言葉と表現と射影のブログ

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<<   作成日時 : 2014/10/29 00:42   >>

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二十一世紀は基本的には、グローバル資本主義とグローバルデモクラシーの間の対立が基本にあるとおもいます。この間の対立を調整するのが、国家とか帝国(EU,ロシア、アメリカ、中国)だというふうにかんがえています。一九九〇年代以降世界で起きている動乱で、グローバル資本主義に関係がないものはひとつもなく、したがって全部グローバルデモクラシーに関係あるものです。デモクラシーを訴えている人々は、時代遅れにも、民族主義と烙印をおされているだけです。あるいはそう呼ばれているから効果を狙ってそのようにふるまっているだけです。具体的に言うと、国境を超えたデモクラシーとデモクラシーの連帯は、スコットランドの国民投票の影響をみていくことができます。もっと近いところでは、台湾と香港の動きがあります。どちらも(マルクス主義の平等理念を捨てさった)コミュニズムが強いてくる市場万能主義にたいする抵抗運動です。これがどこまでやれるか、民主主義の問題に発展していくのか、大きな流れをつくっていくのか注目しています。天安門事件ですね。一方、帝国の側は、(文革とはちがう)グローバルデモクラシーに対抗すべく、権威的な新儒教とかの普及を世界規模で国策的に展開していますね。日本の場合は、外部で起きているグローバルデモクラシーにかんする報道を十分に行わなければ、それはマスコミの信頼を失っていくことになるでしょう。また、安倍を起点とした集団的自衛権とTPPと愛国心の言説が、なにをしたいのか全然わからないのですが、デモクラシーの側に抵抗の運動がなければ、あるいはあっても国際的な連帯もなく一国的に孤立していれば、おそらく、確実に、アメリカの帝国の内部にむかってぐいぐいと引き寄せれていくだけの、知性もなんの感性もない、閉じた未来しかないでしょう。これも帝国のイデオロギーを構成するものだ、とわたしはかんがえます。 緊急の問題としては、日本と韓国の間に可能性としてグローバルデモクラシーがあるのだと信じなければ、人々は民族主義的対立を煽る両方の政府(+歴史修正主義)に引き込まれていくばかりです。結局日韓のエスタブリッシュメントはネオリベですから。この両者は、国民の政府批判(経済政策)を避けるために、民族主義的対立を互いに利用しているとおもいます。両国の間に平和的な人間交際をつくっていくためには、もはや国家がなにもしてくれなければ、人々はなにができるか、です。



基本的に明治以来西洋の学問を中心とした国の教育方針は変わっていないので江戸思想を体系的に教える大学がないとのことです。だから仁斎「論語」塾は、ご指摘いただいたように、タイトルもポストもない自己規律、という性格をもっています。但し、怒ることが許されている程度の規律。これが案外と大切で、例えば市民大学だとわずかな怒りでもこれが排除されてしまうことがありますね。それでは、美術館とか行儀のいい公共圏を超えるものではありません。もちろんこの形が唯一絶対のものとはおもいません。が、ポスト市民大学の、ネットで集まってきた人間交際の、生存の<独学的>美学の場、ではないかとすこしづつ実感しつつあります。ちなみに、藩校で学んでいたとはいえ、1840年代に生まれている福沢諭吉なども洋学は独学でした(と、そう言っていいのかまだ自信がありませんが)。そうならば、そうだとして、(明治に遡る)国家の歴史より古い、独学の歴史を継承して行きたいとおもっています。死んだときはネットで自分で自分を表彰したいとおもってます(笑)

独学

'「文明論之概略」を読む'の丸山真男を読むと、はじめのほうに、南原先生は偉かったが、近世の日本思想のことはさっぱりで仁斎と徂徠とではどちらが先か後かもわからなかったと書いてあります。丸山の江戸思想は独学でした。子安氏が言う点ですが、現在に至るまで、基本的に明治以来西洋の学問を中心とした教育プログラムは変わっていないので、江戸思想を体系的に教える大学はありません。それでも日本思想を勉強しようとすれば、丸山の本の他になかったので、意外だったのですが、「日本政治思想史研究」の文章を書き写したりしたと居酒屋で思い出されていました。子安氏も独学で仁斎などの江戸思想に取り組んだようです。その子安氏のもとで学んでいるわれわれもみな独学。ワイワイギャーギャーと居酒屋で「毒」学に成る(爆)


グローバルデモクラシー

21世紀の地球の座標は、互いに不断の闘争状態にある4つの基底をもっています。すなわち、グローバル資本主義と帝国と国家とグローバルデモクラシーです。恐らくその一つの基底が他の基底を征服して21世紀の地球を独占することはないでしょう。この4つの基底が構成するベクトルが、21世紀の地球を決定することになるのではないでしょうか


