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zoom RSS 一月2016 (3)

<<   作成日時 : 2016/01/27 21:41   >>

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皇祖皇宗、つまり皇室の祖先が、日本の国家と日本国民の道徳を確立したと語り起こし、忠孝な民が団結してその道徳を実行してきたことが「国体の精華」であり、教育の起源なのであると規定する、洗脳マシーンが作動するーおまえは我ら国民かそれとも非国民か!?、1、0、1、0・・・・。
人間の精神的的自立を破壊する元凶が、ほかならない、万世一系の国体をたたえる「教育勅語」にあった・・・「おまえは非国民だ」と指さされたらもうおしまいなのだ、逃げ場がないのだから。曽野綾子がいうようには、指をさした人間が自殺者の記憶をもつこともなかっただろう。現在そういう国になっている。


現在、安倍晋三の思想の背景である「日本会議」と「新しい歴史教科書をつくる会」は、戦前の形の復活を主張している。その根底に「教育勅語」的な国体がある。だがいきなり「教育勅語」が言われ始めたのではなかった。田中角栄は官僚出身の福田武夫と比べていかにも庶民的なイメージだったが、元号法の福田武夫と同じように「教育勅語」の復活をはじめて公に言った反動思想の政治家だったといえる。▼「教育勅語」とは何か?「国体」とは何か?まず、戦前、教科書に対する国家統制は、自由民権運動の高揚と、それに対抗するような教育政策の反動化、という形で進行した。教科書疑獄事件が発生したときに、国はそれを機会に、教科書を「国定制」に切り替えた(1903年〜1945年)。ここから「教育勅語」の国体イデオロギーが教科書に直に記述されていく。「かくて我らは私生活の間にも天皇に帰一し、国家に奉仕するの念を忘れてはならぬ」(臣民の道)。▼皇祖皇宗、つまり皇室の祖先が、日本の国家と日本国民の道徳を確立したと語り起こし、忠孝な民が団結してその道徳を実行してきたことが「国体の精華」であり、教育の起源なのであると規定する、洗脳マシーンが作動するーおまえは我ら国民かそれとも非国民か!?、1、0、1、0・・・・。▼この社会主義者の本は読みにくいが、人間の精神的的自立を破壊する元凶が、万世一系の国体をたたえる「教育勅語」にあるということをズバリ見抜いていたのが北一輝だった。「日本国民は万世一系の一語に頭蓋骨を殴打されことごとく白痴となる」と万世一系を批判した。▼アヘン戦争を契機にヨーロッパ帝国主義が押し寄せた19世紀、東アジアの国々はいかに近代国家として自立していくかという課題に直面したが、シュミットがいうような意味の中性国家ではあり得なかったきと、日本の場合は、植民地化を避けるために、結集力をもった国民国家、祭祀国家の形成に向かうことの必要性がいわれた。しかし帝国日本になった大正時代に天皇制国家の問題が出てきたときに、日本は天皇制国家をやめるべきだった。だが日本は総力戦をたたかいぬくような国家に向かってしまったのである。ここに決定的な間違いがあった。国体の言説は、この間違いを間違いとして認識させることを妨げて全体主義の戦争を推進させたのである。(もちろん、歴史修正主義者たちが隠ぺいするが、日清・日露戦争は侵略戦争である)▼日本ファシズムに始まりはなかったと丸山真男は言う。「内なる天皇」という我々の責任に還元されてしまう。しかしそれは満州事変から始まったのである。丸山はだれがそれを始めたかわからないという。しかし昭和ファシズムを始めた人間たちがいたのである。
▼国体については、幕末の後期水戸学の会沢正志斎、自由民権運動から天賦人権説を非難した加藤弘之から発言されるが、昭和に入ると非常に流行し広まった。天皇機関説を反故にした憲法学者、上杉慎吉は「天皇ノ主権者タルコトハ我ガ日本ノ国体ニシテ、人民ガ主権タルハアメリカ合衆国ノ国体ナリ」 と述べている。文部省起草「国体の本義」起草にも関わったとされる山田孝雄は1910年「大日本国体概論」を出版した。1921年に内務省神社局は『国体論史』を通じて身体論的国家観を提示した。1925年公布の治安維持法は「国体の変革」を目的とした結社を禁止した。立憲政友会の鈴木喜三郎(当時内相)は「議会中心主義などという思想は、民主主義の潮流に棹さした英米流のものであって、わが国体とは相容れない」と宣言した。文部省は国民精神文化研究所を「我が国体、国民精神の原理を闡明にし、国民文化を発揚し、外来思想を批判し、マルキシズムに対抗するに足る理論体系の建設を目的とする、有力なる研究機関を設くる」ために設置した。


