英語の歴史について言っておきたい二、三の事柄

Question;近代のイギリス英語はいつ、形成されたのでしょうか?

Answer; 17世紀の欽定聖書(英語訳)をベースに発展したというのが定説です。古代ヘブライ語から英語に翻訳したのです。歴史豆知識ですが、当時ドイツ語よりも、もっと未開で野蛮な地方言語である英語に翻訳するのは絶対無理という声があったとか。さて、16、17世紀の時代ですが、このわたしがユダヤ人の本屋さんに通って毎日のように立ち読みして(すいません!お金がありませんでした…)得た知識では、当時ヘブライ語も、骨董品屋さんでかき集めた膨大な注釈本の助けがなければ当時は誰も読めないものになっていたという事情をしっかりと掴む必要があります。つまり、完全な言語(古代ヘブライ語)が、不完全な言語(英語)に翻訳されたという分かり易い話が全然成り立たないのです。古代ヘブライ語が読める人が殆ど皆無でした。もちろん、先行的に、ルターがドイツ語の翻訳を与えた、ラテン語による強力なよく制御された翻訳がありましたが、偶像破壊的に英語の日常言語への翻訳を試みた、今日の文脈で喩えれば、反抗的なリベラルな人々は、このローマ・カトリックの教義が反映されたラテン語訳などには絶対に依拠したくなかったのです。当然ですね。翻訳行為は、危険なカウンター・カルチャーでしたから。ところで、同時期に、17世紀のゲール語訳聖書は、プロテスタント系の人々によって、やはりヘブライ語から直接翻訳されました。なんと、英国から来た地主達が、ゲール語の文法書を初めて出版したのです。ゲール語とアイルランドのナショナリズムの根底に失われたゲール語があることを考えると、この歴史は、アイルランドのナショナリスト達にとっては、分かっちゃいるんだけど心理的に中々受け入れ難い<痛い?>事実ではありますね。(現在そのゲール語はもう消滅の手前まで来ています。現在その子孫である牧師の娘なんかが大学で日本語を教えていて、交流がありました。)。
再び話を戻しますと、欽定聖書英語は、リズムある詩的な書き方に特徴があります。ゴスペルソングへの影響を説く人もいるほどです。最後に、やっと一番言いたかったポイントに辿り着きました。それは、あたかも、失われたヘブライ語は、翻訳を与えた英語において再び喋ったというのは、近代の言語観、近代の価値観でしかありません、ということです。これは、英語に先行した書かれた言葉としてのヘブライ語は、つまり意味に先行した存在だったことを忘却させる近代的な言語観にほかなりません。このような言語観に定位した価値観からは、近代国家に先行して存在した先住民達の歴史と彼らの権利が容易に消去されてしまうことは、容易に理解できるのではないかとおもいます

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