言葉と表現と射影のブログ

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zoom RSS 11月2015年

<<   作成日時 : 2015/11/03 21:32   >>

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et l’empêche d’exister : ce qui permet à l’Infini d’être. それが実在に至ることを妨げている。そのために、《無限》が存在することが可能になっている。


現代語訳「古事記」ブームの意味はなにか?

Le philosophie est une lutte contre la maniére dont le language ensorcelle notre intelligence. (1921,Wittgenstein)

21世紀において、これからだれが、哲学の脱神話化と覚醒の意義を言ったウィットゲンシュタインの役割を引き受けるのだろうか?もうひとつ、そのとき哲学がたたかうべきだというときの魔法使いの杖とはなにか?ブームとなっている古事記の現代語訳が魔法使いの杖である。たとえば三浦氏は「こう語った・・・」、と、訳していることの問題とは一体何だろうか?漢字の背後に話し言葉(大和言葉)を読もうとすることは不可能な作業であるのに、しかしそれをあえて可能とするときわれわれの知性notre intelligenceになにが起きるのだろうか?国民文学としての「古事記」の発明。そうして古事記全盛だった昭和ファシズムは近代国家を国家神道的国家に変身させてしまったが、現在は書店の現代語訳と構造主義的民俗学が古事記を再神話化しているだけでなく、歴史修正主義者たちもまた古事記の再神話化をおこなっている。安倍自民党は国民からの要求に応えるべく日本会議から救済神学としての古事記的なものを発しようとしているとき、神話を更に神話化することの代償とはいったいなにか?いいかえると、(文化論的に想像された)大和国に無限に近づくことによって、われわれの言語・労働・生活から無限に遠ざかってしまうものは何か?おそらくはそれは政治だろうが、単純にファシズムの再来というよりは、救済しない安倍政治を終わらせることができないのだろう。'脱神話化は流行らない'では済まされなくなってきたんじゃないか

「朴槿恵大統領が推進してきた歴史教科書の国定化に反対し、若者の就職難や貧富の格差拡大などに対策を取るよう叫んだ。」


かつて大学の立て看たちのメッセージはどれも政治的で、
それを言う人だけに意味しかなかったことが多かったけれど、
それらは、文字を読む人間の、公共圏に繋がりたい思いの徴であった。
現在天に流通することがない私の孤独な言葉だけど、ここ、ネットのデジタル立て看で言っておくべきことがまだまだあるとおもう。それはこうだ。
赤、青、白、 黒、緑の間には差異しかなく互いに平等であるはずなのに。報じられる死者たちの赤、青、白の魂だけがネットのプロフィール写真で祀られる。しかし公に報じられることがない死者たちの黒、緑、赤の魂に与えられるような、祀られる場所が存在しないのだ…いままでもそしてこれからも


恐怖の誕生
公共放送の大切な報道番組の一つが、自民党への配慮から来年3月に打ち切りになるという。それもNHK職員の証言では、安倍友達の財界の人間が決定したというではないか。酷い話だ。ジョットの地獄図をみると、言論の自由に平然と干渉する安倍自民党と財界の鬼達の姿をみる思いだ。また自ら高い支持を与える恐怖のメカニズムに引き回される'国民'の惨めな姿もここに?そもそも、ヨーロッパではうまくいくのに、日本の市民運動が挫折してきた根本の理由に、国が市民が言うことに耳を貸さないことが指摘される。また人々が'国に逆らっている'とみなされたらもうおしまいだという恐怖感をもたされたことも関係しているのではあるまいか。いつこの恐怖が誕生したのか?明治エスタブリッシュメントの<国家に向かって行進せよ>の民主主義とは他の民主主義の観念的意義を思考することが、'国に逆らう'という禁じられた徴とされてしまったのは、明治末、またデモクラシーが成立したと祝福された時代に大杉が殺害された大正においてである。国が隅々まで調書と起訴状と判決文を通じて一方的にそれを物語ってきたし、皮肉にも、正義感あるイノセントな左翼作家達がそれを神話化・実体化してしまった罪がある。ここから、'国に逆らっている'とみなされたらもう終わりでどこにも生きていけないという恐怖感が誕生した。なにもかも全体主義の体系に内部に取り囲まれるときに極大化したのはこの恐怖感だった。さて今日、「この道しかない」の安倍に対して「他の道がある」をいう抵抗を非国民の危険思想として烙印し恐怖を生産するのが日本会議の鬼達に委ねられた役割だ。この連中と、歴史修正主義に共感する「美しい日本」の文化人達の危険な国家主義の文化論的言説を相対化すること。もし市民革命の近代化が不十分だったと歎くならば、ほかならない、現在がグローバル資本主義の危機の中ではじまった東アジアの市民革命のたたかいじゃないだろうか。神話に巻き込まれながら脱神話的に巻き返していくしかない