「君子は中庸に依る」、と、「論語」は朴実であれという。簡単さにこそほんとうの道が開かれているのだからと説く。だが現実にはそれほど簡単ではないのはなぜなのだろうか、と、「童子問」の伊藤仁斎は問う。古代のあり方の理念型はどうしても必要となるのだ。理念型は避けることができない。朴実の理念型を常に古代に求めることで、朴実でいわれる実践(行為)が非常に難しくなるという問題を、伊藤仁斎は鋭く意識していたという。決して単純ではないー和辻が「清明心」のアイデンティティーを古代に求めたようには。ところでこれにかんしておもうのは、ビクトリアン朝イギリス帝国から自立しようとしたアイルランドの文芸復興運動によって戦略的に導かれた歴史のことである。独立後に、古代のあり方としての理念型に絡みとられることになったとき、それを完全に棄てるべきか、あるいは、新たな理念型を発明すべきだった。だが発明に失敗した結果、再びビクトリアン朝の国家が独立アイルランドに誕生することになったとする痛い指摘もある、ポストコロニアル時代のラテン・アメリカ、アジア、アフリカの問題を包括的に考えるために非常に大切な視点となるのではないかとおもう。




ハンナ・アーレント ‏
屈辱というのは、「自分が自分自身の仕事の息子になると感じること」である。そして、真の芸術家や作家はこのような屈辱を感じながら、自分自身を「鏡の中の狭いこれこれのもの」として眺める運命にあるのである。(『人間の条件』29・引用はポール・ヴァレリーのアフォリズム)




La savoir acquis dans un pays étranger peut être une patrie et l'ignorance peut être un exile vécu dans son propre pays. Avverose



Lisant Aristote et les interprétations du Coran, Averroès a visé à concilier la religion révélée avec les lumières de la raison. Pour lui, le texte sacré s’adresse à notre intellect. La tâche des « gens de la démonstration », cette élite qui interprète le texte sacré à partir d’une compétence démonstrative, consiste précisément à retrouver les vérités derrière les images, notamment quand il s’agit d’interpréter les versets plurivoques. Pour Averroès, le sens du texte sacré dépend de la méthode de lecture qui lui est appliquée : les masses saisissent un sens rhétorique et s’en contentent en raison de leur difficulté à accéder à des arguments abstraits ; les hommes instruits lisent le Coran selon un schème démonstratif et évitent de polémiquer.



流れてきた記事によると、ナチスの萌えキャラ「ゲッペルスちゃん」が海外で問題になっているとのことです。▼ドイツの法律では学問的な理由を除き、ハーケンクロイツとその他のナチのシンボルの公での展示および使用を不法なものとし処罰を行っていますが、ここ日本ではどう考えたらいいでしょうか?▼これはへートスピーチと同じ問題をもっているのではないでしょうか。上のほうで公然とヘイトスピーチを行う安倍総理、そして公にナチスの手法をたたえる麻生元副総理が許されれば、下のほうでのヘイトスピーチと「ゲッペルスちゃん」が自ずと許されることになるのでしょうね。▼高名な政治学者がいった上から下へ向かう「抑圧移譲原理」とは違う意味で、これは、公に上の者が言うのだから下の者も安心して言えるという他者攻撃のヘイト移譲原理のごとき様相を呈しています。'美しい日本'の内閣支持率五割を超える現在、この構造が深刻な問題を構成することにならないのかと不安に思うのは私だけだとは思いません。


今年はいつ「全体主義の起源」を読むのか?

日本会議の戦前そのものを再生するという主張は他に例がない。ネオナチは多くの場合では、自国の労働者の雇用拡大を掲げて外国人労働者の排斥を訴えるなど、就職問題に絡んだ活動で参画者を募っている。さらに左右を問わず独裁者に一方的な好意を寄せる傾向があるなど、ナチズムの復興を目指すというより、反社会性のシンボルとしてナチズムが掲げられている状況である。ネオナチは戦前そのものを再生するとは主張していないようだ。▼1997年5月30日に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」とが統合して組織された日本会議は戦前そのものを再生したいとする。それが活発になるのは、「新しい歴史教科書をつくる会」(1996年に結成された日本の社会運動団体)によってではないか。(中には、スターリニズムから国体論に転向した代表者もいるがこれほど嫌なものはないね)。▼成田龍一の分析によると、大衆社会が成立する「大正」を読むとき、そのはじめを「日比谷公園焼き討ち事件」に、その終わりを「満州事変」に再分節化することが大切になるという。▼と、そのように大正を再定義するとき、統制としての治安維持法と一体であった普通選挙法は本当にそれほど<市民的>デモクラシーであったといえるのか?丸山真男は、昭和の全体主義は大正が生み出していくことを見逃したか、隠ぺいしたのではないか?Hannah Arendt によると、不特定多数の民衆集団が政治を動かしえるほどの大衆が、都市に流れてくる労働者とともに、<大衆的>デモクラシーとしての全体主義を形作るという。▼安倍の'美しい日本'などという国民国家的最終解決(!)の20世紀の反復は起きないとおもうのは、21世紀のグローバルな状況で東アジアの民主主義と連帯していく可能性があるとおもうからである。台湾の選挙とか東アジアの民主主義にたいする関心が低すぎるよなー


大学時代に知識としては知っていたけど、講座派とか労農派の話に関心をもったのは、アイルランドにいたときなんだね。アイルランドといえば世界で最も貧しい国の一つとおもわれていたが、よく調べてみると、戦前日本のほうが一人あたりの農地所有というか耕作面積のほうが低い。それなのに日本はアイルランドのようには革命が起きないのはなぜなのか?これは「軍事的半農奴制的性質」、つまり半封建的奴隷根性による、と、山田盛太郎は言っている。のちの時代に新左翼から批判されることになる、32年テーゼに沿った解釈とはいえ、山田が実証的に調べている努力は評価したいね。


