言葉と表現と射影のブログ

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zoom RSS 2015年二月 (2)

<<   作成日時 : 2015/02/05 00:05   >>

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「ワイツゼッカーやメルケルは保守政治家。よく言えば、戦前と断絶しているし、悪く言えば、すべてを「ナチス」のせいにした。良くも悪くも学ぶことは多い。」



ベトナム戦争とイラク戦争のアメリカの撤退と敗北は、植民地主義の歴史が終わりつつあることを示していることは確かのようです。冷戦の時代は、植民地主義のかわりに、冷戦後の新植民地主義、「政治的に」独立した新興独立諸国家にたいする旧宗主国の経済的な支配が起きてきました。アジア・アフリカ・南アメリカの国々は依然として隷属状態にあり続けました。




ベーコン
すべて優れた美には、その釣り合いの中にいくらか奇異なものが含まれているものである。There is no excellent beauty that hath not some strangeness in the proportion.


海保が市議視察船の船長の胸ぐらつかむ写真

自分でもこんな労働をやっている理由がみえない人間が自分の疑問を絞め殺そうとしているかのようにみえます。疑問に思った労働を止めるかサボればいいのに、しかし無意味に頑張りぬく日本人の絶対に降参しないという無理な兵隊メンタリティー。逃げられなくなってきた、文字通り自分の首を絞めている明日の日本人の一人ひとり姿をまざまざとみる思いです。他人事でしょうか?



…すべての共同体はなんらかの善を目標にするのであるが、それらのうちでも最高の共同体、他のすべてを包括する共同体は、あらゆる善のうち最高の善のために、最大の努力をもってそれを目指すものである。これが国家と呼ばれるもの、すなわち国家共同体にほかならない(アリストテレス)

…財の獲得術には二種類のもの――商いの術と家政術――がある。後者は必要欠くべからざるもので、かつ称えられてよいものだが、前者の交易術は咎められるのが正当である。なぜならそれは自然に適ったものでなく、人間同士のあいだから財を得るからである(アリストテレス)


寸劇 哲学的に”それは実在するか?"

フクロウ猫博士「君の机の下のひきだしに、国の戦争で死んだ人々が祀られていて善いのも悪いのもいるというわけですか?」
学生(安倍くん)「はい、『誰がいい、誰が悪い』と差別せず、すべての方々をおまつりしている引き出しです。われわれと戦った相手の方々も含めて、すべてをおまつりしています」
フクロウ猫博士「開けて見せてごらんニャさい。やはりなにも入っていないじゃないですか?出鱈目をいっちゃいかん!だから君は馬鹿だというんです。これ以上アジアの友達を苦しめる自分勝手な思い込みは止めたまえ」
安倍くん「いいえ。引出しを戻したあとに補充されました。だからいまこの引出しのなかも僕のココロのなかも満杯なんです」
フクロウ猫博士「ホー?どこから忍び込んだのですか、説明したまえ」
安倍くん「はい、集団的自衛権の若者たちの魂が未来から、そーっと」
フクロウ猫博士「そりあ、君ね。今日の議論のために未来の君が殺した魂たちじゃないのかい!?」


2015年のフーコーとはだれか?

現在のこれほどの疎外の原因を知るためには、1966年に世に出たフーコー「言葉と物」(第一章侍女たち、第十章五精神分析と文化人類学)を再び開いています。かくも構造的に取り囲まれてしまっては、人間の魂(心)が救われることは絶望的に無理におもわれます。現在は、この魂(心)が全体を覆う体系から外へ逃げたとき隣人から非国民と名指されたらもうすべてが終わりとなるような戦中の悪夢のようであります。「敵」か「味方」かと叫ぶ世界の内部の中に絡みとられていく魂(心)に、思考の巻き返していくほどの柔軟性がまだあるのか?法はまだあるのか?法はどこに?憎悪の互酬性のなかで法が自らを引き裂くことをやめないではないか!現在の「敵」か「味方」かと裁いてくる戦争から逃れるような、外部の思考がいかに可能となるのだろうか?これを問うたのたが、「言葉と物」のフーコだったことにやっと思い至り、これも分からずいままでこの本のなにを読んでいたのかと唖然としております


ゴダール「Adieu au langage」を鑑賞しました。 ’さようなら’を言う者は、ウィットゲンシュタインの例のように、常に正反対の意味に行くことになります。 ゴダールも別れを告げたこの路に他の路(森)を見つけたが、しかしここから再びはじめるとしても、自分よりも人間を思って彷徨う犬 (哲学) に変容した、詩人(精神) の物を観る眼でなければ、この戦争なき森とともに生きることなどはとても無理でしょう。



石川啄木日記bot ‏@1shikawabot · 2 分2 分前
――――書きおとしたが、まだ眠らぬうちには、時として、少し歩くと耳が内から塞いだ様になつて、自分の話も人の声の様に聞えたり、人の言葉が、遠くで言つてる様に聞えたりすることがある。
10/12G




政治神学の映画化

「映画史」のゴダールは、「Metropolis」(26) のラングFritz Lang が'水'に表現していた、救済の象徴性を読み解きました。そして「Dr.Mabuse, der Spieler」(22)と「M 」(31)とに、見えてしまうものがこの世の壊乱者であらざるをえないという主題を見抜いたのです。(ただしMではなく、Mを取り囲むギャング団と警察の連合がファシズム的とみていました。) 曖昧に、 かくも''人々は光の方向に'安心'を求めれば求めるほど脆弱な闇に巻き込まれていかざるを得ないという、30年代の危機的状況。政治神学の映画化?ちなみにカイエ誌のベスト100の第二位がThe Night of the Hunter – Charles Laughton (下の写真, 一位の「市民ケーン」のあとに続くのがなんともいかにも警句的)。やはりファシズムについて考えさせられる映画ですね。


