食べ物が豊富にあるのに一方で飢える人々が大勢でてくるというシステム?

食べ物が豊富にあるのに一方で飢える人々が大勢でてくるというシステム?



十九世紀半ばにアイルランドに大飢餓が起きたときも、百万人が餓死するその傍らで、実は大量の食料が英国の船に積まれていた。これと同様に、現在飢えているアフリカに食料が不足しているわけではない。本来ならば彼らが食べる権利のある食料がことごとく欧米の市場に運ばれてしまうのだ。そしてこの命を与えてくれる食べ物と交換に受け取るのは、不毛な死をもたらす武器たちだ。都知事候補者の一人が日本が豊かになるために寧ろ武器商人であることを誇る国家になれ!と訴えたとき、このかれに大きな拍手した支持者たちは、貧しい国々がどうやってその代金を払うのか一秒すら考えることもないほど無邪気だ。さてブレヒトが描いたのは、牛肉市場の投機に陥る三十年代のシカゴだ。やはり、ここでも、市場の原理のもとに、価格が崩れないようにと、大量の肉が捨てられていくようになった。労働者達の大量解雇。包囲されたストライキのバリケードに向かって発砲される、「聖ヨハンナ」が耳にした機関銃の音。時と処を超えて、未来の飢えるアフリカから聞こえてきた機関銃だったかもしれないのだ。食べ物が豊富にあるのに一方で飢える人々が大勢でてくるというシステムのなかで、飢えていくほかない血の悲鳴とともに

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