「フィネガンズウエイク」」(1939)を読んではじめて、「ダブリンの人々」(1914) がわかちゃったというアメリカ人がいた。「ダブリンの人々」はジョイスの脱神話化の仕事だからだ、ということをいいたかったのだろう。(だが、そうだからといって、「フィネガンズウエイク」を、そこでジョイスが現代世界というテクストを神話の形式によって読み解いた仕事かといえば、そう明快単純に片づけてしまうことはできないとおもうけどね。) さて「ダブリンの人々」(1914)については、いわゆるトマス主義のepiphany (顕現、本質は現象するという考え方)のテーマがいわれる。ただしここでトマス主義でいわれるのは、寧ろ、スコラ哲学後期スコティスが行ったトマス主義の解構的仕事であろう。例えば、ラテン語を根底にした一元的世界に抗して、ダンテがいかに、(地上世界の表層に存在する)世俗言語の多様性をたたえたのか?(ただしデリダ的に言うと、書記言語である、古典ギリシャ・ラテン語の文法性が近代人の語る言葉を規定したのであろうけれど。)世俗言語の多様性の観念がいかに近代文学ジョイスに継承されることになったのか?そうして、ウンベルト・エーコの'トマスーダンテ'の線でとらえなおされた普遍言語としてのepiphanyが、エーコが新しく見出したジョイスのテーマだといえよう。多様性としての普遍主義、というアイルランド時代の私の探求もここからはじまった。ちなみに、朱子学的一元主義に対する江戸思想の解構的注釈学は、この多様性としての普遍主義と深い関係があるけれど、そうして知的にラジカルに進んでいった儒学内部解体から、宣長の仕事ー中国文明からの自立ーが立ち上がってくるという思想史はほんとうに凄い。江戸時代は幕府を直に批判する言論の自由がなかったし危険なことだったことはたしかだけれど、ギリギリこれを行った。自発的に学ぶ人々の間に活発な交流があり論争と思想が盛んだったんだね

「フィネガンズウエイク」」(1939)を読んではじめて、「ダブリンの人々」(1914) がわかちゃったというアメリカ人がいた。「ダブリンの人々」はジョイスの脱神話化の仕事だからだ、ということをいいたかったのだろう。だが、そうだからといって、では、「フィネガンズウエイク」を、そこでジョイスが現代世界というテクストを神話の形式によって読み解いた仕事として片づけてしまうことはできないとおもう、

1.津田の「神代史」批判の再読の論を書きながら、突如、津田の「神代史」批判と宣長の『古事記伝』とを対比してみたいという誘惑にとらわれた。これは無謀ともいえる対比だが、漢字の導入をめぐって、〈漢・シナ〉に対する〈やまと・ニホン〉というナショナルな意識を彼らは共通にもっている。
2.さらに宣長は『古事記伝』で、中世神道的神話世界の『古事記」の脱神話化作業を遂行したともいえる。津田は記紀「神代史」の本文批判を通じて脱神話化を遂行した。宣長の脱神話化は歴史的伝承の事実として「現御神である天皇の天下を治しめす道」を導いた。
3.津田の脱神話化は「神代史」を作り物語とし、その物語の主旨は天皇が現人神として我が国を統治することの由来を神であった時代(神代)の物語として説くことにあったとした。両者における「神代史」の脱神話化が導いたことは驚くほど似ている、
4.だが宣長の『古事記伝』と津田の『神代史研究』が20世紀日本にもたらしたものは全く違う。前者は近代天皇の再神話化をもたらしていった。津田はむしろ近代天皇制の脱神話化をもたらそうとしたのではないか。詳細は14日(早稲田)と22日(梅田)の私の思想史教室で話します。
(子安宣邦さん)



'It will be apparent that it is difficult to discern which properties each thing possesses in reality'(Democritus, 8 th century B.C.)
ホホー、こちらかそれともあちらか、ネコかあるいはフクロウか、と、どちらかの領域に定住する必要がないんであってね。錬金術の旅に出たまえ!二つの領域の真ん中で遊牧しよう。そのためには遊牧するスペースが必要。二つの領域の間の<距離>を保たなけれなばらない。例えばこのコップの水はもう黄金になったの?という問いと、その答えとの間の距離を常に保つことが大切。終わりなく問い続けること、と同時に、その問いを終わらせてしまう深読みの答えを避けること。「まだよ」といい続けるとき、ホー、錬金術の世界ニャリ (コンセプチュアルアートとしての・・・)



朝我々が起きると、われわれのうちの一方はどの台地(プラトー)に足を運ぼうかと自問したものだ、ここに五行、あちらに十行と書きつけながら。われわれは幻覚じみた体験をした、いろんな線が、まるで小さな蟻の集塊みたいに、或る台地を離れて別の台地に移るのを目撃したのだ。