安丸良夫「現代日本思想論」(2004)を読んで

1、思想史というものは、認識学と倫理学と倫理学がいかに互いに影響し合いながら発展していったかをみていく学だと言い切ってもそれほど間違いではないだろうとおもっています。たとえば、ロールズの公正の正義論は、功利主義批判のときに必要なウィットゲンシュタイン的認識(批判)論をもっている。ウィットゲンシュタイン的認識(批判)論は、アートを定義するか(そもそも定義は不可能であるのか)をめぐる表象批判の論争を導きました。(実際にロンドンのテートのワークショップではこれにもとづいて展開されていたのを覚えています)。この英米系現代芸術論に反論していくのがまさにフランスのポスト構造主義であった、というふうに思想史の時間軸に沿って考えることができます。思想史という名の<他と干渉し合う>プロセスを観察するということであります。
2、思想史は方法論的な自覚をもっています。日本思想史の場合は、ポスト構造主義の他に、カルチュアルスタディーズ、ポストコロニアリズムに規定されながら顕著な批判精神を発揮してきました。「方法としての日本思想史」は、自らを相対化するほどの批評性を自負した言葉かもしれません。が、今日敏感な知性からは、ついに日本思想史から「日本」の語を取り去らなけれなならないと嘆く声がきかれます。つまり「日本」は危険なナショナリズム的な方向づけを包摂するに至りましたが、このベクトルの基底のひとつに安丸良夫の民衆史的日本思想論があります。<方法としての思想史>としては、自らを再定義することは起きない、安丸の民衆史の問題については後で触れるつもりです。
3、ポスト構造主義の知識人は、あとにエコロジー的視点を得て、(地球環境を成り立たせなくしてしまうほどの永遠の成長の夢にかられた)資本主義の暴力的ともいえるほどの「発展」の必然性を分析していきました。この点に関して、嘗てポスト構造主義の論客であったにもかかわらず、現在の柄谷の「帝国」論には、資本主義の必然性の分析が欠落しているという印象をもちます。21世紀のグローバル資本主義から起きてくる必然的な動乱を全部、'民族主義'という19世紀的語彙で枠づけてしまうからです。「帝国」論を読むと、ポストモダニズムの言説からマオイズムにたいするノスタルジーを構成するというというポストモダンのモダニズム的言説に並行して、(中心と周辺に、亜周辺を新たに付け加えただけの)構造的に捉えた天皇的民衆像をアジアに投射しているだけと疑うこともあります。なににであれ、ナショナリズムを超えると期待される?、この代表的な日本知識人の'普遍主義'の言説は、しかし、その環境として民衆史からの規定をもつかぎり初めから大きな限界があるのではないでしょうか。
5、ポスト構造主義は、日本においては、(批評精神を失った) 80年代・90年代のポストモダニズム的消費社会論の内部に絡み取られていきました。ポスト構造主義の武器であった(反)精神分析+フェミニズムは、民衆史のヴァリエーションであるポストコロニアリズムのナショナルな言説の方へに移動させられていったのではないでしょうか。ポスト構造主義は、文化資本の中に消滅しきったわけではありません。この<啓蒙的主体>批判の言説は、80年代に新たにフーコによって言いだされたカント的主体論によってまだ持続しているといえます。これは(一度死にきった)市民社会論の再構成を意味しているのではないかというのが私の意見です。実際にフーコは啓蒙を批判した啓蒙主義者という側面があります。この点について安丸は自分とフーコとの違いを説明しています。決定的なのは、フーコには民衆意識が重要ではないという点です。

「フーコがとりわけ注目するのは権力だが、その場合の権力とは国家権力ではなく、人間が主体化されるさまざまの様式の中に働いている技術であること、それは真実や愛や人間性さえもつくり出していること、およそこうした次元の方がフーコの主題であって、近代の学問や知の自明的な前提や思い込みへの原理的な批判を提示するところにフーコの立場がある。フーコは、史料にもとづく具体的な分析をしているようにみえて、こうした原理的抽象レベルがフーコの主題であるために、歴史家の関心とは大きく異なった方向で論じられているといわなければならない」

「たとえば近世後期に国体論が急速に大きなイデオロギー的役割を果たすようになって、維新変革が幼い天皇の権威を前面に押し立てて遂行されたことの根拠や、1920年代なかば以降に国体論イデオロギーが重大な意味をもつようになった背景には、権力構造と政治過程に即した分析だけでは説明しきれなだろう。平常は殆ど意識化されないような社会の構成原理が危機的な状況のもとでゃ浮上してくるかもしれないし、国家の正当性原理とそのコスモロジー的根拠づけのなかにも複雑な葛藤があって、危機的な状況のなかではそうした諸契機が思いがけないような意味をもつようになって、権力構造の規定要因なるかもしれない。日常的に存在している生身の天皇とそれを取り囲む人間関係や諸勢力、憲法や法律に規定された、それ自身大きな矛盾を孕んだ権力規定としての天皇制、天皇制をとり囲みそれを支えているイデオロギーとコスモロジーとしての国体論、またその例外状況での特殊な役割、民衆意識に根を降ろしている権威崇拝や神観念'」

