書評; 柄谷行人「帝国の構造」(青土社)

書評; 柄谷行人「帝国の構造」」(青土社)

思想史的に、あえて「帝国の構造」で柄谷が新しく行っていることはなにだろうかとあえてかんがえてみますと、実体概念の再定義だろう。その場合、'統整的に'みいだされた実体とは、「中心」「周辺」「亜周辺」を包摂した全体性に関係していることは明らかである。そして柄谷は、なにがこの実体を正当化するのだろうかをかんがえている。しかしこの実体の正当化は、柄谷のいうような、大きな人間の、つまりお上の「天命」に依ることはないだろう。実体の正当化は、自律的市民の抵抗の声がどれだけ穴を開けていくかに依ることですから。小さな人間たちが外部の「天」をみようとするとき、その「天」はかれらがもつ破れ傘からしかみえてこないのであるから。民主主義の政治的決定権が奪われる、と、50万人の人々があつまった!台湾に続いて香港である。なんという危機感だろうか!民主主義の政治的決定権を奪う帝国主義に希望をもつ者はアジアに存在しないとあらためて思う。希望を持っているのは、ただ柄谷行人のような<帝国の構造>を称えようとする日本知識人だけである。これに関して、柄谷の'国家に任せて市民は黙って待っていろ!'ということでは、人間をただ消極的に非政治的にしていくばかりである。この点についてなにか思考が決定的に欠如しているんじゃないだろうか。つまり市民が自ら立つための哲学なり思想、思想史を構築していく学びの場が必要とされていると思う。柄谷から学ぶところは学んでいくーカントからマルクスを根本的に考えていった姿勢。これは普遍的な思考を大切にする姿勢であるから。子安宣邦氏はいう「 香港の行政長官の選挙にあたって中国中央が香港の市民に許そうとするのはこの「社会主義的価値」としての〈民主〉であり、〈自由〉であって、自律的市民の〈民主〉でも〈自由〉でもない。台湾の、そしていま香港の〈民主〉的市民運動に東アジア世界の将来にかかわる大きな意味を私は見ている」と。

「世界史の構造」から「帝国の構造」へ

今年の昭和史思想史研究会の報告で、'「世界史の構造」の次の本は、「帝国の構造」ではないか'とは言ったと記憶しているのだが、その通りになってしまった。「世界史の構造」と「帝国の構造」、この両者が柄谷において切り離せない関係にあるのは、柄谷のマルクス「資本論」の読みは根底にあるからである。柄谷が自らに正当性を与える、かれの「資本論」の読みが依るのはただ、「資本論」の他に再び依ることはできないとする謂わば自己自身への絶対的な依拠である。いくらヘーゲル的世界史の非西欧に即して語っていても、語り方において「西欧」が「非西欧」をとらえる俯瞰図が繰り返されているようにみえる。つまり、「西欧」が自らに正当性を与える、「西欧」の「非西欧」の読みが依るのはただ、「西欧」の他に依ることが不可能とする知、言い換えれば、自己を自己自身によってのみ根拠づける知であるというふうに。知にとっては、19世紀のアジアだけではなく、20世紀アイルランドのようなヨーロッパの国も「非西欧」であった。ロンドンの貴婦人達は肌の白さを際立たせる為に黒人奴隷を同伴させたが、「西欧」の知も同様に、自らの純粋さを優越的に表現するために「非西欧」を必要とした。(知は自らを崇めるために、語る対象に属する知識人を必要としている、知識を授かったという外観すら厭わない?)

誰が'「帝国」は帝国主義でない'と語るのか?帝国主義かもしれない?