二つの映画を観て                 
子安宣邦


「5頭の象と生きる女」

 今日午前中、映画「5頭の象と生きる女」、日本語版のタイトルは「ドストエフスキーと愛に生きる」を見た。渋谷のアプリンクという小さな映画館で。最初観客は私一人だった。開演直前にもう一人青年が現れた。二人だけで、映画の世界に浸りきる最高の時間をもつことができた。この映画を観ることを私に薦めたのは研究会仲間の南さんだった。なぜ彼女はこの映画を観ることを私に薦めたのか。その意味をも考えながら見続けた。主人公はスヴェトラーナ・ガイヤーというウクライナ生まれのドイツの年老いた女性翻訳家である。彼女の経歴には20世紀ヨーロッパの苛酷な歴史が刻み込まれている。スターリン主義とナチズムとがウクライナに刻みつけた歴史が。彼女は辛うじて戦後ドイツでロシヤ語教師として生きることをえる。そしていまこの映画の中で語る彼女はすでに80歳をこえているであろう。「5頭の象」とはドストエフスキーの5部の大作を意味している。ドストエフスキーの作品における人間の自由をめぐる徹底した文学的思索をどうドイツ語に移していくか、彼女が負う歴史的運命を人びとの読み続けていく言葉に変え、言葉を織り出す作業に残された時間のすべてをかけようとしている。「人生の目的とは、その人の生きてきたことの中にある。」これは彼女がいう言葉である。南さんがこの映画を見ることを薦めてくださったことに感謝する。(1月20日)

「イマジン」

 もし視覚を失ったものが、聴覚を始めとする視覚以外の全感覚をもって、普通の眼の持ち主以上に物が見えるとするならば、彼は普通の眼の持ち主たちからなる世界の危険な壊乱者とならざるをえない。なぜならこの普通の人びとの世界は、視覚を失ったものは白杖をもってはじめて不完全な仲間入りが許される世界であるからだ。白杖なしで視覚以外の感覚を研ぎ澄まして車道をも渡ることができるものはこの普通の世界にいる席をもつことはできない。彼は視覚障害者の施設の危険なインストラクターとして追放されざるをえない。見えてしまうものとは、この世の壊乱者であらざるをえないのだろう。

ポーランドのヤキモフスキー監督の映画「イマジン」を銀座の試写室で見た。映画はもちろん私が語るような観念劇ではない。だが視覚を失った人びとを主人公とした、リスボンの修道院と市街を背景としたこの映画の美しい映像の世界に、私は自分の眼だけではない全感覚を研ぎ澄まして見入った。(2月4日)




柴山哲也(ジャーナリスト)さん
「戦前の新聞が大正デモクラシーのリーダーシップをとりながら、満州事変あたりから急速に右傾化、大政翼賛に転じた時、朝日新聞で「べらんめえ」時評を書き、「他山の石」を発行し続けた桐生悠々は、朝日、毎日等の商業新聞が戦争成金の仲間に列するものになったのを嘆いて在野の記者になった。」



「政治は主に、人たちに何かを禁じる単位である。政治的な権力は、何々を<してはいけない>ということを私たちに要求する」(寺山修司)。
たしかに、原発を推進した政財官マ司の一体構造の単位は、人たちに知ることを禁じました。これから安倍が推進する戦争経済の自立化も、知ることを<してはいけない>と私たちに要求してくることでしょう。
原発体制も戦争経済の自立化でも、現在一番考えなければならない問題は、それらが人間の知るという最も基本的なあり方を限度なく抑圧する権力であるということだとおもいます。


“No man remains quite what he was when he recognizes himself.”
― Thomas Mann


寺山修司 ‏terayamasyuzi
政治は主に、人たちに何かを禁じる単位である。政治的な権力は、何々を「してはいけない」ということを私たちに要求する。それに対して、映画や演劇、詩、そうしたものの相対としての芸術は、人たちに何かを許す単位にかわりつつある。



じつは、市場経済のなかでは、貨幣を媒介としてモノを売り買いすること自体が、無限の将来に向けての投機そのものなのである(岩井克人)

ゴダールとはだれか

「映画は何も恐れはしなかった、他のものも、自分自身も、映画は時間から守られていたのではなく、時間を守っていた」(ブランショ)
「もっとも儚い瞬間こそが、華々しき過去を所持する」(E・デキンソン)


