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<<   作成日時 : 2016/07/26 09:32   >>

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皆さんが会社に入ったら…シュラウド(原発の炉心隔壁)のひび割れも隠せ、ということになるかもしれません。ところが大きなコンテクストで考えてみれば、そんなことをしていれば、結局その会社自体がつぶれます。…原点は、「人間」にとって何の意味があるか、です。
小田実『生きる術としての哲学』2007


勝海舟

当世の政治は、何事でも杓子定規の法律万能主義でやらうとする。それは理屈はなかなかつんでも居ようが、どうも法律以外、理窟以上に、言ふに言はれぬ一種の呼吸があつて、知らず識らず民心を纏めるといふ風な妙味がない。人心を慰安するところの余韻がない。

政治家の秘訣は、ほかにはないのだよ。たゞ正心誠意の四字しかないよ。道に依て起ち、道に依て坐すれば、草莽の野民でも、これに服従しないものはない筈だよ。

ナニ、誰を味方にしようなどといふから、間違ふのだ。みンな、敵がいゝ。敵が無いと、事が出来ぬ。国家といふものは、みんながワイワイ反対して、それでいゝのだ。己などは、その見幕だつた。『みンな敵になつたから、これなら出来ます』と言つた。

我国で金貨の始まりは、足利時代だが、その義満といふ英主と、細川頼之といふ豪傑と、両人でうまく明を抱き込んで、表面は日本国王といふ封冊を受けておいて、さうして金貨の本手を取り込んだのさ。後世義満をかれこれ評する奴らは、畢竟読書眼の紙背に徹せない野暮の骨頂さ。

坊主は、寺の再建とか何とか言つて、金ばかり取りに来るがね、コツチの意見は、寺はつぶれるに任せるが善いといふ持論だ。

ワシは一人も同志はないよ。同志といふのが嫌ひだから。今朝も、色々伊藤の事を言ふから「さう言ひなさんな」と言つたのサ。「二十年も侯爵様なら大抵、世に後れらあネ。そンな事を伊藤の所へ行つて言うたか」と言ふと「言はぬ」と言つた。それだもの、賞める人ばかりに取巻かれて居れば、さうなるよ。

外国へ行く者が、よく事情を知らぬから知らぬからと言ふが、知つて往かうといふのが、善くない。何も、用意をしないで、フイと往つて、不用意に見て来なければならぬ。

三国に干渉されて還すとしても、その儘還すといふ馬鹿なことがあるものか。ロシアにも相談してシベリア鉄道に続けるものを大連湾の辺まで延ばすやうにしたらどうだと協議するサ。支那にも承知させてこれをかけさせるサ。人夫には朝鮮人を使つてやるのサ。ソウすれば東洋の平和の為にするといふものだ。

福沢(諭吉)は学者だからネ。おれなどの通る道と道が違ふよ。つまり「徳川幕府あるを知つて日本あるを知らざるの徒は、まさにその如くなるべし、ただ百年の日本を憂ふるの士は、まさにかくの如くならざるべからず」サ。

学者は、国家を装飾するものだ。

おれなぞは、一つの方法でいけないと思つたら、更に他の方法を求めるといふ風に、議論よりはとにかく実行でもつて国家に尽すのだ。彼の大政奉還の計を立てたのも、つまりこの精神からだ。

日本人は五十になると、もうぢきに隠居だとか何だとか言つて、世の中を逃げ去る考へを起すが、もしこの余裕といふものさへあつたなら、たとへ五十になつても、六十になつても、まだなかなか血気の若武者であるから、この面白い世の中を逃げるなどといふやうな途方もない考へなどは決して出ないものだ。

人には余裕といふものが無くては、とても大事は出来ないヨ。昔からともかくも一方の大将とか、一番槍の功名者とかいふ者は、たとへどんな風に見えても、その裏の方から覗いて見ると、ちやんと分相応に余裕を備えてゐたものだヨ。

佐久間象山は、物識りだつたヨ。しかし、どうも法螺吹きで困るよ。いかにもおれは天下の師だといふやうに、厳然と構へこんで、漢学者が来ると洋学をもつて威しつけ、洋学者が来ると漢学をもつて威しつけ、ちよつと書生が尋ねて来ても、ぢきに叱り飛ばすといふ風で、どうも始末にいけなかつたよ。

しかし朝鮮を馬鹿にするのも、たゞ近来の事だヨ。昔は、日本文明の種子は、みな朝鮮から輸入したのだからノー。特に土木事業などは、尽く朝鮮人に教はつたのだ。数百年も前には、朝鮮人も日本人のお師匠様だつたのサ。

政事家がとかく宗教に手を出すのは、とんでもない大事を惹き起す源だ。従来徳川では、宗教は敬して遠ざける方針を執つて、各派の僧侶には高位高職に相当する位階を与へ、また寺には御朱印地を付けて、いつさい彼らの自治に任せたのだ。治めざるをもつて治めるのが、幕府の宗教に対する政略であつた。


ミシェル・フーコー

主体の自己放棄という主題は非常に重要だ。キリスト教の全歴史を通して、演劇的であれ口頭表現であれ、自己の開示なるものと、主体の自己放棄との間には絆が存在する。この二つの技法の研究から浮かび上がる仮説は、二番目のもの−口頭表現−こそがより重要なものとなったということだ。−自己の技法−

