言葉と表現と射影のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS ALSO SPRACH OWLCAT ふくろねこー、かく語り き 一月後半  本多敬

<<   作成日時 : 2012/01/10 08:20   >>

トラックバック 0 / コメント 0




詩人は、聖なる本のこちら側を祖国として表象し、あちら側を外国として表象せんと瞑想した。見つめる本は、詩人の視線を映し出す鏡。詩人は自らに属するこの他者を深く愛した。と、酒神は問うた。本と読む人はわたしの内側に分かち難く連帯していたはずなのに、何故汝はそれらを国境線に分割したのか?

詩人は、聖なる本のこちら側を内在性として表象し、本のあちら側を超越性として表象せんと瞑想した。見つめる本は、詩人の視線を映し出す鏡。詩人は自らに属するこの他者を深く愛した。と、酒神は問うた。本と読む人はわたしの内側に分かち難く連帯していたはずなのに、何故汝はそれらを分割したのか?

見よ!イデンの薗の如き聖地を。帝国主義の英国と日本はこちら側を内在性として表象し、あちら側に在るアイルランドとアジアを超越性として表象した。聖なる超越性は、強欲な民族の厭らしい優越感を映し出す鏡だ。彼等はこの他者の身体=土地を愛した。こうして英日同盟は勝手に分割し出鱈目に統治した


「ユリシーズ」最後は、Yes!Yes!Yes!と結ぶ。デリダ派はここにニーチェ的な大いなる肯定の哲学を読み取る。それに対して、モリーは実は、No!No!No!と心の中で叫んでいたと反論するのは、ポストコロニアリズム派の論客だ。それは男性原理的中流社会への同化を拒む声なき声であった


・L'art, c'est ce qui résiste;il résiste à la mort, à la servitude, à la honte.
(Deleuze) 
ー 芸術とは、すなわち、抵抗のことです。死に抵抗し、束縛にも、恥辱にも抵抗するのです

・哲学は、「超越性」を占拠できずホームレスとなっている。「内在性」のもとに帰還したくとも、<立入り禁止>を科学に告げられてしまった。驚くに値しないが、文学と民衆と想像力はそんなホームレスとなった。もはや「神話」の大地を闊歩できないし、「リアリズム」の都市から立退きを受けて久しいのだ


ジョイスとブレヒトの子供達。だが戦後の映画がエイゼンシュタインと袂を分かつのは、ゴダールに顕著な、映像相互間にあらゆる種類の非合理的切断や非共役的関係を構築していく試みだ。デュラスとストローブといえば、マラルメの映画的継承で、音声の自立性をめざし、音声と視覚の非合理的切断を探った

原発施設のメルトダウンが現実に起きたあとも、原子力ユートピアの如き論理で悟性は、何が現実的で何が効率的かを私達の理性に教え続けている。それに対して、わたしたちは想像力を持っている。何が最も現実的であるか、何故理想主義的たらざるをえないのか?悟性に対して、「見よ!」と要求して行こう



こんなにゴダールが受容されているのに、彼から影響を受けないというのはなにか変だ。翻訳されたデザインの言語で、ゴダールのモンタージュの意義を理解していないだろうか?「言葉」、「映像」よりも、「詩」、「像」と訳した方がいい。「力」ではなく、スピノザ的に「能力」と訳した方が適切と思うよ

多くの詩人は、世界じゅうを歩きまわって熱心にしかも難儀しながら、人間に似た形の岩が偶然見つからないものかと捜している男に似ている。

原子力ユートピアの如き論理で以って、悟性は、何が現実的で効率的かを私達の理性に教え続けているー原発のメルトダウンが現実に起きたにも関わらずだ。それに対して、私達は想像力を持っている。何が最も現実的であるか、何故理想主義的たらざるをえないのか?理性と想像力は、「見よ」と要求して行く

・反(脱)原発派の人々のうち、国民投票に消極的な人々は、<小泉・石原・橋下>的ポピュリズムによって、推進派を利する危険性を指摘する。確かに一理ある。しかし最悪でも、原発災害の与件(事実)を推進派に突きつけ認めさせる効果がある。集会デモを不当に妨害させない。外圧は強まり、孤立化しない

・私は集会・デモの運動しか期待していない。その点、国民投票<慎重派>よりも遥かに絶望している。但し一度国民投票を行うと、民主主義の風景が同じではあり得ないはずだ。何故なら反(脱)原発の運動は成長するからだ。運動はプロセスであり、国民投票それ自身は運動にとって依拠すべきモデルではない

冤罪はこれを繰り返さない事。反駁不可能な物的証拠に基づく証明を尊重する事だ。「状況証拠を突きつけ、合理的に説明できない様子を法廷で示して、被告は真相を隠しているという印象を裁判官に持たせる」。本当にその程度の証拠ならば推定無罪の原則。いまの新聞記者は冤罪について考えた事がないのか

プジャード運動は、典型的なポピュリズムの運動として、プチブル層の生活保守意識に根ざした偏狭で拝外主義的な感情的愛国主義を組織し、アルジェリア戦争に疲弊した50年代末から60年代初めのフランスにおいて一定の力を持った。ル・ペン党首もこのプジャード運動の熱烈な担い手だった。Wiki