▼山田 盛太郎について。Wikiより。山田 盛太郎は、昭和期日本のマルクス経済学者。野呂栄太郎らと『日本資本主義発達史講座』(岩波書店)を編纂。 1934年の代表作『日本資本主義分析』で講座派の代表者と目されるようになり、櫛田民蔵、猪俣津南雄、向坂逸郎らの労農派と「日本資本主義論争」或いは「封建論争」を繰り広げた。『日本資本主義分析』において規定した日本資本主義の「軍事的半農奴制的性質」、山田独特の「範疇=型」の検出による分析に対しては、日本資本主義の特殊性を浮かび上がらせた積極面がある一方で、労農派マルクス経済学及び宇野経済学からは、「型」分析の硬直性が問題視された。

▼32年テーゼについて Wikiより。戦前日本の支配体制を、絶対主義的天皇制、地主的土地所有、独占資本主義の3ブロックの結合と規定し、地主階級と独占資本の代弁者かつ絶対主義的性格をもつ政体として天皇制をみた。そこから、当面する革命は絶対主義的天皇制を打倒するためのブルジョア民主主義革命(反ファシズム解放闘争)であり、プロレタリア革命はその次の段階であると位置づけた(いわゆる二段階革命論)。また、反天皇制に加え、寄生的土地所有の廃止、7時間労働制の実現なども柱としており、「帝国主義戦争と警察的天皇制反対、米と土地と自由のため、労働者、農民の政府のための人民革命」をスローガンとした。


山田盛太郎「日本資本主義分析」に登場するアイルランド

「資本論」第一巻に、特別剰余価値論の実例として、当時大変なことになっていた、つまりジャガイモ病の飢餓をはじめ立ち退きと移民によって労働者の数が激減していた、アイルランドの農業が分析されています。(私の理解で恐縮ですが!) 大まかに論旨を追うと、非常に冷たい言い方ですけれど、しかしグ経済学的にいうと、人口減少はかえって労働者にとって寧ろ有利な環境といえます (マーケット的には労働供給が少ないですから)。が、実際には賃金の上昇は起きていません。なぜなのか?それは、技術的改良で労働生産性の上昇が起きためではないかと「資本論」は分析してみせたのです。さて他国の資本主義国の農業と比較した「日本資本主義分析」の山田盛太郎の分析(昭和7年)では、小作料は日本が一反当たり(大正十年)一毛作田が約31円であるのにたいし、アイルランドが1円80銭。また生産するための耕作面積も日本農業は平均1、06町歩(昭和4年度)、アイルランドは2・9町歩(1905-1918)でした。ロシア農業の場合のように、アイルランド農業は最貧困とおもわれていても、現実には日本農業の方が全然酷かったというのは、ショッキングな事実だったから読者に訴える説得力があったのかもしれません。兎に角、土地所有の性格も考量したうえで、山田はこうした比較の数字を読みながら、いわゆる「軍事的半農奴制的日本資本主義の基本規定」を裏づけていったことがわかります。いま、言説の主体としての講座派をとらえなおしてみると、主体は'生産力'を中心にした実定的な言説を発すると同時に、(逆の方向で)、この言説が主体自身(講座派)を触発していくということが政治的に展開していったようにおもわれますが、この理解で間違いないでしょうか?

原理主義という名の純粋理性

日銀が導入をきめた「マイナス金利」の金融政策にたいして、「マネタリストの市場原理主義アホダラ教信者の経済学者」という批判の声があがっていますが、そう揶揄される理由はなにかといえば、それはマネタリストが自分で作り上げた危険な偶像崇拝に陥っているようにみえるからです。しかしどんな反証の事実に耳を貸そうとしないほど自らの体系性へ依拠するかれらの態度は、非理性(狂気)にもとづくものではなく、むしろ徹底した理性にもとづいていることは明らかです。理念的に構成しようとする理性に依拠するからこそ、理性そのものが不可避的に抱え込むことになる理性の誤謬に絡みとられているということです。市場原理主義が原理主義である所以は、それがなにもかも説明してしまう理念型によるからということです。この点にかんしては、そもそもマネタリストが対抗していた、ケインズ主義が原理主義の呪縛からそれほど自由であったかいう問題があったのです。1930年代の市場が想定されていたようには市場として働かなかったとき国が市場に介入した経験をなんとか説明することに成功したのがケインズでした。が、ここから純粋な理念型として構成したされてくるのがケインズ主義です。マネタリズムは、今日自分たちに浴びせられていると同じ調子の軽蔑と憎悪を以て、「ケインズ主義の政府原理主義アホンダラ信者の経済学者」の虚構の理念性、その原理主義性を批判したのでした。問題は、いかに、この原理主義の無誤謬性の悲惨を止めるかです。20世紀的グローバルの問題に直面しているなか、堕落した社会主義による、ピケティがいう民主的介入のほかに道がないわけですが、日本の問題とはそれを遂行する社会党が解釈改憲の自民党によって事実上消滅してしまったことです。安倍自民党の'美しい日本'という20世紀的国民国家によって解決できると委ねるのはあまりにもアナクロニズム


カール・シュミットのいう中性国家Ein neutraler Staatとは、 丸山真男の解説によると、真理とか道徳とかの内容的価値に関しては中立的立場をとり、そうした価値の選択と判断はもっぱら他の社会的集団(たとえば教会)又は個人の良心に委ね、国家主権の基礎はかかる内容的価値から捨象された純粋に形式的な法機構の上に置いてあるという。アヘン戦争を契機にヨーロッパ帝国主義が押し寄せた19世紀、東アジアの国々はいかに近代国家として自立していくかという課題に直面したが、そのような中性国家ではあり得なかったと子安氏はいう。日本の場合は、植民地化を避けるために、結集力をもった国民国家の形成に向かうしかなかったとされた。そして日本が帝国日本になっていくときに(大正時代)、天皇制国家の問題が出てきた。日本は天皇制国家をやめるべきだった。しかし日本は総力戦をたたかいぬくような国家に向かうのである。ここに決定的な間違いがあった。日本ファシズムは満州事変から始まったのである。日本ファシズムには「我が闘争」がないと丸山はいうが、名を口にするだけでもおぞましいとされた北一輝の本があった。大川周明の本も。(北は彼なりの天皇機関説をもち国体を徹底的に批判した社会主義者。、「日本国民は万世一系の一語に頭蓋骨を殴打されことごとく白痴となる」と万世一系を批判した。皇国史観の学者やそれをかいた教科書のようには国体ファシズムを持ち上げる言葉を北も大川も述べてはいない。)ここで問題にしたいのは、「我が闘争」の有る無しを問うような丸山真男の対比的分析視覚のことだ。「我が闘争」をもたないファシズム、すなわち丸山の「超国家主義」という概念はこのように「思想構造及至心理的基礎」の分析を通じて構成されるのである。昭和ファシズムがいつ始まり誰が始めたかというリアルな問題が、心情的に、「内なる天皇」というわれわれの思考様式と責任に還元されてしまう。だが丸山のいう日本的特異型が日本の「古層」にまで実体化されてしまうに至るとき、丸山を反知性主義と呼ばずしてなにを反知性主義と呼ぶのか!?




ネコ経済相「放浪者ですが、天下の智恵者を連れて参りました。マイナス金利にどんな可能性があると国民に説明したらよいかニャ?さあご助言を」
フクロウ博士「 アベノミックス....」
ネコ経済相「うんうん、にゃんにゃりと総理にいいたまえ」
フクロウ博士「アベノミックス、消滅したすべての可能性の中心」
安倍総理「ホホー....つまみだせ」



日本ファシズムに始まりはなかったと丸山真男は言う。「内なる天皇」という我々の責任に還元されてしまう。だが大正期のリベラルな思想を語る教科書と昭和期の起源を物語る教科書は決定的に違った。天皇機関説を反故にした学者がいたし、皇国史観をつくった学者もいた。それを教科書にした官僚がいた。国家神道のイデオロギーをつくった者もいた。それを遂行する軍人たちもいたのだ。小林秀雄が気がついたように「日本の歴史にかつてない変化が起こった」。日本ファシズムは満州事変から始まったのだ。日本ファシズムに始まりがあったのに、なぜ丸山真男はそれを見逃したのか?ドイツ・イタリアとの比較のなかで日本ファシズムがいわれてきた。こういう分析からは日本ファシズムそれ自身の特異形が絶えず導かれる。丸山達の政治思考は絶えずヨーロッパとの比較から考える。ファシズムの理念形を立ち上げていく。そうして日本ファシズムに始まりはなかったと反知性主義的にきめつけられる。講座派言説(前近代的な日本近代をいう言説)を包摂した丸山真男の思想(前近代の主体を欠いた思考様式をいう言説)からは、自由な意識主体を前提とした独裁のような、「残念ながらわが国にはヒトラーがいなかった」ときめつけられる。だがそうか?市民的デモクラシーは満州事変で消滅してしまい、ファシズムの大衆的デモクラシーしか残っていなかったにも拘わらず、虚構の理念性が物語るのは、戦後民主主義と大正デモクラシーとの連続性だけではない。ヨーロッパの近代国家の中性的国家も、国体的な国家である反中性国家もだ。だが誰が始めたかを明らかにしないから、現在、歴史修正主義者達が望む昭和ファシズムが戦前からやってくることに...。そうして丸山が見逃したところから、陸軍ファシズムの役割に意識的な安倍が戦前からそのまま現れてくることになったー国家神道の復活の兆候と共に。21世紀的グローバルな問題を、'美しい日本'という20世紀的にナショナルな次元で解決しようとするアナクロニズム




MEMO; 東京帝国大学の天皇機関説を反故にした言説の間違いは、しかし、反権威主義的右翼のカタストロフィーの偶然さえなければ、合理的に正された可能性があったとばかりに。しかしそうして大川周明が与えた伊藤仁斎の評価ー近世の思想家の民主主義的言説ーが、丸山「日本政治思想史」において、極端に無視されることになった。こうして(江戸時代を前近代とみなす)講座派言説が戦後の丸山の近代主義において包摂されることになった。だがその代償は、戦争責任の問題をもっぱら心理的に分析するという反知性主義的な態度のうちに、天皇機関説を反故にした国体論者たちを見逃したことであった。

結論は賛成、理由は若干異議あり、です。傾聴に値する、宮崎氏の真摯な訴えではありますが、あえて世界史的に「人類のため」としないと。「沖縄の人のため」と言うことはもちろん正しいですし間違いではありませんが、広く国際社会に訴える、ナショナルな次元を超えた普遍性をいうこともまた重要であり必要ではないでしょうか。同様に、戦前の国家神道と現在の靖国公式参拝は世界史的に人類に対する犯罪ですし、慰安娼婦問題も人類に対する犯罪の問題を世界史的に構成すると考えることが非常に大切になってきました。

ー>宮崎駿氏、新基地反対を再表明 「辺野古の海 残した方が沖縄の人のため」(琉球新報)




私の四つの疑問ー「柄谷行人 政治を語る」

柄谷行人はマルクスに接近するためにカントから語り始める。彼は倫理の問題に言及する。ここは素晴らしい問題意識なのだ。

▼「カントにとって、道徳性は善悪の問題ではない。自由の問題です。そして、自由というのは、自発性という意味です。たとえば、カントは道徳法則としてこういうことをいっている。「他人をたんに手段としてのみならず、同時に目的として扱え」と。目的として扱え、というのは、自由な(自発的な)存在として扱え、という意味です。われわれは互いに、他人を手段としている。それはやむをえない。しかし、他人を手段として'のみ'扱うことがあってはならない、というわけです。しかし、同時に、相手を目的(自由な存在)として扱うのでなけれならない。しかし資本主義経済ではそれができない。だから、カントは、商人資本を介在させない、生産者たちのアソシエーション(協同組合)を提唱しました。プルードンより50年前に。その意味で、プルードンもマルクスも、カントの倫理学の延長としてある。そのような倫理学をもたないなら、社会主義は社会主義ではなく、国家主義にすぎない。」

疑問1; オーソドックスなマルクス主義の考え方からすれば、経済の次元の闘いを乗り越えるところから、政治の次元の闘いがはじまる。しかし柄谷の考えでは、「労働者は、彼らが最も弱い立場である生産点で」闘ってきた結果、「国家とネーション」に躓いてきたと指摘する。このとき柄谷はカントとの連続性を絶って、いきなりマルクスの中心に接近するようにみえる。それは何故なのか?柄谷は自らの「交換様式」という観点について説明しだす。

▼「マルクス主義は、つねに、国家とネーションに躓いてきた。それは哲学や文学と同様に、イデオロギー的上部構造だとみなされた。それは経済的な構造によって規定される。ところが、国家とネーションに躓いた。つまり、スターリニズムやファシズムに負けてしまった。この反省から、上部構造の相対的自律性をいいうようになり、それに固有の次元を考えるようになったわけです。フランクフルト学派は精神分析を導入した。さまざまな神話学的・記号論的な視点も加わった。「共同幻想」(吉本隆明)とか「想像の共同体」(アンダーソン)なども、そういうものです。しかし、このような議論は、国家やネーションを表象や幻想として片づけることにしかなっていません。国家やネーションは文学と哲学とちがうと思う。文学芸術や哲学が経済的下部構造に規定されるとか、また、それが下部構造から相対的に独立した、独自の次元においてあるということは、別に間違いではない。しかし国家やネーションは確かにイデオロギー的構造をもつけれども、そんなことをいえば、資本主義的経済も宗教的な体系なのです。」
▼「そこで僕が思いついたのは、国家やネーションを、商品交換とは異なる交換様式から派生したものとみることです。・・・つまり、それらはたんなる表象ではなく、必然的な根拠をもっており、だからこそ、容易に解消できないものなのです。・・・マルクスは「生産様式」という観点から、社会構成体の歴史を考えた。・・・しかし僕はそれを「生産様式」ではなく、「交換様式」という観点から再考したのです。」

疑問2; ここで展開されているような、柄谷の交換様式の考え方が「資本主義的経済」だとおもうのは、彼の交換様式の考え方からなんでもかんでも全部を説明してしまうような「宗教的な体系」におもえるからである。ここでは、カールポッパーがいう、全部を説明する理論はなにも説明しないという批判が喚起される。(a theory which explains everything explains nothing)。だが、東アジアの知識人たちはマルクスはこう読めるのだとする柄谷からじわじわと影響を受けているともきく。納得いかぬが、柄谷の考えを理解するためにいちおうかれの説明のことばを素直に聞いていくしかない。彼は現在をこう分析している。「日本で中間勢力がほぼ消滅したのが2000年です。・・・モンテスキューが、中間勢力がない社会は専制国家になるといったことを述べましたが、その意味で、日本は専制社会になったと思います。いかなる意味でそうなのか。その一つの例が、日本にはデモがないということです。」という。ここから柄谷はアソシエーションという組織について具体的に語ることになる。デモなきアソシエーションが正当化されるのはただ、日本にデモがないという柄谷のリアリズムにもとづいている。柄谷の言葉によると、

▼「僕は八十年代に「単独者」というようなことをいっていました。それは、共同体に対して対抗できるような個人というイメージでした。単独者とは、一人でいる私人ではなく、原子的な状態の個人でもなくて、他人と連帯できる個人を指すのです。シュティルナーが「単独者」といったときも同じ意味です。単独者が創る共同体が、アソシエーションなのです。」
▼「労働者と消費者は別のものではない。労働者が消費という場に立つ時に、消費者となるだけだ。であれば、労働者は、彼らが最も弱い立場である生産点だけでなく、むしろ消費者としての立場で闘うべきだ。・・・それとつながることですが、消費者=労働者として国家や資本に対抗すると同時に、それらに依拠しないですむような経済的なアソシエーション(生産=消費協同組合や地域通貨・信用体系)を創り出すというものです。」

疑問3; ここで「経済的なアソシエーション」をいうことはなにを意味するだろうか?柄谷のあえて経済中心主義を斥けた、倫理性からはじまったせっかく問題意識が再び、経済の側に戻っていくようである。資本主義的経済がもたらした問題は、経済の次元によっては解決されないという問題意識はどこに行ったのか?そしてこの「経済的なアソシエーション」によって失われた政治は、柄谷の体系において、どこに回復することになるのか?この問題がある。柄谷はこう言っている。

▼「アナーキストもマルクスも、国家をその内部だけで考えています。つまり、社会から国家が生まれてきたかのように。ネグリやハーバーマスもそうですね。だから、国家を、社会の公共的合意のもといおけばよいと考えているしかし、国家はそんなことで社会に従うことはないし、消滅することもない。というのは、国家が生まれたのは、社会の内部からではなく、他の社会あるいは国家に対してだからです。だから、社会の内部でかたづいても、外に対してはかたづかない。」

疑問4; 「経済的なアソシエーション」が一国資本主義では成功しないことも示唆していると読めなくもない。「経済的なアソシエーション」の決定的な多義性・曖昧性は、それが、六年後に堂々と展開されることになる、「帝国」の「アソシエーション」を帰結しうる可能性をもつことに存する。そのとき、柄谷が語っていた倫理性は結局は、帝国のもとでの同化主義に還元されることにはならないのだろうか?「柄谷行人は政治を語る」の本で驚くべきことに、柄谷は政治を一切語っていないーかれの帝国的同化主義の政治を語った予言のほかに。しかしこれはすでに、ヘーゲルとマルクスが国家とネーションに託して破産した悪夢ではなかったか?



靖国神社を参詣する多くの若い人びとよ。君たちはその参詣を非政治的な年中行事に等しい習俗行為とみなしているだろう。だが君たちの行為を「祀る国民的行為」として色づけていく組織と運動とが現政権とともに存在するとしたら、君たちはどう考えるのか。なお無邪気にその行為を続けていくのか。
▼国家が「祀る国家」となり、国民もまた「祀る国民」となったときに「国家神道」は完成する。かつて出征兵士は郷土の神社に詣でて戦地に赴き、多くの兵士は英霊として故国に帰り、靖国に祀られた。私の兄もそうであった。「祀る国家・国民」になることは「戦う国家・国民」になることであった。
▼いま日本は戦争ができる国家になろうとしている。「戦う国家」になることは「祀る国家」になることである。安倍の改憲は「戦う国家」を目論むだけではない、同時に「祀る国家・国民」をも目論むものだ。君たちの無邪気な靖国参拝行為は、すでに重い〈政治的〉な意味をもってしまっている。
子安宣邦さんのツイートより


啓蒙主義はひとつではない。啓蒙主義は多様なのだ。啓蒙主義というと、フランスとかドイツの特権とおもわれているが、スコットランド啓蒙主義というものがある。思想的自立をもつスコットランドはイギリスの文明に対抗できるのだ。ここの歴史がわからないと、最近のスコットランドの独立を粘り強く望む背景を理解できないとおもう。▼スコットランドのヒュームはものすごくラディカルで驚く。ラディカル過ぎて、啓蒙主義の正反対のロマン主義の入り口にギリギリ立たされているという印象をもつ。ちなみに、評論家時代のゴダールはこのヒュームを高く評価していて、六十年代後半はロマン主義とも評される、ゴダールのラディカリズムはここから始まっていたようにもおもわれる。 <Soyez philosophe mais soyez toujours un homme>とヒュームにおいていわれるように、かれの背後にルソーの姿がチラチラみえるのだ。▼ただヒュームは、日本でカントが広く保守的に容受されているような感じで、イギリスにあって中流的に良識化していたので、メインストリームに背を向けていたアイルランドから来た私としてはかえって反発してしまった。▼思い返すと、大学時代のときはヒュームはカントを正当化するための思想家でしかなかった。理性を疑う哲学であれ!人間であれ!というヒュームのラジカルさが、それでも理性がなければ人間はやっていけなくなる <Qu'est-ce que peut la raison?>というカントの啓蒙主義に常に回収される感じで。だから、ロンドンで展開される、ヒュームを論じてもカントに言及しないような言説にある新鮮さをおぼえたりした。▼たとえば、たしかイーグルトンの本だったとおもうが、ポストモダン的な考え方を紹介するときに、ヒュームとベケットを結びつけるアプローチに大変興味をもった。




柄谷行人「倫理21」(2003)を読む

柄谷行人は天皇の戦争責任について語っている。昭和天皇は引退すべきだったと言いたようだ。柄谷は敗戦直後の状況を振り返る。

「戦後の最初の首相は皇族東久邇稔彦ですが、彼は首相としての最初のラジオ放送で、「一億総懺悔」を説きました。それは、戦争の責任を、一部の指導者のせいにするのではなく、全国民が平等に負い、反省しようと言うものです。これはもっともらしく聞こえますが、最高指導者の責任が全く問われないところで、「国民」の責任が問われうるでしょうか。戦後の東京裁判において、戦争犯罪の責任を問われた軍人、政治家の多くは、上官の命令に従っただけだと弁明しました。それをさかのぼっていくと、すべての命令が天皇の名のもとになされていることは明らかです。が、その天皇が免責されているとしたら、どういうことになるでしょうか。結局、誰も責任をとる者はいないのです。誰も彼もが被害者になってしまいます。」

「残念ながらわが国にはヒットラーがいなかった」と丸山真男がいうように本当にそれほど日本の戦争は誰が始めたのかわからないのか?講座派言説(前近代的な日本近代)を包摂した丸山真男の「日本の思想」(前近代の主体を欠いた思考様式)からは、自由な意識主体を前提とした独裁のような、「残念ながらわが国にはヒトラーがいなかった」ときめつけられる。だが日本の全体主義と戦争を誰が始めたかを明らかにしないから、現在安倍首相のような歴史修正主義者達が戦前からやってくることに...。丸山真男は日本ファシズムの問題を超国家主義的国家観と政治的思惟様式論、その国家観に包括されるものの心理構造論に解消して、昭和ファシズムそのものを見えなくさせてしまった。そう語る子安宣邦氏によると、「あえていえば丸山は昭和ファシズムを隠蔽してしまった」という。この点にかんして、柄谷行人も丸山の心情的にアプローチした問題点を指摘している。柄谷はこういう。

「政治学者の丸山真男は、それを「無責任の体系」と呼び、その原因をい解明しようとしました。しかし「無責任の体系」は、日本人の伝統的なメンタリティーによるのではなく、また、社会的政治的構造によるのではなく、この時期、天皇が責任を免れたことにこそあるのです。それはむしろ戦後にはじまり、現在に至るまで続いています。」
「もちろん、私が天皇の戦争責任という問題をとりげるのは、天皇にすべての罪を転嫁するためではありません。たとえば、戦後まもなく、共産党員の作家、中野重治は、天皇に全部の責任を帰してしまう人たち(左翼も右翼も)を批判していました。しかし、それは、天皇制が日本の絶対主義国家にほかならない見方(神山茂夫の理論)にもとづいています。つまり、天皇個人ではなく、その構造が問題なのであり、それを廃絶することによって、天皇個人を人間的に開放してやるべきだ、というようなものです。くりかえしていいますが、構造論的な認識をするとき、個人の責任は括弧に入れられなければならない。丸山真男の「超国家主義の論理と心情」、あるいはその後の様々な「天皇制」の議論についても、同様のことがいえます。しかし、「責任」を問う場合、この括弧を外さなければならないのです。」

日本のファシズムを遂行した者がいたのである。実は天皇機関説を反故にした東京帝国大学の憲法学者たち、国体体制を推進した官僚たちの戦争責任が問われることがなかったのである。ところが丸山真男は見逃してしまった。丸山だけではない。丸山を読んだ戦後の知識人たちも見逃した。丸山を読んでかれの分析にしたがって考えた大学時代に、ほかならない、この私も見逃したということだ。そして柄谷が柄谷にとっては意外なことは、GHQも見逃したのである。柄谷は「構造」についてなにを言おうと結局は、昭和ファシズムそのものを見えなくさせてしまった丸山真男の「括弧」と変らないと言わざるを得ない。

「第二次大戦後、日本やドイツだけが戦争責任を問われたようにみえます。しかし、ともかくにも、戦争責任が法廷において裁かれたことは、それ自体画期的なことです。それが戦勝国によるものであろうと、その後戦勝国をも規制するものになるからです。それは、カント的に言えば、統整的理念が働くということです。だから、日本人が世界史に一つの位置を占めることができるとしたら、それはあくまで日本の戦争責任を明確にすること、それを普遍化することによってであるといことができます。」

昭和ファシズムの推進者たちを裁くことに失敗した法廷は、残念ながらそれほど「画期的」ではなかった。だがここで柄谷行人が言っていることを活かすならば、「世界史」があるとすれば、慰安婦問題を日本人の人類に対する犯罪として構成することである。ここから、日本の戦争責任を明確にする普遍性を得ることができるのではないか。そういう普遍性は戦後ドイツがおこなっていたのだから不可能ではないとおもわれる。