自己の技法、そのおかげで個人は、単独でもしくは他者の助けを借りて、自己の身体及び魂・思考・行為・存在様態に対する一定数の操作を実現することができる、即ち、幸福・純潔・知恵・完全性ないし不死性のある一定の状態に到達する為に自己を変容することができる。−自己の技法−

「現在何が起こっているのか」を言うことが哲学者の役割だとすれば、今日の哲学者にとっては、人間は自らが神話なしに機能し得るということを発見し始めているということを明示するのがその役割だと言えるでしょう。諸々の哲学や宗教の消滅は、何かそうした種類の事態に呼応しているのかもしれません。

人生、仕事の一番面白いところは、それらによって最初の自分とは違った誰かになれるという点です。−真理・権力・自己−

話す術を知らないことを絶えず嘆き続け、物書きを職としていた十年間を人生の不幸な脱線としたルソーにおいて、論文・手紙・建白・声明・オペラは、彼の人生全体を通じて、パロールとエクリチュールが互いに工作し、異議を唱え合い、強め合うような言語の空間を定めてきた。−ルソー『対話』への序文−

居所も定まらず家族もなく、放浪罪の嫌疑をかけられた後、二年間の懲治矯正を宣告された為長らく非行性の回路に身を置く羽目になった十三歳の少年。彼は反規律訓練こそが社会の無秩序な秩序であり、縮小すべからざる諸権利の肯定であるということを計画的に曖昧な調子で主張していた。−監視と処罰−

旅は物事を若返らせ、同時に自己との関わりを熟成させる。−快楽の活用−
人間学の対象領域[世界知=人間知]を拡張する手段としては旅をするのが一番である。(カント『人間学』)

人間学が学校を卒業した後に取得しなければならない世界知とみなされる以上、世界中の事物の認識を列挙するだけでは、[…]本来まだ実用的な人間学とは呼ばれず、人間を世界市民として認識する内容となっていてこそ、人間学は実用的人間学と呼ばれる。(カント『人間学』)

人間学の対象領域を一層拡張する為によその土地に何を期待すべきかを知っておきたいなら[…]仲間との交際を通して事前に故郷で人間知をものにしておかねばならぬ。こうした旅の見取り図なしにはこれからの世界市民は世界市民に相応しい人間学を築く上でいつまでも狭い視野から抜け出せぬ。(カント)

現出面としての哲学、哲学者自身が属す現在性が持つ哲学的意味への問いかけとしての哲学、そして哲学者自身がその一部をなし、それに対する関係によって自らを位置づけねばならない「我々」というものへの哲学者自身による問いかけとしての哲学。これが現代性の言説としての哲学を特徴づけるものです。

カントの啓蒙についてのテクストと共に、現代性について問う新しい仕方が現れ、浮かび上がります。古代人に対する縦断的な関係でではなく、言説が自分自身の現在性に対して取り結ぶ、矢状的(前から後ろに突き抜ける軸)と呼べる関係、言い換えれば垂直な関係における問い方です。−自己と他者の統治−

十八世紀全般にわたる研究の為、より具体的には啓蒙と呼ばれるものの研究の為、興味深いと思われる軸の一つは、啓蒙が自ら啓蒙と名乗ったということです。−自己と他者の統治−

啓蒙とは[…]自らを頽廃の時代とか繁栄の時代、栄華の時代といった具合に自らを単純に性格づけるのではなく、思考、理性や知の一般紙に属し、啓蒙それ自身が自分の役割を演じなければならないような、そうした啓蒙という一つの出来事を通じて自らを名付けた最初の時代でしょう。−自己と他者の統治−

啓蒙とは一つの時代であり、それも自らを指し示し、自分自身の標語や掟を自ら定め、思考や理性や知の一般紙との関連において、また自らの現在や認識、知、無知や錯覚の様々な携帯との関連において、諸々の制度などの為に自分が何を為すべきかを言う、そうした時代だったのです。−自己と他者の統治−

カントの啓蒙についての問いかけは−それは啓蒙それ自体、つまり自分自身を自ら指し示し、自分が何であるか、何を為すべきかを言う一つの文化的過程としての一般的文脈に属しているわけですが−、十八世紀の内部のみに、また啓蒙の過程の内部のみに留められるものではありません。−自己と他者の統治−

カントによれば「人類にとって恒常的な進歩はあるのか」という問いに答えられるのは、歴史の目的論的構造を分析するのとは逆の過程によってである。進歩を可能にする目的論の道筋を辿るのではなく、「追憶的・明示的・予知的」な徴としての価値を持つ出来事を、歴史の内部で取り出さなければならない。

啓蒙の定義において最初に現れる言葉は「抜け出ること」です。[…]彼は啓蒙の契機として何を提示していたか。彼はただ単にその現在という時を「抜け出ること」として、つまり出口、〈外に出ること〉として、どこに向かうのかは何も語られないままの、何かから離れる運動として定義しているだけです。

ミシェル・フーコー

十八世紀の終わりと十九世紀のはじまりにおいて、どのような要素を使って人間が組み立てられたかを、『言葉と物』のなかで私は語ろうとしました。−人間は死んだのか−

「新カント派」という用語によって指し示されるものは、ある「運動」や哲学上の「流派」である以上に、カントによって打ち立てられた断絶を、西洋思想が乗り越えることができなかったということだ。−無言の歴史−