ディアスポラー>神の裁きに逆うオィデプスの放浪ー>ナチスから逃げるシェーンベルグ、モーゼとアロンー>Bの子供十字軍ー>スピノザ的マグニチュードー>FW的多声言語都市ー>マルクスのロンドン亡命と注釈学ー>ギリシャ精神のユダヤ人ー>ノマドー>

・思い出しました。昔新橋にある公害企業本社玄関前の座り込みに参加したとき、釜ヶ崎から応援に来た「脳性マヒ者」の日雇い労働者と出会いました。カネヤンは花園大学に通ってマルクスと仏教の勉強をしていた方で、三日間ずっと隣に居ましたから結構色々話しました。充実した時間でしたね@Ao_69

・ニューヨークと比べれば、まだロンドンには、「政治性を持つ思想哲学アート」のボヘミアン的隙間があると言われますが、締め出されている現実は東京と殆ど変わりありません。フェミニズムの国なのに、女性芸術家の方が乞食行に近い苦渋や覚悟でした

・「実践のかたちも各々異なり」ー>ベルリンの壁崩壊の年、新橋で三ヶ月間座り込みが続き、このおかげで出会う事がなかった人々と出会えました。当時市民運動のリーダーの方は、反原発運動にも関わっていて、福島の原発の爆発の可能性を非常に心配していました。やはり、勘がいい方でした


昨日アメリカから、3・11をテーマにした詩集Sunrise from Blue Thunder のコピーが出版元Pirene's Fountainから届いた。昨年三月に原発災害について書いた自分の詩を読む。抗議のデモを報道しようとしない隠蔽の体制に対する不信感と怒りが綴られている



・昨日アメリカから、3・11をテーマにした詩集Sunrise from Blue Thunder のコピーが出版元Pirene's Fountainから届いた。昨年三月に原発災害について書いた自分の詩を読む。抗議のデモを報道しようとしない隠蔽の体制に対する不信感と怒りが綴られている。
・抗議デモを報道しないメディアに対する不信感と怒り、すでに新・安全神話の兆候すら感じ取った。言葉に対する不信感、詩など書けたものではない。しかしfacebookを利用して海外の人々に伝えたかった。こうした目的を持つ詩は破産を免れない。レトリックの使用によっても返済できないものなのだ

学問はいずれも―哲学となったあとに―ポエジーとなる。(Novalis 『一般草稿』)。僕が翻訳を試みているジェイムス・ジョイス「フィネガンズ・ウェイク」もそういうものだ


ベトナム反戦のラッセルとサルトルの二人は、米国を被告とした裁判を公衆の前で行った。現在、東電を被告とする国際法廷の様なパフォーマンスがあってもいいんじゃないか、東電に召喚状を送りつけて。企業の犯罪を過去に遡って実定化し、生まれてくる子供達の為に伝えて行くー再び繰り返させないために




FINNEGANS WAKE JOYCE

Byfall. Upploud!The play thou schouwburgst, Game, here endeth. The curtain drops by deep request. Uplouderamain! (Joyce's Finnegans Wake)

(ふくろうねこ訳);
天に向かって墜ちよ!バベルの塔崩しごっこに、拍手喝采。宇宙の劇場よ、汝は終焉のとき。と、幕が下りるまさにそのとき、万能の神に遥か及ばざる不完全被造物がこの舞台に上がったー人間だ 

(ふくろうねこ流の解説)

テクストのなかで作者自身が翻訳を行う迷宮ぶりといったら!FWは少なくとも五十以上の言語から成る。日本語の翻訳者は、FWの坩堝に、51番目の言語を放り込んでいるだけなのだ。翻訳は不可能としたら、注釈によってテクストと関わるしかない。記号から意味を剥ぎ取る様に、注釈から翻訳を切断すること。

・「フィネガンズ・ウェイク」は何語で書かれているのか?見た事がないようなな英語で書かれていても、未知のドイツ語で書いたテクストかもしれない、とフリッツセンは皮肉に語った。とすれば、次の問題提起がユダヤ的破壊性を放つ。作者のジョイス自身はFWを英語に翻訳していたと(オリジナルの言葉はなーに?)

・FWになにが書かれているのか本当はよく分らない。(現在誰も読めなくなった「論語」と似ている)。だから「書き方」を問う事ができるだけ。FWの言語はどの言語にも還元できないから、一見超越的である。しかし、世界中の若者は、そこに自分の母国語を見つける事ができる以上、それは内在的な言語といえる

・結局、FWは注釈学的視線を内部化したテクストである。何が書かれているか?これは書き方から解釈する他ない。超越的でも、内在的でもない様な、そういう領域が存在する事。つまり、神や民族の領域でも、原子的個体の領域でもない様な、人間的な領域があること。FWの書き方はその領域と共有する形式をもつ

・「他の事実と照らして『おかしい』という印象を裁判官に与えられたかどうかだと思う」と、新聞記者が葛藤もなく垂れ流した言葉に唖然。公正であるべき裁判をお見合いゲームと勘違いしていないか?「印象」で有罪判決が下るのがフツーと思うのなら、捏造された自白で起こる冤罪もフツーと思うのだろうね


デモのある社会、一人ひとりが喋り始めた!国民投票は是か非か?原発翼賛会のもとで代表制の民主主義が決定不能に陥っている。これが国民投票を主張する賛成派の根拠だ。反対派はデモの中のデモの様な立場。<小泉ー石原ー橋下>的民主主義が国民投票を搾取する危険があると反論する。私達のなかの対立


