テーマ:小説

小説マルクス  22   本多敬

泣いているのは誰だろう。僕か、フレデリックか。泣いているのはジェニー。       故郷ボンから遠く離れて ロンドンで生きた 直ぐに慣れた 人々の身振りと眼差しに暗闇と煙とに アルコールの中でゆっくりと刻まれる どれもこれも類似した思い出の数々にも 暮らしぶりや、習慣の違いも 不思議に思わなくなった 共通のもの…
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小説マルクス  21   本多敬

マルクス登場。 「フレデリック、いつも有難う」。 「原稿の前払いと思ってくれるとこちらも気が楽なんだ。ところであの原稿は完成したかい」。 「いや、まだなんだ」。 「ロンドン本部の事務局が早く演説原稿を送って欲しいと催促を始めたから今日中に書き上げてしまおう。階級闘争における「抑圧する国家」と「抑圧される国家」という、ここのと…
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小説マルクス  20   本多敬

エンゲルスは嘲笑った。 「また、どうせ、ゲルツェンかバクーニンが吹き込んだほら話だろう。ペテン師のアナーキストどもめ。呆れたことに、バクーニンはスラブ主義の民族主義者達とも手を結んでいるらしいじゃないか。そして、スラブ主義に抗議して来たゲルツェンが、ゲルマンやケルトの古代の土地所有形態を夢想し始める、といった始末だ。連中は、現実から学ぶ…
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小説マルクス  19  本多敬

しばしの沈黙。     ジェニーは答えた。「執筆のことよ。お分かりでしょう」。 「馬鹿な。君は僕たちの友情に嫉妬しているんだ」。 「執筆のことだけじゃないわ。カール・マルクスという偶像は、あなたの父殺しの罪悪感の代償なのよ。あなたはカールを父親として拵え、カールはその役割を意識的に演じている。幻想が幻想を生み出し、その挙…
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小説マルクス  18   本多敬

マルクスは何度も首を振る。ジェニーはマルクスをなだめるようとその肩にそっと手をまわす。   ジェニーは告げた。「身体、財産、魂のすべてを捧げているこのわたしこそが、あなたのほんとうの理解者なのよ。わたしはあなたが書いたものを忠実にただ書き取っているだけ。決して、何も変えていやしない。決して。(マルクスの耳元に口を寄せて)あなた、まだ…
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小説マルクス 17  本多敬

マルクスは怪訝にきいた。「別のものって?」 ジェニーは答えた。「暗闇。フレデリックには闇が必要なのよ。あなたから暗闇を買おうとしているんだわ。暗闇は自分の内側にうごめく殺戮の欲望を隠すためのもの。だからあの人には暗闇が必要なんだわ」。 「全く、たいした想像だよ。誰がその手にかけられるっていうんいだい」。 ジェニーは声をひそめた…
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小説マルクス 16  本多敬

第四幕 手紙を書く女 ベッドルームの中。ベッドに横たわるジェニーとマルクス。ジェニーは起き上がり、ベッドから離れ、窓に近寄る。外からの光を避けるようにカーテンをひいて、ベッドに近づく。カーテンの隙間から漏れてきた僅かな光で浮かび上がったマルクスの身体の輪郭を指でなぞる。腕の外側から手の甲まで人差し指を立てるようにして辿り、指…
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小説マルクス  15  本多敬

ダン;「ベルリンからロンドンに移ってきて不幸なジェニーの苦労は痛いほどわかるよ。「なぜ」とか、「どうやって」といった自問を一日中ぶつぶつと吐き続けながら、答えの無い悪循環に陥っているんだ。ベルリンでは結構な生活を送っていたのに、ここロンドンに来たせいで貧しい移民になり下がってしまった。ジェニーは正しく、この僕のことでもあるんだ。そしてロ…
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小説マルクス  14  本多敬

ダン;「さあね、分からない。でもジェニーの生年月日さえ分かれば全部がわかる。今度聞いておいで」。 ヘレン;「ああ、嫌んなっちゃう。星の運行なんか頼りにできないわ。いかがわしい占星術で立派な小説なんか書けるわけないもの。でも、カールの家は経済的に困窮した生活をなかなか抜け出せない移民の家族であることは確か。可愛そうに、ジェニーは生活が苦…
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小説マルクス  13  本多敬

