言葉と表現と射影のブログ

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zoom RSS 11月2005年 (3)

<<   作成日時 : 2015/11/17 10:50   >>

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ヨーロッパEUとの関係よりもアメリカとの経済関係をどんどん深めていったいわゆるバブル化の時代にあって、当初、アイルランドでは、シング、ジョイス、ベケットの文学、(年間5本程度を生産する)マイナーなアイルランド映画の歴史、そして80年代に世界演劇が注目した(地域紛争をテーマにした)アイルランド演劇を学んで東京に戻れば一応の収穫かと考えていたが、ところが、イラク戦争の年、抗議する人々がどんどんと街頭に現れはじめたとき、予定調和的に確立していた街の'自然な'風景が私の中でガラガラと壊れ始めた。米軍による現地空港使用も食糧運搬という限定的なもので、中立国アイルランドは事実上、戦争当事国ではなかった。それなのに普通の人々が空爆される遠い国々の人々に心の中心から同情し街頭に自発的に出はじめたのである。テロ組織だけを効率的に空爆するという発表を嘘だと見抜いていた。はやくから、ダブリンの米国大使館前でイラク空爆に反対する人々が500人が集まる。資本と投資を齎す友好国アメリカにアイルランド政治家が遠慮して何も言えないなら、われわれが正しいことを伝えるしかない。これは対立の危険性がある。温和なアイルランド人にしては大変な事件だといわれた。反戦デモの経験がなかったが、中央街頭を一緒に歩いた。到着したとき、HIROSHIMA、NAGASAKIの文字が地面にみえた。反戦運動の様子を撮ったフィルムを現像して貰うお店から警戒されている雰囲気を感じた。だが、空爆に反対する街頭の人々は約三か月後には10万人に。ぎゅうぎゅうで足元の地面が見えなかったほどだった。そのときには、頼んでもいないのに、渡したフィルムを無料で現像し写真にしてくれた店が幾つかあった。(勝手に焼き増した写真を仲間達で分け合ったようだ。そのお礼だね)イースター蜂起のストライキのときもこれほどの人々は集まらなかった。反戦運動を意味する以上の新しいなにかが始まったと新聞で論じられた。photo by takashihonda



このままではファシズムになるよと危惧する言葉を読むと、もうファシズムになっている事態にまだ気がつかないのかと呆れてしまう。国会前の抗議に行って、全体主義反対!と叫んだら孤立するか囲い込まれてしまうかもしれないほど日常の隅々まで、自由を言う言葉と意志が危険視されているという有様なのに。(ただし自由を言う声が、叩かれている女性たちの間からやっとあらわれてきたということもきかれる。) 他方で、ファシズムだ、ファシズムだと連射する言葉を聞くと、そう安易になんでもかんでもラベル張りすると、かえって本物のファシズムを見逃すことにならないだろうかという心配も起きる。近代の祭祀国家として成り立ったこの国のファシズムとは、必然として、天皇性ファシズムのことで他にはないのだから、これを抑制しているかいないかが大切な判断の拠り所となるはずだとおもう。憲法が言うようには完全な政教分離となっていなくとも、戦前の天皇性ファシズムとの連続性が実質的に断ち切れていればよかった。しかし現在日本会議という厄介なものが出てきたことに警戒している。議会制民主主義の外部から、大和国家の存在をいう文化言説がその連続性をいまから政治的に回復してしまうという危険が全然ないとは言いきれないだろう。グローバル時代の新しい全体主義の再定義が必要。また自衛隊を国外に出してはならないとか戦争についてフォーカスして語らなければならないときに、ファシズムのことを語っていては大まかすぎるんだともう