FINNEGANS WAKE JOYCE

Home all go.Halome.Blare no more ramsblares, oddmund barkes!And cease your fumings, kindalled bushies! Andsherrigoldies yeassymgnays, your wildeshaweshowe moves swiftly sterneward! For here the holy language.Soons to come.To pausse. "Tis goed. Het best


(本多訳);故郷は流れゆく、夢の彼方へ。バークへ!この居酒屋に、燃え上がる火のような、冗談を放て!ゴールドスミス、イェーツ、シング、ワイルド、バーナード笑笑は皆、千鳥足。船尾の方から優しく激しく、聖なる言葉を放て、アイルランドの作家達よ! あっと瞬く間に、ということになった。もー最高

(おっせかいなワンポイント解説)
アイリッシュパブの乱痴気騒ぎの描写です。ジョイスは、ゲール語で書いた作家ではありません。この一文で、自分の大先輩達、雑多なハイベルノ英語で書いたアイルランドの作家の名前を挙げています。サルトルのネグリチュードの二項対立的概念とは、植民地闘争のためには,作家は現地の言葉で書くべきだとする考え方でしたが、近年、この考え方は、英米のポストコロニアリズムの論客によって批判を受けています。



Off to clutch, Glugg! Forwhat! Shape your reres, Glugg! Foreweal! Ring we round, Chuff! Fairwell! Chuffchuff's inners even.All's rice with their whorl ! (James Joyce; Finnegans Wake)

教会に酒盃を、鼻くそども!天にオワシマス糞ったれどものために。耳糞ほじれ、鼻くそどもめ、前へすすんで輪を描くのだ。あばよ。チャフチャフ、ぺろぺろの娼婦栗グリ的螺旋運動で、世は終わり、よっしゃー (ふくろうねこ訳)

Otherwised,holding their noises,they insinuate quiet privates,Ni,he make peace in his preaches and play with esteem.Warewolff! Olff! Yoboo!

今日は、宮田先生の、無駄がない素晴らしく上品な訳からどうぞw。「そうでなければ、自分達同士で、鼻をつまんで言う。この人、ズボンのなかにおしっこして、えらそうな顔をして遊ぶのよ。狼男だ!気をつけて!わーい!」。ありがとうございました。では、ふくろうねこさんの訳は、どうなりますかね?

ふくろうねこさんの訳は?「鼻つまんで、遠まわしの婉曲な言葉は、シューシュー耳障りの音の中から、聞こえてくる。あの人ったら、お祈りの言葉を唱える自分に向かって、ホカホカお小水をかけ、粛々と書いている。狼男だ!気をつけて!禁じられた行為だ!」 。こらこら、ふくろうねこさんは退場です!




CommManifesto Communist Manifesto

We see then: the means of production and of exchange, on whose foundation the bourgeoisie built itself up,
were generated in feudal society. At a certain stage in the development of these means of production and of exchange, the conditions under which feudal society produced and exchanged, the feudal organization of agriculture and manufacturing industry,in one word, the feudal relations of property became no longer compatible with the already developed productive forces; they became so many fetters. They had to be burst asunder; they were burst asunder. into their place stepped free competition, accompanied by a social and political constitution adapted in it,


「お粗末な政治を象徴するドタバタ劇は、もう見たくない」(朝日社説)。「お粗末な」とか「ドタバタ劇」は、ジャーナリズムの表現としては、格調が低すぎませんか?こういう翻訳不可能な、日本人の間にしか通用しない言葉をもて遊ぶ排他的態度も、大いに問題がありますね ☛情報伝達度7段階評価中2

海外新聞の発行部数は大体50ー100万部程度で、ルモンドやガーディアンの様な骨太新聞などは百万部を越えません。読売や朝日の様に一千万部ですと、あまりに多くの人々を満足させようとして無難でフラットflatな紙面になってしまうのでしょうね


V.Nabokov_

I have rewritten ― often several times ― every word I have ever published. My pencils outlast their erasers. - "Strong Opinions"

・現物給付といえば、幻想文学出版社の社長は、痛い人。自身で馬を所有するほど超競馬好きのギャンブラーで、勝手気ままに、賃金のかわりに、ほやほやの馬肉を、従業員たちにおしつけていた、と元社員の証言☛賃金の支払いは労働協約で現物給付の定めをすることは認められている(労基法24条1項但書)


自分の利益だけを考えることからはどんな意味でも政治行動はでて来ない。「自分をこえて他の人々へ、現在をこえて未来へ向かうこと」(ボーヴォワール「実存主義と常識」)によってはじめて人は政治の面に身をおく。パンは他人とともに要求する瞬間に、それはイデー化される。(春曙帖)丸山真男bot

Paul Valéry
散文作品のおもしろみは、いわば、作品以外にあって、テクストの消耗によって生まれるのに反し、――詩のおもしろみは、作品から分離もしなければ、また作品から遠ざかることもできない。


・冗談ならともかく、世の中の安全はそれほど安全ではない。同じように怪しいのは、会話を重んじた英語教育のご効用。ネイティヴスピーカーが君の発音で一切の話を聞かなくなる我慢時間は何分だと思う?数秒以下だろうー驚いた?でも君は、日本語を喋る隣のアジア人に、同じ無慈悲な態度を取っていないか

・価値の有無に関わらず、語る事は支配する事に直接結びついていますから。価値があるから流通する、という高度成長期の考え方は、価値があっても流通しなければその価値が実現しない、という80年代の考え方に取って替わられて、現在は、なんでも流通しさえすれば価値がある、か?