ここでいわれていることは、結局フーコは民衆意識にはかかわりがない、ということでです。そしてここで、安丸の民衆史は、フーコが依拠する観念的構成にしたがうことはできないとするということです。では安丸の「民衆意識」とはなにでしょうか。かれはこういいます。

「「民衆」や「大衆」とは私たちの生きる世界の全体性を眺めるさいの方法概念なのであり、そうした方法概念とそこの固有の立場性なしには、私たちは有意味な認識ができないのだろうと考える。正直な話、私たちは誰も自分は民衆について、たとえば日本のそれについて、よく知っているとのべることはできないとおもう。私たちが知っていると思い込んでいるものは、そこになんらかの内実があるとしても、それはきわめて限定された視覚と素材からのことにすぎない。しかしそれだからといって、自分が十分には理解し得ていないそうした大問題に言及しないのが知的に繊細で洗練されているとか誠実だとかというわけではない。私たちが私たちの生きる世界に向き合って生きようとする限り、この世界の全体性を民衆の生活を介して表象しようとする努力を止められるはうがない、と私はおもう。」

だが、われわれの外部にある他者が、われわれが誰であるかを見ているのではないでしょうか。つまり、われわれは誰であるかは、外部の視点なくしては定立できないとは考えなかったのでしょうか?安丸がいう「世界の全体性」には、外部の視座がありません。安丸は、「この世界の全体性を民衆の生活を介して表象しようとする努力を止められるはうがない」とまでいうのならば、たとえば、東アジアの民族主義的対立という現状もかれは発言しなければならないはずですが、そうして、東アジアの民族主義的対立という現状をいったいだれが望んだのだろうかとかんがえたときに、安丸の民衆論は最終的には、「民衆意識」を指すことになるかもしれません。しかしそんな国家に囲まれただけの人々の「民衆意識」を分析しても一体なにがみえてくるのでしょうか。安丸自身が答えています。ほかでもない、「民衆意識」の内部から内部に即して語るとき、「私たちは誰も自分は民衆について、たとえば日本のそれについて、よく知っているとのべることはできない」のです。
6、この点にかんして、子安宣長邦氏が指摘するように、「われわれアジア市民はそれを望んだりはしない。国内危機を国際危機に転化させていったそれぞれの国家権力の担い手たちが望んだことだろう」というのが本当ではないかとかんがえます。つまり、「われわれアジア市民」というカント的主体の構成の必要性のことが指摘されています。安丸はこの「われわれアジア市民」を、「民衆意識」によって根拠づけられなければそれほど意味がない「大きなイデオロギー的役割」とみなすかもしれません。現実には、それとは反対の「民衆意識」を読み出すことから、「われわれアジア市民」を無意味だと結論する可能性が大きいのです。だが大切なのは、「われわれアジア市民」という理念性を介在させなければ、われわれ自身が立ち行かなくなるということではないでしょうか。安丸の民衆史に先行するのが、この「私たち」と安丸がいう理念性なのです。そして安丸がみとめる「例外者」や「少数者」の役割のうちに、なにが問題なのかについて正す言説が提示されるとき、「私たち」は自らのおかれた「現実」を相対化していくものなのではないでしょうか。それが「私たち」の歴史だったのではないでしょうか? つまり思想史の中心にあるのは、「民衆」ではない。中心にあるのは、「知る」ことであると私は思います。


洗面所ではなく、行儀悪く仰向けにソファーで歯磨きしてたら、ホ〜、これまた見事な、BBCラジオからべートベンのピアノ曲「テンペスト」の演奏が。ぶ、ぶーーんと、自動ブラシの音がうるさいが、途切れずこの曲をききたいし離れられない。と、口の中が泡だらけ息もできなくなりました。フクロウ猫ピンチ!どうなるニャリ?


