ネグリの新しい問題提起ー 「コモンの通貨」「コモンの憲法」


直接民主制の概念である「コモン」とは、<無数の特異点の交錯>をいう。ここから、「統治性」の概念の根本的な検証も行われる。ところで優れた思想家は、その時代を支配する人間像を呈示してきた。今回来日したネグリも、現代における顕著な四つの人間像について語っている。すなわち、「債務を追う人間」「メディアに媒介される人間」「恐怖する人間」「代表される人間」である。とくに、「恐怖する人間」とは、領土ナショナリズムや愛国心において国によって煽られて互いに敵対心を持ち合うようになった人々の姿をいうものであろう。コマンとは、人間の尊厳の保証にかかわる、媒介なきソーシャルな劇場の生成。いかに、この現代における顕著な四つの人間像とは異なるものを呈示できるかだ。言い換えれば、どんな抵抗する主体性を生産できるか、だ。今日の講演で注目すべきは、「コモンの通貨」「コモンの憲法」という概念を新しく提唱していることだ。今日マルクスが生きていたら、このネグリの同じ語り口で、固定資本(原発設備)と安全神話(コミュニケーション)をひとつの関係として論じたはずだ。「コモンの通貨」「コモンの憲法」から新しい空間の労働を問うこと

マルクスが言う通り、資本は単独では価値を生産できない。資本は、価値を生産するためには、必ず従属した労働を必要とする。ここに、資本が国家を利用して労働の政治活動を妨害したがる理由がある。しかし労働は益々言葉やコミュニケーションに関わる技術と資本に結合していくのは、それが本来的に従属を欲することがないからではないか。エンゲルスに注目したドゥルーズ&ガタリが強調していたのは、あらゆるものをあらゆるものに繋げる人間労働の抽象的な生産性である。現実にはこのような創意ある言葉とコミュニケーションを生産する労働に支払われないのは、ネグリ&ハートが結論したように、それは市場それ自身の失敗なのである。だからこそ、資本主義を超えなければならないという考え方


われわれはすぐ、国家、国家と優先するけれども、市民を殺す国家なんて捨てていい、向こうへ寝返ってもかまへんとアルキビアデスAlkibiades はいうわけです。私はそうやって国家と市民は平等だと思って生きているけど、皆さんも、そうやって生きてくださいよ(小田実)
2<子安氏のコメント>;孔子も「道行われず、筏に乗りて船に浮かばん」といっている。悪政の邦に仕えることは君子ではない。海に浮かんで東方の邦にでも行こうよ、といっているのである.The Way does not go foward - I'll get om a raft...

「大きな人間」の過ちとは、資本が国家を利用してくる妨害ですね。本来上から目線で「国益」を唱える人は少ないと思っていたのですが、現在は資本が国家を利用していますから、「国益」が資本の「利益」と一致した結果、広範囲の、ボトムアップ現象が、「国益」(本当は資本の「利益」)を語っています。
TPPは国益という名の私益です。また4割が「政府は自分で生活できない人を助けなくていい」と答えていますが、日経連の大衆化現象が起きていませんか。「個人としての思考」を取り戻すためにも「空間」を取り戻さなくては。ネグリが演劇の語を使ってマルチチュードを説明しているのは大変示唆的です





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