テーマ:民主主義

Nelson Mandela 1964 (2)

13 When anything has to be cleaned the white man will look around for an African to do it for him, whether the African is employed by him or not. Because of this sort …
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Nelson Mandla 1964

1 I am the first acuused. I hold a bachelor's degree in arts and practised as an attorney in Johannesburg for a number of years in partnership with Oliver Tambo.I …
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思想史としての地図 ー '民衆史'はいかに誕生したか? 鈴木大拙、講座派、野間宏、吉本隆明

・昭和天皇の死の年、ベルリン壁の崩壊の年、1989年は、新橋で公害企業を相手にした座り込みに飛び込んだ(3か月)。和解をいう社会党の仲介で撤退を迫られたとき、反公害の市民運動側はこれまでの活動を総括する必要があった。運動の継承を非常に困難にさせた理由に、'同じことはできない'という事情とは別に、民衆史の視点で整理したことがあったとおもう…
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世界の亀裂は修復可能か?

世界の亀裂は修復可能か? そのイギリス人はアフリカの少年時代に古典ギリシャ語でプラトンを読んだときに得た幸せについて語った後、社会を運河の設計として喩えました。どんな人が外から来るか心配とて最初から他者への信頼を欠いては運河は働かぬといいます。オールドルべラルのAC Graylingさんです。(AC Graylingさんは当時、新…
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極右翼の政治家の前で沈黙する、この国の保守リベラルのアイデンティティー喪失について

極右翼の政治家の前で沈黙する この国の保守リベラルのアイデンティティー喪失について 核物理学であれ、ネオリべの精緻な経済学であれ、科学者が行く世界とは、言論の役割が小さい世界、数学と実験の言語が中心となる世界である。それ以上のことでもそれ以下のことでもない。ところで思想は、かくの如く言論が介入しない世界にそれほど当たり前に依拠…
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'異議申し立て'の運動を称える

先に断っておきますが、私は世の道徳とは器用にそう簡単に仲良くなれない人間ですから、内閣支持率というものがテクノロジーの時代の計量化された黴臭い国民<道徳>としてしかみえないんですね。この点からいっても、運動する主体の側は、「良い悪い」と必要を超えて言ってしまいがちな道徳的な党派的マッチョリズムに絡み取られずに、難しい…
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トッド氏と中野氏から学ぶ

トッド氏と中野氏から学ぶ 国会議事堂という堀の内側では、選ぶ民主主義の合理性が醜く極大化し、他方で語る民主主義が歪に極小化している。こういう代表制の危機のときに現れるのが、毎度おなじみの、例の<基底>の言説である。歴史的な集団的感情等の非合理性こそが、民主主義的合理性の基底にあることを見逃すなと説く。 こ…
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ビデオ; 国会を囲む人間の鎖 12月4日

「特定秘密保護法」は、「治安維持法」の復活とみなされる十分な根拠があります。「治安維持法」ができたのが約九十年前の1925年、終戦が1945年、僅かこの20年間のあいだに、30万人もの人が思想犯として逮捕され、3000人も獄死したのです。歴史的事実として知っておきましょう。さて「特定秘密保護法」の問題です。第12条のテロリズムの…
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大きな人間を助ける秘密保護法は、小さな人間を助けてくれる仲介者を殺戮し尽くす弾圧

日本人はもっぱら「選ぶ」民主主義についてばかり喋りますが、本当は、「語る」民主主義こそ、古代ギリシャから始まった民主主義の中心的課題です。「語る」民主主義とは、何でしょうか?それは、小さな人間が大きな人間をただすことです。そして、そもそも「語る」ためには、小さな人間は仲介者が必要なのです。なにが起きたのか、なにが起ころうとして…
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官邸前で「秘密保護法」に抗議する 11月14日  (ビデオ・ドキュメント)

日本人はもっぱら「選ぶ」民主主義についてばかり喋りますが、本当は、「語る」民主主義こそ、民主主義の中心的課題です。「語る」民主主義とは、何でしょうか?それは、小さな人間が大きな人間をただすことです。そして、そもそも「語る」ためには、小さな人間は仲介者が必要なのです。なにが起きたのか、なにが起ころうとしているのかを知らせてくれ…
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麻生発言は、あまりにも、言語に絶した他者の歴史に無知、軽くみすぎています