第三幕 女中ヘレンと工事請負人ダンとの会話    ダン;「ヘレン、身体の具合はどうだい。おごるから、もう一杯コーヒーを飲んでいけよ。ほら、こいつが君に頼まれたハーブの本だ。やはりハーブが健康に一番だね」。 ヘレン;「ええ、ありがとう。いつも親切なのね、ダン。ところで、窓の工事はいつまで続くのかしら。うるさくて、皆、迷惑に…
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小説マルクス  12   本多敬

ジェニーはきいた。「シナゴーグの横にあるゴルダーズ・グリーンの共同墓地。私たちは、最後の日にはあそこに埋葬されることになるのかしらん」。 「知ったこっちゃ無い。ハムステッドの林の反対側には市営のハイゲート・パーク墓地もあるだろう」。 「私達ユダヤ人にもその市営墓地を利用する権利があるのかしら」。 マルクスは露骨に不快な表情を示…
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小説マルクス  11  本多敬

マルクスは溜息をつく。「執行官が玄関で待っているのか。やれやれ。先月には職場の郵便局にまでやってきて証文を突きつけてきたんだ。強欲な吸血鬼どもめ。全く信頼が置けやしない。娘たちの授業料や治療費、療養費、借財のローン、それから先月の燃料費に貯金を使い果たしてしまったから、溜めた家賃のための金など殆ど残っていない。引っ越し代の請求もいくどと…
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小説マルクス  10   本多敬

第二幕 ジェニーとマルクス シンメトリーと相似比の造形美で貫かれた建物が立ち並ぶウィロー通り。界隈のハムステッドの住人たちは、通りをほっつき歩く青ざめた顔のジェニーの姿を好奇の眼差しで眺めている。ジェニーにはその一つ一つの窓が棺桶のように見える。自分の棺をさがして一日中野良犬のようにほっつき歩いているような沈鬱な思いにとらわ…
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小説マルクス  9   本多敬

エンゲルスは厳かに挨拶し始めた。「深遠な哲学者にして気鋭なるジャーナリスト、経済学者にして社会改良の比類なき思想家でありました。古い慣習や通念を打ち破り、新時代を切り開いたこの人物こそ、ゲマインシャフトを夢想する思想界における英国のモーゼと呼ぶに相応しいヒューマニストの英雄でした・・・」。 マルクスは頭を抱えた。「モーゼだって。君まで…
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小説マルクス  8   本多敬

ドクター・フロイトがイチゴの籠を片手に持ち、「赤い十月のクッキー」を齧りながら登場した。 ドクター・フロイトは告げた。「夢のなかでマルクスは拷問のこと、つまり、囚人の尻を壺の口の上に置き中のネズミが這い上がって肛門を通り腸の中に入り込むという拷問のことを考えている。そうして、あの怪物の正体はネズミなんだ、と確信し始めた。むち打…
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小説マルクス  7   本多敬

「爆発音みたいな大きな音が聞こえたと思ったら、叫び声と悲鳴のなかでたちまち、煙に巻かれ周囲がみえなくなり、気がつくと脱線した地下鉄の電車の横に倒れていたんだよ」と、マルクスは落ち着いた態度で説明した。 エンゲルスはマルクスの言葉を理解できず動転している。目には涙が浮かんでいる様子。マルクスははエンゲルスを自分の方に引き寄せ、肩に手を回…
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小説マルクス  6   本多敬

ソーホーに住んでいた時は、この鋏で切り取られたような窓の連なりも、なにか躍動する新鮮な印象を見る者に与えたものだった。時には街と建物は、回転運動の中で羽ばたく鳥や駆ける馬の姿がスリットのなかで浮かび上がる円筒仕掛けのおもちゃを連想した。が、いまは窓が棺桶の箱を喚起する。縦長の窓のひとつひとつは、死の腐臭が漂う厭らしい傷口のようでもある。…
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小説マルクス  5   本多敬

気まずい沈黙がベッドの上の二人のすき間に流れる。と、マルクスは憮然としてベッドから離れる。部屋の奥の方へ進みハンガーに懸かっていたワイシャツをぶっきらぼうにひっかけ、それから膝の部分がボロの雑巾みたいにだらしなくすり切れているパジャマのズボンを乱暴にとって足を通す。エンゲルスは、ベッドに横たわったまま、ベッドの端に腰を降ろしたマルクスの…
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小説マルクス  4  本多敬

マルクスはぼさぼさの頭を掻き、しばらくの間黙っている。少しためらいながら、エンゲルスには顔をそむけたまま、ぶっきらぼうに言う。 「その手紙は君に宛てたラブレターだった」。 「本当かい。慎ましやかな淑女のジェニーがどんな告白文を書いたのかな」。 「淫売の手紙さ。夢の中で僕はそれを読むんだ。こんな感じだった」。と、マルクスは声色を変えて…
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小説マルクス  3   本多敬

エンゲルスは言った。「散歩している自分たちが海の底を漂っているかのような心地よい軽さだったんだ。鳥たちが美しく合唱していたという夢の舞台となった場所はだれにも帰属しない、自由な生き物たちの幸せな歌声に溢れた楽園だったんだ。」   「林の散歩道で君たちふたりは一体どんな化け物と出くわしたんだい。豚の悲鳴みたいな声を出して相当にうなされ…
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小説マルクス  2   本多敬

額に手をかざしたエンゲルスは興奮気味に喋る。 「夢か・・・真っ暗だった。どうなるかと思ったよ。ジェニーも一緒だった。」と、エンゲルスは言った。 マルクスはひとりごとのようにつぶやき、苦笑する。  「ジェニーか。僕の夢にもジェニーが出てきたんだ。ねえ、君の夢には僕は現れなかったのかい。なんども"怪物!"って叫んでいたぜ。…
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小説マルクス 1  本多敬

小説マルクス  本多 敬 作 登場人物 ジェニー マルクス(カール) エンゲルス(フレデリック) 八百屋ドクター・フロイト 女中ヘレン 工事請負人ダン ナレーターA(乗客1) ナレーターB(乗客2) ナレーターC ハムステッドのダンサー達 第一部  羽ペン、インク壺、羊皮紙 「赤い十月…
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文学・大杉栄  最終回のあいさつ   本多敬

あいさつ 文学・大杉栄、最終回です。ふくろねこ流スピノザはいかがでしたか?小説サルトルの連載はチュニジア革命と重なりました。文学・大杉栄の連載はエジプトの動乱です。なにか、歴史の息吹を感じます。ご愛読してくださった方々に、感謝申し上げます。次のネット小説の配信、小説マルクスをお楽しみに! 読者の声 興味深い…
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小説マルクス  予告編1   本多敬

1ジェニーはマルクスに言った。「あら、ユダヤ人は幻想じゃなかったの。もしエジプトから出発したモーゼが本当に祖先だとしたら自分たちの起源はアラブ世界だったことになるけど」。マルクスは苦笑した後、首を横に振って、グラスに注いだワインをぐいと喉の奥に流し込んだ。 2「まさか、アラブって事はないさ」。ジェニーはマルクスの持つグラスを取…
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文学・大杉栄  15  本多敬

と、今度は、野枝が、自分でこしらえたふくろねこの話をしはじめた。「ふくろうねこは、賢者の犬スピノザの話を聞いたあと、仲直りしましょう、と話し合いました。それから、木である門のところに、掟の言葉をかかげることになりました。掟は、ふくろう言葉と、ねこ言葉の両方で書かれています。地球は丸くてギュギュウだから、お互いに譲り合って、限られたスペー…
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文学・大杉栄  14  本多敬

大杉栄は話を続けた。「ふくろうのこころは、鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ねこのこころは、鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ふくろうのこころとねこのこころ。それぞれが鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ひとりで映画をみても、その夢がかなうことはありません。ふたりでいっしょ…
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文学・大杉栄 13  本多敬

甘粕大尉は質問を続けた。「大正九年、あなたは上海に着いた時、港からそのまままっすぐ朝鮮人居住区に行っています。警察が押収したあなたの日記には、フランス租界内「何とか路の何とか里」と書いている。正確には場所はどこだったんですか。Lは李登輝、Rは呂運享、Cは陳独秀、Tはチェレンだということはわかっています。その会議には他に誰が出席していたの…
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