柄谷の「帝国の構造」とは、近代国家が排他的に中心を占める帝国主義の権力構造とは異なるという。前近代の'朝貢貿易'の観察から、一的多様体の「中心」「周辺」「亜周辺」の空間構造が想定される。柄谷は、ほかならない、この帝国の構造こそがグローバル資本主義に対抗する方法をもっているという。ほんとうだろうか? 21世紀の動乱は、グローバル資本主義の市民的抗議の他のものがない。グローバル資本主義の市場の無政府主義にたいして、「もはや小規模の国民国家ではやっていけない状態」、と、柄谷行人はいう。だからこそ、剥き出しのグローバル資本主義に抵抗する市民一人ひとりは、決定的な問題解決のために、民主主義的言論の自由を最大限に利用しなければならないのではないか。「帝国の構造」は日本知識人が歴史それ自身のために語っているだけという疑いを私はもつ。そのような語りは、人間の資本主義の疎外を解決したい目的にとって役に立つ認識なのだろうか? グローバル資本主義に消去されない、アジアをアジアとして規定するものが、帝国の朝貢貿易の交換ネットワークである、と、柄谷はとらえたいようだ。が、この'未来からの回帰'はそれほど純粋にアジア的なものなのか?そもそもこの二十一世紀 '朝貢貿易'の内部に、グローバル資本主義に媒介されないような純粋な交換が存在し得るのだろうか?大切なことはもっと別のことではないだろうか?東アジアは、グローバル資本主義のTPPか?中台貿易か?という情報の客体の側に置かれたまま。この東アジアの人々が漢字文化圏におけるコミュニケーションの政治の主体として現れるためには、(中国の人々も含めて) いったい何が必要なのだろうか?柄谷の「世界史」的視野は、世界中におきている動乱を近代のカオスととらえた。もしそうだとしても、しかしこれ乗り越えるという「帝国」の言説こそが、新たなカオスを生む危険性を構成していくことはないのだろうか?

帝国の構造は、そtれほど構造なのか?思考の構造として働くのか?

柄谷は、ライプニッツのルター派的立場を保持しながら神聖ローマ帝国のなかにいた位置を強調している。しかしその神聖ローマ帝国とは何者か?ハプスブルク家とオーストリア=ハンガリー帝国とはだれなのか?EUから再び、高度な次元でオーストリア帝国の復活が生じるというのか?そしてその帝国性はモンゴルに帝国性に負うと考えなければならないのか?これに関しては、ハプスブルク家の神聖ローマ帝国の教会的普遍性から、(ライプニッツの同時代であった) スピノザやフェルメールについて分析すると、帝国の構造が哲学・絵画に影響を与えた全体性の構想力が垣間見てくる。しかしこれが可能なのは、帝国の構造が'オィデプス的'な内部に絡みとられた表象の構造だからであることの証拠である。柄谷は'交換様式'という観点の新しさを強調するけれども、その'交換'とは精神分析が依ってきた'置き換え'のこと。そして柄谷がいう帝国の構造は、'オィデプス的'な内部に絡みとられた表象の構造。<諸君のオィデプスは国民国家で、脱オィデプスは帝国である。だから(諸君を真に解放してくれる)帝国の前に諸君の自由民主主義をあえて慎め>、と事実上語ってくる柄谷的'世界史の構造=帝国の構造'の言説は、歴史それ自身のために語っているだけで、人間の資本主義の疎外を解決したい目的には役に立つとはおもわれない。

同化主義的ファシズムとしての帝国の言説

資本主義体制は商品世界があるのか?たしかに「商品」世界はあるけれど、「資本論」の冒頭でいうようにそれほど、永遠としてある全体性としての商品「世界」が存在するのだろうか?(諸商品のコンパクトな集積、集合体のような説明で書きだしている。) 近代において、もはや全体性は魂の消滅のように、消滅したにちがいない。唯物論者のマルクスは永遠性を否定しているのに、なぜ「世界」について語りだしたのか?全体性は、部分の言語を住処とするほかない。が、全体性はあたかも部分の言語の外に実在するかのように考えられる。マルクスは'読めない'商品の言語で総体としての資本主義を書くと言うように、全体を分析できるのは部分に依る限りのことである。が、部分が見えない全体を語り出すという無理をおかす。「帝国」を「帝国」たらしめたような顕著な全体性は、資本主義によって消滅させられた。全体性は、資本主義の部分(商品)の言語を住処にするようになるが、恰も部分の言語の外に実在するかの如く自立している。全体主義(ファシズム) の一見反資本主義的言説が生じてくるのは、資本主義の自己目的に部分の言語を生産していく体制の内部からである。つまり「帝国の構造」である。

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