・推進派"ウランわが愛"は、"価値あるものは流通する"とした高度成長ジャパンasNo.1的国策に起源あり。八十年代の"流通しなければ価値の実現なし"という相対主義から、現在の傍観者的懐疑主義へと誕生した、Yesしか言わない知識層が迎合する。価値あるものが無い以上、批判も意味無しか?


ポストモダニズムの八十年代は、批判性の価値を小利口に軽蔑する熱心な人々が多かった。現在の、権威的な懐疑主義へと忍んで行く。市場にYesしか言わない迎合知識層、推進派"ウランわが愛"、高度成長ジャパン・アズ・ナンバー・ワン的似非復興斉唱、隣国を憎めと煽られ益々自分を憎み始めた青年達

隣国を憎め、戦争を語る記憶に耳を塞げと煽られた人々。あなたが純真であればあるほど自分を憎み始める。自己の純真さの全てを日の丸と君が代に譲渡しなければならないから。しかし救いはある。人間というのは、権力者が線引きする様には、「あちら」と「こちら」に、自身を分割できないものなのだから




アルトーは、メキシコの旅からの帰還後、アイルランドへ行きます。二週間後ダブリンで収監されて、そのまま仏の精神病院へと送還されてしまいます。若いラカンがこの時、アルトーの検査チームに加わりました。アムステルダムの闇市で入手した聖パトリックの杖を返しに来ただけなのですが・・・

アルトーは、中世から続いたダニーブルック・フェアーに関心があったかもしれませんね。記録では、私がいた家の近所で捕まりました。このとき、演劇家ミルトン・シングに宛てた手紙と数枚の紙幣しか保持していませんでした。アルトーはbig name(超ー大物)ですが、彼のダブリン滞在のことは、殆ど誰も知りませんーアイルランドの文化人達も知らないくらいです。

アルトーといえば、現代音楽のジョン・ケージです。黒い演劇のコンセプトは、アルトーに負うものです。ケージも、アルトーの痕跡を追って、ダブリンに来ました。アルトーに関して、アイルランド人の友達に話すと、Mad people love Irelandと一言。このMadは、創造的狂気creativeの意、あしからず。(多分、私の事もMadと思っていたんだと思います!今気がつきました、畜生!)


/数学ももっぱら法に関係する―法的な自然と人為[芸術]にかかわるのであって―魔術的な自然や人為にではない。この二つが魔術的になるのは、もっぱら道徳化によってである。愛が、魔術の可能性の根拠である。愛は、魔術的な作用を及ぼす。 Novalis  『一般草稿』


今日、新宿で、公開市民講座ーみんなでかたろう!女性のメンタルヘルスに出席しました。第二部は、上野千鶴子による特別講演があった。「ネオリベ改革と女性のメンタルヘルス~ カツマーとカヤマーのあいだ~」。大変有意義な時間でした。順次、レジュメの内容をツィートするつもりです。ご期待下さい

Novalis
アラベスク、種々の紋様、装飾模様などは、目に見えるようになった本来の音楽である。 『断章と研究』


Donnybrook Fairが中世の定期市だった事を忘れていました。JoyceのDublinersの中などにもちょっと出てきましたね。Morehampton RoadのDonnybrook Fairというお店を思い出します。



・誰が喋っているのか?日経連?労働貴族?国策労働法学者?アウシュビッツの門?この種の脱労働法的ミーイズムMeismによって、人々は、自分の個室一畳すら守れなくなってしまった☛平和義務に違反する争議行為は・・・たんなる契約上の債務の不履行であって、これをもって、企業秩序の審判に当たる


・<「脱原発」、ってきもちわるいことばです。昔から「反原発」、「反核」、ということばがあったのに、いつから使えなくなったんでしょう?・・「脱」はそこを経過してとおりすぎた、という意味。日本はまだ通り過ぎてさえいません>(上野千鶴子氏、ちづこのブログ 17 ;脱原発世界会議での発言)

☝現状否認 ☛ まさか、そんな、ありえない 
☝☝現実逃避 ☛ 見たくない、聞きたくない、考えたくない 
☝☝☝嗜癖 ☛ はまる、おぼれる <酒、薬、ギャンブル、女>

♪ (上野千鶴子「ネオリベ改革と女性のメンタルヘルス~ カツマーとカヤマーのあいだ~」レジュメより、✔男の得意技?)