・「グラマトロジー」のデリダは、「表音化は一つの歴史を有しており、どんな文字もこれを絶対的に免れるということはない」という。例えば、宣長が「古事記」に行った漢字言語の表音化がその例だが、エイゼンシュタインのように映画の映像を「文字」とみなせば、「表音化」は映画史においても起きた。つまり映画における表音化は、ジルドゥルーズが「平行的」と呼んだような、脈略なくゴダールが過去の映像に音を与えていくラディカルな編集を通して現実化したのだ。歴史概念 (映画史の概念)は、1970年代後半からの一定の時期に現れたのであり、歴史概念はゴダールの発明的な編集を前提としている。再びデリダと宣長がゴダールを理解するうえで参考になる。「純粋に表音的な文字 (エクリチュール) は不可能であり、またそれが非音声なものと手を切って存在したことは決してない」とデリダにおいて言われるように、宣長の場合、実体として存在する純粋なヤマト言葉については言及しなかったといわれるし、(仮にあっても彼が) 注釈学的に依る漢字言語の読みから切り離されてあたかも独立的に存在することはない。ここでの問題は、不可能な起源に、不可能な純粋に表音的な文字を実体的に語りだしてしまう歴史概念にあった。それは文字の出現とその腐敗を物語るが、しかし文字は歴史概念に先行しているのだ!さて、こうして、ゴダールがブランショの言葉をひく理由がわかってくる。「映画は何も恐れはしなかった、他のものも、自分自身も、映画は時間から守られていたのではなく、時間を守っていた」」(このブランショの言葉は作品「映画史」の最後のほうでかれの肖像画とともに引用される。) バザン的な意味で映画の起源に現象学的に写真的なものを発見しそれを基準にして、「悪い映画」をきめることは批評家時代のゴダールの構成ではかった。「確かにイマージュとは幸福なものだが、その傍には無が宿っている。イマージュのあらゆる力は、この無に頼らなければ説明できない」(ブランショ)。映画史がそれを言うゴダールに触発した意味は、<映画史をいかに読むか>だった。だけれどもそうして、ゴダールに見い出されたのは、まったく正反対の意味だった。つまり映画史は読めないということである。デリダ的にいえば、映画史において痕跡の無根拠化が常に生成しているからなのだろうか。
このゴダールの「映画史は読めない」という自由な編集の徹底化の傍らで、ナレーションであるゴダールの魂に書いた声は消滅していく、と同時に、映像の絶対的な美にたいする称えが天にたいする信仰の如く現れてくることになった。ゴダールのいわゆる天と地の間で語り出す時代である。オリヴェイラーとともに、消滅しきったサイレント映画が神秘的にふたたび蘇るのはこの時代であった。
C'est d'ailleurs ce que j'aime en gènèral au cinema.Une saturation de signes magnifiques qui baignent dans la lumière de leur absence d'explication.
ともかく私は、概して、映画のそこが好きだ。説明不在の、光に浴たす、壮麗な記号たちの飽和

この時期のゴダールを芸術至上主義かどうかについては議論の余地が残されていますが、ゴダールの支持者のなかには、かれに芸術至上主義への傾倒をみとめて失望のうちにかれの映画から離れていった人々もいます。私の周りではフーコの著名な研究者がゴダールにたいして少なからず幻滅を感じていたようにおもえます。2000年代と2010年代へと、ワールドキャピタリズム批判、グローバル・デモクラシー、socialismについて発言していくのですが、たしかにゴダールが夢想するかの如き芸術の孤独な力では、資本主義を打ち倒せないのは誰の目からみても明らかです。組織の力が必要とされます。しかし、かれのファシズムに抵抗するための問題意識は一貫して持続してきたことは特筆すべき点です。西欧合理主義の住み処である、最強の政党と労働組合とマスコミを恐れることがなかったあのナチスが、スターリンの軍隊にでも無敵の連合軍にでもなく、無力な芸術至上主義の孤独な交際にたいしてあれほどの畏れを抱いていたのは一体どういうわけだったのでしょうか?これを問うたのは「全体主義」を書いたハンナ・アーレントでした。結局まだだれもナチスを分析できてはいないというなかで、ゴダールはファシズムに抵抗する芸術至上主義としての自らの役割に意識的だったようにおもわれます。



精神の物を見る眼

ブッシュ以降、爆撃することがあたりまえとなりました。爆撃に慣れた、感覚が麻痺しきった、反証の精神も眠りこけたなかで、「人道」の言葉のなかに爆撃の雨が降っています。爆撃する大きな人間たちは、これから学校の「道徳」でなにを教えるつもりでしょうか?そもそもこの「教」という字に注意しなければならないときがありますね。(ほら、字のなかの右側に、従わないひとびとを丈(たけ)でうつ鞭があるのが見えませんか?)批判精神の自由とまでいかなくとも、憲法に書いてある、われわれのなかにある、精神の物をみる眼というのは、過去の人々ー戦争の悲惨に抗議しようとした人々ーから送られてきた力ではないかと思うのです。だから地球の裏側まで行く大きな人間たちに、あなたたちは本当のところ一体何をしたいのですか?と切に問いたいのです。というのは、大きな人間自身も自分たちがなにをしているのかわからないまま行動しているのかもしれませんからーしかしこれこそがこの前の戦争の悲惨の最大の原因だったのではなかったでしょうか?


ブッシュ以降、爆撃することがあたりまえとなりました。爆撃に慣れた、感覚が麻痺しきった、反証の精神も眠りこけたなかで、「人道」という字にあるウ冠(うかんむり)の下に爆撃の雨が降っていることを見えない国民は、残念ながら、最低と言わざるを得ません。学校の「道徳」でなにを教えるつもりなのでしょうか?国家の排他的他者を爆撃する自由を "表現の自由'と教えるつもりなのでしょうか。そもそもこの「教」という字に常に要注意。ほら、右側に、従わないひとびとを丈(たけ)でうつ鞭があります。


…交換の術はすべての財におよんでいるが、そもそもの発端は自然に即した事態から、人びとがある財は十分な量よりも多く、他の財は十分な量よりも少なくもっていた事実によってはじまったのである(アリストテレス)

Clothing doesn’t lie, it shows everything.

Yohji Yamamoto


[新自由主義のもと、IMF(国際通貨基金)の指示する民営化など「構造調整プラン」を強行してきたアサド政権によって現在、全人口の3分の1が生存水準以下の生活を強いられ(国連統計)、失業率は20%を超え、青年層は半数以上が失業、公共サービス労働者はダブルジョブが普通、農民は土地から追い出されるという状況が生まれている。しかもシリアは1970年から親子2代のアサド軍事独裁体制の非常事態法のもとにあり、人民の基本的権利は一切奪われてきた。この中で蓄積した怒りが一気に爆発]

研究生公演のチェーホフ「桜の園」をみたとき、これはブレヒト小屋で観ましたから、自ずと、ブレヒトとチェーホフを比べてかんがえたことを思い出しました。「近代主義」の楽観的な進歩観とは、(約束にもとづいた社会のエンジニアリングを推進できる)「人間は善においても悪においても進歩するが、動物はすこしも進歩しないのである」に尽きます。ブレヒトならばどのようにこれを解釈するか?かれは、そんな「進歩」は最悪の方向に、かつ最善の方向に向かって同時になされるということをアイロニーで提示できるはずです。その場合は問題解決は、演劇人を含めた、責任のある知識人に委ねられているということではないかとおもいます。戦後のブレヒト劇の演出が陥りがちな解釈、つまり知識人が民衆にしたがってシニカルに生存しさえすればいいというわけではなさそうです。他方、「桜の園」のチェーホフの場合は、問題解決は、共同体に委ねられるとかんがえていたのではないでしょうか。これは大きな差です。(もし両方が解決しなければ、だれが解決していくのかという問題も含めて、演劇は提示することができるか、あるいはできないかです。) これとは別の話ですが、殆ど晩年のジル・ドゥルーズがフーコの「汚名に塗れた人」との関連で、チェーホフに関心をしめしていました。かれの説明をひきますと、これはバタイユと正反対の考え方で、汚名に塗れた人を規定するのは悪における過剰ではなく、辞書的意味でのふつうの人やありふれた人が、隣人の苦情とか警察の出頭命令、あるいは訴訟沙汰といった三面記事的な事情によってふいに日の当たる場所に引き出された時、汚名に塗れた人になるという。つまり権力との対決を強いられ、なにかを語り、自らの姿を人目にさらすことを命じられた人間。ドゥルーズによると、これはカフカよりもチェーホフ的だというのですね。
基本的にはブレヒトの芝居は大人数を必要とします。異化効果と歌、衣装と大掛かりな舞台装置を生かすために、大人数でないといけません。これと比べて、芝居の作り方が違う、チェーホフの芝居では、演じる個性(人間模様)の数が決定的だから大人数となることもあるという感じかな。同じ一つの劇団がブレヒトとチェーホフの両方を上演できたら、それは野心的なすごい劇団でありましょう。仰る通りにそうですね、「いまの私たち」の問題は、チェーホフの射程にはいりますね。幾番も眠れなかったので赤ん坊の首を絞めた子守りの少女とか、釣り竿の錘にするために線路の釘を抜いて裁判にかけられた農夫の話がありますね。


ミシェル・フーコー ‏
13世紀初頭における贖罪体系の組織化、そしてその宗教改革前夜に至るまでのキリスト教の展開は、極めて露骨な道徳的経験の〈法律化〉―極めて露骨な規範の〈条文化〉―を成し遂げた。宗教改革以前に繰り広げられた精神的・修練的運動の多くが戦ったのは、この法律化に対してであった。−快楽の活用−

“I DON’T care who writes a nation’s laws, or crafts its advanced treatises, if I can write its economics textbooks.” - Paul Samuelson



シリアの子供たちを助けたKenjiさんは、戦争の一部にならず、望みはただ人を助けることだった。私は、みんなをまえにして、I am Kenji と言う資格がない。ただ、I do Kenji と天に向かって言いたい、一言だけ。このTakashiは弱腰だけれども、他者の人格を自らの道具として利用し貶めることをやめない、安倍の機械仕掛けのファシズムに対してどこまでも逆らってやりたい!
易しいことから、できることから、一歩一歩 I do the right thing !


寺山修司
てのひらは、しばしば自身の曇り鏡であり、あてさきのない葉書であり、市街図であり、そして自分の個人史である。

美濃部達吉

国家を法人と見ると云ふことは、勿論憲法の明文には掲げてないのでありまするが、是は憲法が法律学の教科書ではないと云ふことから生ずる当然の事柄でありますが併し憲法の条文の中には、国家を法人と見なければ説明することの出来ない規定は少からず見えて居るのであります。(演説「一身上の弁明」)



ブレヒトとはだれか?

ヨーロッパは「ユリシーズ」で自らを語るとき、どうしても故郷への帰還の言説に依らなければならなりませんでした。さてこの言説がそれを再び書くジョイスに触発した意味は、ロラン・バルトのブレヒト叙事劇ー異化効果、衣装、大掛かりな舞台仕掛けーの擁護とパラレルであったことがわかります。それは帰還とは正反対の意味でした。つまりジョイスとバルトは言語へ帰るためには、解釈の帝国から亡命する必要があることを示していたのではなかったでしょうか。どこから来たのかという起源を問うファシズムの問題を解決するために、再び、それを推進した一体構造 (解釈の帝国)に依拠することほど貧困で悲惨なことはありません。


ヨーロッパは「ユリシーズ」で自らを語るとき、どうしても故郷への帰還の言説に依らなければならなりませんでした。さてこの言説がそれを再び書くジョイスに触発した意味は、ロラン・バルトのブレヒト叙事劇ー異化効果、衣装、大掛かりな舞台仕掛けーの擁護とパラレルであったことがわかります。それは帰還とは正反対の意味でした。つまりジョイスとバルトは言語へ帰るためには、解釈の帝国から亡命する必要があることを示していたのではなかったでしょうか。どこから来たのかという起源を問うファシズムの問題を解決するために、再び、それを推進した一体構造 (解釈の帝国)に依拠することほど貧困で悲惨なことはありません。


天気がわるいと気持ちもひっこむ...
おぞましくあまりにも文学的な...

アイルランドの天気がこんな感じでずっと続くとき、もう二度と晴れる日がやってこないのではないかと文句を言うアメリカ人が大勢いました。(ゴルフができないからね) イタリア人にとっては、太陽がかれらの友達。だから、それでも、私に向ってこんな国にいる理由はなにかと問うシシリー島の人がいました。なにか、こだわりにみえてしまうらしいのですが。でもこだわりは、晴れるかもしれないとする合理とは関係がないのかもしれません。むしろこだわりとは、晴れることからほど遠い、それでも天命の如くある無意味な対象に向かって嘆く信の構造。それはおぞましくあまりにも文学的な...。ただし、これにたいしては、あなたの友達にユダヤ人がいれば、危険な偶像崇拝とみなすかもしれませんね。かれらは偶像に触れて手が汚れるぐらいならば、「イギリスは最高さ。第一天気が最高さ」と目の前の徴を絶望的に嘲笑ったほうがいいのですから。ジジェクが言うように聖書にきちんと記してあるように、かれらの以前には徴にこだわることで神を撃退することを思いついた人々はいませんでした) ちなみに、日本人は晴れた青空を仰ぐと安心してしまうから、大島渚は僕の映画の中に青色を絶対に使わないのだといっていました (「愛のコリーダー」のこだわり)



圧縮の問題

戦前は学童たちが靖国の街路樹として植栽することがあったと当時の体験者から聞いたことがあります。ヒトラーユーゲントのことは、手塚治虫「アドルフに告ぐ」ではじめて知りました。子供たちが自由の否定に対して自由を感じて希望をもったり、また自由に自由の否定を感じて絶望したりすることが、なぜ起きるのか?これは、単に教育の貧困ゆえに起きてくる単一価値観の強制で説明してしまうことで済ますことのできる問題なのか?イギリスなどの国と比べて教育の機会がある、現在の日本の状況をみると、とてもそうは思えません。この問題は、ある社会で、自由の否定を自由といったり、自由を自由の否定とかんがえたりするという互いに正反対どうしのものが同時にあらわれてくることはどういうことなのかという問題と等価だとおもいます。これは、時間的な<圧縮>から生じる現象として考える必要もあると最近かんがえるようになりました。たとえば、1789年フランス革命後に約百年間の間に革命(自由)と反革命(反動としての自由の否定)とが入れ替わり起きましたが、この政治的振幅を、150年後のドイツは第一次大戦後に非常に短い期間に経験することになりました(ウィルヘム二世の退位、ワイマール体制、ナチスの台頭) つまり、自由の否定に自由を感じて希望をもったり、逆に自由に自由の否定を感じて絶望するのはこのような<圧縮>に依ることではないかと。そして西欧がルネッサンスから五百年間かけて達成した自由と平等の理念を、日本は僅か百年間に、他のアジアのなかには僅か10年間の極端に<圧縮>された環境において達成しなければならないという難しさが常にあるとみています



デュラスと ゴダールのファシズム批判

「崇高なもの」とは、「比類なきもの」を意味する。それは欲望の「全体的なもの」に絡み取られていくことがある。この能記ー所記それ自身が欲望である。だが、「崇高なもの」の言説がそれを言う主体に触発する意味は、「全体的なもの」とは正反対のものである。「崇高なもの」を書く主体の行為は「無」であり、たとえばデュラスは常に「無」を強調する。「私の顔の実質は破壊されている」というふうに。このようなデュラスの<無>は、比べると、サルトル的無からほど遠く、ベケットの書くことの義務の位置に遥かに近くにあるようにみえる。ただし、ベケットと異なる点は、デュラスの書く行為は「私の家」においてしか許さないような「私」的なものである。それなのに、ここで、デュラスの書く行為が、(ゴダールの書く行為との間の差異は無視することはできないが) あたかもゴダールのように全体の喪失感の中で天命の如きものとして存在しているようにみえてくることは一体なぜなのか?「崇高なもの」を書く主体の行為は、欲望の内部から内部に沿ってあるとしてもいずれ「全体的なもの」に絡み取られていくだけではやっていけなくなるのだという無理の絶望からそれほど遠いところに位置していないことだけはたしかだ。つまりこれが、デュラスとゴダールのファシズム批判、「崇高なもの」かつ「全体的なもの」としてあるファシズムにたいする批判を構成するのではないか。


古本屋とはなにか?

