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zoom RSS イギリスの裁判所と、日本の裁判所

<<   作成日時 : 2012/09/05 14:57   >>

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九月の旅の前に、書いておきたいことは・・・

Vōx clāmantis in dēsertō: parāte viam Dominī: rectās facite sēmitās ējus. 荒野で叫ぶ者の声、「主の道を整えよ。主の道を真直ぐにせよ。」(ルカ)。

大法官といえば、王の秘書で、今日ならブレアーやブラウンやキャメロンの立場ですね。嘗てトーマスモアは大法官でした。さてエクィティー形成期として知られるイギリス法の歴史には、神や王に代行した大法官の僧侶が裁判官として、世を正すような態度で裁判を取り仕切った時代がありました。興味深いのは、そんな世直し的なものは、古代アイルランドでは詩人が担ったものなのです。(求め合う敵同心の一例ではないか?)。これに関連して、思い出すのですが、イギリスの裁判所は、"テロとの闘い"を口実にブレアー労働党が好き勝手に導入した人権弾圧の悪法(中世の拷問を復活させた、裁判なき追放刑)を公に批判しました。そういうこともあって、ザ・ガーディアンなどのベラル系新聞は、司法に大きな信頼を置いていました。世直しのイニシアティブをとるのは、裁判所だけではありませんでした。ニューレフトの知識人、スペイン市民戦争でフランコを批判したジャーナリズム、そして、知的にリベラルなカンタベリー大司教までもが、それぞれの個を保ちながらも一体となって、アメリカ主導のイラク戦争に追従していく、サッチャーリズムのブレアー労働党の迷走する体制を批判しました。特筆したいのは、シティーにある中央銀行広場占拠は、G20ロンドン開催を反対した、知識人の役割を代行した群衆によるものでした。当時は現場で全体像がよくみえなかったのですが、時間を経て考えてみますと、この四千人は、集団的知識人の声として働いたのではないかと理解し始めています。その一部はウォール・ストリートへ行きました。溜息まじりに、国民の生命を嘲笑う安全神話の推進を、"政官財報学"だけでなく、司法全体が担っていた日本の絶望的に厳しい現実を考えています。世を正す小さな声の力の結集として、反原発デモは態勢をたて直しもう一回頑張れ!という思いです

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