ミシェル・フーコー

社会に関してはレヴィ=ストロースが、無意識に関してはラカンが、意味というものが恐らくある種の表層的な作用、煌きか泡沫のようなものにすぎぬこと、そして、我々を深層において横断し、我々以前にあって、時と空間の中で我々を支えているのがシステムであるのを明かした。−シャプサルとの対談−





Artificial Reality という言葉がぴったりですね。

あえていうと、unreadableであるか、あるいは、readable, but not acceptable


「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」(稲田明美)
最悪の神話的思考ですね。わかりませんが、正直わかりたくもないところですが、「古事記」の読みに関係した「日本神話」からくるものなのでしょうか。「日本神話」の日付けは非常に新しいのです。それは、昭和10年代の全体主義と軍国主義が自分達に都合よくつくりあげた国体的「日本神話」の近代。ここから、20世紀の作家・文化人たちが戦争協力しました。どんな読みも、なにかについての解釈であり、だれかがつくった解釈です。最近復活している「古事記」も、例外ではありません。だから、<「古事記」は読めないテクストである>、ということをきちんと考えれば、それを読んだ(?)という人たちが拵えた考え方が非常に最近の解釈に負うという事実についてもわれわれは見抜くべきです。ここではその解釈とは、昭和10年代の日本回帰というイデオロギーの解釈だと言おうとしているのです。大切なことは、その解釈にたいして、国民は一体何を支払うことになったかについて知ることです。まともな教科書ならばちゃんと書いてあります。(小池の「新しい教科書をつくる会」との関わりが指摘されています。)本来ならば、こういう神話的思考は、’フランス現代思想’のテクスト論者として自負していた知識人がテクスト的に批判すべき事柄だろうといつもおもいます。テクスト論の専門家はどう考えるのか教えて欲しいのです。日本の暴力の問題について黙る特権なんかないでしょう。




戦争は終わり現在は戦争責任の問題に取り組まなければならないのに、まだ戦っているつもりの稲田朋美防衛大臣、 「国を護るには血を流さなければいけないんです」 。戦争で「死んだ人を弔うのではなく、弔われる人になりなさい」。憲法違の反安倍と小池が参拝する戦争神社 War Shrine のもとで?

昨年と比べてわかることは、明らかに、全体主義に行こうとする方向と軍国主義にいく方向が益々一致してきたことです。この両者は互いに強め合っていくでしょう。安倍と小池への大きな共感という凶暴な毒キノコは繁殖をやめません。喝采の国民のもとに、あのテレビ「高校野球」という軍国主義がやってきます


ミシェル・フーコー

この地表には居住不可能な部分として海や砂漠があり、この世界規模の共同体を分け隔てているが、船や駱駝は、人々が主人を持たないこれらの地域を超えて互いに接近し、人類が共通に持っている地球の表面に対する権利を自分達の間の交流の為に行使することを可能にしてくれる。カント『永遠平和の為に』

ミシェル・フーコー

『批判』の主要な主題−客観への関係、多様の綜合、表象の普遍妥当性−は、伝達の問題を中心に据えて大掛かりな再編成を蒙る。超越論的な綜合は、経験的な共有の可能性において初めて均衡をとった形で示される。経験的な共有は、「合意」と「伝達」という二重の形式で現れる。−カントの人間学−

表象が物に帰属させられてはいないこと、つまり多様性が予め結合したかたちで主観に与えられてはいないことこそが、他人との諸表象のやり取りを常に可能にする。なぜなら主観はどのように触発されるかによっては規定されず、表象を合成することにおいて自らを規定しているのだから。−カントの人間学−

カントは、表象がある対象に「帰される」のではなく、他の何ものかへの関係が表象に帰されるのであり、故にこそ表象は他の人に伝達可能になるのだと注意を促している。−カントの人間学−

カントによれば、多様なものを把捉し、それを意識の統一の中に取り込むということは、合成Zusammensetzung(綜合Synthesisにほぼ同義)によって初めて可能となるものを表象することに他ならぬ。私達の間で互いに伝達が可能なのは、この合成によってなのだ。−カントの人間学−




日本会議というのは、左翼の手法をまねした右翼全共闘運動だからすごいんだと分析されているようですが、新聞広告・署名・講演会というやり方では左翼はもう時代遅れになってきているというのに、まだそれをまねしているようでは日本会議も大したことはないと内心おもっています。たしかに、ご指摘のように、死を恐れる「本能」が「精神」のあり方を規定することがたしかにあるとおもいます。意味のある「本能」ならばこれについて無視できないかもしれません。徳川日本では石田梅岩のような儒者たちに平等の観念はありましたが、しかしそれを実現する方法が検討されることがなかったのですね。「民法出来て忠孝滅ぶ」という場合、普遍的な次元での平等が実現されないそんな「忠孝」ならば、たとえ「本能」であろうとそれを復活させることに意味がないとおもっています。ただ、今日的問題として、そのまま市場主義という意味で「民法」に任せておくと、資本主義が地球生命を終わらせてしまうということは深刻な問題です。近代の根底にある、「民法出来て地球滅ぶ」という問題、私はこれを「民法出来て忠恕滅びる」といおうとおもいます。「忠恕」というのは、人類的他者への思いやりのことですが、ここに未来の世代も含まれるでしょう。だからこれは意味のある「本能」に属する事柄かもしれません。野党は安倍や小池にたいしてこの問題をどう考えているのかと質問しないのか、そしてわれわれもこの問題をどう考えるのかとおもっている次第です。