愚かな勘違いで今年も早稲田で用を足せなかった帰り道に、中学時代に彷徨いこんだ色々な小さな道をふらふらと再び歩いてみようとおもいました。冒険心のある子供のときは、大地の神々の闊歩のごとく、道沿いにあるどんな隙間も想像力で支配していたものですが、しかし小学校高学年になると、なにか立ち入り禁止の見えない柵を自分からつくっていくようになります。記憶の中では、有名中学受験とやらで一人二人と友達も遊んでくれなくなると、いつのまにか少年ジャンプの話題もなくなり、なにげなくかれらと闊歩した自由にした領土 (?) がどんどんなくなっていきます。しかし消失した領土はどこへ行ったのか?きょうは、ちょっと気まずい思いで、何十年ぶりに、中学生のときは中々はいりづらかったと感じた古本屋達の内部を再び覗いてみました。昔は変な話、巨大な洞窟の中で、蛍光灯のフラットな光で照らされた古い汚い本達に見つめられていると感じたものでしたが、それは、ほかならない、自分のなかで、誰からも見られずに読むという自身の欲望を見ていたのかもしれませんね。大人のナンセンスでエロチックな漫画、芸術の画集、映画、演劇、文学、詩集、記号論、外国語の本達が、題名だけでも、欲望の系列(セリー)を構成していました。当時は気が付きませんでしたが。それにたいして法、経済、政治の本達が、やはり題名だけでも、あえて言えば、検閲機構のようなものでした。結局この検閲に抑圧されて愚かにも法学部に行ったのが人生の失敗でしたか。 また別の古本屋へ行く。鍵穴を覗くように中を見る。と、現在気になっている新たな欲望を見るのです。近世思想史の本たちです。どこの本屋も多くは揃えていませんでしたけど。ああ、わかった、なるほど、消失してしまった領土は、この古本屋たちの内部のなかにあったということなのか・・・




古代の理論では、労働が軽蔑され、近代の理論では労働が賛美された。そして一方は、労働者の苦痛の多い努力に不信を抱き、他方は、労働者の生産性を賛美している(H・アーレント)

Q, なぜ安倍のファシズムは「テロに屈しない」集団的自衛権へ行くのか?
A, 過去をみるとファシズムの場合は、国内市場を押し潰すことは全体主義と同じでも、外的部門の重視は、国外資本の呼びかけや輸出産業によってではなく、戦争経済によって行われ、この経済が全体主義には見られない国外侵略や資本の自立的形成(戦争経済の自立化)へと導くのである。安倍のファシズムの「テロに屈しない」集団的自衛権へ行く必然性がここにある。
Q,「この道しかない」という安倍の公理システムに抵抗できないのか?
A, この道のなかの他へ行くという抵抗があり得る。完全なシステムは存在しない。つまり「決定不能命題」と呼ばれる<穴>はどんなシステムにも必ず存在するから。この点についてドゥルーズ&ガタリが強調した命題「分子的なものになること」は、誤解されているが、新自由主義のイデオロギーとは無関係だ。この命題で意味されていたのは、ほかならない、現在のようなファシズムからの逃走、したがって世界的規模の隷属にたいする<穴>をあけていく闘争の運動のこと。このような命題、すなわち「決定不可能な命題を通過しない闘争は存在しない。すべての闘争は、公理系の接合に対して、革命的な連結を構築するのである。」




北一輝
個人主義の大潮流はローマ法王の絶対無限権を排除し思想の自由を呼号することによりて流れ始めたり。(国体論及び純正社会主義)


アタリによると膨大な原稿が紛失しているので、マルクスは本当は何を言いたかったかはそれほど明らかではありません。ただ、十八世紀のベートベンが同時代の全音楽を見通していたように、十九世紀の広範な言説を体系的にもっていたことはたしかでしょう。だからこそ、未来を思い出すように、19世紀のマルクスから21世紀のグローバル資本主義を丸々読み出す解釈にはやはり無理があるのだとおもいます。19世紀は19世紀、21世紀は21世紀である。時代のエクリチュールは、柄谷的の「世界史」的神話のようには、景気循環的に、構造的に、したがって神話的に、反復することはありません。ところでピケティの言っていることなんて「そんなの当り前じゃないか!」としかおもわないし、(マルクスの書き方に影響を与えたといわれる)19世紀の貧困を描いた小説たちを取り上げてなにが言いたいのかわかりませんでしたが、とにかく、21世紀をかんがえなければならないときに21世紀でない言説をかんがえること(過大ににとらわれてしまうこと) の問題を、ある種の使命感をもってマルクス的に指摘したいことだけはわかりますな。統計学で反証した法則などという話とは別に、やはりすごいひとなんだな。(と、しもうたー、だんだんピケティとベケットとがごちゃごちゃになっていて、いつのまにかピケットと言っていたようです。ピケットの寸劇でもかこうかしら)



盛なる哉所謂帝国主義の流行や、勢ひ燎原の火の如く然り。世界万邦皆な其膝下に慴伏し、之を賛美し崇拝し奉持せざるなし。
…少くとも愛国心と軍国主義は、列国現時の帝国主義が通有の条件たるに非ずや。然らば則ち、今の所謂愛国心とは何物ぞ。…幸徳秋水「廿世紀之怪物帝国主義」



家父長制の文化だけが粘り強く残っている、
この島のなんとも形容できない、空虚の息苦しい中心

父は「うちの長男です」というふうに誇らしげに紹介したものですから、誕生日会の友達の親に玄関先で「長男の敬です」と自分でも挨拶しました。「ご兄弟は何人?」と聞かれて、「一人っ子です」とこたえるものだから、難しそうにみえたどんな大人の笑いを誘いました。現在はこの島は家父長制の文化だけが粘り強く残っていて、あのなんとも形容できない、空虚の息苦しい中心を悲劇的に規定していますね。比べると、英国なんかは、ドラマでもなければ、全面的に<わが子をおもう母親>がテレビの中の「公」に現れることは中々ありませんー女王を除いて。大事な他のことを語ると、勝手に編集されてしまうほどには。あそこの島は親子関係がお金みたいにサバサバしています。そのせいか、トッド的な意味で、ある種の隷属感の息苦さはそれほど感じられませんでした。が、まだ中産階級が少なかったアイルランドから行くと、毎日なんとも言えない屈辱的な惨めさを味わうことになるのは、これでもかこれでもかと「持つ人」を称えてやめない社会だったからかもしれませんねー女王を中心として




アディのこと

帰国後5年で綴り字の間違いが多くなってきたのは、やはり英語の'音'を忘れてきたからだろうと思います。海外の記憶が怪しくなってきた中で、書きにくかったことをそのまましておくよりは、まとまりのない文でも書いておこうか思うのですが、その一つが、ロンドン時代の友人アディのことです。ヘブライ語の看板が立ち並ぶ通りにあった、アラブ人、ユダヤ人、ポーランド人などの出稼ぎ移民の社交場と化していた喫茶店でなにげなく知り合いとなりました。このアルジェリアから亡命してきたアラブ人は、現地の革命政権に捕まった両親とともに拷問を受けた子供時代のトラウマのことを、母国語と異なる不利な外国語(英語)で語らなくてはなりませんでした。エレガントな英語の表現と内容の不均衡。アディは私を前にして喋るときは常にイギリス人のように言葉に凝り教訓的に語ったのは、宗教の背景も考えられますが、多分アラブ人たちの多くがそのようにイギリス人のように語らなければ、偏見と誤解のうちに一方的に差別されるリスクを常に意識していのかもしれません。ある日、喫茶店で時間潰しにきたときです。アラビア語の曲線性と、ヘブライ語と漢字の直線性を念頭に描いた絵の横に、アラビア語を書いて見せてくれと頼んだときは、思い出の中では、アディは驚きの表情を示し, 変な奴と思っただろうか。「いまわたしはTakashiと喫茶店でコーヒーを飲んでいる」と書いてくれました。この点は説明を要するかもしれません。一般的にヨーロッパの人々は、異国から持ち帰ったエキゾチックなお土産を見るような好奇心はありますが、ただそれだけのこと。残念ながら、非ヨーロッパ語圏の文字など何物でもないと思っています。無用な文字などは見せてくれるなというのが日常の現実です。この傾向は教育が高いインテリになればなるほど強いようです。例えば、アカデミックな講演会に出席しますと、知識人が依るのは、語る言葉、正しく言えば、古典ギリシャ・ラテン語の文法性に規定された音声であるという強い印象をもちます。ちなみに私の語る言葉は、ジャパニーズ・イングリッシュ(上添字)とちょっぴりアイリッシュ・イングリッシュ(下添字)の混合テンソル!の如き救いがないbroken Englishで仕方がないのでありますが、ただその私がみても、これは酷すぎる英語じゃないかと呆れても、聞いたこともないアクセントが時々漂っていても、非英語圏のインテリの英語がそれでも立派に通じているのは、やはり聞き手との間において共有している文法性に決定的に依ることなのだとおもいます。あたかもスポットライト(照明)によって照らし出された知識人の語る言葉の優位、ギリシャ・ラテン語の文法性に規定された音声の優位、ここになんとも反論できないようなある種の優越性があることは明らかです。そして、大事な点ですが、対抗的に、民族主義の(ロゴスを超えた)共同体精神が、同じこの語る言葉を住処としているということは、デリダが説明した通りです。ここで、'対抗的に'、という意味は、互いに敵同士なのに、だからこそ、補い合って、というような意味ですね。ただし付言しておきたいのは、このようなヨーロッパ人であることに属しているにもかかわらず、そうでないことを強いられているような人々がいるということです。貧しいヨーロッパの国々からきた人々の非存在性のことです。バブル破たんで巨大な債務超過を背負ったPIGS、すなわち、ポルトガル(P)、アイルランド(I)、ギリシャ(G)、スペイン(S)ですね。ギリシャなどはヨーロッパの中のヨーロッパであるとみなされがちですが、現実には自らを代表する声をもっていません。EUが語るギリシャ、ドイツが語るギリシャしかなかったのですから、今回の選挙の結果はこれに抗する政治的なものと考えることできるのではないかと注目している次第です。
さて音声の優位で意味されることは、音声の文字に対する優位です。われわれアジア人が自らの文字を公に開示することの気まずさは、果たして何と喩えることができるでしょうか?大胆にいってしまうと、それは、多文化主義(マルチカルチュアリズム)のロンドンでは顔を描いてはならないような約束のプレッシャーと似ているものではないかと仮説を立ててみます。感覚的に顔を描くとそれはかならずどこかの人種をあらわすことになり、不公平なヤバイ感じがありました。ロンドンにあっては、他の人種が作品をどうみるのかを常にかんがえなければなりません。そうでないと、人種差別主義者のレッテルを張られる危険があるほどです。ある意味で、顔は禁じられた偶像でした。と、禁欲的に、おのずと幾何学的な図形とか記号をつかって抽象的に表現することになっていきますが、これとは正反対に、抽象的でないものに依拠することによって、かえってより抽象性が高まることもあるのです。つまりここで抽象的でないものとは、自分の場合について思い出すと、漢字言語、あるいは、'ヤマト言葉'の故郷である漢字言語だと考えた時期があったかもしれません。しかし新たに問題提起。ヤマト言葉の故郷はほんとうに漢字言語なのか?音(ヤマト言葉)の故郷は映像(漢字言語)なのだろうか?ここでサイレント映画の映像をかんがえてみてもらったらわかるとおもうのですが、映像をみているときに映像をみてるのは何故なのかという問いは起きてくることはあります。しかしそこまで純粋に真っ直ぐに思考の対象を追求していくと、映像によっては音(語る言葉)を見出すことは不可能なほどです。映像は、還元できない現れの形式でしかありません。同様に、思考が漢字言語を見るときに、思考が音(ヤマト言葉)を聞くことは不可能。結局どこにも故郷というものが存在しないという結論が帰国後の現在の思いと重なるのですが。したがって存在するのは、ヴェーィユが言っていた故郷性だけです。(この故郷性はゴダールが「パッション」のときから考えることになりました。) 仮に故郷の存在をみとめるとしても、そのような故郷に安心して帰るためには、渡辺一民氏が言っていたように、まず豊かさが何であったのかを根本から問い直すことがなければなりません。ここでいう豊かさは、ロゴス(二項対立)と民族主義の優越性のこととして理解できるのではないでしょうか。3・11以降はこのことが切実になってきましたージャパン・アズ・ナンバーワンというナショナリズムに駆られた豊かさの破たんに生きているわれわれにとっては。最後に、これにかんして、大正時代の時枝誠記の反時代的な位置について言及せず終わるわけにはいきません。音声優位主義の言説がそれを言う主体(時枝)に触発した意味が何であったかをかんがえるときに、言語の故郷に帰ることを試みた時枝が必然として思考の形式に出会うことになったとおもいます。この思考の形式のなかで時枝が本居宣長の思考を辿ることになったという可能性については、子安氏の「漢字論」(岩波書店)に分析されていることが参考になりますが、大まかにいってしまうと、原初の書記的テクスト「古事記」には書く運動の脈略のない痕跡があるだけで、帰るべきとされたヤマト言葉という観念的統一は全部宣長の発明性に依ることだったのです。この発明性は、加藤周一が称えたような宣長の近代的な実証性とは全く関係がありません。宣長が近代的な意味で実証的であれば、日本語の実体的な起源を探すためにインドに行ったりノルウエーに行かなかければならなかったことでしょう、鎖国でしたけどね(笑)。どの母国語にも故郷がないことを知るためには、あるいはかえって不可能性としての故郷性の批判的意義を知るためには、大正時代の知識人が行ったようにヨーロッパのどこかの国と日本の間を行来往来するだけで十分かもしれません。三浦梅園的に不動点にある彷徨性が大事。これは交通性といえるほどのものかわかりませんが。と、最初に心配したように、見事にまとまりのない文になりました。