この写真を見たときに私に語ったダブリン女性の言葉を忘れることはないだろう。「現在ここに女性たちが囚人になっている」という言葉の意味を知るためには、独立後の新国家のナショナリズムのもとで女性たちが抑圧されることになった事情を知る必要がある。ナショナリズムといっても、自らの権威のために都合よく、独立運動の処刑された伝説的な政治家達を神話的に称えるのであって、共和主義者の抵抗を止めない活動家達が独立後に、この帝国の象徴であった監獄でふたたび監禁される悲劇があったのである。私事ながら思い返せば、80年代日本ポストモダニズムと構造主義の東京から脱出して、90 年代後半にダブリンでフェミニズムと対抗的精神分析とポストコロニアリズムを一から学んだという感じだった。ただここでポストコロ二アリズムといっても、アメリカのアカデミズムが持ち込んできた学問の形成と国策的な文化多元主義に対する一定の警戒感があったように思えた。文化多元主義は近代の言説の一部でありながら、ヨーロッパ中心主義の近代を相対化する位置と機能をもっている。だが、その方向は必ずしも、七〇年代から現れた自発的な市民運動の自立をもとめる方向ー2003年反イラク戦争十万人デモに至るーに一致するものと考えていいのか正直私は答えをもっていない。この事態をフーコー的な語り口でいうと、光の領域から独立の理念的神話を物語るエスタブリッシュメントに、いかに市民の経験知が宿る闇の領域(ナショナリズムから排除されたもの)を侵入させるかということが問題となってきたのである。
(おそらくはここで話をまとめたほうがまとまるのであろうが、2015年現在に繋がる話を書き記すことを許していただきたい。それはいま言及した文化多元主義の言説に関わる話である。私が目撃した文化多元主義は寧ろ、新植民地主義の復活を克服しようとする、イギリスのリベラルなジャーナリズムの言説なのであった。「なのであった」と過去形で書いたのは、イラク戦争とロンドン同時爆破事件を契機に、監視され排除の差別を受けているアラブ系イギリス人が文化多元主義よりも人権の大切な意義を訴え始めたからである。労働党ロンドン元市長が称えるたように、たしかに平和の時は最大の収穫を得たマルチカルチュアリズムは戦時において最悪のダメージを受けるのであった。やや図式的に言うと、文化多元主義は政治多元主義とともにそのベクトルが同じ方向を向いていたときに開かれた可能性があったが(政治的言説を活性化する効果)、イラク戦争以降、もっぱら政治多元主義の多様性こそがマイノリティーにとって最重要の課題となるだろう。この言説上の変動は大きい。イラク戦争以降ヨーロッパでは文化多元主義は政治多元主義の条件としてあるというようなことが単純にもう言われなくなった。というのに、東京に戻ってくると、東アジアでそれを公式的にいう(欧米帰りの)知識人たちの中国問題を語る教説的言説に触れてなんとも納得し難い違和感を今日まで持ったものだ。最後に私の疑問とはこの点に尽きる。グローバル資本主義の時代には、文化多元主義はかえって政治多元主義を政治性を剥がしてしまうことにはならないのか。間違いを恐れずにいうと、安部自民党の歴史修正主義も、単一主義を物語るにすぎぬ似非だとしても、かれにとっては文化多元主義に整理される言説だとされることは滑稽だけれども、何にしても、それは政治多元主義の多様性を粉砕しようとする、ほかならない、全体主義ではないか。しかし明日国会前で「全体主義」の危険性を叫ぶと絶対的に孤立してしまうという深刻な問題に直面している。だからこそ、政治多元主義をいかに語っていくか、そういうことの重要性を考えなくてはもうやっていけなくなったことを、国会 =パノプティコンに向かって叫ぶことが必要不可欠となってきたことも、闇の領域から理念性に浸透しようとす経験知によるものであろうか)

68年以降に書かれたというだけの理由で'後期フーコ'という一方的ないいかたで、十分な説明もなく、「監獄の誕生」(1977)しか始めるしかないとばかり、「言葉と物」(1966)にはもう語るべき重要な意義が残っていないかのように語られるけれど、「言葉と物」がいかに「監獄の誕生」に繋がっているのかを読むとき、前期とか後期とかの区分けにはそれほど根拠があるわけではないと疑ってしまう。「言葉と物」ではなんといっても、人間ー知にとっての客体であるとともに認識する主体でもあるーの歴史的なデビューが告げられていたのだ。フーコは言う。

「博物学が生物学となり、富の分析が経済学となり、なかんずく言語(ランガージュ)についての反省が文献学となり、存在と表象がそこに共通の場を見いだしたあの古典主義時代の<言説(デイスクール)>が消えたとき、こうした考古学的変動の深部における運動のなかで、人間は、知にとっての客体であるとともに認識する主体でもある、その両義的立場をもってあらわれる。従順なる至上のもの、みられる鑑賞者としての人間がは、「侍女たち」があらかじめ指定したとはいえ、ながいことそこから人間の実際の現前が排除されていた、あの<王>の場所にそこに見せるのだ」(「言葉と物」;渡辺訳)