「我々には、皆、少々気違いめいたところがあり、うっかりしていると本物になるのだと、自分に言い聞かせていないと、えらい「狂気」にとりつかれます。また、そういうことを知らないでいると、いつのまにか「狂気」の愛人になっているものです。」(渡辺一夫)


たしか1990年代後半だっとおもいますが、ルペンへの支持が2.5%(5%もなかった)もあることがわかったと報じられて、フランスの世論は恐怖に陥ったのを覚えてます。2・5%でそんなに?と思ったものでしたが、ヨーロッパを出た時は10%に。いまはもっとでしょう。フランスに旅すると日常的に、極右の存在をみます。彼らへの共感は毒キノコみたいに繁殖していったことを実感しました。そこに生活していないのではっきりわかりませんがそれでも内側から抑えられている感じがまだします。日本の場合はヤバイとおもうのは、戦前の形が元気にそのまま出てきたというものですね

ファショ的なものへの共感と支持が至る所に。毒キノコを取り除くためには、増田と鳥越の票を合わせなければならないほどだ、と、読みました。
ー>「小池氏、党派を超え得票」「無党派票の過半数と野党支持層の一部の票を呼び込んだ」「投票者の年代別、性別にみると、小池氏は偏りなく票を集めた」(朝日新聞)


西洋哲学史

科学の勝利は、これまで主としてその実際的効用によるものであって、科学のこの一面を理論的な面から切り離し、そうすることによって科学をいっそう一つの技術と化してしまい、世界の性質に関する利説ではなくさせようとする試みが、従来おこなわれてきたのである



Awful...

Tokyo elects first female governor. Former defence minister Yuriko Koike will oversee the Japanese capital’s troubled preparations for the 2020 Olympics. Yuriko Koike opposes participation in regional elections by non-Japanese people, is against the system of Korean schools that operates in Japan and does not want to see foreign immigration into Japan.


アムネスティ・インターナショナル、人間の地球、世界の医師団等は新しい権利を生み出した率先的な行動だ。この権利は、私的個人達が国際政治と国際戦略の秩序に実際に介入する権利だ。諸個人の意思は、諸政府が独占しておきたいと望んだ一つの現実の中に刻み込まれるべきだ。−政府に対しては人権を−


ミシェル・フーコー

労働−経済活動−が世界の歴史に姿を現したのは、人間が土地から自然発生的に生じたものを糧とするには余りにも数多くなってしまった日以後のことに他ならぬ。生存するのに必要な物を持たず幾人かが死に、他の多くの人々も、土地に働きかけようとしなかったなら死んでしまったに違いない。

人口が増えるに従って、森の新しい緑は伐採され、伐採され、開梱され、工作されなければならなくなった。その歴史の一刻一刻、人類はもはや死の脅威のもとで労働するより他はない。全人口は、新しい資源を見出さなければ、消滅するように運命づけられている。

必要な生活の資がより近づきがたいものとなっていくのに比例して、頭上に張り出している死はより恐ろしいものと思われ、それだけに労働は、密度を増し、一層の生産力を獲得するため、あらゆる方法を駆使せざるをえなくなる。

経済を可能とし必要とする者こそ、稀少性という絶えざる基本的状況であって、それ自身不活発で、微小な部分を除けば不毛な自然と相対して、人間は自らの生命を危険に晒すわけなのだ。

経済学がその原理を見出すのは、もはや表象の働きの中にではなく、生命が死と直面するこの危険極まりない地域の側においてである。だから経済学は人間学的と呼ぶことのできる、かなり両義的なあの諸考察の領域と関係づけられるのだ。

経済は「ヒトという種」の持つ生物学上の特性とかかわるものであって、リカードと同じ時代にマルサスは、人類は強制か拘束を行わないかぎり、常に増加する傾向にあることを示している。

経済は自らを取り巻く自然の中に生存を保証してくれるだけのものを見出だせぬ、あの生物達の状況とも関わる。更にそれは、[…]その労働の厳しさそのものの中に、基本的な欠乏を否定し、一時的に死に打ち勝つ唯一の方法を指示しもする。経済の実定性はこうした人間学的窪みの中に宿る。

経済学がその原理を見出すのは、もはや表象の働きの中にではなく、生命が死と直面するこの危険極まりない地域の側においてである。だから経済学は人間学的と呼ぶことのできる、かなり両義的なあの諸考察の領域と関係づけられるのだ。

〈ホモ・エコノミクス〉とは、彼自身の必要、そしてその必要を満足させうる品物を、自らの内で表象する人間ではない。差し迫った死から逃れるため、その生涯を過ごしすり減らし失っていく人間にほかならない。それこそ有限の存在なのだ。

カント以後、有限性の問題が表象の分析(それはもはや有限性との関係において派生したものでしかありえない)より、より基本的なものとなったのと同じように、リカード以後、経済学は、多少とも明瞭なやり方で具体的諸形態を有限性に与えようと試みる、一つの人間学に基礎を置くわけだ。

本質的なことは、経済の歴史性(生産諸形態との関係における)、人間の実存の有限性(稀少性と労働との関係における)、〈歴史〉の終焉の期日−無限の速度現象であれ、根源的な逆転であれ−それら三者が同時に姿を現す知の配置が十九世紀のはじめに成立したということである。