天使のひとつひとつの表情が違うのがほんとうに凄い、まさしくルネッサンスの精神がここに証言されているといえよう。とはいえ、13世紀は国際ゴシック芸術の時代。まだまだルネッサンスは台頭する地方の芸術運動でしかなかった。ルネッサンス運動はいかにゴシックにたいして自らを差異化していくのか?ジョットは、ビザンチン中世に顕著な垂直の言説空間との連続性を断ち切って、水平線の言説空間をもたらした。これはそのとき顔の表情が決定的にだいじになるんだね、一つ一つの<このもの>の多様性を表現するために。同時に、この水平的多様化の観念は、ゴシック的垂直のヒエラルキーの観念に対する挑戦を意味したのであろう。(このジョットは解構的後期スコラ哲学 のドゥンス・ストコスの同時代人である。) ところで神の死を見届ける右側の二人がどうも、マルクスとエンゲルスにみえちゃったりするんだけど(笑)、全然時代が違うしなあとおもっていたら、これを解説したトリ二ティ大学の先生もまったく同じことを言っていた。脱神話化した後に、ふたたび神話化を繰り返すという反復の20世紀が描かれている?意味と無意味の間の繰り返し繰り返し。あまりに人間的な情景...

福島原発の現状をかんがえると、2020年東京オリンピックは、'名誉の撤退'をおこなって中止することが真剣に検討されるべきである!
「Time has come for an ‘honorable retreat’ from Tokyo 2020 over Fukushima」(The Japan Times )


…外的な善には道具とおなじように限界がある…。その外的善を限界をこえて多くもつならば、それは所有者に対して必然的に害をおよぼすか、あるいはなんの役にも立たなくなる。これに対して、魂にかかわるそれぞれの善は、勝れば勝るほど必然的に有用なものになる…(アリストテレス)


言葉はイメージと一緒に学ぶのが楽しいですね。外国語もそう。初期ハリウッド映画の劇場は、ニューヨークに到着した英語が分からない移民で賑わったのでした。まるで母親が赤子をするように、映画が言葉を喋ろうとする者たちの面倒をみたということですね。ダブリンに行ったとき、このニューヨークの歴史のことを想像するために、もちろん自分の英語の勉強のためにも映画の講座でも受けるつもりでした。が、そういうものは全然ありません。仕方ないので、妥協して(笑)、15世紀に創立されたトリ二テイー大学のルネッサンス絵画の講義にもぐりこみました。一年間近くかけてスライド写真1000の一枚一枚の解説をききながら鑑賞しました。そこでジョットを知りました。実際に彼の壁画は細部がよくみえないのですが、こうしてスマートフォンで撮ったものを拡大すると彼の人間の顔を描いた神髄を確認することができるのではないでしょうか。13・14世紀のGIOTTOジョットは、なんといっても、Renaissance(ルネサンス)の先駆者です。ビザンチン中世に顕著な垂直の言説空間との連続性を断ち切って、水平線の言説空間をもたらそうと試みました。そのとき顔の表情が決定的にだいじになるんですね、一つ一つの<このもの>の多様性を表現するために。ここでルネッサンスとはなにか?簡単に一応140字botの説明では、ー>「Renaissance(ルネサンス);イタリア語の「rinascita(再生、復興)」に由来する。14c後〜16cに、イタリアを中心にヨーロッパで広まった美術的、文化的革新運動。ダヴィンチやミケランジェロ、ボッティチェルリが活躍。」同時代の芸術家・詩人に、ダンテがいました。ダンテは最後の中世人ともいわれますが、ジョットとダンテ、どちらのルネッサンス人が偉大かと議論を呼びます。ジョットが偉いとする者、ダンテが偉いとする者で意見がわかれます。とにかくダブリンで、映画は、イメージがいかに物語るかというルネッサンス以来のシステムを継承していることをそれなりに実感した、というか、そう思いこまされたというか(汗)。しかし文化の中心に位置しているのは演劇なのですね。が、アートの世界では、遅くとも80年代までには、ビデオというのは、演劇の感覚(表象性)を切断して、テレビのなかに収まっていた映画のシステムを継承するテクノロジーだという認識が共有されていました。ビデオとコンピューターとダンスの時代がきます。現在、スマートフォンのビデオはユーチューブと接続されています。ジョットとダンテが礎をつくったルネッサンス以来ヨーロッパが五百年かけたつくった民主主義を、アジアでは百年、二十年、いや場合によっては十年の圧縮されたスケールでつくろうというわけですけど、この無理な圧縮の中で、全体主義を民主主義といったり、逆に、民主主義を全体主義と言ったりという、ビデオの映像を通じて、言い表せないようなおぞましい現象があらわれてくるのですね。見る側は、マルチェロみたいに、最初は同情するが、「大したことはない、他にもっともっとおぞましいものがある」とどんどん世界の悲鳴にたいして無感覚になっていくのが本当に嫌になりますがね