しかしその人間は、近代において、たんに情報としての客体であり、決してコミュニケーションの主体とはなりえないのである。「監獄の誕生」はいう。

「個人の美わしき全体性 totalité (ヘーゲル哲学やサルトル哲学での用語) は、現代社会の社会秩序が切断手術を加えたり抑圧したり変質させたりはしていないが、その社会秩序において個人は、力と身体にかんする一つの戦術にもとづき注意深く造りあげられている。われわれがそう思うよりもはるかに、われわれはギリシャ的ではない。われわれの居場所は、円形劇場の階段座席でも舞台の上でもなく、一望監視方式の仕掛けのなかであり、しかもわれわれがその歯車の一つであるがゆえに、われわれ自身が導く仕掛けの権力効果によって、われわれは攻囲むされたままである」(フーコ、田村訳)

photo by takashihonda


現在ダブリンに植民地時代のパノプティコンが博物館として残されていています。ここで、この雰囲気を利用して、シャークスピア「テンペスト」が上演されたそうです。初期のタイプのこのパノプティコンは、罪を犯したら(買ったら)罰で償う(罪の価格通りに支払う)みたいに経済学の原理に沿って効率的に設計されていることがいわれますけど、実際はあまり重い罪を犯していなくとも、地代を払えなかったとか立ち退きを拒んだとかで服役している囚人達が冬の間に凍え死んでしまうことがあったとききました。監視するまえに、バタバタと人間が死んでしまうが、権力にとってそれはかまわない。ぶるぶると寒さに震える囚人たちは、帝国の<善>を象徴する、天井の窓から差し込む暖かい光に救いをもとめたといいます。植民都市に、互いに矛盾する計画とレッセフェールとの両方が持ち込まれました。実際にダブリンには充実した病院、郵便局、図書館が建てられました。フーコは計画フェチの監視体制の社会化の問題のことを分析するのですけれど、私が目撃したのは、一応それなりに理性の?計画には沿ってはいるのですけれど、自由放任主義の残酷に委ねてしまうような、生存するための最低限度の限度に無関心な、顕著な同化主義政策の形でした。なにか現在のコロニアル建築の衣装を着た国会が行く目標と同じだなあと。ご指摘なさっている方がおられたのですが、国会と、フーコの本で有名になりましたパノプティコンとの類似性にははっきりと気がつきませんでした。国会前に行って抗議するときは、主権者という名の囚人の立場からの要求と思ってはいました。囚人を舐めるな!とPANOPTICON by takashihonda



だから言語(ランガージュ)は、透明であるためにのみ実在し、十六世紀に判読すべき言葉(パロール)として言語に厚みをつけ、言語(ランガージュ)を世界の物ともつれあわせた、あの人知れぬ手ごたえを失ってしまっていた。しかもまだそれは、今日われわれが自らに問いかける、あの多様な実存を獲得してはいなかった。(渡辺一民訳)
Il n'existe donc que que pour être transparent; il a perdu cette consistance secrète qui, au XVIe siecles, l'épaississait en une parole à déchiffrer, et l'enchevêtrait avec les choses du monde; il n'a pas encore acquis cette existence multiplie sur laquelle nous nous interrogeons aujourd'hui (Foucault)

<透明な語の存在>というのは、例えば、戯曲「トランスレーション」の現代アイルランド知識人が批判しているような、消滅しつつあるゲール語であろうか。(ジョイスのテレマコス挿話のなかで皮肉られた)この"神聖な"言葉は、19世紀以前から古代に遡ってゲール語で覆われていたはずだと二十世紀の英語しか喋れない人々の内部に想像された純粋な風景ともつれ合っている。(想像を強いられたというべきかもしれない。) また東アジアの書物について眼を向けてみると、<透明な語の存在>は、ステロタイプ的には、書かれた漢文で覆われた世界の偉大さと結びついているのだけれど、ここから現実化するのが、現代世界の卑小さとのギャップである。例えば漱石が書き綴った夫婦の凡庸な日常会話から覗きみえる卑小さのこと (大正時代には知識人は漢文のリテラシーを失っていくと指摘される)。近代文学の作家というのは、自らが隙間なく構成した世界の意味に深くとらわれているのだが、矛盾していることに、作家ほど、この<透明な語の存在>で覆われた世界の表と分節の秩序 (構造)から逃れ逃げたいとのぞむものは他にいない。恐らくはプルーストの場合にのように、自己自身から脱出するためには、愛した他者の回想に逃避していくことが解決となるはずである。愛する他者を思い出すことは、そこに逃げることの意志が見出すことと等しいからである。しかしまさにこのときに、他者の声を書かなければならないとしたら、書かれた世界から逃れるために、ふたたび、他者の声を書くことは無理ではないだろうか。このように文字を読む人間の問題とは、多様性を包摂する構造の問題を解決するために、再びその構造に依拠することができるかという問題である。そしてこの危機感とともに、作家を繰り返してとらえて離さない問題とは、その他者をいかに指示するかということである。というか、指示することは絶望的に不可能ではないかという問題である。ただしこれは作家の問題を構成するというよりは寧ろ、なにか蝕知できないような、作家が住処としている近代の問題を構成している。厄介なことに、常に過ぎたる実体化をおかす近代の問題とは、文字が事後的に捏造したにすぎない他者 (文字でないもの。起源において同一的に措定された'声')に、文字に先行した, (近代にとって都合が良くまた近代が自らのために物語られた)、 分節化されない永遠の時間と原風景を与えてしまうことにある。