−言葉と物−

身体の歴史といえば、歴史家達は[…]身体を史的な人口統計学や病理学の分野で研究してきた。身体をば、欲求と欲望との座として、生理過程と新陳代謝との場として、微生物と濾過性病原体(ウィルス)との攻撃目標として考察してきた。−監視と処罰−


夏目漱石

私は偶然兄さんの寝ている時に書き出して、偶然兄さんの寝ている時に書き終る私を妙に考えます。兄さんがこの眠から永久覚めなかったらさぞ幸福だろうという気がどこかでします。同時にもしこの眠から永久覚めなかったらさぞ悲しいだろうという気もどこかでします(行人)



トランプとの対決といっても、どうもアメリカはクリントンを大統領にするようですね。このクリントンとはだれか?民主党の政治家?しかし本当は共和党から大統領に出馬すべきような政治家といわれています。クリントンにかぎらず、民主党があまりに共和党的なので、共和党はアイデンティティーを喪失していると指摘されますね。遡れば、夫のクリントンの時代から共和党と民主党の差がなくなってくるといわれます。共和党は自身を発明するためにどうするのか?共和党の中に反発もあると伝えられますが、トランプみたいな純粋ポピュリスムが出てきたのは、こういう共和党の危機感を背景としているようです(いっそう危機が深まっている?)。アメリカのメインストリームは、ネオリベの市場万能主義などではなく、ニューディールの精神であるというチョムスキーの指摘があります。クリントンが社会保障にイ二シァティヴをとると約していることは大変重要。しかしそもそもこの政治家には貧困の観念がないとヨーロッパから辛辣にいわれるときがありますね。21世紀になっても貧富の格差の矛盾を戦争に転嫁するというパターン化をやめられないのでしょうか..。民主党のなかでオバマと指名候補を争っていたとき、オバマは現代世界の複雑さをそれなりに理解しているようだが、がクリントンの方は悪い独裁者を倒せば解決するというアメリカ独立のときの素朴な世界観ぐらいしかない、と、ヨーロッパから皮肉られていました。そうなのかなと思っていたのですが、イスラムの空爆によってISがうまれたのにこのISを取り除くためにまたイスラムを空爆するというではありませんか。ナショナリズムを背景に人権を大義名分として行われる空爆。自衛隊にかかわらせないようにコントロールしなければならないと思っていても、その自衛隊が海外のどこにいるのかわからないというのがひどい現実です。


Slavoj Zizek : «J’aime beaucoup cette phrase de Gilles Deleuze : "Il n’y a pas seulement des réponses erronées, il y a aussi des questions erronées." (Libération, le 5 juin 2015).


「主体性、アイデンティティ、個性といったものは、60年代以降、ある重要な政治的問題を構成していると思われます。アイデンティティと主体性を、政治的、社会的要因によって左右されることのないような本質的で自然な要素とみなすのは、私の考えでは危険なものです。」
−フーコー 、国家理性を問う−

現在緊急に考えなければならないことは、ほかのことではなく、フーコの国家理性を問うたこのことばではないでしょうか。一緒にかんがえてみてください。もし昨年だったら、または今年一月二月だったならば、小池百合子はこれほど簡単に都知事になれたかどうか?国民会議と在特会との関わりがマイナスになるのではなくかえって彼女を助けているということすら起きているのかもしれないとしたら、それはどうしてでしょうか?三月「伊勢サミット」で安倍首相がG7首脳達に事実上参拝させるという誰にもできないことをやってみせ、文化アイデンティティを、(救済神学的なものが国民運動的に展開されるというような)国家神道の復活と等価のものを、したがって憲法の政教分離原則の破壊を、外見上国際的に認知させてしまったのです。(もちろん国際世論は安倍の演出を大変危険なものとして非難しています!)毎日機械仕掛けのように進行していくこの恐るべき無責任な権威主義体制に抗議していくしかありません。


「論語」の世界 No.3

近代知は、徂徠を登場させるときのその紹介の仕方がなんともアレなんだよね、昔そう思った。モダンな、したがって「前近代」において非常に例外的に(と勝手にかれらがきめつける)、客観知をもった実践的な思想家として紹介したがるわけだけれどね。(そうすると、新井白石のような人物を説明できなくなるから、最初からモダンな思想家として発見する。しかし白石はモダンではなく、経験知を重んじた朱子学の知だと考えられる。) 道徳性から切り離された、ヘーゲル的な倫理性を徂徠が体現していると説明しだすとき、またか?もうこれはヨーロッパの儒者たちの話なのかと思ってしまう。17世紀の古学派の儒者たちは、経験主義者の福沢諭吉が「大知」と呼ぶものを重んじていた。そしてそこで、孔子の教えを学問(思想)と道(実践)を分け隔てる知としてはとらえていなかった。実践的であろうとした。聖人の教えをいう徂徠も同じだっただけだ。現在の知からは、古えの言葉に対応するものが何を指示していたかが失われてしまったとするとき、なお思想的に考え続けるのが徂徠の徂徠である所以であった。言い換えれば、それは、理念性に留まり続ける、事件としてのの思考であった。近代知は、近代ヨーロッパの理念性しかみとめないから、徂徠がいかに仁斎を批判しながら自らの思想を理念的に確立したかというプロセスをみようとはしない。カントと同時代の仁斎が理念性の要請を発見したことはあり得ない話なのか。「カントの仁斎、マルクスの徂徠、ニーチェの宣長」は存在する。「キルケゴールの仁斎」も登場してきた。が、それは近代ヨーロッパの知が自らを描いてみせた自己肖像画でしかない。結局カントがオリジナル、仁斎がコピー。常にカントが仁斎の間違いを正す。「あれか?これか?」、である。そこから、カント<と>仁斎の間に横断的に働く<と>が常に排除される



「論語」の世界 No.2

1、なるべく、「儒教」という文字から逃げるのは。それをみたらもうその文を読みたくなくなると逃げ出した最初の人はだれか?それはいつからなのか。福沢諭吉から始まったことなのだ。朱子学に記されている名分論(「名分をたてる」「大義名分」)が家父長制とか男尊女卑という差別的ヒエラルキーを予定調和的に容認している。儒教といわれるものの時代的制約を認めざるを得ない。この点を詰められると私は已む得ず誤魔化すかもしれない。だがここで申し開きをすると、それは厳密に言って、あくまでも近世の話。現在の問題は、近代の家父長制、近代の男尊女卑だということを分かる必要がある。ところが近代は自らがオリジナルに作り出した差別を近世から継承したと詐称しているが、これは隠蔽である。こういうことは「脱アジア論」の福沢に大きな責任があるし(大きな論争があるが)マルクスにもあると思っている。常に、遅れた「前近代的な・・・」というあの言い方で、アジアの思想が指示されてきた。

2、江戸の思想家が行ったことは、朱子学の中世を解体していく作業であった。武士の時代の政治的検閲があっただろう。その制約のなかで、特に町人出身の儒者たちは、直接に政治を批判できなかったから、道徳論から政治(支配階級の武士政権)をただすことができた。その可能性があった。彼らの「古学」とは、古えを学んで世をただす学問であった。だが時代は平等の観念の発展にとって桎梏であった。誤魔化すしかなかった。より普遍的な平等について考えることができる者たちがあらわれたのは、寧ろ修正朱子学の方向からといわれる(貝原益軒)。陽明学の日本的展開があった(熊沢蕃氏、中江藤樹)。

3、ここで再び朱子学について考える。アジアの思想というのは、西欧の市民倫理と比べると平等を実現する方法に欠くのだけれど、仏教(華厳)が達した平等についての最高の観念をもっているのである。それは、抽象的思弁性をもって「中庸」を解した朱子の解釈世界に定位しているとかんがえられる。そこで記されている平等の観念は、しかし神秘的にしか読み解くことができない直接的無媒介性をもっているので、日本語に訳せないものである。他者の言葉(漢字)を受容して1000年たったという<成熟>が「「童子問」にある、と子安氏は指摘する。。近世の「論語」の読みは、一言で言って、瞑想の内部を排除して成り立つようなできるだけ「日常卑近」という表層に依ると強調されている(「童子問」)。だがその「童子問」とて、日本語にどうしても訳せないものをいかに考えていくのか?思考できないものを思考すること、この他者と向き合う思想は、「童子問」から始まった。それ以前には、思考できないものを思考するというその思想はなかったのである、と、私は勝手に言ってしまうのだけれど。ただこれだけは確かだ。日本思想の原点が「童子問」にある、と。21世紀にやっとこのことに気がついてきた。21世紀にしか、思考不可能な江戸思想と近代思想との関係を思考することが起きなかったのである。20世紀の近代は、思考できるもの(近代思想)を思考しただけであった、思考できないものは例外が許されず、思考できるものに根拠づけられたのである。



26日未明に相模原の障害者施設で起きた殺人事件は、世界各地で頻発している政治的テロ事件よりもさらに重大で深刻な反人間的なテロ行為である。重度障害者などは「いなくなればいい」と、その抹殺を意図したこの殺人事件は、弱者、障害者を含み込みながら、彼らを支えながら社会を構成する人間社会に対するテロ行為である。これはもっとも悪質な反人間的なテロ行為である。
この事件を犯人の身勝手な思い込みといった個人的心理的動機に還元してはならない。日本の現代社会がこのような反人間的なテロ行為を生み出すようなものとしてあることをわれわれは深刻に考えねばならない。安倍政権という反人類史的な歴史修正主義者の政権が成立して以来、反知性主義の瀰漫がいわれているが、むしろ日本社会は安倍政権とともに道徳的に劣化したことをいいたい。安倍と日本会議がいう「美しい日本」とは、ナチスの優生学的な民族主義的スローガンのように、経済的、政治的、民族的、社会的、身体的な強者のためのスローガンである。まさしく相模原の犯人は“beautiful Japan”をネットに書き込んであの犯行に及んだというではないか。
(子安宣邦氏の投稿より)