<Pour émanciper les croyants, mais sussi les nationalistes, il faut en finir avec toutes les religions, mais aussi avec toutes les nations, avec le capitalisme qu'elles fondent, avec les droits de l'homme qui < ne concernent que l'homme égoïste, l'homme en tant que membre de la société bourgeoise, c'est-à-dire un individu séparé de la communauté, uniquement préoccupé de son intérêt personnel et obéisant à son arbitare privé> .Aussi est-ce <seulement quand l'homme aura reconnu et organise ses forces propres comme forces sociales (...) que l'émancipation humaine sera consommé>


(ホ〜、原文はすっきりとしているのに、和訳だとややっこしくなるのか理由がわからないが、注意深く読めば読めるニャリ・・・)

「信仰者をそしてまたナショナリストを解放するには、あらゆる宗教にけりをつける必要があるが、それはまたすべての民族、彼らがつくった資本主義、人権ともけりをつける必要がある。人権は 'エゴイスト的人間、ブルジョア社会の構成員としての人間、すなわち、とりわけその個人的利益に関心をもち、私的なきまぐれにしたがっている共同体から分離した個人に関心をもつ共同体から分離した個人にしか関心をもっていない‘ 。'人間が社会的力としてその固有の力を知り、それを組織するときにおいてのみー人間の解放は実現されるだろう'' 。<的場訳(一部本多が修正)、世界精神マルクス 1818−1883>


1890年代の当時、ドイツの大学は女性に門戸を閉ざしていた。パリとチューリヒのみが女性に大学での修学を認めていた。…女たちのローザ・ルクセンブルク〜フェミニズムと社会主義
(社会評論社 1994年)


ここでは福沢はいかにギゾーを読んだかが解説されていますが、このようなアジア停滞論の言説はヘーゲルの世界史が展開していたものです。はたして福沢がヘーゲル左派と等値できるくらいのことを言っているのだろうかというのが専ら私の関心でありますが、これは、丸山がいかに「日本政治思想史研究」の冒頭でヘーゲル的福沢を展開しているかということの検証をなすものでもあります。子安氏が指摘するように、この本において丸山に語られていたのは、徂徠ではなく福沢だったというわけですね。

「一言にしていえば、ギゾーはヨーロッパの近代文明の基本的特徴を、古代文明ー古典ギリシャをも含むあらゆる古代文明ーとの対比においてとらえているのです。古代文明の単一性、画一性に対するヨーロッパー異なった要素の対立と併存ーという対比です。たとえばギゾーは「ギリシャにおいてさえ、それが無限の知識と知性の宝庫を生み出したにもかかわらず、文学と芸術にかんするすべてに支配していたのは、奇異なまでの統一性でした」と断言して憚りません。もろもろの古代文明にさまざまな原理や力の闘争がなかったのではなくて、ただそれが歴史的にみると一時的な危機であって、やがてそのうちの一つがヘゲモニーを握って、他の原理を圧倒した。これに対して近代ヨーロッパは、たとえば政治思想ぢえば、神政政治、君主政治、貴族政治、民主政治といった諸原理の間の闘争がいわば恒久化し、そのいずれも社会を独占することに成功しなかったのであって、この不断の動揺と闘争にこそ、ヨーロッパ社会と文化の豊穣性と非停滞性の秘密があった、というわけです」
「西洋の文明の他に異なる点は、人間の交際に於いてその説一様ならず、諸説互ふに並立して互ひに和することなきの一事に存り。宗教の権を専らにするの論あり。或は立君と云ひ、 或は神政府と云ひ、或は貴族執権、或は衆庶為政とて、各々其の赴く所に赴き、各々其の主張する所を主張し、互ひに争ふと雖も互ひによく之を制するを得ず。(・・・)」


田中克彦「ことばと国家」を読んで

田中氏の言語学についてはなにもいうことはない。知識もない。ただここではこの言語学がもつ言説性を問おうとしている。

1、民族の「XX人」は19世紀近代の国民国家が発明した。<XX人の言葉の下を掘れば共通の言語と必ず出会う>は、<諸君の大地の下に民族の起源が必ずある>と同じ詐欺である。が、なぜ言語学は、言語の純粋な起源を否定できるのに、都合よく「XX人」という贋の文化概念の方を実体化してしまうのか?
2、この言語学は、「社会主義と民族主義」とそれがよぶものによって、国家がいかに「死語を甦らせる」のかと語っている。「ユダヤ人が固有の言語を持たねばならないという着想は、一面では社会主義の民族理念に触発されたものであり、他面ではプロレタリアート解放運動の必要として生まれた」という。(この場合「ユダヤ人」は「アイルランド人」に置き換え可。実際に死語の国策的復活に関して、イスラエルの言語政策は「成功例」として、アイルランドの「言語政策」は失敗例として比較されたりする。) だが、ここで、この言語学が指示する「固有のもの」は、いったいだれのために語る「固有のもの」なのか、とわたしは問う。この言説は、「プロレタリアート」(つまり農民)の側から語るように語っているが、結局これは、言語学が自らが自らのために語る「固有性」でしかないのではないだろうか?つまりこの言説は「プロレタリアート」(つまり農民) の代わりに語るように語っているまさにこのときに、この言説の側には、あたかも、「国土」が固有の言語を住処とするという自らのブルジョア的表象にまったく自覚がないのである。
3、以上は、言語学の専門家でないこの私の読み間違えかもしれない。冒頭にことわったように、この言語学がもつ言説性を問うているだけである。この言語学の言説が依って立つブルジョア性を指摘することは、田中氏が繰り返し厳しく戒める「教条主義的な」イデオロギーの虚説なのだろうか、と私は心配である。しかしそうであれば、民衆史的言説(社会主義とプロレタリアート解放運動)に言及する言語学は、どんな特権的な根拠から、「教条主義的な」イデオロギーの虚説から常に免除されているというのだろうか、ともおもう。「大衆的基礎」によってか?それならばそれは特権的にだれが「大衆的基礎」と名指すのか?「大衆的基礎」であると思われていれば「大衆的基礎」であるという「共時意識」か?そんな「共時意識」とはなにをいうのか?その同一反復的な中心に、「ことばと国家」の書き手のほかに、だれが存在するというのであろうか!?