パリのテロ攻撃に巻き込まれた死んだ人々に同情することは、尊重すべき人間的な感情だとはおもってます。しかし関心がパリの悲惨だけに留まってしまうとき、あえて言うと、その不幸な出来事はたった一日だけのこと。他方で米国とヨーロッパの中近東攻撃とそこから逃げてきた彼らを待つ差別のことをかんがえると、この難民の悲惨は一生終わらないのです。ご指摘を受けた通り、たしかにどちらが悲惨かということは比較できないですし、それを言うことも許されません。そこで改めて自分が言いたかったことを整理しますと、明日自衛隊機が中近東へ飛んでいくかもしれないという状況にあって知らなければならないことは、イラク戦争だけでなく西側による中近東への空爆はずっと続けられてきたという事実です。はたして自分はどうかという反省もふくめて、西欧の外部の悲惨に対してはますます人間的感覚が麻痺しはじめたのではないかということを考えないわけにはいかなくなりました。


この場合の行為者はアーレントなんですが、「物語における行為者の蝕知できないアイデンティティ」(アーレント;人間の条件」)をいかに伝えるかということに取り組んだ監督と女優がつくりあげた印象的なポーズでしたね。基本的には演劇をベースにしてつくられた映画に重要な意義があるとは思いませんけれど、この映画は例外なのは、「人間の条件」が座右の書ということもあるからです。(小さな声でいうと、映画を観た後に非常に読めるところがありました。) 最高の演劇論、役者論の一つを見事に書いているようにおもいますのでここに紹介しましょう。演劇を観はじめた昔の自分に読ませたいし、また将来いつか演劇を観ることをやめようときめた自分が読むことになるだろうとおもう一文です。「アリストテレスが正しく主張しているように、芝居をつくり、書くことのうちにも模倣の要素がある、とはいうものの、ドラマが完全に生命を与えれるのは、やはち、それが劇場で演じられるときである。物語の筋を再演する俳優と語り手だけが、物語そのものの意味、いやむしろ、物語の中に姿を現す「主人公」の意味を、完全に伝達することができるからである。これはギリシャ悲劇の場合で言えば、物語の方向は、物語の普遍的意味とともに、合唱隊(コロス)によって明らかにされるということである。合唱隊は模倣せず、その解説は純粋に詩的である。他方、物語における行為者の蝕知できないアイデンティティは、一般化できないものであり、物化できないものであるから、ただその活動を模倣して伝達することができるだけである。これは演劇がすぐれて政治的な芸術である理由でもある。人間生活の政治的分野を芸術に移すことのできるのは、ただ演劇だけだからである。同じ理由で、演劇の主体は、他人とさまざまな関係を取り結ぶ人間だけであり、このような芸術はただ演劇だけである。」(アーレント)

偶像破壊というのは、ハンマーで偶像を壊すバンダリズムだけではない。偶像について語ることがそれを語る行為者にどんな意味を持つのかを問えばいい。皆が質問しなかったことを繰り返されてきた質問としてもう一度発言しみるか、又は皆が繰り返し答えてきたにも拘わらず一番最初の答えとして愚鈍に発言することー

左か右かわからない知識人はそもそも知識人なのだろうか?
左か右かわからないことを喋る知識人は右なのである


大阪をおもう...

勉強不足で大阪のことはよく知っているとはいえません。間違いを恐れずにいうと、大阪の事情に即した多様性の要求に沿った結果ではなかったかと考えました。だから厄介なんです。もし橋本を否定しきってしまうと(追放すると)東京の近代的中央集権化に対するアンチテーゼがなくなってしまうという不安感は、安倍を否定しきってしまうと(退陣させると)、<帝国>化するアメリカと中国に対するアンチテーゼを失ってしまうのではないかという不安感と非常に類似しているようにみえます。問題は、似非多様性の橋本・安倍に'頼もしい'と感じてしまうとき、橋本・安倍のマイノリティーと人権に対する全体主義的攻撃を容認してしまうだけではありません。多様性とは全く反対の方向を信任してしまうこと、大阪の自立・日本の自立とは別の、'適者生存'の競争の観を呈するネオリベ・グローバリズムに盲目的に従属していくことを忘れてしまうことがないかということです。60年・70年安保闘争から護憲運動、原発ゼロを要求した初期の反原発運動まで、市民運動は、「現実的ではない」「理想主義だ」といわれても、しかし理想がなければ人間としての基礎、道徳性も成り立たなくなるということ、そして高い理念的土台がなければ現実のまちがった政策を正せなくなるということを示してきたのです。橋本と安倍は敗戦後の市民の歴史を忘れさせようとしています。広い意味での彼らの歴史修正主義ですね。彼らの似非立憲主義に対抗するために、市民運動はこれ以上解釈改憲の敗北を繰り返してはいけない、立憲主義と共に経験知を生かした他のたたかい方も一緒に検討すべき時が来たと考えます。この場合お前はもっと具体的なことを言えといわれればそれを言うべきですが、正直わたしにはその答えがわからないのです。現在できることといいたら、自分の人生とか労働・生活に即して問いかけること、というか、問いになっているのかも確信がない有様ですが、ギリギリこの問いを書くことができるかどうかで精一杯