麻生副総理が、改憲問題に関し「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうかね」と述べたといいます。麻生が学べというワイマール体制を崩壊させたナチスの政治からそのまま一直線上に「最終解決」の地獄が存在しました。 「最終解決」とは、だれがユダヤ人かをナチスが法律で定義した上で…
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近代主義と反近代主義、原発推進派と反原発派  

近代主義と反近代主義、原発推進派と反原発派   乱暴かもしれないが、非難を恐れずにあえて分かりやすく図式的に整理してしまうと、こうだ。近代主義の原発推進派からみると、反原発派の生命の讃歌と一体としてある主張は、前近代的な不合理なもの(自然)に対する寄生にみえる。一方、反近代主義の反原発派からみると、原発推進派が国…
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憲法改正の国会発議の要件、3分の2以上を「過半数」に引き下げてしまうことは何を意味するでしょうか?

憲法改正の場合、「3分の2以上で国会が発議し、 国民投票にかける」というのが世界標準。 今回3分の2以上を「過半数」に引き下げてしまうことは何を意味するでしょうか? 憲法を法律にすること、つまり、憲法を憲法でなくすることである。 憲法改正手続きを国民投票をかける国など、世界にどこにもないのです。 はっきりさせておきまし…
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こんな多文化主義に抑圧的な国だからこそ、差異についての哲学を大切にしようではないか!

こんな多文化主義に抑圧的な国だからこそ、差異についての哲学を大切にしようではないか!新大久保でのゴロツキの草莽的デモ、大阪市による朝鮮学校に立ち退き要求。こういう多文化主義に抑圧的な国だからこそ、差異についての哲学が貴重といえよう。フランスを発信源に、差異の哲学者達が想定していたのは多産的に成長していく差異であった。だから、実体…
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2013年一月四日 経済産業省前テントを守れ!脱(反)原発集会の映像

久々に一月四日は経済産業省前脱原発テントへ。この私を迎えたのは、大勢の警官にあらず。姑息にもテント周囲を取り囲むべく置かれた、<国有地であるから立入り禁止>と警告する札達でした。笑止。兎角運動のあり方を根本から議論するときです。最近急速に言葉が空っぽになりつつないでしょうか? 再び始めるためには、自分達に都合よく脱…
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2012年における選挙に物申す

選んだ国民が負けた結果となったのではないか?民主党では自分達を代表してくれないから人々は民主党を負かそうと思ったのだが、結果的にこんなに勝った自民党が自分達の声など聞く筈もないからだ。結局民主党にぺナルティーを与えたつもりが、国民は自分達自身にぺナルティーを与えてしまったのである。 野党として責任を果たさなかった自民党にぺナルティーを…
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なぜ、「思想・良心の自由」は、改憲の手続きによっても、取り除くことができないのでしょうか?

思想良心の自由といえ言論表現の自由といえ、「憲法を作る力」のどの部分に視点を置くかの権利であって、介入し喋る民主主義の本質的な理解に大きな違いはない。憲法はこの市民の声によって明確になり、両者は互いに強化し合う。改憲によっては、思想を黙らしてはならないと憲法はファシスト達に抗議している 大川XX的に吾芦部の愛弟…
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デリダ、中国へ行く

1、ここで、緊急の問題提起。英語の国と戦争すると英語がつかえなくなったわけだが、漢字の国と戦争すると漢字がつかえなくなるのか?漱石が憂いた様に言文一致の近代文学の方向に沿って、漢文的エクリチュール性が剥ぎ取られてしまった漢字が中国大陸の表象と結ぶつかなくなったことがある。 2、また国際世論の非難を避ける為であったが、日…
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いまさら日本国憲法、されど日本国憲法・・・われわれの憲法を書いたのはインディアンたちである

いまさら日本国憲法、されど日本国憲法・・・われわれの憲法を書いたのはインディアンたちである 1、英語はコミュニケーションの手段に過ぎないのに、なにかアメリカとイギリスの価値観に従わなければならないとする勘違いがあります。ところで、日本の人々が独自に発展させた、あるいは、今後させていくかもしれないアメリカこそ、本当に意義…
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子安宣邦氏による講座「中国論を読む」の感想文 