・「助けて!」と言う勇気を持って!これは、シンポジウム「診療を通してみた社会と家族の変化」で、精神科医達によって強調されたスローガンだった。上野千鶴子も、講演会の中で(「ネオリベと女性のメンタルヘルス」)、「助けて」というための作法と技法を紹介した。全男性と管理職に読んで欲しい、と

A自分の弱さを認める
B何に因っているか(ニーズ)を言語化する
C安心して話せる相手を見つける
D泣いたり、怒鳴ったり、キレたりしない、自己主張の練習をする
E卑屈にならず相手に要求するF感謝とユーモアを忘れない

(上野「ネオリベと女性のメンタルヘルス」✔「助けて」というための作法と技法)


女性が男性を上回る ☛ついつい過食の傾向があった26,9%(男22,6%<女42、7%) ☛食欲がなくなり食べ物を口にしたくないと思った11,3% ☛バス・地下鉄・電車等の乗り物に乗るのが恐かった3,5%(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより✔ジェンダーの差)


男性が女性を上回る☛他の人が自分に敵意を持っている、人から監視されていると感じた14,1%(男15,0%>女11,3%)★ やはりね~、男が圧倒的に多い(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより✔2010年度版「第60回東京大学学生生活実態調査」、ジェンダーの差)

2010年度版「東大学生生活実態調査」☛他の人が自分に敵意を持っている、人から監視されていると感じた14,1(男15>女11,3)★ これはヤバイ体感だ。男の子のほうが被害妄想。ジェンダーの差がある理由は、女性の自我の成長は対人関係に依存しゆっくり完成するとされる事に関係ありか?


Q、ネオリベ改革から女はトクしたか、ソンしたか?

☝ Yes; ライフスタイルの選択肢の多様化 

☟No;ネオリベの原理の内面化(優勝劣敗、自己決定・自己責任)、成功も失敗も自分のせいー>他罰より自傷へ(摂食障害、リスカ、ひきこもり、対人恐怖)(上野「ネオリベと女性メンタルヘルス」)ー>連帯や組織化が困難/バックラッシュへの対抗もむずかしい

(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)



ふたつの期待;★ 「女の顔をした息子」としての成功(学校及び職場)  ★ 女としての成功(妻として母として)−>ひとつでは十分ではない!嫁いだ娘も実家の親の介護負担を免れない。娘の負担増 (上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)、✔娘の負担増)

"「女の顔をした息子」としての成功"と上野がいうのは、女性が投資の対象となったことを指す。八十年代以前は、娘に投資したとしも資金回収不可能だから、高い教育はムダとされた。裕福な母親の支えがないと女性は高い学歴を目指せなかった。この事情は、小子化と近未来における労働力不足で変わった

「女の顔をした息子」には、成功作も失敗作もある(上野千鶴子)。成功作とは、教育投資した娘が出世して、資金回収できるようになる事を意味する。具体的には、娘は実家の親の介護負担を免れない。他方、失敗作も失敗作なりに存在理由はある。娘は逃げれないー母親の傍らに置かれて一生罵倒を受ける?


1、「助け」というスキル 2、男は男に認められたい 3、男同士の関係は死ぬまでパワーゲーム? 4、男は同性(男)より異性(女)に弱音を吐きやすい 5、女性の集団に参入するのが秘訣? 
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)、✔弱さの情報公開)

1、国家の安全保障よりも人間の安全保障へ、2、超高齢社会、3、人口減少社会、4、上がり坂から下り坂へ、5、支え合いと助け合いの絆、・・・−>安心して弱者になれる社会を!
 
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)、✔人間の安全保障へ)


「公的支援」という前に・・・ ♥人間の安全保障へ、♥弱さの情報公開、♥「助けて」というための作法と技法、♥社会的弱者に学ぼう、♥分断から連帯へ
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)、✔公的支援という前に・・・)

1、女性同士の連帯 2、男との連帯(弱者としての男性/「オヤジのようになりたくない」若者たち)  (上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)、✔分断から連帯へ)
3、世代間連帯!ー>地縁・血縁より選択縁!<選択縁=脱血縁・脱社縁の共同体、「地域」「コミュ二ティ」とは呼ばれたくない女縁に学べ!>    
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)、✔分断から連帯へ)

1、弱さの情報公開 2、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング) 3、ピアカウンセリング 4、自立訓練(外出、外泊 ★小学生でやってることを大人でもおこなう) 5、居場所づくり
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより)、✔社会的弱者に学ぼう)


1、経団連1995「新時代の日本的経営」 2、労働者の3つのグループ;a 長期蓄積能力活用型(ライン)b高度専門能力活用型(スタッフ)c雇用柔軟型(派遣、臨時、契約、請負、パート=女性と若者)−>ロスジェネの誕生☹政・財・官+労働組合による合意☹雇用柔軟化政策=派遣業の規制緩和 
★「連合」(民社党)の裏切りは許せん!と上野千鶴子は怒っていた

(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔女と若者は使い捨て労働力?)


1、1985年雇用機会均等法 /労働者派遣事業法 2、1995年改正労働者派遣事業法 3、1993年パートタイム労働法 4、改正均等法 / 改正派遣事業法/改正安定法雇用5、2000年改正労働基本法(裁量労働制) 6、改正パートタイム労働法 7、★ 発見=ジェンダー平等法制と労働法の柔軟化とは、同時進行してきた
 (上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔90年代の労働法制)


1、実効性なきザル法(募集・採用、配置・昇進に禁止規定なし、罰則なしの努力義務のみ、紛争処理の実効性なし、女性の雇用改善に実効性なし) 2、好況期の女性雇用の拡大 / 不況期に効果なし
3、使用者側の対応=コース別人事管理制度の導入 4、真のアイロニー=均等法の成立後、均等法の定期雇用を受けない女性非正規労働者が増加した。<法は成立したが適用対象は縮小した>
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔雇用均等法のアイロニー)

