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zoom RSS アルファベットは何者か?軽蔑すべき奴隷だ。アルファベットは何ができるか?何も。何を望むか?全てだ

<<   作成日時 : 2012/10/01 22:03   >>

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みんなの楽しいアルファベット

(本多敬作)


アルファベットは、一体何者か? 

軽蔑すべき奴隷だ。

アルファベットは何ができるのか? 

なにも・・・

アルファベットは何を望んでいるのか?  

分らない。すべてだ。





1、日常言語学派の考え方というのは、きちんと理解できているかどうかわからないのですが、数学や物理学や経済数学を参照した以前と比べてみますと、わたしは、言葉に即して哲学の意義を考えるようになりました。ツィッターの影響があるかもしれません。とはいえ、まだまだ文法の枠に規定されますけれどもね

2、例えば、「空」とか「土」を分割できないXとして、物質名詞と呼びます。分割できない「連帯」の意義をかんがえるとき、この物質名詞のことを考えます。物質名詞の普通名詞化a cup of waterとか、限定詞による限定化 the blue water、という文法上の知識も役立ちます

3、waterというXがなにか共通のものとして存在し、自己の内に様々な属性を表現できるのです。マイノリティーの観念は、インディアンやアフリカンという属性、外国人労働者という属性、女性という属性を含むことを対応します。ただ、Xは、内部のなかでXに即して考えるという必然性はありません

4、それでは、トートロジーになってしまうからです。ここで、文法の知識と論理学の知識が役立ちます。さて、waterとい語は神様から与えられたものではないように、この共通のものは天賦不動のものではないでしょう。可能性として、共通のものは、人々によって絶えず発明されつくられていきます。

5、そうでなければ、共通のものは、言葉(言語)と同じように、化石化してしまうからです。なにか、スピノザみたいな感じになるのですが、まさにこのスピノザなんです。

6、最後にトピックス。昔見たアイルランドの高校の教科書、世界史の一頁目は、ジェロニモの肖像写真でした。自分達をインデイアンに自己投影する、アイリッシュの自己流世界史を垣間みせる、なにか決定的な映像と思ったものです。50年代にイギリス人から「白い黒人」とも差別されていた時期があり、

7、アイリッシュの反抗的なアーチスト達のなかには、逆にその差別を利用するしたたか者もいます。敢えて、俺たちインデイアンは白い黒人だぜ!と主張してみせるのです。それがIrishnessの本質さ、とばかり。Britishnessというスコットランド人の言い方にはこの迫力はないでしょう

8、インデイアン+白い黒人=Irishness、という方程式を眺めると、彼らが発明していこうとする共通のものがみえます。なんだかイギリス人が得意とする啓発セミナーみたいになってきましたが(笑)、この戦略も、日常言語に対する信頼があってこそ成り立つものではないかと最近気がつきました

9、その日常言語は何か?が問題です。「生命」を与えるゲール語とマルクスは考えたかもしれません。ジョイス的にいえば、アイリッシュが持つ言語は英語(ゲール語の影響を受けた)。ゲール語を媒介とした、アイルランド人はアイルランド人とするトートロジーは、危険なナショナリズムの表現だからです

10、「日常言語に対する信頼」ですが、この言い方は誤解を与えるかもしれません。ポイントは、言語に対する錯綜した複雑な関係を取れるかどうかにあります。したがって、ジョイスの場合、他者の言葉、英語でなければなりませんでした。構築性とともにバンダリズム的偶像破壊が同時に起きる本を書きました

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