六本木の映画館では観ていたが、ピーナ・バウシュPina Bauschの『カフェ・ミュラー』をロンドンの舞台で実際にみたとき気がついたことはなにであったか。ダンサーというのは、空間の距離を占拠している椅子たちを蹴散らすエイリアンなのだ。外部から来たエイリアンのリズムをもっている。大地を利用するがそれは大地を超えて宇宙へ脱出するためであろう。ダンスの意味とはなにか?映画が照明で光を書く芸術だとしたら、ダンスとは身体で距離を書く芸術といえるのではないか。そんなことをピーナ・バウシュの演出をみておもうのであった。ダンサーたちがひとりひとり自らの人生の意味を精神分析的に語るときそれが可能となるのは、ほかでもない、答えをもとめてくる椅子たちから取りかえした、穴だらけの空間においてである。問いと答えの間の距離を保ち続けてくれるそんな空間



THE OBLIQUE CITY

建築家だから必ず図面を引くかというとしそう単純なことではないようです。例えばカントは建築家として通用する知識をもっていたということがポストモダン建築家から指摘されていました。難しいですが、人間学の哲学者は哲学の建築を書いたということでしょうか。身体と建築との間に如何なる関係が立つのか?これは文学者もひきつけてきた興味深い問題です。明治と大正初期の建築を描いた、夏目漱石は如何なる文体に拠ったのか?読み直してみたいと思いますね。建築への大きな関心は、「ユリシーズ」のジョイスにおいて明らかです。本を少し読めば、図書館、病院などの公共施設がそれぞれ、'知識人の議論の場'、'文体の創造'との関係を意識して描いたことに気がつきます。(レッセフェール的にアイルランド人を搾取してきたといっても英国植民地化のもとでこれだけの充実した公共施設が存在したのだから、英国から離れて独立したあとは公共施設が保たれていることは無論、独立前よりももっと充実していなければ本当ではない、祖国のプライドのことばかりをいうアイルランド独立政府のナショナリズムに騙されるなよと警告するためにあえて建築のことを政治的主張をもって描いたとも指摘されます。) 身体と建築との間の関係を問うこの問いから、現代建築が自らを斜線としてのあり方として自己規定するに至った思考の歴史を考えることになりそうです。あの現代建築家ヴィリリオは実際的な図面をひいたことがないとのことですが、下のスケッチは、かれが自らのコンセプトを書いた文のなかで参照されていました (本人の描いたものかはわかりません)。文を読んでいませんが、舞台美術のようなこのスケッチをみるだけで、人間とはなにかとウロウロウヨウヨと自身のあり方を自らに問いている人間の散歩の運動が呈示されていることがわかります。この設計図の設計図のようなものから、根づくことと根づかないこととの関係が可視化されて見事に概念化されているのではないでしょうか


「左翼リベラル」はいかにサバイブするのか?

こういう政治的な事柄はリベラル派憲法の教科書には書いてはいなかったが、護憲「左翼リベラル」が自民党政治の前近代的権威体制の内部改革を求めるとき不可欠だったのは、米国からの圧力だったのだ。だから求める国民主権と政治参加は本当は、米国主権と米国の政治参加だったのではないかと思わせるほどである。(最近デモはアメリカ語で要求するのである。) だが将来、米国が狡猾にマキャベリズム的にアジアのリーダーたちの権威体制を承認した上で、中国・台湾・韓国そして日本も和解させるとき (歴史修正主義者であるかそうでないかは問題ではないという陰険な大同団結!)、東アジアの反体制派はアメリカという拠り所を決定的に失うことになるだろう。現在は安倍批判を展開しているけれど、イラク戦争でワシントンに迎合していった米国ジャーナリズムもあてにはできない。そのときがきたら、護憲「左翼リベラル」はいかにサバイブしていくのか?今から考えておく必要が...