参考文 (田中克彦、'ことばの純粋性とは何か' 、「ことばと国家」)
「ある一つの言語がいかに純粋であるかを分析的に示すには、その言語の固有性が、隣接言語との対比において証明されねばならない。そばあい、文法構造の固有性を他言語と比較するというような試みをおこなっても、大衆的基礎をもちえない。そこで、言語の純度を分析的に証明しようとすれば、どうしても語彙の独自性に手がかりを求めることになる。語彙の独自性とは、そこに外来語と思われる異物の混入度が低いことによってはかられる。したがって、純化主義が大衆的な基礎をもって一つの運動に高まるためには、どうしても外来語の排斥という形をとることはよく知られた事実である。
母語の純度への意識は、より強力な他の文明と言語に接したばあいの危機感によってもたらされる。ふつう、ことばはひたすら実用的に使われているかぎり、だれも純度などに気はかけないのである。むしろ、母語における手段の不足が感じられるや否や、必要なものはただちに、できあいのものを他からとり寄せられる余地がことばに残されているのは、望ましくさえある。
しかしたとえば、英語という強力な敵に包み込まれてしまったアイルランド語にとっては、多少の不便は、その言語そのものの存続のために、あえて支払わねばならない代償である。アイルランド人はそこで次のような数字を引き合いに出す。英語とアイルランド語から、それぞれ十万語を取り出して比較してみよう。英語においては、その本来の固有の語は33%を残しているに過ぎないのに、アイルランド語においては80%までも維持されている。すなわちアイルランド語は自立して、しっかりと維持されており、英語に比べてはるかに高い純度をもつ独立の言語であると。
だが、こうして議論をおこなうことは誰にも可能ではない。つまり、日常用いている語のごれが異物であって、その異物がどの言語から由来するのかという判断を、語源研究の成果にもとづいておこなえる人は、そう多くないからである。いや、ほんとうのところは誰もいないと言ったほうがいい。そこに生じうるさまざまな議論をこえて、母語であると思われていれば母語であるという共時意識、すなわち、歴史をすべて現在としてとらえる意識が最も公平な判断を下すだろう。もともと、言語の使用のさなかにおいては、人は語源などをたずねたりはしない。言語のすべては現在化されているのである。」


グローバルデモクラシー

全共闘世代の全員が高度経済成長の社畜になったわけではなく、その一部の人々は反公害の運動に積極的に関わった。多数決で決めないこと。つまり運動の現場では語る民主主義は自らを選ぶ民主主義を脱構築的に差異化していった。が、(自分たちの選挙のために) 政治的解決をいう社会党左派(の政治家)が三か月つづいた座り込みをやめさせたのだ。結局かれは間違っていたと糾弾する前に、彼らは事実上消滅したので、現在は国際的連帯を呼びかけるグローバル・デモクラシーの現場にすらいない。なぜ社会党左派にノスタルジーをもつのか?



安倍の東京五輪をボイコット!、 にノーベル平和賞を!

" Boycott Abe's Tokyo Olympics ! '
This really diserves the Nobel Peace prize.


Il y a trouvé du goût,
il a appris lui-même
à faire la bête
et à manger le rat
délicatement.
Et d'où vient cette abjection de saleté ?
-Artaud
彼はそれに味をしめ、
動物になること
巧妙に
鼠を食べることを
自分で覚えた。
それではこの卑劣な汚猥はどこからくるのか。

カントを読むために、第一批判、第二批判、第三批判を一緒に読みすすめていきますが、これと同じように、フーコの「言葉と物」は、序文、7章、8章、9章、10章を同時に読んでいくつもりです。

フクロウねこのFBのメニューは、

カントの近代
「映画史」を読む
「言葉と物」の現代
子安氏の研究「大正論」「中国論」・・・
詩を書くための環境をつくるー絵画、映画、写真、建築
油画、スケッチ
旅日記
ビデオ
書評
随筆