1、ネオリベはフェミニストにとって闘いにくい相手 2、構造改革から利益を得る女と利益を得ない女 3、国策フェミニズムとしてのジェンダーの主流化 4、ネオリベ政権が推進する男女共同企画
5、フェミニストの政治参加 6、少子化対策の利用  ー>相対的沈黙(暗黙の同意を与えた?)
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔ネオリベに対するフェミニズムの反応)


1、女性の高等教育への進学率の急激な上昇(短大・専門学校より4大が増加) 2、専攻のジェンダー分離の変化(人文・教養系から実学・資格職志向へ) 3、法学部と医学部の女子学生比率の上昇
娘の教育投資の背後にあるのは母親ぐるみの二世代がかりの達成/ 男性組織社会への女の絶望とリアリズム(上野「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔ネオリベに対する女性の適応戦略)★経済学部と工学部は少ないのは、この二つが男性組織社会の学問だから、と上野千鶴子は指摘

a少子高齢社会 b低出生率 1989年の1,57ショック c高齢化による老後不安の高まり d娘への介護期待e子育てコスト(高等教育費)の負担 f消費財としての子供 g結果=娘への選好が高まるー>娘の価値の上昇? (上野「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔歴史的背景)


a ジェンダー格差+女女格差 b ネオリベの原理=機会均等のもとの自由な競争ー>ゴールには必ず勝者と敗者を生む  c 優勝劣敗の原則  d 自己決定・自己責任e 帰結=女性の二極化(エリートキャリア労働者/使い捨て非正規雇用労働者) f  女性の定食メニューの崩壊  一般職雇用+寿退職 −>派遣・パートの非正規職に置換 (上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔ネオリベと女性)


1、ネオリベ改革の二つの効果;(1)既得権益層の分解 (2)既得権益を持たなかった層の選別と競争
★どちらも二極分化ー>既得権益層からドロップアウトする人々による抵抗 既得権益を持たなかった人々にチャンスを与えることによる歓迎=両面効果
(上野千鶴子「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔ネオリベ改革とジェンダー)


a,男女共同参画政策へのバックラッシュ 東京都の場合、b,1999年石原慎太郎東京都都知事に当選、c,2000年東京都男女平等参画条例成立 / 東京都女性財団廃止命令(2002年に解散)
d,2001年千代田区男女共同参画センター松井やより氏の講演中止/台東区男女平等推進プラザ幸淑玉氏講演中止/石原「ババア」発言e, 2003年七生養護学校事件/都教委「不適切な性教育」批判、教員大量処分
f, 2004年 都教委「ジェンダーフリー不使用」通達 g,2005年 若桑みどりら1808等の抗議署名を都教委に提出 h,東京都男女共同参画審議委員に高橋史郎就任 i,2007年東京都知事石原3選  j、2010年 東京都教員らによる都教委訴訟最高裁で敗訴  k,2011年 東京都知事石原4選 /七生養護学校事件、教員側勝訴

(上野氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより✔バックラッシュ)



1、1985年国連女性差別撤廃条約批准/男女雇用均等法 2、1991年育児休業法 3、1995年国連北京会議/ILO156条批准 4、介護保険法成立(−>2000年施行) 
5、1999年 男女共同参画社会基本法/ 改正男女雇用機会均等法 6、2000年 省庁編成ー>内閣府男女共同参画局へ昇格 7、2001年 DV防止法 8、2003年 少子化対策基本法   (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔男女平等政策の達成)


1、答え=女性の労働力化 2、理由?=少子化ー>近未来における労働力不足 3、効果?=男女共同参画行政と少子化対策の共犯関係 4、1989年 1,57ショック 5、育児休業法 6、保育施設の規制緩和・民間企業の参入 / 待機児童数削減 / WLB(ワーク・ライフ・バランス)政策の推進 ー> もっと女を労働力に! (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔ネオリベ改革が男女共同参画を推進した理由?)


1、男女共同参画社会基本法によるジェンダーの主流化 2、橋本&小泉政権下のフェモクラットの活躍/福田政権による庇護 3、2000年橋本行革の成果としての省庁再編に伴なう内閣府男女共同参画局の昇格 4、橋本、小泉改革政権による男女共同参画政策の推進 (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔90年代におけるネオリベと男女共同参画のねじれた関係)



1、ネオリベ/ネオナショナリズム/男女共同参画 2、1999年男女共同参画社会基本法 3、1999年国旗国家法 3、ネオナショナリズムの勃興 
4、2000年代、男女共同参画へのバックラッシュ(ゆりもどし、こと「ジェンダーフリー・バッシング」) 

(上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔新自由主義/ ナショナリズム/バックラッシュ)






体感の変化;1、学生の幼児化(打たれ強さ、社会経験の狭さ、接近経験のなさ、幼児的万能感、自己中心性) 2、ジェンダー差の縮小=女子の男子への接近(浪人経験率の上昇、実学資格志向) 3、他罰acting-out から自傷acting-inへ(攻撃性の内向、自傷系メンへラーの増加) 4、(精神科受診の敷居が下がった・薬剤常習者が増えた・・・仮想敵としての精神科医) ★そういう学生達がゼミで増えていったそうです。上野氏は、東大で教師をするつもりが、生活指導科の先生になっていたと思い返しました。ユーモアで、仮想敵としての精神科医と語りました。どこの大学も同じ?)