もし主人公のマルチェロが戦後の法廷で裁かれるとしたら、それは何の罪だろうかと考える観客が多いだろう。私も時々考える。確かにこの知識人はファシズムと反ファシズムとの間で揺れ動いていた。だが転向そのものについては問われることはないはずだ。ヨーロッパにおいてただ問われるのは、かれの殺人共犯と、秘密組織に加入し戦争協力した行為についてではないか。監督ベルトリッチもそう考えていると思う。しかし「軽蔑」のゴダールの場合は、そもそも考えが変わること自体が(軽蔑を超えて)倫理的な問題を構成する。これがベルトリッチとの大きな差である。断絶がある。ところで、編集 (構成された映像)というのは、カメラをどこに置くか (アングル)、カメラをどう動かすか (パン)、光源をどこに置くか(照明)、映像の切り取り(フレーム)、繋げと切断 (モンタージュ)、から成り立っている。どうしようもなく、編集は常に、互いに対立する二つの解釈をもっている。たとえば「森」の意味は何だろうか?私の場合、「森」で知識人が殺されたのだから、「森」の表象と「生命」の否定の観念とが結合している。ところが、知識人は個体としては死んだが森のおかげで(共同体の)生命を得たなどと断固解釈する人だっているのだ! (「野生の少年」を育てた森の力を想像しているのか?)。私は絶対にこの解釈をみとめたくない。が、この私と同じ映像をみている人の中に、「森」の表象と「生命」の肯定の観念とが結合している人だって存在するのだ。(厄介なことに、現在は後者のように解釈する人が多くなってきたのではないか?) ここで、ドゥルーズにならって、思考の編集(構成された映像)を思考の命題関数と呼ぶならば、思考の命題関数は同時に矛盾しあう二つの観念を伴う一見不完全性定理的なものとしてあることを指摘しておこう。忘れずにフーコー風にいいなおすと、(「死」をみせる)可視的領域と、(「死」の意味を物語る)言説的領域は互いに独立したパラレルな関係にあるということだね。

...l'image devient pensée, capable de saisir les mécanismes de la pensée, en même temps que la caméra assume diverses fonctions qui valent vraiment pour des fonctions propositionnelles.
ーDeleuze

(カメラが命題関数と同等の様々な機能を果たすようになれば、それと同時に映像そのものが思考となり、思考のメカニズムをとらえられるようになる...)




d’un personnage dont la pensée n’a pas conscience de lui-même,

千のプラトー:資本主義と分裂症

「私の頭に浮かぶ物は、その根のところではなく、その真ん中辺に位置する何らかの点として私に現れてくる。だからそれらの物を心に留めようと試みたまえ、茎の真ん中辺でしか生長を始めない草を心に留め、それに自己を委ねてみたまえ。」――(上)p56※フランツ・カフカ「日記」の文中引用



朝日新聞的「自虐」史観は自虐が全然足りないとおもうし、その逆の方向からの、産経新聞的「自慰」史観は「自慰」も全然足りないのではないでしょうか。「グラマトロジー」のデリダが書いていましたが、ペンを動かすときから「自慰」がはじまっているのであって、(「ユリシーズ」のジョイスが言っているのではないですが)、「ペンは剣よりつよし」ぐらいもっとペンを動かさなければ...


異議申し立てが行われうるとすれば、我々の全ての思考を歴史的に可能にしてきたものといかにも調和が取れない故に、多分常軌を逸したものとみなされるような、ひとつの問いかけから出発してのことだろう。その問いかけこそ、まことに〈人間〉は実存するのかと、自らに問うことである。−言葉と物−

粧し込んだ若者達で大いに賑わう新宿土曜の夜に、モラヴィア小説『孤独な青年』を1970年に映画化したベルトルッチ監督『暗殺の森』を久々にみた。ただ残念なことに、'暗殺の森'という日本語題がピンと来ない。原題は、Il conformista (「同調者)である。同調者の意味とは何か?監督ベルトリッチは、'裏切者'のアイルランド的テーマに惹かれ続けていたことをスコットランド映画評論家に語っていることが大変面白い。映画評論家「なぜあなたはあなたが尊敬してきたゴダールをあんなやり方で殺してしまったのですか!」。ベルトリッチ監督「あれはゴダールじゃない。映画の中で殺されたのはパリの大学教授だよ」。『暗殺の森』は、反ファシズムの哲学教授?ゴダールの巨大な影響力から離れたベルトリッチ監督の思いー映画は'主義'とは関係がないのだーが反映されている。何度もみた映画だが、昨夜は、映画の中の「君はいつか自分の主義を捨てる日が来るだろうよ」という知識人の予言の言葉から、逆に、全体主義が(「公的なもの」の)'主義'とは関係がないことを私に初めて考えさせた。だからといって「暗殺の森」の全体主義はそれほど「私的なもの」の領域としては描かれてはいない。青年マルチェロと秘密組織との契約が成立するのは、娯楽音楽とプロパガンダ演説とが共存したような、ラジオ番組の制作スタジオのなかだったからだ。マルチェロは、ファシズムを支持するのでもなく支持しないのでもないかくも曖昧な領域から、大衆の中から、その内部に沿って現れてくるのであった。マンガニエーロ、ファシズム組織に取り囲まれどこにも逃げられなくなった小市民、マルチェロの揺れ続ける凡庸な魂は影の尾行者に隙間なく捕獲されることになる。そして自分の最後の拠り所であるアンナという存在を救うどころか裏切っていることすら分からないまま、他の道がないとばかり健全な感覚で歩み進んでいるという天に祈る安心感の内側で、全体主義の悪に心の中心から同調していくのであった