田中千里訳より


「人間の魂は死滅すると語るのは誤りで、
知られる限りでは、魂は不死で永続し、
死滅も限界も考えられない、
とする人々の論説について。

アヴェロエスは語る。更に、アルガゼルは次のように述べた。魂は生まれて後に、やがて死滅する、というのは誤りであることについて哲学者達は二つの理論を持ち合わせているが、その一つは、もしも魂が死滅するのであれば、その死滅は三つの事情の一つによる以外には無いのであって、肉体の消滅と共に魂が死滅するか、魂に現れる対立のために死滅するか、強力なもの(神)の力によって死滅するか、である、肉体の消滅に際して魂も死滅する、ということは誤りで、実に魂は肉体から離れているからである、魂に対立が存在するということは誤りで、肉体から離れた実体には対立は無いのである、既に述べられたように、強力なる神の力が非存在に結びつけられる、ということは誤りなのである、とアルガゼルは説明した。

神学者達には疑いがあって、アルガゼルは次のように言う。我等は魂が肉体から離れているとのことを認めず、又、アヴィセンナも魂は肉体の数に従って数えられるとのことに意義を認めているが、しかし魂はすべての個別的なものにおいてあらゆる様式で数的にそれぞれ単一である、とのことには多くの不都合が生じるのであり、例えばソクラテスがあることを知る場合にプラトンも又それを知り、そしてプラトンがあることを知らない場合にソクラテスもそれを知らない、ということから(別人の別々の異なる魂による認識が同一であり)不都合になる、とアルガゼルは述べるのである。この立場では別の不都合も生ずるのであって、実際アルガゼルはアヴィセンナの論説に対して、魂が肉体の数に従って数えられる場合には、魂は肉体に結びつけられ、肉体の消滅にあたり必然的に魂も死滅することになる、と言うのである。 」


知の快楽 哲学の森に遊ぶ より引用

「人間もモノも被造物ですが、アクィナスは被造物はアリストテレス的な形相と質料からなる実体であるとして、人間を人間たらしめている形相(本質)は『理性的な魂』だと述べました。全知全能の神の本質を分有する『人間の魂』は、人間に『知性』と『意志』という極めて重要な能力を与えます。ドゥンス・スコトゥスは人間にとって最も本質的な力を『意志』と考えたのに対して、トマス・アクィナスは神の実在を直観するための『知性』こそが最も価値のある力だとしました。トマス・アクィナスは、人間の知性が導き出す『正義・節制・勇気・思慮』の4つの徳の実現を目的として生きることが『善なる生き方』であるとして、固定的なイデア(善性)を目指して生きる『主知主義(理性主義)』の世界観を提示しました。

トマス・アクィナス以降の哲学では、近代的な啓蒙主義を頂点として、自分の人生の価値規範を自分の自由意志によって選択できる、場合によってはイデア的な善悪観から逸脱することができるという『主意主義』の世界観が優勢になっていきます。トマス・アクィナスは『正義・節制・勇気・思慮』の4つの徳は『理性による命令(公共善を志向する定言命法)』に行き着くとしましたが、その理性による命令の究極の根拠は、全知全能の神が定めた永遠普遍の『自然法』であると主張しました。人間が自然法を直観して理性に基づく命令(法律)を制定できるのは、人間が『神の完全な理性』の一部を分け与えられている存在であるからです。」

ウィキより引用

「トマスは、その哲学において、アリストテレスの「形相−質料」(forma-materia)と「現実態−可能態」の区別を受け入れる。アリストテレスによれば、存在者には「質料因」と「形相因」があるが、存在者が何でできているかが「質料因」、その実体・本質が「形相因」である。存在者を動態的に見たとき、潜在的には可能であるものが「可能態」であり、それが生成したものが「現実態」である。「形相−質料」は主に質量を持つ自然界の存在者に限られるが、「現実態−可能態」は自然界を超越した質量を持たない形相のみの存在者にまで及ぶ。すべての存在者は可能態から現実態への生成流転の変化のうちにあるが、すべての存在者の究極の原因であり、「神」(不動の動者)は質料をもたない純粋形相でもあった。

しかし、トマスにとって、神は、万物の根源であるが、純粋形相ではあり得なかった。旧約聖書の『出エジプト記』第3章第14節で、神は「私は在りて在るものである」との啓示をモーセに与えているからである。そこで、彼は、アリストテレスの存在に修正を加え、「存在−本質」(esse-essentia)を加えた。彼によれば、「存在」は「本質」を存在者とするため「現実態」であり、「本質」はそれだけで現実に存在できないため「可能態」である。「存在」はいかなるときにおいても「現実態」である。神は、自存する「存在そのもの」であり、純粋現実態である。」


柿本人麻呂
大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に いほりせるかも
おほきみは かみにしませば あまくもの いかづちのうへに いほりせるかも

皇者  神二四座者  天雲之  雷之上尓  廬為<流鴨>

大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に 廬りせるかも 
おほきみは かみにしませば [あまくもの] いかづちのうへに いほりせるかも

・・・・・・・・・・
大君は神にあらせられるので

天雲の雷の上に

仮宮を造られたのであるな
・・・・・・・・・・

* 「に」は、断定の助動詞「なり」の連用形。
* 「し」は、強意副助詞。
* 「ませ」は、サ行四段活用「ます」の(「あり」「居る」の尊敬語)已然形。
* 「ば」は、原因理由の接続助詞(確定条件)  いらっしゃるので。
* 「せ」は、サ行変格動詞「す」の未然形。
* 「す」は、尊敬の助動詞。  なさる。
* 「かも」は、詠嘆の終助詞。









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一月2016 (3) 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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