浮動票は、なんとなく良く知らないのに、女性だから、自民党じゃない気もして、あみだに委ねる感じでうっかりと、投票してしまう。だがこれは、(単一価値感の受容を排するような)高い教育が充実していれば防げるというような問題ではないと思う。ヨーロッパで起きているように、右左の間で互いにポピュリスムだと非難し合って、実体なき言葉がグルグルと流通するようになったとき、選択ができないと判断できなくなった棄権率が上昇、これが将来のより大きな浮動票を形成していくこともあるだろう。議会民主主義である限り、合理的な範囲でのある程度のポピュリスム的なものは不可避かもしれないが、常に反証の精神をもって議論し合う必要があると思う。それにしても東京の中流のなかで、在特会の如き極右が訴える言葉に簡単に乗っかる者たちがいることだ。税金のおかげで移民・難民・外国人は「豊かさ」の高みにおり、他方でいる税金を払う中流は「貧しさ」の底辺にいるなどと、極右が物語る歪んだ転倒した世界像を受け入れるの?全体からいって現実は逆だ。問題は、ファシストの窮極の狙いだろうが、こうしたプロパガンダに翻弄された大衆がなにもかもうまくいっていないと思い込んでしまって絶対の孤立のようなものを感じるときが危ないのである。ここから、一人の指導者との一体感を求めるような極端な反動が生産されていくようになるからだ。ナチスのときはこの危険なことが起きたといわれる。今年から確実にはじまってきたような気がするのだが、だが私の心配し過ぎなのか?


「言葉と物」のコンパクトな世界 No.2

問題は、人間を排除する王の場所にあった。不動点のような王の場所があるとき、人間が再び、自らを排除したその王の場所をとることは、倫理的に許されないし不可能なことだろう。それでは、見られる多から見る一へ移行しただけで、構造としては何の変化も起きなかったということだ。そして人間はこの一の場所からは、一しかみえない。多がみえる保証もない。恐らく他を見ることができないだろう。仮に、一である自己を含めた多をみることができたとしても、そこに外部性をともわなければ意味がないのである。ヴェラスケスはそういう外部性に立つ人物の内部を見る姿をさりげなく描いていた。なんという悍ましい光景。顔をゆがめているー再び、排他的<一>に過ぎないような、世界帝国的な<一>的多に対して



「言葉と物」のコンパクトな世界 No.1

「すべての“明確な”知識は科学に属し、明確な知識をこえる事柄に属するすべての“独断”は、神学に属している、と私は主張せざるを得ない。しかし神学と科学との間には、この両方からの攻撃にさらされている無人境がある。この無人境が哲学なのだ」。このラッセルの言葉から、科学と独断は構造主義とマルクス主義に対応させた上で、フーコのポスト構造主義の哲学的な立ち位置を考えてみたりしてね。哲学者というのは、物論論的言って魂は消滅すると考える。世界を理念によってコンパクトに覆いつくすこと。死ですら観念化するほどのかれの世界思想にとって問題なのは、魂が定位することになったその理念をわれわれのものにできるかどうかという問題。ただ人間の自発的な努力によるということ。哲学者の科学者と神学者との差異だね。コンパクトというのは何かを知るには、渡辺氏一民氏がつくった用語と人名リストをみるだけでもいいよね

(参考)

科学者ー>不動点が存在しなければ、Sの全体をSの境界へ写す写像は、必ずどこかで破裂する、一方もし関数が連続であれば破裂できないのだから、Sには不動点が存在しなければならない。この前提として、コンパクト集合が要請されるということ。つまり無限個の元からなる集合であっても、位相eを通じてみると、有限個のまとりからなっているという周密なという感じね。西村和雄の図

神学者ー>本質的に魂は連続している。


「すべての“明確な”知識は科学に属し、明確な知識をこえる事柄に属するすべての“独断”は、神学に属している、とわたしは主張せざるを得ない。しかし神学と科学との間には、この両方からの攻撃にさらされている無人境がある。この無人境が哲学なのだ」(ラッセル)


「論語」の世界 No.1

1、伝記作家コレルスによると、レンズ磨きで生計を立てていた哲学者スピノザは、ナポリの革命家マザニエッロに扮した自画像を描いたというのは、ドゥルーズが言うところの所謂ナポリのスピノザのことである。スペインの支配下にあったナポリでは、1647年にマサニエッロの反乱が生じ、支配体制を揺るがした。この時代背景として、近世ヨーロッパに起きた<17世紀の危機>についていわれる。(ピューリタン革命と名誉革命(国王と議会の対立)、フロンドの乱(国王と貴族の対立)、三十年戦争、ウェストファリア条約で神聖ローマ帝国の事実上の解体、「オランダの世紀」、「太陽の沈まぬ国」と呼ばれたスペインはヨーロッパでの覇権を失ったこと)。そして<17世紀の危機>はグローバルに起きていたと考えられるようになった。<17世紀の危機>はアジアにおいてみることができよう。例えば、中国の明帝国と徳川日本との間に経済的・社会的・政治的システムの差異があった。明帝国から清帝国への移行が起きたとき、これを契機に、中国観が変わるといわれる。徳川日本の儒者たちの思想が朱子学から自立を得ていく17世紀に、古義堂の伊藤仁斎の東アジアにもたらした<知識革命>は重要な意義をもった。(学問は天皇・貴族と寺社に独占されていたが、武士政権の時代に町人階級が学ぶようになる。)仁斎と徂徠の古学から影響を受ける形で、18世紀の本居宣長は中国文明からの自立の方向で国学を確立していくことになった。

2、「論語」孔子の時代、学問(理論)と徳行(実践)は分かれていないあり方をもっていた。いわゆる言行一致である。儒者にとって「論語」はただの文献ではない。だから中国学者に「論語」を訳させると、「論語」は文献性としてあるるだけ思想性はないので、読者には「論語」の意味がみえない。福沢諭吉がいうように、知識人は宿命的に「大知」(歴史を展望する知そして空間的な世界を覆う知)が要求されるのである。そのことを前提に、だが、「論語古義」(仁斎)の原文を現代語訳することの無謀なほどの難しさー仁斎の頭の中にある書き下された日本語のわれわれの解釈を読みだしていくこと、さらに日常感覚をもって現代語訳することの難しさーについて子安氏は語っていた。

3、中体西用論は、「中国の伝統的な文化、制度、倫理道徳を根本(つまり「体」に)して、西洋の科学技術を利用(つまり、「用」すべし)」という意味。朝鮮の儒者(両班)を政治をもつ。政治から、中国の儒者たちが近代化を担ったように、近代化に取り組んだという。それにたいして、徳川日本の儒者たちは道徳の領域に行く。そのことによって儒者たちは自らを政治にかかわるべきだと考えたか?かかわるべきではないようなことを言っている(朝鮮の儒者たちは支配階級を成していた場合と異なり、徳川日本の武士でない儒者たちの場合は、支配階級の政治に口出しすることは大変危険なことであった。そのかわり、理念的な要請、道徳の要請によって自らを代表したとかんがられる。だから17世紀の仁斎は自らの思想に、李退渓や李栗谷などの朝鮮儒学のようには中国朱子学の宇宙論的・存在論的形而上学の枠組みを適用することが起きなかったのではあるまいか。)東アジアの儒者たちがいかに近代化に取り組んだのかという差異を考えるためには、「論語」を読み解く渋沢栄一の言葉をその時代感覚とともに読むと、東洋のアダム・スミスなどと近代化からの読みを相対化することなく決めつけてしまうと、1840年という教育がピークだった天保の改革のときに生まれた儒者の知識人としてのあり方を見失うような気がする。

4、伊藤仁斎にもどろう。仁斎は「性」を「生まれつきの性」と解することによって、宇宙論的存在論的「天」との繋がりを切断してしまった。仁斎の場合、最初に来るのが「性」ではなく「道」である。ここで「性」にまだ意味があるとすれば、それは「一己性」としての「性」のあり方である。新しく問題はこのように構成される。つまり、天下性の「道」がいかにこの「性」と繋がるのか?、と。仁斎のこの答えは、「学問」によってであるとされた(「童子問」)。学問」を自分たちのもにすること。「学問」といっている充実こそは、人間世界を支える天下的な「仁」(他者への方向性をもった愛)の形成をめざすものにほかならない。こうして、17世紀の言説に「性」が余儀なく分散させられたとき、仁斎の孔子への信を形づくる天、(そして徂徠の聖人が定位する天)が成立したといえる。では18世紀の宣長において、儒者が一体化したいとしたその「天」はいかに分散させられるのか?宣長はいう。「さてその主(むね)としてよるべきすじは、何れぞといへば、道の学問なり。そもそも此道は、天照大護神の道にして、天皇の天下をしろしめす道、四海万国にゆきわたりたる、まことの道なるが、ひとり皇国に伝はれるを、其の道はいかなるさまの道ぞといふに、此の道は、古事記書記の二典(ふたつふみ)に記されたる、神代上代の、もろもろの事跡のうへに備はりたり。此の二典の上代の巻々を、くりかえしくりかえしよくよみ見るべし」。「古事記伝」を書き終えた宣長は、主として学ぶべき学問とは「道の学問」だと言いきるのである。「わが古えの道の学びとしての国学、すなわち「古道学」はここに成立したということができる。そしてわが古えの道の論、すなわち「古道論」もまた国学を構成する有力な論説としてここに成立したということができるのだ」」(子安宣邦「宣長講義」2006、岩波書店)。宣長においては、日本にとって先ず漢字・漢文テクストが存在するという歴史的な事態についての見方を転換させて、わが固有言語が先ずあるという。18世紀の新しい言説は、17世紀の儒者たちの言説を、方法論的に構成された「やまとことば」の一点に集中させる。このような「古語のふり」の再生から指示される天地の意味が不確定となるのである(「阿米(アメ)てふ名義(なのこころ)は、未だに思ひ得ず」)。18世紀の新しい言説は、17世紀のそれからの影響を受けたうえで、その脱構築的解体を行うと同時に、中国文明からの自立をいう思想を成り立たせたのである。と一応私はそういう理解に至っている。








Le Monde diplomatique
Dans l’univers des sciences sociales, porté par une intention politique de réhabilitation du populaire, il applique le relativisme culturel à l’étude des cultures dominées (Volkskunde ou Proletkult). Ignorant ou minorant les rapports objectifs de domination, il crédite les cultures populaires d’une forme d’autonomie et célèbre leur résistance, jusqu’à inverser la hiérarchie des valeurs et à proclamer l’« excellence du vulgaire ». Mais il prend aussi le contre-pied d’une forme courante de mépris qui renvoie les classes dominées à l’inculture, à la nature, sinon à la barbarie. Caractéristique de la bourgeoisie et de la petite bourgeoisie cultivée, ce racisme social se fonde sur la « certitude propre à une classe de monopoliser la définition culturelle de l’être humain, et donc des hommes qui méritent pleinement d’être reconnus comme tels ».


« Populisme », itinéraire d’un mot voyageur...
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2016 june (3) 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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