概念を展開する(つづき)

今回は、竹内好・溝口雄三から、山口昌男を媒介にして、柄谷行人に至る線についての試論的な察考である。ここでは、思考のイメージを構成する基底として、「空間性」「時間性」「単一性」という三つの基底を想定する。さて「空間性」は分割の概念にかかわる。「方法としてのアジア」の竹内において出発点として前提されていたのが、西洋とアジアとの間の空間的分割の観念性であった。(ヨーロッパと、近代化が持ち込まれたアジアが共に捕獲された近代化の限界がもたらす)従属性からの自立(他者としての真の普遍主義)が説かれるのはまず、ほかならない、この前提からである。 つぎに、「時間性」は多次元的時間発展(関数)の概念にかかわる。「方法としての中国」の溝口は最初から西洋とアジアの差異を時間的にとらえた。多宇宙論のモデルのように、西洋の近代と(西欧に還元されない)アジアの近代はそれぞれ対等の独自性をもって世界史の異なる段階で展開されるという。「アジア」と竹内が可能性として方法的に語った他者については、溝口の場合には、それは、実体化された他者でなければならなかった。そこで他者は自らの観念性('世界史')の中から内部に沿って展開しているように語られ始めた。最後に、「単一性」は、多を一に包摂していく概念に関係している。山口の天皇制構造論が含むのが、この種の包摂の観念性である。山口の場合、外部の多様性は内部の構造を安定化するためにしかみとめられない。他者の活性化をもたらすという多様性は結局、システムの目的である単一性の<一>に還元化されてしまうという問題はいっておかなければならないだろう。(包摂性の観念性は「天皇」論を語り始めた網野にもみてとれよう。) さて「世界史の構造」で柄谷行人が行ったことは、ヘーゲルの「世界史」モデルの根底にある西欧中心の視点を、(専ら'停滞'という語で修飾されていた)アジア中心の視点に意識的に転回させただけでなく、「空間性」「時間性」「単一性」の諸基底から構成される思考のイメージに依存しながらも、その思考イメージが言わなかったことを新しく言うことである。つまり、子安宣邦「帝国か、民主か」が分析しているように、柄谷は世界史の構造としての「帝国の構造」を書いたのだ。世界資本主義の分割である「帝国」(アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、中国)が、(後期近代である)グローバル資本主義の巨人たちが、社会主義の崩壊のあとの世界史の舞台を闊歩する必然性があるというとき、またグローバル資本主義に抵抗する市民(多様性の要求)にむかってお前たちは迷惑だ、帝国の天命((統一的一の正当性)を知れというとき、これは過去に繰り返されたような、現在流行している救済神学の類かと考えさせられてしまう。しかしこうした(竹内の再語りの)溝口・山口・柄谷の線だけが思考のイメージではない。このマクロ政治学(「大きな人間」の言説)の線に巻き込まれながらもこれを絶えず巻き返していくような、ミクロ政治学(「小さな人間」の言説)もまた重要である。すなわち講座「大正を読む」が発見している、幸徳秋水・大杉栄と小田実を結ぶ直線もまた存在する。付言しておくと、この場合竹内好は寧ろこの後者の線に位置づけるのが適切な抵抗の思想家であろう。



カオスの斧

動乱が起きているらしい遠くの街 (1916年ダブリン)の点滅、あちらこちらが燃えている様子がみえる、静寂の夜の海で、小舟の無抵抗の人々に斧をもった男が振りおろした恐ろしい殺人行為。このサミュエル・ベケット小説の最後の場面みたいに、<帝国>アメリカは、イラク、リビア、アフガニスタンで殆ど抵抗できない「脆弱なシステム」(チョムスキー) を破壊してきたとわたしははっきりとかんがえるようになった。もしこのカオスの<帝国>が狂ってはいないというならば、それなりに合理的な目的はあることはあったが、(その場合もアメリカ側に一方的に都合いい目的であるけれど)、その目的を実現する手段すなわち圧倒的な武器の破壊力をもって自分達で何をしているのか分からなかったということだ。しかし問題は、今後分かるという保障がどこにもないということ。同盟国たちの間からも批判が提出された、<帝国>アメリカの戦争の問題は、これから、集団的自衛権で地球の裏側まで行くという自衛隊の問題となる可能性がある。だが、これにたいしては、'大げさだよ、自衛隊はアメリカにしたがってサポートするのだから心配はいらないのさ'、と、嘲笑う人がある。本当にそうだろうか?このときこの物知り顔の男が背後に隠している、アメリカの敵とみなされるのならどんな人間の頭を二つにわるかもしれないカオスの斧を一瞬みたような気がした...