吉本隆明

人間は自分の権能が及ぶ範囲の事柄については配慮することができますけれどね、常の事として、自分の権能が及ばない範囲のところではどうしようもないことが起きてしまいます。圏外の事に関しては責任を感じるまえに自己の無力を感じます。というか、責任を感じようにもどうしようもなくなってしまうわけです。3・11以降も原発体制を否定しなかった思想家の発言に憤りをおぼえ、またそれでもなおこの思想家を信奉し続けている知識人たちにたいして失望したときは、自分の権能が及ばない範囲のところでどうしようもないことが再び起きているのだと知って軽蔑の気持ちで一杯になりました。この無力から、自分の権能がおよぶ範囲のなかに思想家をおいてみたら、かえってそのことによって、現実にたいして根ざすことがない思想家の思想を、根ざすことがない思想として、はじめて考えることができるようなったということも否定できない事実なのです。このときわたしは対象のない経験を経験したというか。この気持ちのわるい経験とはいったいなんなのか?


…アムステルダム、まったく根をおろしていない都市、茎−運河をそなえたリゾーム−都市、そこでは有用性が、その商業的戦争機械との関係において、最大の狂気と接合している都市。(D&G)


à se rendre, avec et la clarté chimérique et le texte refermé, au Chaos de l’ombre avorté et de la parole qui absolut Minuit.

ホホー、父親の眼差しから、最近母親の眼差しに似てきたと不安に駆られた男がプロフィール写真にいきなり侵入してきたが、みなさんの梟猫は元気ニャッ。リア王もこうして外に追放されたとき、「我考える、外部に我存在す」みたいな心境だったのかな..。と、なんだか世の中はねー、なんでもかんでもおカネが物を言う時代に、現在21世紀は19世紀に非常に似てきたという指摘もある。世界資本主義を分割した<帝国>の時代の到来だとばかり、<帝国>アメリカ・<帝国>中国、<帝国>ロシア、<帝国>EUの包摂から逃れようとする、沖縄、台湾・香港、ウクライナ、イスラームに対する驚きで湧いているが、逆に、この驚きに違和感を覚える「我」はどこの外部からやって来た「我」かなと考える(なんちゃって)。カネのためなら歴史も修正してしまうほど、物事は'世界史の構造'とやらに絡みとられた<帝国>の'この道しかない'という現実主義で果たしていいのかしら?我考える、外部に、我存在す。このことだけは言っておこうとおもうよ。「物事のあらゆる側面を見せようとしないこと。 未定義の余白を残しておくこと。」というじゃありませんか。Ne va pas montrer tous les cotes des chose. Garde-toi une une marge d'indéfini



権利のない国に反対です!

裁判所は何が法であるかを発見し法を適用します。その法が憲法の「法」である場合が、憲法裁判(違憲裁判)です。しかし裁判所は国 (立法府の国会)に委ねるのが民主的だと考えたときは何が法であるかという憲法判断をあえて回避することがあります。さて秘密保護法は憲法で保障された言論の自由を侵害する重大な疑いがあるとする訴えにたいして、裁判所は国に委ねるべきだという論理で再び憲法判断を回避してしまいました。しかし言論の自由はそもそも、国に委ねることが不可能な人権なのです。言論の自由はもちろん、政府が'解釈改憲'などで制限することができない人権です。裁判所は秘密保護法を違憲であると積極的に判断すべきだと思います。権利のない国に反対!
ー>「特定秘密保護法は憲法に違反している」として、フリーランスのジャーナリストら43人が、違憲無効の確認や慰謝料などを求めて国を訴えた裁判で、東京地裁は11月18日、原告の請求を退ける判決を下した


市民大学講座「20世紀精神史」のときだったかはっきり覚えていないが、東大文学部時代の同級生丸谷才一と一緒に授業を抜け出しては駒場喫茶店でそれぞれが相手に向かってフランス文学史と英文学史について喋りまくったという思い出話を池袋駅喫茶店で渡辺一民氏からきいた。お互いに、分野のちがうお互いの話を興味深くきいたという。ジョイス「ユリシーズ」は、この本によって将来新しい文学は現れてこないだろうといわれて事実上近代文学を終わらせてしまった。またヨーロッパに属していながらヨーロッパの(植民地化されたアイルランドという)外部からはじめて英文学史を統括することができた。そしてフーコ「言葉と物」は、まだ世にあらわれてはいなかったが、構造主義・ポスト構造主義という思想の方向から全く新しい視点からフランス文学史も統括していくことになる。この二冊の翻訳の構想が、脱出した喫茶店の文学談義から沸々とはじまったのかと想像してみる。現在に繋がるものとして是非読み直す必要のある文章といったら、前者の「イタケ」挿話、後者の「人間とその分身」をあげたいと思う。神話的リアリズムをいうアイルランド知識人がデリダ批判をおこなうときには「イタケ」挿話の解釈が決定的に重要となるし、その解釈も「人間とその分身」の解釈を前提としている解釈であることはあきらかだ。渡辺氏が翻訳した「人間とその分身」は長年読んでいるのに、自分にあきれるくらい、必ずしもその本質をきちんと理解できてはいなかったのだけれど、あらためて子安宣邦氏「漢字論」(岩波書店、2003年) を読んでいくうちにわかってくるものがたくさんでてきた。その「漢字論」もそれ自体大変重要な仕事なのである。だがその第一章「「漢語」とは何か」の誰も行ってこなかったの問題提起の意味をを十分に理解してはいなかったことに気がついてきた。考えることをはじめなければならない。NOT TOO LATE ! しばらくはこの三冊からの読んでいる文を時々引用することになるだろうとおもうので