Un coup de dés qui accomplit une prédiction, d’où a dépendu la vie d’une race. - Mallarmé
賽の一振りが予言を完成する、一族の生命がかかっていた予言だ。


大勢は事なかれ主義で全体主義の恐怖から逃げ出すが、なんとか問題を自分たちの力の権内に置くことで恐怖を克服できないものだろうか....

ヨーロッパの知識人がそれほど本気でイスラエルを非難しているようにみえないのは、イスラエルからナチス支持者とみなされるのがこわいこと、またイスラエルからヨーッロパのナチス協力の痛い事実を追及されたくないと思っていることが、昔読んだ「ル・モンド」紙で厳しく指摘されていました。ナチスとそれと協力した母国を徹底的に批判している、例えばゴダールの様な知識人達だけが、公明正大に、イスラエルのパレスチナ人に対する暴力を非難できるということを改めて知りました。同様に、もし日本人がナチスのファシズムを非難しておきながら、靖国公式参拝の(戦前との連続性を作り出そうとする)ファシズムを非難しないとしたら?それは無意味。ファシズムというものをただの中立的な風景にしてしまう忘却の行為に等しいとはいえないでしょうか。自戒を込めて。さて衆議院予算委員会での安倍の答弁は、平和憲法と平和共存をもとめる東アジアの人々の願いを真向から否定するものです。靖国神社は他の神社と同様に一神社として存続する条件は、憲法の信教の自由と政教分離原則を尊重すること。が、安倍がよみがえらせようと企てているのは、戦前にあったような顕彰施設の靖国神社、つまり、戦場で敵を一人でも殺して死んだら神として祀ると約した国体の教説を拠り所とした戦争神社です。戦争で死んだ人々のために祈る施設としては、戦後国が建てた千鳥ヶ淵戦没者碑があります。首相はここで弔うことができます。

・衆議院予算委員会は4日、経済と外交などをテーマに集中審議を行った。安倍総理大臣は、みずからの靖国神社参拝に関連して、「戦争の犠牲者の中に戦争の指導者も入ると考えているのか」という質問に対し、「誰に対して手を合わせているのか、誰を除外しているのかということは答える考えはない。靖国神社は、合祀されている方々すべてをおまつりしている。『誰がいい、誰が悪い』と差別せず、すべての方々をおまつりしている。われわれと戦った相手の方々も含めて、すべてをおまつりしている」

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2015年二月 (2) 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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