文中で子安宣邦氏がひいている「溝口」とは、日本の中国研究者・溝口雄三のことです。溝口の<中国論>は、中国人研究者たちの間に一定の影響力を持ち始めているのだそうです。この溝口の<中国論>は、<多元的世界>として展開する言説です。ただし、その<多元的世界>は、本当にそれほど多元的なのかどうかが問題です。というのは、嘗て、大東亜共…
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反原発のドイツとイタリアから感化を受けた、、日本の反原発運動が自身を取り返す条件はなんだろうか?

反原発のドイツとイタリアから感化された、日本の反原発運動が自身を取り返す条件はなんだろうかと私なりに毎日考えます。結局、2030年まで原発0%にする政府の約束は、財界と米国の干渉により、事実上保証がなくなったわけですし、結局原発を見張る審判長は原発ムラ村長が行うことになりました。このように民意を汲めない政府の失敗からあらためて学ぶこ…
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なぜ、マルクスが正しかったのか?

なぜ、マルクスが正しかったのか? 1、マルクスは、平均利潤の長期的低下の法則を説きました、この法則によれば、資本は資本であるかぎり、常に限界に危機的に直目します。つまり、常に乗り越えられていく危機こそ、資本が必要とするエネルギーに他なりません。これは、重力法則以上に厳格な必然性なのです。 2、だから、こうした資本の限界は…
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インターネットは、言論の武器。ACTAとは、このインターネットの武器としての役割を破壊する刀狩です

インターネットは、コミュニケーションの道具です。それだけでしょうか?もし抗議集会とデモに適切に連携すれば、インターネットは、言論の武器となります。端的に言って、ACTAとは、このインターネットの武器としての役割を破壊する刀狩です。商業主義の著作権を守るだけのために、強力な検閲を引くことは許されません。この強力な検閲体制のために、武器でな…
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天安門事件の人々と、反原発デモの人々を同一化しようとは考えませんが、なにか共有するものがあるはずです

歴史は反復する、されど、誰もその全てを知ることは出来ない。確実なのは、人々がもつ願いが繰り返されるということ -天安門事件の人々と、反原発デモの人々を同一化しようとは考えませんが、なにか共有するものがあるはずです 1、偶像崇拝禁止に拘るユダヤ人の友人に反駁してやろうと、ボルテールを読んだことがあった。翻訳された英語ゆえ…
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なぜ、領土ナショナリズムが起きるのか冷静に考えてみよう ー日本と中国の新聞の挑発には乗らんぜ

ホーホー、熱い頭で心が冷え切っている者がいるとしたら、この機会に、諸君はメタ経済学である国家学を学ぶとよいニャ。「純粋な労働力」と「独立した資本」をどのように結合するかに諸国家の課題がある。法で規制したり、規制緩和するその方法で、中韓日の間で差異があるだけだ。ちなみに、ドゥルーズ的にいうと、アメリカとの関係において、中韓日は同型…
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ヘーゲル法哲学、流行ってるのか?上から目線の重厚な声色で思想を語るか...いける、いける、よしいこう

所有即権利。だからたとえ公的な所有でも、図書館の所有が侵害されると、ヘーゲル的には私達は自身の権利が侵害されたと怒る。他方、これとは別に、土地や物や人格との結びつきでしか所有を考えられない法意識がある。まさしく、ネオリベ橋下がこれだ。例えば、図書館は、土地や物や人格の集合体でしかなく、誰かの人格に帰属する土地と物に過ぎない。と、…
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韓国と中国の市民と日本の市民とが協力し合う時代がきた -日本側は領土ナショナリズムに振りまわされるな

主権国家はグローバル化した情報の網目とかかわっている。もはや国内問題は存在せずだ。「吠えズラかかせてやる」と石原犬は吠えても世界中の監視を遮断できない。狂犬は非難を受けずには1ミリも動けまい。私が心配なのは中国の人々のこと。中国政府がこの尖閣問題で民主化の声を封じ込めないだろうか。 思い出すのは、光州事件の芸術家、洪成潭さん (Hon…
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