Cezanne says; in order to draw the sun, you have to draw what is not the sun. It is obvious." It may be translated into owlcato's pictorial symbol language as PXΛ◊~PX (" it is X and it can be non-X). That is, I am the sun, and am the black sun, so I am a gravel, thunder, a blue cat , a crack , an adverb, flower,a stray lamb, of gold, rage, fury, scattered slate of ten ommandments

街で「国際社会」に出会ったらギネスビール5杯おごってあげましょう(爆)

世間とはそれをわたしにいうあなたのことだ(太宰治)。国際社会とはテレビの前にいるわたしたちにそれをいうあなたたちのことだ …
オリエンタルなものは存在しません。ただヨーロッパがいかにアジアを解釈するかという解釈のなかにしかオリエントは存在しないのです。また国家というものの実体はなく、7時NHKニュースをいかに解釈するかというその解釈のあり方に(共同体に想像された)国家が存在するのと同様に、「国際社会」という実体もなく、(現場のことは全く存じ上げません。無責任に書きますと、) 現地にいる記者たちが欧米の主要新聞をいかに読むのか、さらにそれを「社説」を書くようなトップの編集委員たちがいかに読むのかという読み方にしか「国際社会」がないということ。つまり解釈の解釈で忙しいこと。国際社会という観念は、十九世紀オリエンタリズムの残物で、これに執着する報道は逆の方向からのオリエンタリズム?ちなみに海外にいる間、国際社会ということばをきいたことがありませんがね。国際人権コミュニティーとかそういうのは時々ききましたがね。(ああ、うっかり実体のないものの解釈の解釈を解釈してしまった!?)


リアルなものー消すことができない痕跡

アメリカのようにイギリスでも原理主義ブームが吹き荒れていて、当時、'やさしい聖書入門'の類の本がベストセラーであった。ロンドンのICA講演会のとき、これを憂う聴衆からの質問にたいして、ジジェクがあたえた答えは意外なものだった。いや、「聖書」を読め、「聖書」に神をやっつける方法がちゃんと書いてあるはずだからという。同様に、現在、現代語訳「古事記」が売れに売れているのだが、これは日本会議の方向から古事記を再神話化する、(グローバル資本主義に対抗する)救済神学的な様相をもつ超ウルトラナショナリズムの源になることを警戒する必要があるだろう。その場合、「聖書」と同様に、やはり「古事記」においても、「古事記」を再神話化する日本会議の「美しい日本」の文化論を相対化する方法が書いてあるのだろうか?一考の価値はある。古事記は天皇による支配を正当化しようと神話的に隠ぺいしようにも、かえってクニの成り立ちがいかに困難だったかというリアルな事実を神話の中に痕跡として残してしまったのではないか



ここで正直私はどれくらいアイルランドでの限られた経験と知識をイスラムに適用していいのかよくわからない。戒むべき大きな誤解もあるはずだ。だが間違いと非難を恐れて何も言わぬことはできないと考えるようになった。第三次世界大戦前夜とはホントか?かくも反復してくる世界の不条理とは何か?現在それは、(後期資本主義・後期近代という)グローバル資本主義の時代の不条理である。反近代・反西欧は対抗的多様性をもって、貧困の「南」に広がっている世界の不条理を解決するという大義名分をもっている。 この大義名分はこれをやみくもに否定し去ることに躊躇する民衆的感情(近代的中央集権に反発する)を通じて常に存在してきた。搾取される「南」の場合、そして現在「北」のなかの穴としての「南」の場合も考えなくてはならなくなったのだが、ここから、テロの悪循環の構造(宗教的衣装を利用した党派的テロとこれを空爆する国家テロの両方も含めた)だけでなく、<一>的な権威主義の構造 (例えば日本ポピュリズムがマイノリティーの完全には同一化しない他としての市民権利をみとめないように)もあらわれることになる。21世紀グローバルデモクラシーが対決する、グローバル資本主義の時代の不条理を、「テロ」と国家の対抗的「テロ」で解決しないためにはどうすべきかと問われている。が、解決がないままに、再び国家と民族の時代遅れのアイデンティティーが叫ばれる現在、明日第三次世界大戦が始まらないと確信できるか?再び前の二つの世界大戦の総力戦の勃発は無いが、その代わりに、もっと陰険なテクノロジーの見えない戦争の進行のもとで、究極の戦争形態ともなりかねない帝国的<平和>の錯覚をともなって、国家から国民生活の隅々まで監視されているという統制の悪夢が再び起きようとしている。「パリ同時テロを受け、欧州連合(EU)は17日、ブリュッセルで国防相理事会を開き、フランス政府が求めたEU基本条約に基づく集団的自衛権の行使について全会一致で支援を表明した」(読売)