2010年度「東大学生生活実態調査」(上位項目、すべて女性の割合が高い); 1、強い不安に襲われた(男子47.4<女子55.7) 2、気分が落ち込んだり何にも興味を持てなくなった 3、やる気がなくなり、無気力状態になった4、人と話していてとても緊張したり不安を感じた 

2010年「東大学生生活実態調査}に存在しない項目 ー  ・メンタルヘルス系(不眠、リスカット、自殺考慮、精神科受診経験、薬剤の常習)、 ・セクシュアリティ関連(性交経験、避妊実行率、避妊法、妊娠・中絶経験、性病羅経験) (上野氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより )


WHY? 理由は・・・ 1、家族の変化=少子化 2、社会の変化=ネオリベ改革 3、世界の変化=グローバリゼーション(上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス  カツマーとカヤマーのあいだ」レジュメより )


上野千鶴子氏曰く;人生は苦です。その苦の殆どは他者から来ます。「苦しさを誠実に受け止めなさい」と諭すのは宗教です。「自分の心を変えなさい」とアドバイスすると精神分析になります。「私はなにも悪くない、社会が悪いんだ」と認識すると社会学になります。(「ネオリベと女性のメンタルヘルス)

上野千鶴子氏曰く;人生は苦です。その苦の殆どは他者から来ます。「苦しさを誠実に受け止めなさい」と諭すのは宗教です。「自分の心を変えなさい」とアドバイスすると精神分析になります。「私はなにも悪くない、社会が悪いんだ」と認識すると社会学になります。

1、カツマーこと勝間和代支持派=ネオリベ女? 2、カヤマーこと香山リカ支持派=メンヘル系? 3、Q.努力は報われるか?Yes/ No 4、Q.負け組みは当然の報いか?Yes/No−>誰もが社会的弱者になる可能性を持つ時代 (上野氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔カツマーvsカヤマー?) ★上野氏は、自身を悪いと反省する必要がないと力説。香山リカはその点がはっきりせず。社会学とは、「私は悪くない、社会が悪いんだ」の学問。フェミニズムと歩め


1、カツマーこと勝間和代支持派=ネオリベ女? 2、カヤマーこと香山リカ支持派=メンヘル系? 3、Q.努力は報われるか?Yes/ No 4、Q.負け組みは当然の報いか?Yes/No (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔カツマーvsカヤマー?)



1、家計経済研究所のパネル調査 2、バブル崩壊後10年間の正規/非正規雇用女性の追跡調査 3、発見=正規雇用の女性のほうが、非正規雇用の女性より 、10年後に結婚確率が高く、出産確率が高い!(上野氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔どんな女性が子供を産むか?)
4、教訓(処方箋)=女性に正規雇用を保障せよ (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより 
✔どんな女性が子供を産むか?) ★ この点に関して財界は、女性の非正規雇用に占める割合を増やしてきたし、増やそうとしている、と上野氏は指摘。

1、低福祉負担か高福祉負担か?の似非問題 2、国民意識調査 3、「もっと手厚い福祉のために、今以上の負担に応ずるつもりはあるか?」YES 60% 4、BUT政府が信用できない! (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔日本国民は負担増に応じる準備がある)
5、抜本的な社会保障基礎構造改革が必要 100年の計 (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔日本国民は負担増に応じる準備がある)

1、年金制度(カネ)  2、介護保険(ケア) ★ 年金制度(カネ);一生自分のカネで生きていくことができる ★ 介護保険(ケア);家族の介護に頼らなくてすむ (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔ふたつの制度)

1、リスクの分散と再分配 2、一部の人には不公平 3、「社会連帯」の実現 4、共助の理念 5、日本の国民皆保険制度(国民年金、健康保険、介護保険 (上野千鶴子氏「ネオリベと女性のメンタルヘルス」レジュメより ✔社会連帯を実現する共助け事業)

少子化とネオリベ的グローバリズムの進行下で、投資財である「息子となった娘達」の勝ち組?といえば、オィデプス的父としての愛国的超コード化のことがあります。追放された負け組み?の駆け込む寺、精神分析も、内面化の避難所しか提供できないと、それは超コード化を助けるだけ

<福島>によって、勝ち組はそれほど勝ち組ではなくなってきたが、少子化とネオリベ的グローバリズムの追風で、投資財の「息子となった娘達」の勝ち組は、オィデプス的父としての愛国超コード化復活中。追放された負け組の駆け込む寺=精神分析も、内面化の避難所ならば、前者の搾取を協力するだけだ

「私はなにも悪くない、社会が悪いんだ」と社会学は言います。これが、私がここに呼ばれた理由と思います、と、上野千鶴子氏は、「ネオリベと女性のメンタルヘルス」の講演で最初に語った。精神分析学は、マルクス主義的社会学とフェミニズム、そして文学の批評理論と繋がってこそ、アンチ・オィデプス


補色という現象。つまり、ネオリベは、歴史的な、従って統整的な理想から疎外されているので、補うものとして超越的なX如き投射成り立ちます。この他者(ネオリベ)によって規定された、精神分析が、卑小なリアリズム(自我的領域)にしか批判の足場を持てないとしたら、問題あり