"Je suis doué d'une sensibilité absurde, ce qui érafle les autres me déchire."
Gustave Flaubert .



概念を展開する

思想史ではなく哲学でもなく、さて「思考のイメージ」とはなにか?「思考のイメージ」から、幸徳秋水・大杉栄と小田実を結ぶ直線のことをおもう。直線といっても、平面上ではなくむしろ曲面上に沿ってひかれる線をかんがえる。基底とは線を構成する単位である。だから線の変化は基底の変化を通じて起きる。ここではとりあえず、不可避性・不可分性・外部性という三つの基底をみれば十分であろう。この場合、不可避性は他者性の概念、不可分性は書記性の概念、そして外部性は脱領域性の概念である。このことを踏まえた上で、秋水の「直接行動論」の徹底した観念性を読むとき、不可避性・不可分性・外部性という諸基底に起きる変化も一緒に読まなければならない。このとき不可分性の概念にフォーカスするとき、大杉の「白紙の本」を生きる倫理的な問題提起の意味があらわれてくるのは、そこに不可避性の概念と外部性の概念の変化が起きているからだ。そして小田の「でもくらていあ」を読むとき、同様に、不可避性・不可分性・外部性という諸基底に起きる変化も一緒に読むことが必要であろう。小田の「ワイワイガヤガヤ、ウロウロウヨウヨ」でいわれる外部性の言説の新しさとはなにか?('選ぶ'民主主義の古代ローマではなく、) '語る'民主主義の古代ギリシャを起源とするデモクラシーの概念に、何があたらしく言われたのだろうか?その意味をかんがえようとするとき、不可避性の概念の変化(国が齎した災害によって孤立させされていく民との連帯)、不可分性の概念の変化 (東アジアの市民との連帯)を読みとる必要がある。そうして、幸徳・大杉から線をひいて小田に至ることは、幸徳・大杉の大正時代と昭和(後期)・平成との間に連続性しか読み取らない思想史と哲学にとっては「脈絡がない」とみえても、思考のイメージにとって成立する話なのである。思考のイメージが運動の現場に即して存在するからであろう。思考のイメージからすれば連続性の神話が破たんしている。永遠不変の言説などない!



<備忘録>
2011年に私の詩'OWLCAT STORY'はここに掲載されました

ESSAYS by 2011 Organizers
Pirene’s Fountain A Journal of Poetry
Feature: 100 Thousand Poets for Change-Guest edited by Larry Sawyer
Essays and other writings by 100 TPC organizers.

Larry Sawyer Chicago, IL Steve Dalachinsky New York City
Barbara Barg Chicago, IL Nana Nestoros Volos, Greece
Zachary Kluckman Albuquerque, NM Mujeeb Jaihoon Sharjah, UAE
Richard Kraweic North Carolina Menka Shivdasani Mumbai, India
Lisa Vihos Sheboygan, WI Gabor G Gyukics Budapest, Hungary
El Habib Louai Fez, Morroco Dileep Jhaveri Mumbai, India
Pilar Rodríguez Aranda Mexico City David Madgalene San Francisco, CA
Valery Oisteanu New York City Hamish Danks Brown Queensland, Australia
Teresa Dowell Pasadena, CA Damali Ade’le Ife’ Kingston, Jamaica
Takashi Honda Tokyo, Japan



Wiki->


Charles Baudelaire
« Le Peintre de la vie moderne », dans Le Figaro, 1863.

« Observateur, flâneur, philosophe, appelez-le comme vous voudrez ; mais vous serez certainement amené, pour caractériser cet artiste, à le gratifier d'une épithète que vous ne sauriez appliquer au peintre des choses éternelles, ou du moins plus durables, des choses héroïques ou religieuses. Quelquefois il est poète ; plus souvent il se rapproche du romancier ou du moraliste ; il est le peintre de la circonstance et de tout ce qu'elle suggère d'éternel. Chaque pays, pour son plaisir et pour sa gloire, a possédé quelques-uns de ces hommes-là. Dans notre époque actuelle, à Daumier et à Gavarni, les premiers noms qui se présentent à la mémoire, on peut ajouter Devéria, Maurin, Numa, historiens des grâces interlopes de la Restauration, Wattier, Tassaert, Eugène Lami, celui-là presque anglais à force d'amour pour les élégances aristocratiques, et même Trimolet et Traviès, ces chroniqueurs de la pauvreté et de la petite vie. »

— II - Le croquis de mœurs



« Pour le parfait flâneur, pour l'observateur passionné, c'est une immense jouissance que d'élire domicile dans le nombre, dans l'ondoyant, dans le mouvement, dans le fugitif et l'infini. Être hors de chez soi, et pourtant se sentir partout chez soi ; voir le monde, être au centre du monde et rester caché au monde, tels sont quelques-uns des moindres plaisirs de ces esprits indépendants, passionnés, impartiaux, que la langue ne peut que maladroitement définir. L'observateur est un prince qui jouit partout de son incognito. L'amateur de la vie fait du monde sa famille, comme l'amateur du beau sexe compose sa famille de toutes les beautés trouvées, trouvables et introuvables ; comme l'amateur de tableaux vit dans une société enchantée de rêves peints sur toile. Ainsi l'amoureux de la vie universelle entre dans la foule comme dans un immense réservoir d'électricité. On peut aussi le comparer, lui, à un miroir aussi immense que cette foule ; à un kaléidoscope doué de conscience, qui, à chacun de ses mouvements, représente la vie multiple et la grâce mouvante de tous les éléments de la vie. C'est un moi insatiable du non-moi, qui, à chaque instant, le rend et l'exprime en images plus vivantes que la vie elle-même, toujours instable et fugitive. »

— III - L'artiste, homme du monde, homme des foules et enfant



思想史ではなく哲学でもなく、さて「思考のイメージ」とはなにか?

「さまざまに変化する思考のイメージというものがあって、これが歴史的にもさまざまに変化してきたと思います。思考のイメージとは、方法のことではなく、何かもっと根本的で、前提として常にあるもの、つまり一種の座標系、さまざまな活力、さまざまな方向づけをあらわす呼称です。思考することが'なにを意味し、「思考のなかで、方向づけを行う」とはどういうことなのかを決めるのが思考のイメージなのです。何はともあれ、思考のイメージがはたらく場は内在性の平面にあるわけですが、それは内在性の平面に垂直性をもちこみ、自分も背筋を伸ばして立つためなのでしょうか、それとも逆に、からだを横たえ、地平線によって私たちが何かを観想する、あるいは反省や伝達を促されるとしたら、その垂直性とは何のことなのか。逆の道を行きたければ、垂直性すなわち超越性と考え、これを撤去したうえで、地面に寝そべって大地を抱きしめ、見ることもなく、反省も忘れ、さらに伝達の可能性まで捨てなければならないのか。そこまで思い切ってなお、私たちには友がいるのか、それとも私たちは天涯孤独になり、さらに別の事態が待ち受けているのか、そして自分で自分を裏切り、人に裏切られたり、人を裏切ったりするとしたら、そこにはどれほどのきけんがあるのか。いずれ友ですら疑ってかからなければならない時が来るのではないか。哲学(フィロゾフィー)という語に含まれた「友愛(フィロ)」にどのような意味をもたせるべきなのか。プラトンでも、ブランショの「友愛」という本でも、友愛との関係で思考の問題をとりあげていることに変わりはないが、はたして「友愛」の意味は同じなのだろうか。このように、エンぺドクレスの昔から思考は一貫して劇的緊張をかかえていたのです。思考のイメージはいわば哲学の前提であり、哲学に先行しますが、この場合、思考のイメージは非ー哲学的理解のことではなく、前=哲学的理解であると考えるべきでしょう。」(ドゥルーズ「記号と事件」、宮林訳)


(愚かなある憲法草案)「我々日本国民は、和を貴び、他者を慮し、公の義に重んじ、礼節を兼ね備え、多様な思想や文化をみとめ、独自の伝統文化に昇華させ、豊かな社会を築き上げてきた」

哲学者ドゥルーズが指摘するように、「多くの人にとって、思考するのと「少しばかり議論する」のは同じことです。たしかに愚かなイメージではありますが、愚者ですら思考について自分なりのイメージをもっているわけですから、そうしたイメージの数々を白日のもとにさらさないかぎり、哲学の条件を定めることはできないのです。」ここでは思想についていわれていますが、思考について愚かなイメージを含んだある憲法草案 (というか、ただの時代遅れの国民道徳)にたいしても、「イノセントな連中がタカ派の政治家みたいに楽観的だ」と腹を立て呆れますけれど、この際自分のためにも、思考の条件を定める方法としての対抗メッセージでも一つ出しておくことが肝心ではないかと考えているところであります。


(思考の条件を定める方法としての対抗メッセージ)「われわれは、普遍的な友情を憎み、他者を村八分にし、隣人を愛せという公の義に唾し、ただ軍人の礼節しかなく、他との交流的接触を通じて成長するような多様な思想や文化を軽視し始めてはいないか?独自の伝統文化も罵倒したあげく、たんに動物としての生存手段を維持するだけの豊かな社会しか築き上げなかったとしたら、つぎに繋がることができるのか、それとももうやっていけなくなるのではないだろうか?「我々日本国民」であれ「一億総活躍」であれ、一人一人が自身にたいして言葉で言い表せないほどの非常な孤独の痛さをもつことになった状況にどうしょうもなく気がついてしまった現在、むしろ70億人と連帯するためには、なにをただし、なにをすべきなのだろうか?」

私はこんどの旅行ではもちろん旅することを学ぶだろう。けれども生活することを学ぶかどうかはわからない。生活することを心得ているように見える人間は、その気風や性格においてあまりに私とかけ離れているので、こういう才能をわが身にも欲しいと思う気には到底なれない。J. W. von Goethe


今朝は「歎異抄」の記事を読んだこともあってぼんやりと人生最後の死に場所について思いを巡らしていたら、昔みた「バクダット・カフェ」という映画をおもいだした。なんでだろうか?原題:Out of Rosenheim、英題:Bagdad Café, 1987年制作の西ドイツ映画が、ロケ地がアリゾナだったことをいまさら知り驚いた。ヨーッロッパの白人をはじめてみたアメリカの黒人。アメリカの黒人をはじめてみたヨーロッパの黒人。彼らの出会いの場に、もとにかえってこないブーメランが繰り返し飛ぶという景色。勝手にオーストラリアの砂漠と思いこんでいたのである。しかしアリゾナとは何か?

フィレンツェの人々は夜間よく外出したが、その際にはトッコ(つば無し丸帽)をかぶり、「スペイン風」と呼ばれたカッパ(フード付きマント)をまとった。兵士以外で、この頭巾付きの外套を昼間から着用している者は、与太者か犯罪者とみなされた。(ベネデット・ヴァルキ、1527年)

->すべての肉体的感覚、快楽あるいは苦痛、欲望と満足。このようなものは非常に「私的なもの」なので、外部の世界にたいして正確に表現することさえできず、したがってまったく物化することができない。(ハンナ・アーレント 『人間の条件』)

2013年四月三十日のコメントより
平等という普遍主義がまづ始めにあり、但し歴史的に証言された普遍主義の弊害を克服する多様性に大切な意義が与えられます。そういう意味で、抵抗としての存在のあり方は<一>でもなく<多>でもありません。<一>かつ<多>を唱えたドゥルーズは存在論的一元論です。差別と闘っていますから当然です。90年代以降普遍主義を捨て去った結果、多様主義の追求だけが正義とされました。しかし渡辺一民氏が強調するように、そんな多様主義はゼロに等しいのです。単なる多様主義は、差別を容認していく天皇主義といったいどこが違うのでしょうか。脱原発運動の失敗から学んだことは、差別の問題に取り組まない多元主義(名称はシングルイッシューですが)がそれほど持続可能ではなかったということではないでしょうか?

金曜日夜に恵比寿の混雑したイタリアンカフェで待ち合わせるのは本当に嫌だ。仕方なく、超おされお姉さん達が澱むテーブル近傍に座ると、「変なのがきた」「あっちへいけ」と不平を言っている。十億年生きた神様にむかって何を言うんだ!お前たちが生まれるまえから恵比寿に君臨していたんだからな。 (高校卒業後恵比寿時代が十数年あった。) 余命いくばくもないかと打ちひしがれた帰りの電車に、子供を抱きかかえたお母さんが隣に。百億年の宇宙の塵でできあがったもの (赤ん坊)に手の指を舐められて癒されるのであった...


4年前に書いたこと

スクリーンは、光の亀裂。それは、映画に先行する資本主義という全空間に属す亀裂をなす。この亀裂に向かって、全体主義の影は自らを投射する。そして光である、映画したがって資本主義の方も自らを影に向かって、全体主義に向かって投射するということが常に起きる。朝の始まりにおいて、満たされちた暗闇を、夜の背後から襲う光の一撃のように。だから、このようにして、暗闇の海岸での人々の会話の如く、いったいだれがなにを喋ってきたのか定まらぬという映画史の性質とは、第一に、ファシズムの幾何学的性質に関係するといえるのだーゴダールが見事に映画を利用して可視化してみせたように。これは、ファシズムの影が、いわゆるポピュリズムが、いったいだれがなにを代表するのか分からなくなった議会の内部から必然として現れてくることを許す構造を、光の芸術である映画が模倣しているともいえようか…


Fragrance of absolute light

An infinitesimal, dx, dy, is not existence Sein, the thing which there is.
It is not no nothingness Nicht too.
Repetition to transition from Sein to Nicht,
And from Nicht to Sein.
As, lack of the determinate inward, absolute light , is
so immediate and abstract that one cannot recognize it, therefore
it becomes innocent darkness
The dialectic of Sein and Nicht is simply becoming
Fragrance of absolute light

dx、dy、無限小は、在るものではなく、有Seinではない。
しかしそれかといって、無Nichtでもない。
有から無へ、無から有へと移り行く反復。
純粋な光は、抽象的にすぎ、内に規定性を有しないので私達はそれを認識できず、したがって純粋な闇となるように
それは、有と無の統一である成
ひかりのにおい


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11月2015年 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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