Vous, mathématiciens expirâtes — moi projeté absolu.


パリ同時爆破事件の意味
2005年ロンドン同時爆破事件では、当初はイギリスが戦争している勢力による組織的テロだと一方的に報じられたのですけれど、国外で軍事訓練をうけたアラブ系「イギリス人」が実行犯だということがわかってきました。中には小学校で先生として働いた人物もいたのです。外部から潜入してきた兵士のマッチョなイメージではありません。ここから、アフガン・イラク戦争を契機に一層広まってきた、人種差別と格差にたいするアラブ系「イギリス人」の怒りが動機だったのではないかということが論じられるようになりました。真相はわからないままです。パリではどうなのか?爆破事件がおきたとき、やはりロンドンの場合と同じように、「フランス人」が実行犯ではないかということを私は予測していました。というか、ロンドンで起きたことは、パリで起きるということは時間の問題だともいわれたのです。フランス国籍のベルギー人について詳しい事実関係はわかりませんし、限られた情報から間違ったことをいうかもしれませんが、「イギリス人」の実行犯の場合のように、都市の人種差別と経済的格差を背景とした、過激な宗教組織に入った「フランス人」の全体像がこれから明らかになるのかもしれません。大切なのは、パリ同時爆破事件の意味です。パリ同時爆破事件について語るときに、もっぱら宗教的話題に絡み取られたらそれはアナクロニズムです。事件の意味をかんがえるときに、グローバル資本主義の時代の動乱としての性格、いいかえれば、グローバル資本主義がもたらした不均衡の問題、グローバルデモクラシーの危機の問題を無視してしまうことは無理だと思います。


経済思想
そこで、諸商品の交換価値、すなわちどれか一つの商品がもつ購買力について論ずる際には、私はつねに、何らかの一時的または偶発的な原因によって妨げられない場合に、その商品がもつであろう力のことを言っているのである。そしてそれが、その自然価格なのである(D・リカードウ)



北一輝
社会主義は貧少なる分配を平等にすべきことを主張せずしてむしろ富有なる公共財産に対しては個性の相異に応ずる共産的使用によりて満足を得べきことを理想とするものなり、上層階級を下層に引き下ぐるものにあらずして下層階級が上層に進化するものなり。(国体論及び純正社会主義)


推敲中
これはゴダールによる「夜の狩人」からの引用で、牧師に紛した殺人鬼の現在進行形の殺人に気がつきながらウイスキーに身を委ねている人物の姿である。左なのか右なのかわからないというのは結局は左を無化する右の言説であるが、ゴダールは、この種の言説に絡みとられる人間ー映画の中のロッキングチェアの人物のように大地に根ざすことを望むものーを皮肉っている。
左と右のあいだの距離を占拠する知識人たちがいる。左なのか右なのかわからないことを喋る。これは結局は、左を無化する右翼知識人の狡猾な言葉の力だと用心したほうがいい。この言葉の力から、「諸君は現実を知らない」と執拗にいう、右翼知識人の目標は常に、左と右のあいだの距離を占拠することにある。



マルクス魂という過大な言葉を頂戴した。ああ、やっぱり自分は消滅しちゃうということね?(笑)。マルクスの全部を否定したらただゼロになるだけだとフーコの渡辺一民はいうが、カント的な言葉だ。監獄機械としての魂は監獄の外に出ることをせずに天に向かって光の理念に闇の経験知を介入させるだけだ


仁斎において存在論的言説に対するテクスト的脱構築化への問題提起が起きたあと、ここから、言語を外部的他者との関係においてとらえる課題に取り組む思想的展開が起きた。言語(法)と身体(儀礼)の社会的関係をとらえた徂徠、喪失された声の不可能な回復から共同体を美学的に想像した宣長、言説空間(解釈の次元において観念的に構成された二元論的配置)を、物語る主体(祀られる魂を含む)の地理的位置に変換させた篤胤



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11月2005年 (3) 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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