マーク王のもとに召喚された、三つのクォーク!/王の号令は届かぬ。号令が届いたとしても、徴(mark)とは違う所に集まる/雲雀だった奴は王たる鷲として君臨する/コワ(quoi)コワ(quoi)と鳴く老いたマーク王 / 暗闇でシャツを探して飛び回り、パーマーズタウン公園で狩り、、斑ズボンを探す姿/ホーホーホー、抜け毛マーク王/奴は酔いどれ阿呆船/ノアの箱舟から飛び立った使徒の鳩のくせに、女の尻を追い回すお山の大将/愚者達よ、トリエステ魂を炸裂させよ!/瞼が羽ばたきする間もないほどの速さで/これが、あの物書きが名声と銭を稼ぐやり方さ 


解説;

今日のFWは、「マーク王にクォーク三唱!」で始まりました。「クォーク」は、鴎の鳴き声を表します。ゲル=マンは、ジョイスのこの造語を転用してハドロンの構成粒子である物質の名称にしました。コワ(quoi)コワ(quoi)とも聞こえますね(無理か・笑)なに?なに?文学とはなにか?
ところで、トリエステといえば、十九世紀東西貿易中継地として、ユダヤ人が発展させた街です。「ユリシーズ」はこの地で書かれました。当時オーストリア=ハンガリー帝国の領土。独立運動によって、イタリアに帰属すべきか、社会主義か、中世の様な自治都市への道かと問いました。「三つのクォーク」と謎めいた言葉はこの事と関係するかも知れません
・Tristy's に関して色々と解釈できます。Tristyは、"三花柱"tristylousと辞書的に読めます。「トリスタンとイズー」の"トリスタン"と、物語を重視した理解も可能です。私は歴史を考えて、トリエステと訳しました。FWでは、辞書と物語と歴史、隣接し合う各々の次元が共存


人間が生きてきたリアリティーが感じられないと、審査員がコメントしちゃうのって、これ流行?大臣の為に官僚が作文したマニュアル答弁より無難な言葉ni、寂しさを感じてしまう。書き手といえば、世の中からあやしいものがなくなったと実感。人間が生きてきたあやしさが微塵も感じられない文学たちか

Proust
The Baron de Charlus was by now completely carried away by that madness which the Gods inflict upon those whom they wish to utterly destroy.


Novalis
汎神論と一神論は一見相容れないように見えるが、もし一神論の仲保者を、汎神論の中間世界の仲保者とし、いわばその仲保者によってこの中間世界に中心点を与えてやり、そうやって双方がそれぞれのやり方で、互いに必要としあえば、両者の統合は可能になるのである。 『花粉』


英国新右翼といえば、知的反骨右翼で反グローバリズムの論客。弾劾するサッチャーリズムの起源をボルシェビキに見出し、デカルトからロールズまで理論的対決を辞さない。TPP的ネオリベの理論的欠陥を明示する。「常識」と「自由嫌い」からの説教も結構だが、論証する事を恥ずかしいと思うな、諸君よ


7つ以上の視点を持つ練習として、読書が役に立つと思う。例えば、ジョイスを知る為に、種類の違う7冊を読む。例えばジョイスの小説を読む。彼の自伝一冊、批評・論文を最低5冊。批評の範囲は、モダニズム、構造主義、ポスト・コロニアリズム、同時代作家達から、音楽・映画・現代建築への影響まで

大杉栄の時代、非国民的と名指された日本脱出の快楽。会話の力を養おう。端的に会話は視点にあり。視点は一つでは足りず、二つでも充分ではない。7つ以上の視点を持てば、どんなインテリの前に出ても大丈夫なはず。逆に言うと、「外人」さんは、同時に7つの視点を働かせて喋っているということなのさ


大杉栄の時代、非国民的と名指された日本脱出という快楽。この快楽を最大限にする会話の極意はいかに?と、ふくろうねこ曰く、会話は第三項にあり。その真意は何ぞ?相手が自分の国のことを熱心に話し始めると、誰もが退屈に感じる。これはお互い様なのだから、第三項を共有する想像力が重要ということ


1,人間解放のユートピアを担ってきたヨーロッパの使命感。その場所は、現在、ネオリベ的金融グローマリズムと右翼諸政権による明渡命令に、屈服しつつあるかのようにみえます。今後、解放のユートピアは、ソーシアリズムの舞台となりつつある南米へ移っていくだろう、とルモンド紙は分析していました

2、歴史のダイナミズム、抗議の火は至る所で。2009年、ロンドンG20開催の年、私も参加した中央銀行前広場占拠、現在NYの占拠運動、抗議デモンストレーションは、南米の農民達が展開した土地回復運動から影響を受けています。地球の人々は繋がり合い、感化の大きな運動の中に生き始めたのです


☛日の丸英語防衛軍パイロット「隕石かミサイルか?艦長、未確認飛行物体が接近中です」
☛艦長「フィネガンズ・ウェイクだ。全軍逃げろ!あれにやられたら最後、みんなピンク色に」
☛パイロット「未確認飛行物体をとらえました。ストッキング、パンティー、ブラジャー、パブ」
☛艦長「ww(手遅れか)」

















テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
ALSO SPRACH OWLCAT ふくろねこー、かく語り き 一月後半  本多敬 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる