言葉と表現と射影のブログ

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zoom RSS ALSO SPRACH OWLCAT ふくろうねこ、かく語り き  2013年 8月

<<   作成日時 : 2013/08/02 02:10   >>

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アメリカのアセットは、異なる価値の共生である。…ヨーロッパのアセットは、社会保障制度など、一種の公的豊かさを形成したことだ。…第三世界は、自分のことは自分で決める自決の権利を獲得して、植民地支配から脱出する過程で、プラスのアセットを築いた。

小田実 odamakoto_bot 「理解し、許すな」1994




日本で、子どもに「ホームレス」をどう伝えるかー襲撃を防ぐためにです。

ところで、海外では、難民とか亡命とか、それと経済的貧困をテーマに、ヨーロッパの詩人たちは、homelessという語を積極的に使っています。また、アフリカでの内戦から逃れてきた書き手達は、異国の地ヨーロッパにおいて自分たちを支えているあり方を根本的に問い直すとき、「ホームレス」という切り口がありますね。例えば、母国語のホームレスという言い方とか。やはりジョイスからの影響がアフリカの作家達においてみとめられます。ホメロスのユリシーズに託したナイジェリアのある詩人は、東西の交差点に佇む自己の姿を表現しました

日本で、子どもに「ホームレス」をどう伝えるかー襲撃を防ぐためにです。海外では、難民とか亡命とか、それと経済的貧困をテーマに、ヨーロッパの詩人たちは、homelessという語を積極的に使っていますー第一に差別をなくすために、それと自分たちを支えているあり方を根本的に問い直すためにも

軍国化の道のことについていうと、現在のアジア諸国の経済的実力のことをかんがえると、再び日本の軍国主義は、国土という名の領土的拡張を通して、外に向かって対象を持つことは頗る困難となってきたことは明らかだ。だからこそ、そういうこともあって、現在支配する力は、戦前よりも遥かに厭らしく歪に内向きの方向に向かって此方側に侵入して来たのだ。つまり精神が定位する領域に向かって。ところで、いまさら、別に、ファシズムになるとびくびく心配することもない。日本はすでにずっとファシズムなのだからという穿った声も聞いたけれども、しかしやはり現在のあり方は、三十年前に、ネオリべ的グローバリズムの八十年代に遡ることができる。あるいは、現在は、新植民地主義の世界的傾向をみる70年代から既に始まっていたことの顕現として位置づけることも必要だろう。なににしても、それに対して、フーコは言ったものだ。新しい身振りを作り出すことによって、やっと自分自身の名で、単純な事を言う、そんな自己の自己への関係においてしか、ファシズムに対する第一の抵抗点は存在しない、と。メイド・イン・安倍自民党の国民道徳の倫理学などは一切受け取らぬ。ただ現在必要とされているのは、われわれの抵抗としての倫理学だけだから…

現在のアジア諸国の経済的実力のことを考えると、再び、日本の軍国主義は外に対象を持つことは事実上不可能な企てに違いない。だからこそ、現在、支配する力は、戦前よりも遥かに内向きの方向に侵入して来ているのが現実だ。つくりだした新しい身振りで、やっと自分自身の名で単純なことを言う、そんな自己の自己への関係においてしか、ファシズムに対する第一の抵抗点は存在しない、と私は思う

ロンドンで最後にみた展示が、バービカンセンターでやったコルビジェ展だった。今日みた上野での展示品は殆ど建設会社の所有する絵から成るという。ピカソからの影響を無理なく理解できたし、今日初めてこの建築家からスイス人の内向性を感じ取れたのは、やはり絵画絵中心の展示だったということもある

原初的に何の権利を所有して現在の社会に来たかを語ったのが社会契約論であるとすれば、死んだ後にどこへ行くかこれを天皇の儀式によって示すのが、徳川日本期の水戸学的言説をひく、靖国神社的の言説でした。「敵を一人でも殺して死んで来た者は靖国神社で神として祀ってやろう」という、戦場での敵の死を担保に、日本人に死後の安心を前貸ししたのは、あまりにブルジョア的な発想といえるのではないでしょうか。この点に関して、繰り返して強調しますが、神道の歴史と靖国神社の歴史を決して混同してはいけません。靖国神社の「起源」は古代に遡るとするのは贋の文化概念です。国家神道としての靖国神社は、近代国家とともに19世紀にデビューした、喩えて言うと若い新人なのです。国家神道としての靖国神社は、明治国家の”戦う国家、祀る国家”の体制を支える近代的な装置として設計され、第二次世界大戦まで運営・維持されてきました。この靖国神社を中心におく”戦う国家、祀る国家”は、戦後の平和憲法によって、つまり政教分離の原則と信教の自由によって、はっきり禁止されることになりました。戦前の歴史を目撃した憲法は、最低限度これだけはやめて欲しいという抗議を書き表しています。侵略戦争を繰り返すな!そのためにも、国家神道を復活させるな!したがって信教の自由を侵害するな!と、戦後憲法は政府に対して抗議してきました。が、現在、安倍自民党は、「強い日本」「美しい日本」という国策標語として戦前に唱えられたようなスローガンをもって、アジアの人々と平和的に共存したいわれわれの憲法の根本を掻き消してしまおうとしているのです。



原初的に何の権利を所有して現在の社会に来たかを語ったのが社会契約論であるとすれば、死んだ後にどこへ行くかこれを天皇の儀式によって示すのが、水戸学的言説をひく、靖国神社の近代的言説であった。戦場での敵の死を担保に、日本人に死後の安心を前貸ししたのは、あまりにブルジョア的といえようか


国内マスコミは、黙示的に、安倍の公式参拝の辞退に一定の評価を与えているようですが、海外の目は全く別です。もはや安倍首相の公式参拝の問題だけでは済まされなくなってきたことは確かです。世界から自分たちがどうみられているのか、政府とマスコミ、そして国民はもっと知らなければなりませんね。


麻生のナチス発言の影響もある。明らかに、世界の、日本に対する監視の目が一段と厳しくなってきた。もはや安倍首相の公式参拝の問題だけでは済まされなくなってきた、と、日本政府と国内マスコミはまるで認識できていない。公式参拝した大臣達の罷免か、内閣総辞職に値するほどの政治災害だというべき




ヨーロッパのジョイス研究者は、ラディカルな知的アナーキストが多い。彼らが支持する、ジョイスの国家を超えたヴィジョンに曖昧性の余地がない。注釈学を利用したinteractiveを実践する。一方米国系ジョイス研究者は保守的な人ばかり。間テクスト的曖昧性について批評を与えるのがお家芸?

フィネガンズ・ウェィクのどの一行も読むのに半日要する。書かれた言葉をそのまま神聖なものとして受け取るこの祝福には注釈は欠かせぬが、所謂複数言語の多義的言語の解釈とは別のことだ。ジョイスは、世界中の人々が繋がれるようにと、世界中の河の名を言葉の大地に撒いたということだけを知れば十分




これはそれほど痛くないSM!?だろうが、絵には、自己欺瞞の内部にある、他者に対する顕著な二つの態度が表現されていないとはいえない。例えば、「山賊」の愛・言葉・マゾヒズムと、「女」の無関心・欲望・憎悪、サデイズム。桜の木の中に埋め込まれるほど、比類なき美の顕現である「女」に従属してしまった不幸な「山賊」であるけれども、しかし、逆転のチャンスが僅かばかりあた。。逆転のためには、刀はいらぬ。ただ、主人が奴隷無くしては存在しえないほど奴隷に依存してしまうときに、その逆転劇が起きるのだろう。そのとき、見る主人が奴隷に、見られる奴隷が主人にと転位していく。坂口の芝居は、男と女の間のドラマである前に、まず存在をめぐる視線が繰り広げる闘争のドラマだった、と、わかる人にはわかる、わからない人には全然わからない。

四年間の子供時代のオーストラリアは、白豪主義の最後の数年間に属していた。帰国はシドニー時代だったが、そのとき、隣の大工の息子Bruceが、「いつもオーストラリアを思い出すように」、記念にとくれたのが、、先住民であるアボリジニーAborigineを記録した写真本だった。この本を開いたとき、地面が崩れるほどの衝撃だった。それ以来、自分が見ることができなかった、存在しなかった、痕跡すら残させないほど排除された他者の存在を示してくれた写真というものに、深い信頼を覚えることになったのである。ところで、1980年の光州大虐殺のとき、これを国民から隠すために、全斗煥軍事独裁は、全地域に向けて普段通りの歌番組を放送させたという。これを知って音楽家の将来を捨てた人物の話をTwで読んで思い出したのだが、アイルランドにいたときに起きたイラク戦争の初期の報道写真。「ル・モンド紙」と「ザ・ガーデイアン」紙を除いて、アイルランドの新聞もイギリスの新聞も、自らを米軍の側から撮った写真で誇らしく飾ったのだった。ピカソは、スペイン市民戦争のとき、リアリズムを装う嘘をつく写真を憎んだというエピソードがあるのだが、当時全くこれと同じ思いにとらわれた。ちなみに彼が向かったキュビズムとは、非現実を利用して現実を批判的に表現するやり方といえるのだ。偉い芸術家も偉くない芸術家も決して単純ではない。戦争を契機に、わたしはカメラから離れ始め、すこしづつ絵を書き始めることになったのである。イギリス時代は、依頼された舞台撮影の他は、殆ど撮らなくなっていた。再びカメラを持って外へ飛び出すのは、事実上ウオールストリート占拠運動の序章であった、G20ロンドン開催抗議デモのときだった

思想史的には、モダニズムとは、主観からの語りの秩序であり、語られる対象(例、社会)は深くホンモノ性に根差した。モダニズム批判として、70年代から始まるポストモダニズムは、書かれた言葉の客観の側へ、即ち、表層のニセモノ性の側へと移動したのである。批評は、容赦なく語りのユートピアと真理を根絶していった結果、批評そのものが成り立たなくなってしまうほどのパラドックスを予想していただろうか?。結局残されたものといえば、最も豊かな国が最も貧しい国を爆撃し、しかも国が消滅しても人々を爆撃し続ける21世紀ぐらいしかない。もう全員自殺するしかないほど恥ずべき絶望的で頗る困難の状況に立たされてはいるけれど、現在再びもう一度語るとしたら、主観でも客観でもなく、ホンモノかニセモノかの枠づけも超えていくのだろう。すでに語りは、人々の開かれた関係に依拠した歴史の方へ自らを取り返し始めているのではないか。

思想史的には、モダニズムとは、主観を中心とした語りの秩序であり、語られる対象(例、社会)は深くホンモノ性に根差した。モダニズム批判であった、70年代のポストモダニズムは、書かれた言葉の客観の側へ、即ち表層のニセモノ性の側へと移動した。現在再び語るとしたら、主観でも客観でもなく、ホンモノでもニセモノでもない。人々の開かれた関係に依拠した歴史が語るのだろう

モダニズムとは、主観を中心とした語りの秩序であり、語られる対象(例、社会)は深くホンモノ性に根差した。ポストモダニズムは、書かれた言葉の客観の側へ、即ち表層のニセモノ性の側へと移動した。現在再び語るとしたら、主観でも客観でもなく、ホンモノでもニセモノでもない。思想史が語るのだろう

甲子園は電気の無駄。こんなときは低視聴率の知識人野球大会で構わぬ。
アナウンサー「西欧大好き代表選手は和辻哲郎、アジア大好き代表選手は竹内好です。プレイボール宣言から二時間経ちますが、両者ベンチから出てきませんね」
解説者「中で本を読んでいますが、いつまで読むつもりでしょうか」



ヨーロッパの学校には古代ギリシャから現代まで見渡した「世界史」はありません。 World Historyも、日本の教科書で扱う1870年以降の近現代史。言説としての「世界史」を押し込んだのは文部省でしょうが、もっと遠くから「近代の超克」からの重力に引かれているかも

植民地主義について分かっちゃった人が意外と多いが、笑止だ。例えば、ヨーロッパの外の国(アジア、アフリカ、南米)だけが植民地になったと思い込んでいる人がまだ多い。ヨーロッパの国もまた植民地化された。19世紀のアイルランドがそうだ。つまり近代ヨーロッパは自らを植民地化したということだ

「持つ国」と「持たない国」という構図だけではない。19世紀に植民地を持ったヨーロッパの国が20世紀に植民地された事実も重要だから。コンゴ領をもったベルギーは、ポストコロニアリズムの論客からみた見方では、ドイツによって植民地化されたという。つまり植民地化は自らを植民地化していくのだ

反対の方向もある。つまり、植民地化された国が、植民地をもつ帝国に転位するというケースだ。これに関して大きな論争となっているのが、いうまでもなく、中国である。現在官僚資本主義とみなされている中国が資本主義であることには争いがない。しかし中国が帝国主義といえるかどうか意見の対立がある

ポストコロニアリズムの論客の中には、20世紀スターリニズムもまた大英帝国をモデルにした帝国主義とみなす者達がいる。他国(例、ハンガリーとかチェコスロバキア)を植民地化していった体制として理解するというのである。ポーランド映画に詳しい渡辺氏はあまり納得していなかったが、大変興味深い

事後的にだが、ソビエトという神話に反抗した同じ知識人がいかに、数え切れぬ多くの人命を奪った政治災害であった文革という神話を共有できるものなのだろうか?これは、近代的な?日本ポストモダン文化人が得意とする、二項対立という型にはまらぬ柔軟な思考だけでは限界があることを意味する。台頭する安倍自民党のファシズムに抗するために、いま、思想に、全体主義批判を与えなければ…。
話は、戦後直後に遡る。近代において起きるブルジョア的<主人>とプロレタリアート的<奴隷>の相互転位に陥いるのを避けるべく、その文学者は、抵抗の主体として新たな<ドレイ>を貫く立場を発見したものだった。しかし現実に行っていたことといえば、勝手に自ら思い描いたホンモノの民衆史を、魯迅=孫文=毛沢東=人民中国のスクリーンに向けて投射しただけのことだったかもしれない。竹内好である。偉大かもしれぬが、なにもかも中国共産党の中の内部に定位するホンモノの民衆史ならば、これは、将来において天安門前広場に中国共産党に抗議しにくる人々の現実の姿をニセモノとして隠してしまう危険性もあった。実際に、現在の中途半端な連中が愚かにも隠蔽していく。例えば、昨日朝日新聞の論説を書いた教養豊かな人物は、過去に拷問されたアルジェリア兵のことは忘却するつもりはないが、現在拷問されている中国人、天安門亡命知識人は忘却して平気である。しかし、現在拷問されている人々の未来について語らずして、いったいどのようにして、過去に拷問された人々を思い出すことが可能となるのだろうか、と敢えて問う

英米法を勉強するとき、コモンローとエクィティーといった管轄権の問題からは、王の世俗権力と教会の宗教権力の対立の痕跡を僅かに読める程度だが、それでも、王を中心とした一国イギリス形成に対する、宗教からの穴あけの歴史が存在した。この穴あけが皮肉にも資本主義的近代化を促進していったのだが


コモンローとエクィティーといった管轄権の問題からは、王の世俗権力と教会の宗教権力の対立の痕跡を僅かに読める程度だが、それでも、王を中心とした一国イギリス形成(超コード化)に対して、宗教から行った穴あけ(脱コード化)の歴史が存在した。この穴あけが資本主義的近代化を促進していったのだ




ふくろう猫の憲法話

イギリスでもアイルランドでも、人権は、新聞・テレビでジャーナリスト(特に国際報道)か、知識人が語ります。言説としての人権をキリスト教的知識で思い描いているのが中流ですね。ところで、イギリスといえば、書かれた憲法を持たぬ国。なぜ、イギリスには憲法はないのですか?とよく聞かれます。憲法はありますが、フランス憲法や日本国憲法のような書かれた憲法がありません。これには色々な建前があるのですが、イギリス人は、過去の文化遺産を指さします。マグナカルタとか権利章典とか、千年間積み上げられてきた判例を。しかし、五百年前の英語すらもう読めなくなってきたのですから、参照すべき宝珠の判例法といっても実際は殆どがブラックホール状態と思いますよ。労働党を中心として、イギリス人のなかには、他のEU諸国にならって書かれた憲法が必要性だという人たちも少なくはないのです。さて、日本人の場合、判断は、「もとづいている」かを吟味する語りの内部にあります。だから外観だけでも書かれた憲法を持てば民主主義に「もとづく」のです。(要は、自己完結してしまいがちってことー?)。これに対して、イギリス人の場合、「もとづかない」的隙間の介入がなければ、民主主義的にあらず、とかんがえる傾向があると思います。つまり、書かれた憲法の管轄権ほど、この隅間的Xを奪う反民主主義的な計画はない、とイギリス人は言うでしょう。


ふくろう猫の憲法話 (つづき)

とはいえ、やはり、憲法をもたない国の警官ほど恐ろしいものはない、というのが私の実感です。結局かれらには上司の命令しかないのです。思い返せば、世界中に伝えられたG20ロンドン開催反対デモのときのこと、デモとまったく無関係な通行人が警官による集団暴行で殺されてしまった。一部リベラルなマスコミの抗議にも関わらず。黙秘を通した彼らを処罰できないという状況は、日本人には到底信じ難いものでしょう。憲法を知っていれば彼らはどこかでストップがかかったのではないかという推測ですがね。翻ってこちらのことをいうと、憲法9条のために、日本人は海外の紛争に無知になってしまったということも指摘されますが、昨年の納会の席で渡辺一民氏が言うには、その9条がなければ、尖閣諸島はエスカレートしていく一方だったのではないか、と。常に物事には二面性あり、よく心得るべし、というようなことですね




たしか二年前は、方法としてのコモンウエルズを問題提起してみせたネグリとハートの本を読みました。翻訳を読んでいないので誤読を恐れますが、身体に定位する生権力の統治性を考える上で、全体主義に還元できぬ、方法としての憲法の意義を分析的に語った、と記憶しています。
具体的には、米国憲法の州際間条項をもつ主権構造に対する介入として、独立戦争当時の対英反植民地主義と、異文化(インデイアン部族間ネットワーク)の受容を大胆に指摘したと思います。要するに、この二つが、全体主義に陥るヨーロッパという名の起源から逃れることを可能にする、外部性の条件に関係する事柄に違いないと説きたかったと思っています。(そのアメリカもユダヤ人に対するパラノイア的に起きるマッカーシズムというファシズムを防げませんでした)。

さて、安倍自民党によって危機にさらされているわれわれの憲法の外部性は何かと一人一人が自らに問うときです。そして、これが大事ですが、考えたことを語ることです。これほど、ファシズムが嫌いな事柄はありません。憲法はこのことをはっきりと証言しているので、安倍自民党は憲法を黙らせようとしているのでしょう。

「必然は、もともと想像的なものとは、関係がない」(Simone Weil)。最後に、この言葉を原子論的に翻訳しますと、歴史に鑑みれば、精神における外部としての介入とは、必然として、ファシズム的の想像的なものに無数の穴を与え続ける原子論的な雨粒ではなかったか、と言っているとわたしは思います…


数字の読みに、読みの読むも含むことぐらいは、カバラ学者でなくとも自明なこと。ただ、例外なく、数字の読みの読みは狡猾なくらい透明で、この存在すら気が付きません。例えば、国の借金千兆兆を国民の頭数で割って、さあ一人当たりの借金額を弾き出すのが数字の読みにあたります。しかしいくら安倍自民党好きのお人よしの国民文化とて、やはりどうして分母の項から企業たちを除くのかというささやかな疑問が起きるというもの。恐らくここに、国家を会社の自己責任の内部から捉え、国の家にすむ国民は自ら拵えた借金に責任を持てと勝手に解釈する、読みの読みが関わっていることを見破れます。いくら自己責任といっても、銀行と電力会社をみよ!彼らはボーナスとウルトラ退職金を税金で負担させようと企んでても自分達が結果責任的に齎した借金をまさか自分で負担するつもりはないですし、また、いくら国の家にすむといったところで、もうとっくにホームレスの時代じゃありませんか?そもそも国民の間でー特に若い人たちー、明日も、そんな国の家が存在するかどうか確信ないまま、かえって自己の生存に不利を齎す他ない反民主主義的な政治家達に委ねてしまうのは、恐怖と不安感に苛まれることから帰結されてくるパラドックスに相違ありません。誇らしげに、「日本を取り戻せ」、と、安倍自民党は繰り返すだけですが、果たしてルノアール「大いなる幻滅」の貴族もここまで名誉に酔っていたでしょうか?それに対して、「どこに?」、と、いまわたしは問います。再び人々は限度無く、他者を自己の目的に道具化していく、全体主義の甘美な悪夢のもとに追放されてしまうのだとしたら…。目覚めの鐘はどこに?

柳田の一国民俗学であれ、網野の二つの日本の中世史であれ、近代民衆史の語りが近世思想史を排除した代償は何か?ズバリ、対抗概念としての天皇像をもったことだ。この種の男性原理的実体化にそれほど抵抗もせず、上野のフェミニズムは民衆史に寄り添うのは、ポストコロニアリズムに依りつつ女性原理を除く無理から生じることではなかったか。これは一考の価値がある。
話を戻すと、網野の中世史の内部では、民衆史的多様性の表象が、国家的統一性の不在という存在を巡る考察に支えられている。多様性を語る表象から、(表象を成立させる条件としての)存在への下降は、単に小林と山口と逆の方向でしかない。彼らは民衆のモノトーン的存在から、天皇的多様性の表象へと上昇したからだ。
八十年代の思い上がった似非日本文化論の形成に、元々丸山真男による実体化した知が善意重過失で関わった可能性があった。更に、近代の左翼的方向に、網野の皮肉にも天皇が主人公となる民衆史があり、相補的に右翼的方向に既に小林秀雄と山口昌夫の、構造に定位した神話的眠りの存在があったのだ。
一応、簡単に、前述した丸山に言及しておこう。 なにが問題か?まず、「方法としての江戸」からみる思想空間とは、鎌倉時代よりも地域的普遍性のあった統一性が、思想的多様性の近傍をなす破れ傘的空間だ、ということをかんがえなくてはならない。。斯様な方法性の徹底は、福沢的徂徠像を例に江戸を幕末のスクリーンに投射した丸山の日本思想にあったか?ジャパン・アズ・No、1的文化論に利用され得る不徹底が問題だ。ちなみに、麻生のナチス教は、このジャパン・アズ・No、1的文化論の変容というべきものだろうね。


民衆史という贋の文化概念の受容に比例して、全体主義に対する批判が失われた。民衆史と全体主義批判喪失はいかにして正当化を得ていくか問うと、それは外部に依ること。中国に、別の仕方で同様の民衆史を物語る文化復興運動が起きていたこととから、70年代の言説空間はそれほど自由だったはずもない

70年代の遺産相続人である80年代はといえば、これを消費文化論が書いたといっても差支えない。政治よりももっと曖昧な領域が存在し始めた。知識人の市場化が起きた。彼らから繰り出す「右も左もない」という盲目の言葉は自らを、沈黙する名づけられぬ存在としての靖国的の映像に委ねようと、「全体主義もない」と思い込む必要すらなくただ忘却すればよかったのだ…




シュールレアリズムとは、まず、なんでもかんでも金が支配する世界とそれに寄生する文化に対する憎悪に根差していた。このことを知らなければならない。だから、シュールレアリズムとは、総体としての表象を、総体としての存在に関係づけていく、解体と結合の運動として存在したのだ。ダダはシュールレアリズムから生まれる必然性があった。ところが資本主義の文化の側から、コギト的主体と解釈が、シュールレアリズムとダダの運動を纂奪してしまった。抵抗としては、注釈学的の映像エクリチュールによる占拠が起きた。ゴダールたちのヌーヴェルバーグ運動はダダの継承であった。が、再び何を言うかが問われていたときに、しかし、映画それ自身が消滅してしまったとは!結局、貨幣の無慈悲な世界しか選択がないのか?否、シュールレアリズムがかくの如き未来を思い出していたはずだ。恐らくは、なんでもかんでも金が支配する現在に介入すべく、再び演劇が来るのだろうー未来と過去から



眠れぬ夜に書いた雑感

「韓国で私はその日(八月十五日)に解放記念日の式典を見たことがあるが、はなやかな式典の外で、人びとは飢え、圧政に苦しんでいた。そして、ふしぎなことに、こういう支配者たちと、たとえば佐藤(栄作元首相)さんは手を結んでいて、その結び目は強い。八月十五日にもかかわらず。」と書いたのは、1973年の小田実でした。さて、まことに、イノセントな黄金時代と申しましょうか、冷戦のときはアメリカの資本主義とソビエトの反資本主義があり、しかし同時に、この苦悩の分割のなかで二項対立を理念的に超えるという意味で、<なにが間違い>で、<なにが正しい>とかならず教えてくれるはずの、第三項としてのヨーロッパがありました。ヨーロッパだけでなく、戦後憲法も欠くことができない有効に機能した参照系でした。軍事の米ソとは別のアプローチから、中国、韓国と朝鮮とかかわろうとした自主的努力はたしかに存在しました。残念ながら、戦後責任などで明らかなようにその努力は全く十分とはいえなかったのですがね。 思い返せば、小田みたいな知識人は、小さな人間という市民の視線をしっかりともちましたから、見えないところに展開する日韓の大きな人間たちが依存しあっている腐敗の構造もきちんと見抜いたのでした。ちなみに現在についていうと、原発推進とTPP賛成という点で、日本の保守政治家と韓国のエスタブリッシュメントは一致しています。ところで、日本は、90年代からは、気が付けば、アメリカともう一つの「中国」という名のアメリカ、あるいは、中国ともう一つの「アメリカ」という名の中国にはさまれてしまったわけです。まだなお、ヨーロッパはあることはありますが、冷戦のときほどの理念性としての第三項として存在するのではありません。ご存じのように、憲法も非常に危ないですね。自民党草案だと、日本は憲法をもたない国になります。さて、ここの現実に気が付かない人達も沢山いて、例えば、友軍のアメリカが攻撃されたらこれを黙ってみてていいのかというナイーブな心配もでてくるほどです。が、時々は、一見その対立しているはずの米中が実は、資本主義同士の見えない地下茎で密接に結びついているのではないかと疑うという距離をもつことも必要でしょう。実際は、日本に住む日中関係に詳しい中国人の友人から間接的にきいた話によると、中国の政治は、日本の向こう側にあるアメリカが問題なのであって、もはや日本そのものは相手にしていないそうですがね。最後に、いつものように、的外れなことを的外れにいうかもしれませんからあしからず。<戦争を知らない世代>と自らをナイーヴに称えた、全共闘世代がありますが、殆ど彼らは、大学卒業後、企業戦士として、いつまでも降参しない兵隊として、戦争の中にいましたから、ただ戦争がみえなかっただけかもしれないのですね。ここに至って、凡庸な世代論を申すようで大変恐縮ではありますが、「飲まず食わず」という軍国主義的高揚感を初めて冷めた目でみたのは、もはや高度成長が不可能となった、80年代バブル世代だったかもしれません。その意味で、自分が属すこの世代は、戦争を知った世代ではないかと思うのです。甘いかな?「日本軍ほど飲まず食わずを誇った軍隊も珍しい」と語る彼らの視点は、右傾化の時代に対する有効な解毒剤。若い人達に伝えるために、、もっと思考と発言を!



ジジェクによれば、独裁者として知られるかのスターリンと毛沢東、遡れば、ロべスピエールも実はあれほど人間らしい顔をした人物は存在しなかったというジジェク一流のアイロニーがある。こちらも、己に都合よく解釈したあのナチス教の正体もジャパン・アズ・No、1的文化論のヴァリエーション.
嫌な奴に支配されたくないと敏感な大衆を油断させるほど、芸能人並に歯がきれいで違和感なく間抜けな「人間の顔」がおぞましいことを語ろうとしていた前に、まず知識人の多くが従順に簡単に落ちてくれた。しかし、もしやめさせなければ、こちらが罪悪感を感じることになりかねない。いやだいやだ




方法としての江戸からみる思想空間とは、鎌倉時代よりも地域的普遍性のあった統一性が、思想的多様性の近傍をなす破れ傘的空間だ。斯様な方法性の徹底は、福沢的徂徠像を例に江戸を幕末のスクリーンに投射した丸山の日本思想にあったか?ジャパン・アズ・No、1的文化論に利用され得る不徹底が問題だ


麻生のナチス教は、ジャパン・アズ・No、1的文化論の変容。その他に、A,80年代に、高度成長へのノスタルジーから原発増設を正当化した根拠。B,神戸震災後90年代に、小さな政府を唱える小泉を正当化した根拠。C,東北震災後2013年に、90年代バブル再来を約した安倍を支える人々の幻想



方法としての江戸からみる思想空間とは、鎌倉時代よりも地域的普遍性のあった統一性が、思想的多様性の近傍をなす破れ傘的空間だ。斯様な方法性の徹底は、福沢的徂徠像を例に江戸を幕末のスクリーンに投射した丸山の日本思想にあったか?ジャパン・アズ・No、1的文化論に利用され得る不徹底が問題だ

なぜジャパン・アズ・No、1的文化論の批判が大事かといえば、それは言説の権力だから。A,原発が増設された80年代に再び高度成長の夢が語られた。B,神戸震災後90年に小泉がネオリべ的小さな政府による復興幻想を語った。C,2013年、安倍は東北震災後に90年代的バブルの夢の再来を公約



鎌倉時代よりも地域的普遍性があった統一性が、江戸においては、多様な思想空間の近傍をなした。これに対して、福沢的徂徠像を例として幕末のスクリーンに投射された丸山の思想は、方法としての江戸の自覚が徹底を欠いた。後にジャパン・アズ・No,1的文化論につけこまれる隙がなかったとはいえまい

放医研が、100ミリシーベルト以下の被曝では「がんの過剰発生がみられない」との記述を、100ミリ超で「リスクが増える」に変えた。記述の変更について説明がなかったのは、専門家の判断からだろう。が、市民としての責任があることも自覚して説明をおこなって欲しかった。過大な要求でもあるまい




W. B. Yeats ‏@YeatsDaily 6時間
...in a thousand bowers
Blossoms open dewy lips;
Over the lake the water-flowers
Drift and float like silver ships;



親鸞は弟子一人ももたずさふらう『歎異抄』




自衛隊には戦前の軍隊との連続性がないでしょうか?「無い」というためには、憲法のなかに、憲法が自衛隊を構成したという公理があるべきなのです。しかし、戦後憲法は、この公理をはっきりと拒否しましたー憲法前文と第九条によってです。ところが、内閣法制局は、(憲法を制定した)立法意思を無視して、勝手に、自衛隊の存在に正当性を与えてしまいました。「解釈改憲」といいます。はっきりいって、これは、憲法を破壊したナチスの政治テクニックと変わらない、国会放火の類です。憲法改正手続きに依らない方法で、憲法を改正する権限のない者たちが、憲法を実質的に改正してしまうからです。あるいは、この「解釈改憲」は、事実上の戦前の統帥権と同じ機能をもつといえるでしょう。ここで、なぜ統帥権について言わなければならないかというと、海外に出た自衛隊を憲法によってコントロールしようと主張する人々は、しかし、その憲法の外にある行政権力、即ち、「解釈改憲」のことを不注意に見落としているからです。結局、われわれは、憲法のことを考えるだけでは足りません。現実にはその憲法を絶えず空洞化して止まない、憲法の外にある「解釈改憲」の行政権力とを一緒に監視する必要があるのです。安倍自民党による憲法改正は困難という観測があります。しかし彼らは憲法を破壊する次の手を考えています。まだ「解釈改憲」という国会放火のテクニックは彼らの側にありますから

イシカワ トモヤさんのツイート
憲法裁判所を持たず、英国のような名文憲法を持たずとも立法意思を常に参照する国でもない日本は、内閣法制局による憲法解釈というアキレス腱を抱えている。これは統帥権という欠陥を抱えた明示国家と似ている。「解釈改憲」などという形容矛盾に近い日本語が、最も危惧されたかたちで実現しかねない

内閣法制局による「解釈改憲」は、国会の放火と変わらないと思います。少なくとも立法意志を空洞化するという点で、戦前の統帥権と同じです。自衛隊の暴走に憲法的コントロールを与えるという見解は、憲法の外にある、解釈改憲の行政権力を見落としていないでしょうか@Ishikawa_Tomoya


自衛隊には戦前の軍隊との連続性がないというためには、憲法がそれを構成したという公理が必要だ。憲法はこの公理を拒んでいる。内閣法制局解釈改憲が自衛隊が存在している事実を以て公理の付加とみなすのは、ナチスの政治テクニックすら考え付かなかった憲法破壊に値する。国会を焼いているのと同じだ

東ヨーロッパとロシアの地で記録すらされない話すためのイデッシュ語と、僧侶しか読めない書かれた神聖文字、古代ヘブライ語との関係は、ですね。どちらも学術的に参照できる資料も多くないでしょう。ただ、イギリスのアーノルド・エスカーですが、イーストエンド出身の戯曲家で、彼の書いた芝居をみますと、イデッシュ語を喋る人々の意識と、(イスラエルという国家の言葉としてある)ヘブライ語を喋りたい人の意識の違いが分かりますね。チュルノブイリ付近の村出身の母(民衆的なイデッシュ語への思いがある)と、彼女がアメリカで生んだ息子(ヘブライ語、したっがてイスラエル建国に期待する)との間の意識のズレを非常に興味深く表現していましたよ。

アイルランドの(国策として無理があり、本音的には完全に白けていた)ゲール語復興運動は、イスラエルの(熱狂的に大成功した、ゆえに、いろいろ問題がある)ヘブライ語運動と比較されるのですが、では、イデッシュ語に対応するのはなにかというと、分かりやすく対応づけちゃうと、それはアイリッシュの話し言葉といっても構わないのでしょう。それはゲール語とイギリス英語の混合体といわれますが、問題は、アイリッシュはそれを恥ずべき言葉として自覚したくないということです。恥ずべきことはなにもないのであって、その態度は克服しなければならない、と、ポストコロニアリズムの論客が指摘しています。


フクロウ猫、かく語りき…

共和政を意味したワイマール体制は、
ドイツの遅れてきた”フランス革命”か?
二十世紀に、フランス革命後に展開した王制的反動が
極端に歪んだ言説を伴って反復したのか。
「単独者としての共同体」を語る
矛盾したあの難解な象徴的縮約も
この歪んだ空間からしか説明できないものだ
二百年という’遅れ”を前にして、
「存在と時間」は、
”遅れ”が存在に先行した...
と語るだけでは満足できなかった。
雪山の小屋にきた
ハンナ・アーレントの肉体をみると
ドイツの沈黙すべき心がかき乱れたから…
(出鱈目を言うな、フクロウ猫!)



共和政を意味したワイマール体制は、ドイツの遅れてきた”フランス革命”か?二十世紀に、仏革命後に展開した王制的反動が極端に歪んだ言説を伴って反復した。「単独者としての共同体」を語る象徴的縮約も起きる。「存在と時間」は二百年という’遅れ”が存在に先行したと語るだけで満足できなかった


現在この状況でいま改めて思い出さねばならぬことといえば、社会権としていわれる憲法第25条は、他でもないワイマール憲法の社会民主主義的な精神を継承したということです。さて問題は、第一次大戦という総力戦の過程で国民生活の隅々まで監視した国家権力から戦後解放された人々の喜びの中で歓迎された、かくも社会的で文化的であったワイマール体制から、一体何故、いかなる理由で、再び監獄全体国家の如きかくも反民主主義的な体制が人々の熱狂の中から現れてしまったのかということです。もし二十世紀精神史という本があるとすれば、これは忘却できぬ最も大切な数頁を占める出来事といえるものでした。恐らくは、現在、世界の人々は、この本から、2013年に生きるわれわれの姿を読み取ろうとしているのではないでしょうか。戦う国家、祀る国家という贋の文化概念に翻弄される一方で、外部との接触によって豊かに育む文化の可能性を拒絶し、ただ貧富の格差しか齎さないアベノミックスに向かって動物のように生存手段を追い求める惨めな人々の姿を。それを望まないなら、二十一世紀においてなお、強い国家を祝福した戦争の世紀であった二十世紀を反復することをもう止めるべきです。Not too late !


ブレヒトは、ワイマール期ドイツの知識人でした。

今朝ツイッターを開けますと、ネット上の友人であるジャーナリストの言葉に目が留まりました。「11年しか憲法もたなかったワイマールのドイツは麻生氏にバカにされたが、綺羅星の芸術家、作家、学者を生んでいる。文豪ゲーテゆかりの地であり、ヘッセ、マン、グリム、ブレヒト、カフカらの文学者、ハイデガー、シュパングラー、ユンク、フロムらの学者、ダダの運動等など。バカにしてはいけない」。然り、その通りだと思いました。と、彼と私に宛てた返信の形で、別の友人がこう書いてきました。「そういう素晴らしい文化が、ナチの野蛮に対して全く無力だったり、時には利用されてしまったことは痛恨事として記憶されるべきです」と。然り、然り、確かに、悲劇的に、この歴史に起きた作用と反作用について忘却することは許されないことでしょう。現在この状況でいま改めて思い出さねばならぬことといえば、中学・高校で習う、社会権としていわれる憲法第25条は、他でもないワイマール憲法の社会民主主義的な精神を継承したということです。
問題は、第一次世界大戦という総力戦の過程で国民生活の隅々まで監視した国家権力から解放された人々の喜びの中で歓迎された、かくも社会的で文化的であったワイマール体制から、一体何故、再び監獄国家の如きかくも反民主主義的な体制が人々の熱狂の中から現れてしまったのかということです。
二十世紀精神史という本があるとすれば、これは最も大切な数頁を占める出来事といえるものでした。まずこれを考える上で、ドイツ、イタリア、日本は、19世紀にデビューした若い国家である歴史を知りましょう。事実上共和政となったワイマール体制は、このドイツにとっての、遅れてきた”フランス革命”を意味したとズバリ指摘したのは、フランス文学の渡辺一民氏でした。つまり二十世紀ドイツに、フランス革命後に展開した王政的反動の政治が、非常に極端に歪曲された言説を伴って、反復したという説ですね。渡辺氏らしいアプローチです。内部に絡み取られることなく、二十世紀精神史を語るためには、偶然にみえても事件性が精神史の舞台である思想空間に与えた歪曲に沿ってこれを同時代のテクスト(ハイデガー等々)に依拠して読むこと、ここに、今後われわれの課題が存します。



独伊日は19世紀にデビューした若い国家で、事実上共和政となったワイマール体制は独の”フランス革命”と指摘する研究者の友人がいます。二世紀遅れた独に、フランス革命後に展開した、王政的反動の政治が極端な形で繰り返されたのではないかと

経済学者に騙されないためには、教科書にある計算の前に立ち止まなければならない。そして経済学を読み始めることだ。読むことは、経済学の読み間違えを読むことを含む。思想史的な、経済学説史がそういうものだ。高い支持率の二十代だけでなく、安倍自民党の言説に溺れた善良な男女達に、経済学説史を

「憲法改正はナチスに学べ」という麻生発言を失言癖ある政治家の”おっちょこちょい”な発言に還元することが既に、ナチス的の政治テクニックの罠だよ。大袈裟なだけで演説は下手とされ説得力も?のヒトラーは、チャップリンが模倣するほどの、間抜けな失敗したキャラだからこそ、大衆の間に抵抗できないほどの畏るべき感染力をもったのだから

二十世紀といえば、映画の世紀。実際は、五十年代以降は失われつつある言語の運命を辿り、特にこの二十年間の間に、無慈悲にも重要な古典作品群が急速に忘却されているという。70年代から始まった「映画史」の制作は、過去の映画を、詩の形式に保存した試みだったといえようか。ただし、失われた映画の全体が、別の芸術形式において蘇るなどとはゴダールは考えもしなかったろう。なぜなら映画にはそんな語るべき全体が存在しなかったのだから。映画は時代の孤児だった。結局は捨てられた。映画の孤独というのは、歴史の孤独よりも遥かに孤独な場所に存在した。だからこそ、映画だけが…

二十世紀といえば、映画の世紀。五十年代以降は失われつつある言語の運命を辿り、この二十年間で急速に古典作品群が忘却されている。「映画史」は、過去の映画を詩の形式に保存した。但し失われた映画の全体が別の芸術形式に蘇るとはゴダールは考えもしなかった。映画には全体が存在しなかったのだから

世界中の貧しい人々を爆撃させる、
世界中から嫌われはじめた、 民主主義に愛されない国家もあれば、
世界中の逆らう人々を爆撃する、
世界中から嫌われてきた、民主主義を一方的に愛す国家もある。
ここでも規則に例外はない。
民主主義に愛されない国家は、
財産と魂と身体のすべてを譲渡した
その民主主義を一方的に愛す国家からも
愛されるということは、必然として、起こりえないのだから


Question;近代のイギリス英語はいつ、形成されたのでしょうか?

Answer; 17世紀の欽定聖書(英語訳)をベースに発展したというのが定説です。古代ヘブライ語から英語に翻訳したのです。歴史豆知識ですが、当時ドイツ語よりも、もっと未開で野蛮な地方言語である英語に翻訳するのは絶対無理という声があったとか。さて、16、17世紀の時代ですが、このわたしがユダヤ人の本屋さんに通って毎日のように立ち読みして(すいません!お金がありませんでした…)得た知識では、当時ヘブライ語も、骨董品屋さんでかき集めた膨大な注釈本の助けがなければ当時は誰も読めないものになっていたという事情をしっかりと掴む必要があります。つまり、完全な言語(古代ヘブライ語)が、不完全な言語(英語)に翻訳されたという分かり易い話が全然成り立たないのです。古代ヘブライ語が読める人が殆ど皆無でした。もちろん、先行的に、ルターがドイツ語の翻訳を与えた、ラテン語による強力なよく制御された翻訳がありましたが、偶像破壊的に英語の日常言語への翻訳を試みた、今日の文脈で喩えれば、反抗的なリベラルな人々は、このローマ・カトリックの教義が反映されたラテン語訳などには絶対に依拠したくなかったのです。当然ですね。翻訳行為は、危険なカウンター・カルチャーでしたから。ところで、同時期に、17世紀のゲール語訳聖書は、プロテスタント系の人々によって、やはりヘブライ語から直接翻訳されました。なんと、英国から来た地主達が、ゲール語の文法書を初めて出版したのです。ゲール語とアイルランドのナショナリズムの根底に失われたゲール語があることを考えると、この歴史は、アイルランドのナショナリスト達にとっては、分かっちゃいるんだけど心理的に中々受け入れ難い<痛い?>事実ではありますね。(現在そのゲール語はもう消滅の手前まで来ています。現在その子孫である牧師の娘なんかが大学で日本語を教えていて、交流がありました。)。
再び話を戻しますと、欽定聖書英語は、リズムある詩的な書き方に特徴があります。ゴスペルソングへの影響を説く人もいるほどです。最後に、やっと一番言いたかったポイントに辿り着きました。それは、あたかも、失われたヘブライ語は、翻訳を与えた英語において再び喋ったというのは、近代の言語観、近代の価値観でしかありません、ということです。これは、英語に先行した書かれた言葉としてのヘブライ語は、つまり意味に先行した存在だったことを忘却させる近代的な言語観にほかなりません。このような言語観に定位した価値観からは、近代国家に先行して存在した先住民達の歴史と彼らの権利が容易に消去されてしまうことは、容易に理解できるのではないかとおもいます


麻生において体現される、
民主主義に愛されなくなった国家。
麻生を擁護している、
民主主義に愛されていない知識人たち。
国際的孤立へ行く、似た者同士か…



知識人による、全体主義に対する抗議が無に等しい。国際世論は、極右翼的傾向が、局地的に、安倍自民党を中心としたものにすぎないのか、それとも、首相の靖国参拝を六割支持するに至った国民全体に根差すものなのか知ろうとしている。深まるつつある国際的孤立を避けるためには、何をすべきか?


ファシズムをただす国際世論と連動した方向で、麻生副総理の更なる説明と辞任を求めるだけでは足りないだろう。さらに、安倍首相の任命責任に対する徹底的な追及が絶対に欠かせなくなってくるのではないか





橋下氏が巧みに擁護するように、麻生発言は
”ブラックジョーク”の類でしょうか?きっぱり、否です。
何故でしょうか?まず、現実に、 極右翼と軍国主義から暴力を受ける他者が存在したこと、あるいは存在することを忘れないで。
さて、その他者からみると、 靖国参拝において首相に”私人”という立場が全く不可能なことは、現職副総理のナチスに関する講演会発言が
単なる悪趣味の、私的な”冗談”で済まされないということと
同じではありませんか。つまり、もはやこれ以上、
戦争の健忘症を広げないように真摯に努力していく責任がいまほど真剣に問われているときはなかったといえませんか!
麻生だけでなく、安倍も、あなたもこのわたしも…



返信;この件に関しては、考える能力とは関係なく、思想に属する問題でもないと思います。思想に先行する問題ですから、関係としてのエロティシズムの領域であってもいいのですが、それ故に一層倫理的な行動に関わる問題かと。選ばれた政治家?でも美意識へと超越する特権はないはず 



ホホー、横暴な選挙の結果、解決できぬかくもおびただしい間違いを前に、いちいちあれやこれやと反論文を書く故に、予定したテーマに向かって進むは至難の業也?(我、自己に指差して)馬鹿者め!怠け者の不満はこれを慎むべし!いや、まことは怠け者にあらず。ただ疲れる前に先に休むだけニャ…ZZZ


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ALSO SPRACH OWLCAT ふくろうねこ、かく語り き  2013年 8月 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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