ホ〜、フクロウさんは、正確には日本嫌いではない。飛んで行った愛蘭土も嫌いで、更に行った英吉利も嫌いだったからね。国家の大木が苦手なだけ。ダブリンとロンドンの人々とは異なり、ふたたびかえってきたこの東京は出会うべき人間が一人もいないだろうかと絶望していたが、3・11以降は反原発の試行錯誤の人々の中から何人か魅力的な猫系の芸術家もでてきたニャー


靖国公式参拝がココロの問題だとする、かくも公共性を没した言葉が呈示するココロとは、わたし一人が映画を見ている為のための鍵がかかった部屋のことだ。アジアの他者はけっして入れてもらえない部屋。(だれが入ろうか?)
その内部は、囲い込まれているだけなのに民族のユートピアすら称えて恥じない、したがって自ずと闘う国家を祀る、自己の中で労働と生命の軍人物語と最悪の映画(英霊の栄光)を溶け合わせた世界だ。
付け加えておくことは、この部屋の方向づけが、公共圏を破壊しつくネオリベの方向と一致しているのは決して偶然ではない、ということである。


THE POET ACTS
MORNING PASSAGES
I'M GOING TO MAKE A CAKE
DEAD THINGS
WHY SHOULD SOMEONE HAVE TO DIE
TEARING HERSELF AWAY
ESCAPE
CHOOSING LIFE
THE HOURS


HEPOETACTSMORNINGPASSAGESI'MGOINGTOMAKEACAKEDEADTHINGSWHYSHOULDSOMEONEHAVETODIETEARINGHERSELFAWAYESCAPECHOOSINGLIFETHEHOURST


原沢未来氏のピアノリサイタルの感想文

'THE PIANO WOMAN IVの案内文の冒頭は、'『忘却 (Oblivion) 』から『めぐりあう時間たち(THE HOURS』へ' でした。ご説明によると、今回は映画を利用した映像と音楽のミステリアスなコラボレーションを行うということ。原沢氏のこのコンセプトに大きな関心をもってこの日を待ち望みました。今夜の演奏は、バッハ/ルートハルト: ピアノ協奏曲第1番ニ短調 BWV1052、超難曲からはじまりました。演奏者の集中力をまえに、渋谷の喧噪が完全に消滅しました。ピアノをまえに、われ聴くゆえにわれ存在する、です。と、すでに音楽がそこにあります。そしてこのバッハから、揺れ動く情動の線を紡ぐように、アストル・ピアソラ : オブリヴィオン(Oblivion忘却)、アディオス・ノニーノ(タンゴ・ラプソディー)の世界へと誘われていきました。二つのアストル・ピアソラは素晴らしかったです。
ところでPhilip Glass フィリップ・グラスについては、映像的な音楽家といわれます。たしかに、BBCラジオのインタビューのなかで(ケージの時代のなかで)ゴダールの映画から影響を受けたと話していたことを覚えています。思い出すのですが、ダブリンに初めて来たときの講演会で聴衆に言っていたのは、<映画の最後にドラキュラが棺桶のなかで杭を打たれて死んでthe end (おしまい)とするよりも、死んだのかそれともなおまだ生きているのかはっきりわからないようにつくられた二流ドラキュラ映画のほうが好きなんだ>、でした。なにかこれは、かれのミニマルの音楽のあり方ー 一定フレーズを繰り返すが、じっくりきいていると同じものが持続しているとはきこえないーを言い表した言葉ではないかと興味深く話をききました。
休憩のあと、原沢氏による、フィリップ・グラスの作品 (映画「めぐりあう時間たち「 THE HOURS」の曲)の演奏。文学的な9つのテーマで構成されています。どのテーマの演奏も心惹かれましたが、とくに最初のTHE POET ACTS ( ポエット・アクツ)と、WHY DOES SOMEONE HAVE TO DIE (なぜ誰かが死ななければならない)、そして最後のTHE HOURS(めぐりあう時間たち) が素晴らしいとおもいました。今回のピアノリサイタルのために原沢氏は自ら映像を選び、パソコンで編集なさったようです。写真イメージとして次々にスクリーンにあらわれてきたのは、時計、薔薇、滴、霧、雨、枯れ木、波、鳥、雲、途切れた線路、階段、ダビンチのスケッチ、肖像写真、顔、文字たち。このような写真の枠を利用した分割と統合は、9つのテーマのひとつ、I’M GOING TO MAKE A CAKE (ケーキを作りましょう) を見事に演出したものだったかもしれませんね。なによりも特筆すべきことは、ウルフの人生を構成する、文学的アトムの雨のごとく意識の上に落ちてくるこれらの映像たちにともなわれた、音の驚くべき大きな力です。かくも充実した時間を体験できた喜びを感じながら、会場を去るときに、1932年のシャルル・ペギーの言葉を思い出しました。「想起することは望むものは、忘却に身を委ねなければならない。絶対的な忘却の危険を顧みずに。そしてこの美しき偶然こそが記憶となる。」。THE PIANO WOMANの美しき偶然、どこから来てどこへ行くのか定かではないその徴は至る所に豊穣に輝いていたことはたしかなのです。



ひとはかんがえるときにかんがえているのはなぜか?
ひとはしんじているときにしんじているのはなぜか?
ひとはかんがえるときにしんじているのはなぜなのか?

ひとはかんがえるときにかんがえているのはなぜか?
ひとは欲しているときに欲しているのはなぜか?
ひとは愛しているときに愛していないのはなぜなのか?


ひとはかんがえるときにかんがえているのはなぜか?
ひとはかんじているときにかんじているのはなぜか?
ひとはかんじているときにかんがえているのはなぜなのか?



雍也第六

第五章


「心」イコール「仁」、と解してよいのか、それが問題です。朱子的には「性」と「情」を結合したものが「心」。これにたいして、常のこととして、仁斎は「性」をきっぱりと否定します。仁斎は、「仁」への向きをもった「心」のあり方を問題にしたからなのです。つまり「心」と「仁」、この両者の間には連星の如く距離があるか、あるいは、二つはカント的な意味で緩やかに結びついているのですね。かえって不一致だからこそ、感じる心の、他者へと向かう旅の意義があるのではないでしょうか。銀河鉄道の旅みたいですがね

子在陳曰。歸與歸與。吾黨之小子狂簡。斐然成章。不知所以裁之。

子し、陳ちんに在ありて曰いわく、帰かえらんか、帰かえらんか。吾わが党とうの小子しょうし、狂簡きょうかんにして、斐然ひぜんとして章しょうを成なす。之これを裁さいする所以ゆえんを知しらず。

◦狂簡 … 志のみ大きくて、具体性がともなわないこと。
◦不知所以裁之 … 皇侃おうがん本等では「不知所以裁之也」に作る。なお、史記孔子世家では「吾不知所以裁之」に作る。
◦下村湖人(1884〜1955)は「先師が天下を周遊して陳の国におられたときに、いわれた。帰るとしよう、帰るとしよう。帰って郷党の若い同志を教えるとしよう。かれらの志は遠大だが、まだ実践上の磨きが足りない。知識学問においては百花爛漫らんまんの妍けんを競っているが、まだ自己形成のための真の道を知らない。それはちょうど、見事な布は織ったが、寸法をはかってそれを裁断し、衣服に仕立てることができないようなものだ。これをすててはおけない。しかも、かれらを教えることは、こうして諸侯を説いて無用な旅をつづけるより、どれだけ有意義なことだろう」と訳している(現代訳論語)。

内閣支持率微増の48%ですからね。復興幻想に絡み取られているだけで自分たちがなにをしているのわからないという状況は、3・11以来かわっていないようにみえますし、これに対応して、あるいは、これに触発されて、といわなければならないとおもうのですが、TPPと原発再稼働と集団的自衛権の自民党も自分たちが一体なにをするつもりなのかわからなくなっていて、盲目的に、ひたすら、とにかくアメリカの一部に組み込まれればならないのだという至上命令の焦りしか伝わってきません。これらが、「愛国心」(!)を構成していて、厄介なことに、この「愛国心」のなかで、秘密保護法と死刑の恐怖のもとで、アイデンティティそのものが罰せられてきたと感じてくることは必至。戦争にかんしては、戦争は自分たちがなにをしているのわからないという状況だったので、本当は、'だまされていた'などとは判断できなかったはずではないかと私は疑いますが。'お前は非国民だ'と指さされる恐怖しかなかったのではないでしょうか?。日中戦争にかんしては、戦争の発端は大衆の「国土」を求める要求にありました。「日比谷焼き討ち事件」で起きた暴動のように、安倍のアベノミックスのもとで一番犠牲を受けた人々が戦争を要求していくことになるかもしれんません。そうならないために自分はなにをすべきかをかんがえます。(発足から確実に支持率の10%は落ちているようですし)、安倍政権を終わらせることしか方向性がないとおもわれますが、オリンピックまで持続する可能性が高い。息苦しいかぎりですが、諦めず、安倍の政策を具体的に一つ一つ反論していくこと。とくにアベノミックスにかぎらず、どの先進国もはまっているアナーキーな成長の夢によっては地球環境が成り立たなくなるとするならばそれは全く無意味なのだという外部的な認識をできるだけ共有していくこと、あと、グローバルデモクラシーにおける、国家を超えた外部との連帯感の形成の大切さですね。長くなり失礼!

「飛騨は古くは鄙(ひな)が由来で、大化改新の際中央集権に粘り強く大和朝廷に逆らったためとされています。ですので飛騨、斐太はどちらもあて字なのだと思います。斐の字には(美しい、麗しい)という意味があります。ご指摘のように『論語』にも斐然成章という言葉が出てきます。その他に『易経』にも出てくるなど昔から使われている良い意味のある素敵な字です。鄙のイメージを字でなんとか良くしときたい、という気持ちがあったのではと想像します。
『飛騨』の字になる前は『斐太』『斐陀』という字が当てられていましたが、702年に神馬を朝廷に献上してそれを瑞祥として朝廷が大赦を行ったことから『飛騨』のじが当てられるようになったらしいです。」(桑原)
豹変は本来はよいほうへ変わるという意で、『易経』(君子豹変す、その文斐(うるはし)」と、辞書に説明してありました。文をみたひとの感動と結びつけられるそういう美しさを意味するようですね。万葉かなによって単にこの音をあらわした話というではなく、なるほど、そう表記されなければならなかったセルフアイデンティティーの背景があったのかと、ご説明を大変興味深く読みました。やはり「斐」という言葉が称えるにふさわしい風景とじわじわと実感してきました (ニャ)

ひとは生きているときに生きていないのはなんぜなのか?

「もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろう」


イギリス知識人はなにをかんがえているのか?

イギリスの知識人の、「神は存在するとも言えないし存在しないともいえない」という彼らの好む不可知論は、内部に絡み取られていくあまりに巨大な全体論的言説は避けよということを言い表しているが、これは認識の限界の問題をこえて、外部世界の他者との関係を問う倫理的態度をつくっているようにみえた。
9・11以降、ネオリベの論客にたいして激しく論争を展開した、「AGAINST ALL GODS」のリベラルの論客、GRAYLINGの講演で印象深かったのは、社会とは「まず外部から入ってくる他者を信頼した上で成り立つ運河のエンジニアリング」と言ったことだった。。つまり、<どこから来たか>の問いは内部から内部に即しては不可能。それは外部の視座がなければ意味をもたないのだ、とわたしは理解した。
これにかんして、<どこからきたか>を内部的に指示する起源の表象は、語源学的にFinnegans Wakeを仏語Finと英語beganの結合とみる。が、この語は、111_1111から、_を取り除くプログラム的加算の唯物論的方法でしかない、とあえてかんがえる必要があるのではないだろうか?。弁証的には<どこから来たか>は外部の視座から意味をもつだけだ。読むということが、常には19世紀的ブルジョア的に読む人の内部に委ねられていくことが不可能なことだってある。



世界の亀裂は修復可能か?

そのイギリス人はアフリカの少年時代に古典ギリシャ語でプラトンを読んだときに得た幸せについて語った後、社会を運河の設計として喩えました。どんな人が外から来るか心配とて最初から他者への信頼を欠いては運河は働かぬといいます。オールドルべラルのAC Graylingさんです。(AC Graylingさんは当時、新右翼の論客と激しい論争を新聞で展開していました。私は彼の講演をロンドンのユダヤ文化センターでききました。) かれは、最初から他者への信頼を欠いては運河としての社会は設計できぬと強調しました。結局努力して読めぬ外国語の本がないように、亀裂し続けるだけの世界も存在しません。私はこれを、運河の外国語的リベラリズムと呼びたいと思います。さてこの運河の外国語的リベラルのモデルとして、アムステルダムをあげたいです。ただし注意を要するのは、アルファベットだけが、外国語ではないということ。私が思うに、江戸時代からの漢字テクストも外国語の本です。そして繰り返すと、注釈を利用すれば読めぬ外国語の本はないように、寛容の精神があれば和解できぬような世界も他者も存在しないということです。これに対して、別のモデルがあります。山河の母国語的保守主義です。これは閉じた予定調和の仲間に根づきます。このモデルとして私があげたいのは、アイルランドの固有名詞しか出てこないジョイスのダブリンです。やはり注意したいところは、作家の風景スケッチの大半が他の国の都市トリエステに依拠していた事実です。ここから、'われわれ'の山河に先行しているのは他の山と他の河ということですね。故郷に起源がないように、仲間は抽象的人格をつくりません。国民道徳の奴隷ではありません。最後に、世界の亀裂は修復可能か?という最初の問いです。答えは、やはりあなた次第です。そして、開かれた、運河の外国語的リベラリズムと山河の母国語的保守主義がふくろうと猫との間の<間柄>の関係の如く調和し合えば、なにかあなたに協力することがあるはずです。
(Kの遺書・夏目漱石「こころ」)

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10月 2014年 (つづき 2) 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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