するー右翼と左翼、復古政治とスターリンと。共通のキーワードは「責任」。ハニーフラッシュに目を眩まされた中流意識の心の内に響く、この言葉こそ、人生のバランスシートの様な道徳心と愛国心を心地よく消費させてくれる・・としたら困ったもんだ

整然と整理した本箱は、なんだか自分を限定している感じで不快だ。しかし本を立て水平方向に並べたい欲求が勝る。と、偶々一冊をパラパラとめくると、もう読み始めている。片付けた後に本を読むつもりが、こうして先に読むから一向に片付かぬ。これは信用の如し、決済を無意識に未来へ先延ばしするから

驚異は芸術品だろうか?芸術に価する驚異の種類について人はしばしば誤謬を犯す。芸術にあっては単に思いがけないことでしかない限定された驚異は無用なので、不断に更新される仕組みから生まれて来、しかもそれに対してはいかなる期待も全く力の無くなってしまう無限の驚異こそが必要なのだ。


latin_bot ラテン語名文集
Sine Cerere et Bacchō frīget Venus. ケレースとバッコスがいないと、ウェヌスは凍える(=食べ物と酒なくしては愛も冷える)。(テレンティウス「宦官」)

heidegger_
本来「場所」Ortという呼び名は、槍の穂先を意味する。この穂先の中に一切が結集しているのである。この場所は己れの最高究極のものへと集める。こうした集結性が一切のものに滲透しており、一歳に亙って遍く存在しているのである。「詩のなかの言語」

丸山;事実によって事実を批判する事はできない。観念によってのみ事実を批判できる。事実によって批判した様に見える場合にも、よく見るならば事実から構成した観念に依拠している。観念を否定する者は、事実を批判する足場を失い、結局目前の事実に押し流されるー>自己啓発本ノウハウ=批判精神の死


フラファティーの映画「ナヌーク」(たしか邦訳は「極北の怪人」)、昔パリでこれを観たとき、私の他フランス人親子二人しか観客がいなかった。終了後で廊下で、私を指差して子供が蒼ざめている。「エ、エスキモ、ラ!(エスキモが飛び出して来た!)。「ノン、ジャポネーズ!」と、賢明に説得するパパ

四時、五反田駅前コーヒー屋にて。「お客さん、今日は寒くなりましたね」。「アイルランドとイギリスは、夜みたいに真っ暗でしたよ」。「雪がふります?」。「雪は降りませんでした」。「じゃお客さんは、寒いのが結構強いとか」。「いや、エスキモーじゃないんで・・・よく間違えられますが」「  」


いまだに反原発に対する拒絶感の真相>あらゆる政治や社会のイデオロギーに「不潔な抽象」を嗅ぎつけ、ひたすら自我の実感にたてこもる思考様式が、ひとたび圧倒的に巨大な政治的現実(例えば、戦争)に囲繞されるときは、ほとんど自然的現実に対すると同じ「すなお」な心情でこれを絶対化する(丸山)

デリダは哲学を詩的に書く必然性があったー嘗て17世紀の共和派ピューリタン達が、後に20世紀革命的マルキストが憎んだ様に、哲学者が非難し追放するものーしかし演劇に於いて絶対に欠かせないものーフロイトが夜の鍵で開けたものー即ち人間の嘘をつく倒錯を、デカルトのコギトの中に投射してみせた


xyzqa いろはにのツイート
【蓮】意味:子孫繁栄・精錬・連なり・繋がり 象徴:清廉潔白の情・夏  気品ある高尚な、清廉潔白の情を顕す。インドからの佛教伝来と共に、蓮に対する崇敬の念も、蓮の花のイメージの中に取り入れられてきた。インドで蓮は「力・創造・豊かさ・繁栄」等を顕す。
1時間前

PrimeNThm number
@owlcato 事態としては、あまり好ましいことではないですけどね。ですが、数学的正しさというものが、数学者の中でも、ねじ曲げられてしまうといったことは、数学の論理体型自体を否定しそうで、理論の美しさを求めている者とは思えない行動だと思いました。

私の様な門外漢に分りやすく説明して戴きました。「ねじ曲げられてしまう」が印象的でした。文学と詩の領域におきかえてこれを考えてみますと、前衛的な表現に関して、grammatical but unaccéptable(正しいが使用不可能)という判定が常に働きますね

e projet は、映画スクリーン上の投射という意味に取っていました、ゴダールは。Et à quoi bon exécuter des projets, puisque le projet est en lui-même une jouissance suffisante ?

▶Baudelaire:Et à quoi bon exécuter des projets, puisque le projet est en lui-même une jouissance suffisante ?/Les projets:Le Spleen de Paris

▶ボードレール:「私の魂がかくも悠揚に旅しているのに、どうして私の体を強いて移動させる必要があるのだろうか?その上、計画はそれ自体で一つの十全な愉楽であるのに、どのような効用が計画の実行によって私に齎されるのだろうか?」(「計画」『巴里の憂鬱』より)

Justice is the set and constant purpose which gives every man his due. Cicero

『..あまりにも凡俗な考え方に接したり、テレビのバラエティー番組を見たり、あるいは大臣の演説や、「楽天家」のおしゃべりを聞いたりするとき、私たちのすぐ目の前に恥辱があるのです..』<ジル・ドゥルーズ『記号と事件』(河出文庫2007)>

ドゥルーズがそう言ってましたか、流石ですね。「目の前に恥辱」は政治と哲学を結ぶ覚醒。関係があるかどうか分りませんが、「恥を知れ!」と警官達に怒鳴ると一瞬怯むのですよ・笑。「恥」の意味が知らないからでしょう。「品格」しか知らないから「迷惑」かけるなと連発

 「恥を知れ!」と怒鳴ると一瞬怯む、という感覚は良くわかります。「品格」という言葉が持て囃され、歴史修正主義者が跋扈する現在では、「恥辱」という感覚も、そして、それを払いのける契機も失われつつあるように思えます。





テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
ALSO SPRACH OWLCATO ふくろねこー、かく語り き 2011年月12月 本多敬 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる