言葉と表現と射影のブログ

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zoom RSS ALSO SPRACH OWLCATO ふくろ・ねこー、かく語り き  2011 一月 本多敬

<<   作成日時 : 2011/01/01 12:03   >>

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思想・哲学


・owlcato,かく語りき。ほーほー、「利他主義altruismとは、行為の目的を他人に対する善におく倫理学上の一学説。善の基準を、それ自身多様な解釈を許す快楽に求めるとすれば、功利主義となる」「人格という視点に立てば人格主義に結びつく」。そうニャらば、貨幣は公共善という定義は?


・八十年代日本に紹介された米国型の司法的違憲審査の理論は、十九世紀英国ヴィクトリア朝時代の自由主義者ミルの構想に遡る。ベンサム主義(最大多数の最大幸福)に修正を施したミルは、精神的自由を人権の中心におく多元的民主主義の意義を提唱し、徳に基づくアリストテレス的人間像を再発見した。
正議論のサンデルは自由主義者ミルの雛形。自由に関して、前者は個人主義的な内在性から根拠づけたが、後者は外在性から根拠づけた。新右翼とは異なるアプローチで、共同体との共存を模索した。但し、ポストコロニアリズムの論客は、植民地住民に人権を認めなかったミルの意見に限界を見出している
ミルは、アイルランド人やインド人に人権をみとめなかった。ポストコロニアリズムの論客は、この主張がリベラリズムの本質を示すとみなす。即ち、自由主義的な個人は帝国を背景とした個人なのだービクトリア的立憲国であれ、共和的ケインズ福祉国家であれ。人権主義者の多くは民族運動を非難する。
今日厄介なのは、人権主義は米国のナショナリズムと結びつき、軍事的人権主義の様相を呈していることだ。(ジジェク等の新左翼の論客はこれを人権の本質的構成と看做している)。外国人嫌いのマスコミ誌(文藝春秋)が、「これから、中国と正義の話をしよう」とシニカルに発言するのは偶然ではない



・ジョイスは原作「ザ・デッド」で使用人の一人リリーについて語ることから始めており、このことはジョイスの視点を考察する上で重要な意義を持つ。ちなみに、当時のアイルランドではジョイスの妻となるノラを含めた大半の女性がこのリリーのようないわゆる家事使用人であったというのが実態であり、権威主義的な抑圧社会のもとで、彼女達は、母として家のなかで生きるのでなければ、非常に隷属的な立場におかれたといわれる。
 ジョイスの視点の画期性は「ザ・デッド」の書き出しでこういう人々に光を当てたことだ。抑圧的なヒエラルキーのもとで言葉と思考が植民化され分節化されてしまう事がないよう


・マルクスならヨーロッパの金融危機をどのように理解したかαまず、マルクスによる信用のメカニズムの分析から始めよう。ここで、シンメトリーと非対称性の問題が登場する。つまり、これから述べるように、商品流通のあるところには、信用という独自の関係の成立が可能となる。

・マルクスならヨーロッパの金融危機をどのように理解したかβ買い手の事情によって商品売買に際して貨幣が商品と交換に引き渡され得ない場合、いわゆる掛売りが行なわれる。その場合、売り手は買い手に対して価格の等価を貸し付けることになるが、これが信用の最も原始的な形態である。


・八十年代における日本のポストモダニズムの流行。小さな物語の集合に駆け込んだとき、天皇制批判が曖昧化される危険を伴なった。棚上げにしたら、平等という解放の大きな物語を犠牲の羊にして、消費する「私」の祭壇に捧げてしまった!

・「言葉と物」の翻訳者・渡辺氏によると、ルネッサンス知識人に憧れたという。日本人が向き合うべき他者は二つ、即ち、「フランス」という他者と、「朝鮮・韓国及び中国」という他者、と指摘していた。これは、コスモポリタンの「保守本流」的態度?ポストコロニアリズム的な差異主義者の態度なのだろうか?


・ロンドンでのジジェクの警句;アナーキズム差異主義者のD&G「ミル・プラトー」も、イスラエルの軍事アカデミーに研究され、"滑らかな空間"のコンセプトが、パレスチナ国境線突破を正当化するプロパガンダとして利用されている、と。

・「共同幻想論」の功績は,資本論で上部構造として下部構造に従属して独立性を与えられなかった観念の領域(と,私は資本論を理解したつもりだが?)に独立性を与え,その内部構造,特に,幻想領域が逆立ちするという動態を把握したことではなかろうか。(裁判官)

確かに、切り口の鋭さと思考の重厚さです。落第した「吉本読み」ですが、好きな詩集「固有時との対話」を外国に持参しました。転倒の問題はナショナリズムの問題を捉える視点になりますか?十九世紀の発明物に過ぎない民族の起源は、遠くから到来した様な転倒が起きますから

落第者でも、ずっと考えてきた問題があります。何故「資本論」は"商品"の分析から始まるのか、という問題ですね。「資本論」の分析が"商品"から始まるのに対して、「商品交換体系」たる「民法」の分析は"人"から始まります。これも一種の「転倒」ではないかと?

 「固有時との対話」硬質で鋼のような詩集ですね。私は,一番好きな吉本詩は「佃渡しで」です。それから,転倒の問題,言われてみればナショナリズムの問題に関連すると思います。よい,ご示唆を与えられました。これからも時々吉本について語りませんか。

 硬質で鋼の文体で書いた、 固有時との対話も幻想領域での「逆立ち」でしょうか。本来的に転倒されているものが自明でないまま、リアルな領域は幻想の領域と常に複雑な関係を取り続ける、と考えました。その点、意外にもマスイメージ論の方は素朴リアリズムになっちゃったかな?


・リベラルなユダヤ人作家で、ゴールドベルグという名のラビ僧がいた。出版講演で、ユダヤ人の持ち味は教育を大事にしてきた事、この理念さえあれば、ユダヤ人は西欧の軍事要基地の如き国家がなくとも、人々の信頼の中で永遠に存続できるはずだと看破した。イスラエルのアラブ住民の人権尊重も強く訴えた



言葉・表現・本




公理1 他者は自己の鏡。白豪主義下の幼少時、周囲は親と中国人達を除いて、全員「白人」だから自身も白人とみなした。友達ブルースからアボロジニの写真を見せられ時、私達白人は罪深い排除を行ってきたと考えた程だ。

公理2 言葉がなければ記憶できない。帰国後の二年間の事を何も思い出せないままだ

公理3 意識や記憶や出来事を示しても書いたことにはならない。「全員」と書いたが、既に「全員」という言葉には、白豪主義の同化政策のイデオロギーが前提されている。ゴダール映画の如く、不可視のものを可視化せよ、と、Badiouは分離公理を導入した様に、還元されないSomeを、書くべきだ!


・1939年まで私が愛した文化。パリのメニルモンタント、モンマルトル、モンパルナスといった場所。そこで真の人生が開花した。私が取り返そうとしている、もはや失われてしまった時間。シュールレアリスト、ミッチェルやレイリスが活動した場所。いまもまだ暮らしている者が居るし、彼らの後若い人が次々にやって来た。私は、我々は、その世代の内部のなかに存在しているのだ。私は信じている。他の者が自分達の国を愛するのと同等の排他性と熱狂と特権をもって、私は自分の過去を熱烈に愛している、と。しかし、これらの文化的盲目性を他国に押し付 ける傲慢さには、私は軽蔑の念を覚える。1920年から25年までの間にすべての決定的なものが誕生した。レーニン、フロイト、シュールレアリズム、革命、ジャズ、サイレント映画、これらすべてが、同時に現れ、互いに絡み合っていた。二十年代が創り出した夢の世界。これは私の記憶のなかにしか存在しなくなった世界なのであるが。


・箱の堆積。本の上に重なり本の前に並び本を隠す本。歴史の上に重なり歴史の前に並び歴史を隠す歴史。ポストモダンの八十年代に読んだファイマンの本を発掘!経路積分はガウス関数。ガウス関数の積分は再びガウス関数である。積分を次々に行うと、その結果は?本と思考、その不確定な位置とエネルギー

・猫のように、眠っては覚め、覚めては眠る。かるく風が吹き、小さな波が岸と語らう、多言語の水。 
 『浮かびあがる」マーガレット・アトウッド



・[poem x theatre]



・広辞苑の魅力。便利に調べるつもりが、言葉との不意打ち的な出合いに絡みとられ、目的なく読み耽り、最初の言葉をいつも忘れてしまう。フーコ「言葉と物」はそんな迷宮的快楽のアート。渡辺氏の日本語訳は大変立派で、現在、新劇の芝居に関心を持っている


・きみは 荒れはてた土地にでも 種子をまくことができるか? きみは 花の咲かない故郷の渚にでも 種子をまくことができるか? きみは 流れる水のなかにでも 種子をまくことができるか? たとえ 世界の終わりが明日だとしても 種子をまくことができるか? 恋人よ 種子はわが愛  (寺山修司)


・メモ;ある保安官が外部の世界と呼ばれる所からやって来て・・le mondeというべきだが、de ce qu'il appelle les monts d'extérieur とゴダールは言い間違えている。dとtの子音交替。単なるスイスドイツ語の影響?オィデプスコンプレックスか?


・ユダヤ人のギリシャ化は目立たずに始まった。まず言語、作法、習慣等が変化し始め、それから道徳、倫理、宗教にも影響が及び始めた。言語、作法、習慣の変化は九時から五時まで、つまり昼間に起こった。ユダヤ人とギリシャ人の実業家達が市場や喫茶店で出会う時間帯
 道徳、倫理、宗教に起きた変化はユダヤ人とギリシャ人の若者が夜になって出会う体育場、劇場、ナイトクラブなどでももたらされたものである・・ユダヤ人とギリシャ人の若者達の夜の交流は、実業家達の昼間の交流よりも、ずっと侵食力を持つものだった
 ギリシャ競技・・裸で行うレスリングもごく普通の光景になってしまった。劇場では、ユダヤ人の青年達が都会的に洗練されたギリシャ人に出会い、その先はナイトクラブや商売女達の寝台が待っていた
 
 まもなく悦楽が一つの主義になった。シナゴーグの最前列の席から劇場へ、劇場から遊女の腕の中、そしてさらに異教の神殿の最前列の席へ、というのがいわばは異教のコースだった。

(ユダヤ人 ー神と歴史の狭間で、マックス・I・ディモントより)


・西田「哲学概論」の中で、ライプニッツとスピノザを紹介し、両者を統一した視点が大事と指摘した。日本語の特徴と構造に即して説明していて、川端康成は影響を受けたらしい。雪国とか


・ボヘミアン前衛芸術家の伝説、ジョイスの国外脱出。self-imposed exile、自分で決めた亡命だ。真相は、ジョイスはgastarbeiter、出稼ぎ労働者の一人だった。トリエステに到着するも、公園でノラと野宿。飢えの記憶すら、作家の中で、猥雑で雑食の創作の肥料になった



・日本人によるゴダール解説は時代遅れ?2000年以降ゴダール映画は前衛的でない。前衛的に解すべきでない理由があるのだ。それは、ジョイスが前衛的な文学として受け止められなくなったことと対応している。「啓発」してくる先生達は、このポストモダニズムのパラダイムシフトを理解すらしていない


・何をしよう 顔も問いもないこの世界がなかったら  生はほんの一瞬間 一つ一つの瞬間は空虚のなかに 生の忘却のなかに 振り落とされるこの世界がなかったなら  最後には 体も影も もろともに飲まれてしまうこの波がなかったら  ベケット「ジョイス論/プルースト論」


アート


・世話する能力とは?関係の"親しさが指標となるcoherentでtotalな能力だ。エコノミーの能力はporous、"侵入しやすさ"、至る所微分不可能な欲望の線に沿って移動する能力。移民とアーチストは二つの能力が調和する国なら、社会societyを築ける。日本人よ、世話をしよう!



・『訳の分からない作品は「解説書」でも無い限りその時点でシャットアウトしてしまう』・・・それがごく一般的である事が問題だ。浅田彰が指摘したポストモダン的オリエンタリズムの、空白で自虐的な響き、紋切り型のなかに、アートを整理してしまえとする言葉の横柄さを読み取れる?

・私は作り手を信頼する。どんな作品であれ、作り手と鑑賞者が共有する存在構造と考える。言語の存在構造のように。シャットダウンするとしたら、鑑賞者は作品を通して自己卑下しか表現していないからだ。他方、アートを定義するよき、避けなければならないのは、言葉しか語らない言葉だ。そうでないと、言葉に横柄さを遊ばせることになるから

・アート作品は作り手と鑑賞者が共有する存在構造だ。言語の存在構造のように。シャットダウンするとしたら、鑑賞者は作品を通して自己卑下しか表現していないからだ。芸術家が鑑賞者である場合も同様だ。特にアートの定義で危険なのは、言葉しか語らない言葉だ。言葉に横柄さを遊ばせてはならない
・ナワトル語 cītlallohtihca【動詞】星々のあいだに立つ



・大島や大江や寺山の世界は表現力だけでなく、西欧人が期待する日本人像を裏切る、思想的破壊力を持った。だからアジアも評価する理由だ。世界は日本の現代詩を待っている。私は英語で詩を書いている。現代アートと協力し合えないだろうか


・一月十日、今日はフリーメーソンの日。BBCはこの数日間、モーツアルトを流しているが、フリーメーソンの日と関係あるのだろう。日本人のアーチスト観はフリーメーソン的と思える。芸術家=職人として称える。しかし、職人はリスクを負わない創意なき官僚と酷評するゴダールの意見もある

・la rencontre entre Don Quichotte et l'excavatrice géante à ciel ouvert



映画・演劇

・ニール・ジョーダンはアイルランドの独立系監督達の成果を取り込んだ監督。が、ハリウッド時代の映画は歴史の歪曲の極み、の声も。メディア研究ルークギボンは、IRAは逆にそのステレオタイプのイメージを輸入し、政治プロパガンダを展開していると警告した


・ジョンフォードもアイリッシュ系米国人。祖先の事を調べようと、当時(確か)二百万円の軍資金を、祖父?が関わっていたIRAに提供しました。 アイルランドの裏切りのテーマは大変有名で、ベルトリッチのインスピレーションを搔き立てました。暗殺の森


・ムーアの二作目は比較的良かった。今、ジョン・レノンの映画が期待されているようだ。ピアニストで指揮者バレンボイムはサィードとの対談以来、母国イスラエルへの抗議と中東和平を訴える演奏活動を展開している。政治リーダーとしてのロマン主義芸術家の役割が見直されている



・フランソワ・オゾン「しあわせの雨傘」、見ようと思っている映画です。白人の労働者階級と中流の専業主婦、いま世の中で、もっとも自分達を代表できない人々、映画はどのように描くのか大変関心があります。実は映画も自分のアイデンティティーを見失っています!


・「日本軍の捕虜取扱いは、関連する欧米諸国の戦後日本人観に影響を与えました 」。アイルランドから来た人間が観ると、大島映画の捕虜収容所は同性愛を抑圧したイートン校(日本の旧制高校?)の隠喩にも思え、「隊長」もエリート特有の人間嫌いを喚起しました

・ト書きを想像と肉体でもって埋めるのは、台詞を吐くのと同等の価値があると、私は考えているのです。(女優)


・ポストベケットの劇作家フリール「フェイス・ヒーラー(霊能治療者)」のト書きです;グレイス(主人公の妻、弁護士)は中年になったばかりで、身なり構わず、精神の不安定さを殆ど隠そうともしていない。煙草をよく吸う。時には吸っている煙草で次のに火をつける始末



身体


・「心の優越。身体はたかだかプラトンの洞窟内の幻の様なもの」。善良な男女が好む二元論の物語。身体をスケープゴートにする点で、キリスト教もユダヤ人もアラブ人も同じ狢。心は身体の部分と言うと軽蔑ものだ。上部構造との関係で心の存在を説くも、耳を貸さない。国家をリアルに感じているくせに

・実体はライプニッツの様に無限分割すべきです。石油資本によって汚染された海の微生物に至るまで。私達の心と身体は世界に偏在していますから。逆に、世界=自然を唱えたスピノザの様に全く分割しない。主体の心と身体は人間を越えた全自然の広がりがあるはずです


・打ってそして研究する。重い古書を左手に持ち、右手で打ち進めていくので、左手の指が反対側にそってしまい、変形しているものもいる。爪の形が、石を打ちおろす力によって変わってしまっているものもいる。
(『遊ぶ』富岡多恵子責任編集)


・夢のメカニズムを分析したフロイトは、「死の本能」の意義に注目したが、ジャック・デリダはこのフロイトの概念を、多義的な曖昧さを産出していく「遅れ(差異)」という言葉でとらえ直そうと試みた。この点についてサルヴォ・ジジェクの平易な解説を援用すると、一見遠回りにみえても曲線に沿って移動した方が、直線に沿って動く場合と比べて最も効率的になる。つまり、迂回こそ、欲望充足のための経済的なプロセスに他ならない。欲望は夢の中での曖昧さの如く、ジグザグに彷徨しながら接近した方が、「現実原則」の経済的な要請に沿って効率的に充たせるのだ

 例えば、文化的昇華という現象は、戦争等の破壊衝動に不可避的に収斂していく「死の本能」の進行を遅らせるために、欲望があえて選択していく、いわば迂回の戦略である。そして、これと同様な事が貨幣において生じる



東京


・クリントン元国務長官に宛てた沖縄の手紙をfacebookで公開したら、普天間基地の家族から文句の言葉が来た。お前は何も分っていない、沖縄人と米軍は仲良くやっている、と !?

・サルトルはサディズムの特徴を「沈黙」「無関心」「憎悪」「暴力」と定義した。日本政府とマスコミの、普天間問題の無視はこのサルトルの定義を思い出した。日米関係研究者マックコーマックは、日本は植民地や傀儡国家ではないが、米国に仕える顧客国家と規定しteiru

・ゴダール映画が好きだ。何故?外国語アナウンスが交差する国際空港にいる気分になるから。境界を感じ取れるから。品川駅で優雅な中国語と韓国語の放送が流れていた。声の力。遣隋使、遣唐使は大変だったと想像。柿本人麻呂が詩を綴った万葉集の時代、国際都市の奈良も、こんな感じだったのかしら?

・鎌倉時代に注目!当時禅寺には、帰化人や海外事情に詳しい帰国留学生が大勢おり、宋の外交使節を迎えた。私は蘇軾の実存的な漢詩が大好きだ。加藤周一によると、奈良時代の国家エリートの留学生よりも、鎌倉時代の中流出身の留学生の方が、文化的影響力が大きかった、と。アナーキな鎌倉仏教のことだ

・鎌倉時代における中国文化の受容。異文化の受容は、次の時代、江戸時代にバトンタッチされていく。朱子学発展の土壌を準備した。残念ながら、私の浅い知識では、鎌倉から、伊藤仁斎と荻生徂徠を見渡す事は難しい。夏目漱石と西田幾多郎、家永の中世史研究と、網野の「無縁・公界・楽」。鎌倉は面白い!

・補助的な役割だったが、公害裁判の運動に関わったので、抑圧された人々が持つ天皇幻想を多少知っている。矛盾だが、マルクスなら、問題は宗教ではなく、抑圧の現実なのだと言うだろう。日本は貧困問題


・ジジェクの言葉。民族派右翼と議論しても意味がない。議論ではなく、怒りを示すべきだ。他方、議論を共有できる人々に対して、もし有効な議論を提起できないとしたら、領土ナショナリズムと死刑制度の暴力が拡大する危険はないだろうか?

・失楽園のミルトンは当時「中流」出身の共和主義者。中流が「下層」から切り離されると保守反動的になると、クロムウエルに警告したとの逸話。ブレアー時代の労働党はそういう危険に絶えず直面したが、日本の中流は「下層」に距離を取り始めているようにみえる?

・中流を解体しつつある時代を、注意深く観察したいと思います・・・

・フェースブックのネット友達のフランス人、アンリから届いた切実なメッセージ;Montée en puissance des régimes autoritaires, xénophobes, racistes !Pas la mort, mais l'agonie . . .
 Si les peuples n'entrent pas en RESISTANCE !Tunisie, Algérie : massacres quotidiens 貧困問題の解決は日本人の最優先課題だ。貧困の解決と共に、権威主義・外国人嫌い・人種主義の問題も取り組むべきだろう

・あなたは外国人の友達がいますか?多文化主義と経済好況は労働党の車輪。が、世論調査の回答結果は英国人を驚かせた。十人に一人しか外国人の友達を持っていなかったからだ。金融バブルの最中、土地と株で頭が一杯、周りにいた外国人に気がつかなかった。不況こそ、チャンス!積極的に声をかけてみよう


・ブレードランナーの映像は覚えていますが、ストーリーはすっかり忘れました。(いつものことですが)東京の二十年後ですか?アメリカ系巨大多国籍企業が記憶や言語(日本語)を販売しているかもしれませんよ。日本政府がマーケット価格で売ってしまった記憶や言語を、私達は買い戻さなければなりません


・タイガーマスクもダイアナ妃もボランテイアに貢献し、あっけなく交通事故で死にました。古代ギリシャ悲劇みたいです。かくも高潔で偉大な精神が「偶然」に屈服するはずがない!このような善男善女の心情が、「陰謀説」や「タイガーマスク存続のストーリ」を捏造したんですね

・ファンタジーとリアリズムの巧みなバランスが漫画の真骨頂。地主の子供も職工の子供も一緒に楽しみましたっけ。ド迫力のスポーツ漫画から、残念ながら、リアリズムとファンタジーが分離し始めましたか。ちなみに、レインボーマンの悪役親分は父の一高時代の同級生で、衝撃を受けていました・笑


・彼らには政治家らしい身体的ジェスチャーを示して欲しいです。あたかも民主党執行部が国会議員にしていることは自民党が民主党にやって来たことと同じ、とばかりに、「被害者?」を演じるつもりでしょうか?言論統制は彼らの頭の中にしか存在しません


・高度経済成長からポスト工業社会のパラダイムシフト;産めよ、増やせ!大企業=官僚=労働組合の雑婚。太陽神たる線形性、計画性の偶像を拝んだ。遊べ、子供になれ!非線形的写像の偶然性からはスキゾキッド達が現れるが、所詮、小さな大人たる男性像の雛形に過ぎなかった

・ 「高度?」経済成長のバランスシート?プラス;戦争と植民地主義の戦前と比べて、平和な貿易と交易で経済繁栄を享受できた。マイナス;公害を惹起し解決しなかった。前線にいる兵隊の気分で労働した国民。これこそ、天皇ファシズムが夢みたナショナリズムの実現ではなかっただろうか


・「小さな政府」支持者にとって、市場こそ自然の摂理の場であるが、どうも、サッチャーやブレアーの様な新自由主義者・新保守主義者にはそうではなかった。感性的自然の多様性に統一を与える理性の役割(カント)に対応して、あたかも、市場に究極目的を与えるのは恩寵と戦争だけと思っていたのでは?

・日本の新自由主義者・新保守主義者の入閣。「君、恥かくなかれ」は皮肉に聞こえても、実は、同士に対するアジテーションの言葉。サッチャーやブレアーの様に、感性的自然たる市場に「究極目的」を与えるのは恩寵と戦争と思っているはずだ。軍国主義の死者達が行進してきた


・サッチャーからブレアへ、中曽根から小泉へ、ステップがあったと思います。同時代史をどう読むか?私としては、新保守的国家主義と新左翼的反国家主義が協力して福祉国家モデルを解体し、ネオリベ的世界市場化を準備をしたという筋に注目します。今、戦争と宗教に代わり得るものは?

・自伝的新オイデプス物語;母・新保守的国家主義と息子・新左翼的反国家主義が協力して、大蔵官僚たる父(福祉国家モデル)を解体し、越境的孤児の旅(ネオリベ的世界市場化)を実現した話です!戦争と宗教の彼方から来るのは、人間学たる探求の芸術と答えたいですね


・曖昧な集団的責任は一億総懺悔型の天皇主義!日本帝国主義の国家の暴力に根ざした絞首刑を批判した大島渚、執拗に戦争の問題を掘り起こしたからこそ「私には戦争責任がない」ときっぱりと言明できました。四十歳以上の「先輩達」は、徴兵制を反対すべき集団的責任がある事を自覚すべきだ!


・八十年代にミーイズム(meism、自己中心主義)の言葉が流行しました。戦中派世代から批判された。「私」も結構だが、「私」だけを守ろうとすると「私」すら守れなってくるよ、と。現在若い人達は痛感しているのにバブル世代の一部はまだお利口さんのまま

・無傷な幸福というのはなんて孤独なんだろう。世界から遥か遠く離れ過ぎています。場所と位置ではなく、日本人の感性のことです。世界の出来事は劇場の予告映画の如く、流れ行くだけ。私達は何も成長していません。チュニジア革命、国が銀行のセクターとなった事態への人々の怒り、欧米で頻発するデモ


・XX新聞がチュニジアのジャスミン革命を評している一説だが、日本の若い世代に対して自己弁護しているみたいw 「青年の溢れるエネルギーだけでは次の安定した体制は生まれません。権力にしがみつく中老年は醜いけれども、彼らの老獪さと知謀も必要です。チュニジアがそこを誤らないでほしい」

・ホホー、xx様へクイズ;どこの国かニャ?・・dirigée par les équipes tournantes des mêmes incapables, malhonnétes et tous corrompus de leur soutien à un régime de totale et permanente corruption・・・皆そろって無能で誠実さに欠け、完全不変の腐敗体制への支援で誰もが腐敗した、入れ替わりの激しいチームによって指揮される・・・。え、サッカーの話じゃないよ。
 ホー、xx新聞様、あなただけが正解できないニャン。・・・où la justice s'apparente au pire bazar ・・・正義とがらくたの区別もつかない。さあ、よーく自分と周りをみて考えてごらん!

・アジア人は文法重視?日本語研究者は異議を唱える。米国の多くの学校ではアジア人は文法しか教える事が許されない。アジア人は正しい規則を守れ、とする植民地主義的・同化政策的要求があるから?白人が会話を教えるのは自由な創造性に関わるから?日本の学校で外国人が会話を教える日を私は待ち望む

・長崎チャンポンというものを食べたいと願っていましたが、今日五反田駅のお店で食べました。サラダオイルが来ましたよ。どうせ雨が降るし、車に洗剤をつけたままの泡だらけの車、結構多かった



外国


・私が高校生の頃、ジョイスは英国の作家と記載されていたが、今はアイルランドの作家となっている。正しい認識だ。しかし相変わらず英語の作家とみなしている。ジョイスはハイベルノ英語の作家だ。ゲール語、15世紀植民者が持ち込んだシェークスピア時代の英語、英国地方の方言からできた言葉で書いた

・Helloは独逸語でGuten Tag。しかし、七割が独逸語話者であるスイス人は、Guten Tag とは言わず、Grüeziと挨拶する。学校で独逸語を学び、役所の言葉は独逸語だが、日常はスイスードイツ語を使う http://www.eldrid.ch/

・スイスードイツ語があるのだから、スイスーフランス語も存在する。前者はドイツ人は容易に聞き取れないが、後者はパリでは違和感がないとされる。異邦人の言葉という本質に変わりない。Deleuzeが創造的ノイズを聞き取ったゴダールの語り。スイスーフランス語での吃音だった


・ロンドンの配管工、ユダヤ人の友達から、Mの表記が本来、エジプト象形文字とヘブライ文字に起源があることを学んだ。「蛇」の形をしたM。偉大な言語発明者、セム族の人々は、「蛇」をMの音で発音したらしい。MiMi(耳)という言葉がお気に入りだった。イデッシュ語とはなにか、とたずねた
 イデッシュ語とはなにか?ときく。と、お前は既にイデッシュ語話者だという。びっくりした。イスラエル人の俺と日本人のお前は、「MiMi」というイデッシュ語を一語を共有しているからだという。意味は蛇だ。もう一度びっくりした。その柔軟な発想に。なんて流動的で、家族みたいな言葉なのか
 イデッシュ語とはなにか?18世紀にはヨーロッパのユダヤ人の大多数がイデッシュ語だけを話すようになっていた。ヘブライ語は学者の言語、そして祈祷の言語となっていた。イデッシュ語は流動的で、厳格な規則のない民族語であった・・英雄的な抒情的な表現や風刺にはぴったりである。ディモント
 イデッシュ語は曖昧さを表現することはできないが、感情移入にもってこいだ。ダンテがイタリア語を、チョーサーが英語を、ルターがドイツ語を整え形づけたように、ハスカラーの作家達もイデッシュ語を整え形づけた。いまの私にとって、英語は思考のヘブライ語、日本語は感情のイデッシュ語なのか?

・最近のBBCは、ブレアーからの干渉もあってすっかり弱腰になってしまった。サッチャー時代に示した反骨的独立精神を思い出せ。「弱腰」と叱責したのはTariq Aliだ。一方、BBCのラジオは健闘している。

・イギリス、ナイーヴだと楽しめない国。視聴料金値上げには反対、が、国民はBBCを必死で守るはず。なのに、身内の労働党から民営化の話を持ち出されて動揺した。税金に「哲学」があり、本は無税だったことは評価できる


・通観妄想とはなにか?美しい計画に魅せられている人は全て、通観幻想の被害者。計画の見せかけの明快さは計画者が自分の知らない事実をすべて捨象したからということを忘れている。日本人は大抵ダブリンのバス停の前で苛立つが、アイルランド人なら、時刻表通りに物事が進行すると夢にも思わない
では、バスはどうなったのか?ダブリンでは色々な事が起き得る。例えば、乗車客の財布をひったくったスリを考えよ。逃げそこない、中央の出口ドアにはさまれた、としよう。運転手が罰としてスリの尻を蹴っ飛ばしたら、その勢いで外に押し出してしまった。運転手は追いかけると、1時間も運転手不在のバス。実存のバスだ

・アイルランド西部を舞台としたシングの戯曲「西の世界から来た色男」。チェコ語翻訳者は、「西」という言葉は、チェコ人にとって、地理的且つ文化的に「西欧」を表すと強調した。アイリッシュは、それならば、私達の国は東ヨーロッパに属すると言った。固定した位置は存在しない。文化的に相対化せよ!


・五年前ロンドン地下鉄の爆破があった時、London closed down!と叫ぶ人がいた。反日感情があった六十年代後半に、シドニーで育ったが、ベトナム北爆の最中。埋もれていた嫌な記憶がロンドンで蘇った

・ポストコロニアル的状況。例;レイプされた少女達の自殺を防ぐ為に、中絶禁止緩和を問う国民投票があった。エスタブリッシュメントの政府は中絶賛成を反道徳と非難。国民の支持を回復。実は、経済政策の破綻を狡猾に隠蔽するプロパガンダ


・"風が様々な大陸を越えて吹き渡っていく時、それは通過する国々の国民性など運んだりはしません。"イギリスBBCは(アイルランドの)リパブリカン運動の理解者だが、天気予報はヤバイ。アイルランドから来る「風」を、湿って手に終えない、頑固で狡猾な、といた民族性を揶揄した修辞で形容する・笑

・アイルランドに八年間居ましたが、皆アボリジニに深い共感を持っていました。英国に土地を奪われた苦難の歴史を共有するだけでなく、歌の文化が同じらしいのです。地図が嫌いで、土地の名を歌のなかに埋め込む文化ですね

・ジョン・スコトゥス;アイルランド中世の哲学者。この名を持つ、サンスクリッドを教える学校に夜通った。ラテン語とギリシャ語も学べる。チャリティーのオークションで予算を捻出する。親達が所有する自家車や旅行券を競売するのだ。部屋掃除一時間や、中華料理の夕食をつくる労働サービスは大人気


・保守党はビクトリア朝の様な慈善に根ざした社会の意義を強調しますが、労働党は、慈善的な寄付が非常に不安定と指摘します。ボーナスカットを求める世論に対して、銀行家達は寄付行為が困難になると反論しましたが、実際は、寄付率は貧困層より富裕層の方が低いのです

・被害者が加害者になる?「ナチスがアウシュビッツでユダヤ人になした事は、ユダヤ人がパレスチナでアラブ人に行っている事と同じだ」とゴダールは指摘した。ホロコーストの問題、ヨーロッパ人の責任を執拗に追及してきた人の発言は重い。注意!ゴダール研究の日本人が言うと、ユダヤ人差別の危険がある

・ロンドンで目撃したユダヤ人ギャングの喧嘩。A;お前は馬鹿だ!B;お前が馬鹿だ!!A;俺が馬鹿ならお前は大馬鹿だ!B;お前はウルトラ大馬鹿だ!俺は頭がいい。新しい日本の総理大臣の名前を知っているぞ。アベシンゾー。どうだ、恐れ入ったか!A;お前は馬鹿だ!B;お前こそ、大馬鹿だ!


・アイルランドは五十年代非同盟諸国のヒーローだった。核拡散防止国際協定はアイルランド政府が発案した。原案はどんな国も核保有を禁じる内容だったが、アメリカによって潰されてしまった。平和の名の下に、核独占国が他国に対して核廃絶を訴えるのは、軍事ヒューマニズムの爆撃口実と同じ位、欺瞞的だ

・米国メディアの自己批判?国民は爆撃したイラクやアフガニスタンの位置を地図で正確に示せるようにもっと勉強して!北アメリカの地図しか知らない人が多い?戦況が不利だから後悔しているだけとしたら次の戦争を避けれない。ベトナム戦争の教訓を学べ!共犯の小泉も、中国を爆撃した歴史を忘れるな!


・文化的差異としての和解と詩の役割。アイルランドで最初に読んだ新聞記事は忘れられない。幼児虐待の被害者(当時成人男性になっていた)と、獄中のレイプした犯人との間で交換された詩を、一面に掲載していた。聖歌隊のとき強姦された男性(労働者階級)が犯人の神父に宛てた詩が紹介された事もあった

・アイルランド人は広島や長崎の原爆の問題を考えます。十九世紀植民地主義時代の人口減少(ジャガイモ病・飢餓・海外流出で三百万減った)の歴史を参照します。ダブリンの聖心の姉妹校で「はだしのゲン」を読ませたら反響がありましたよ


・1960年代後半、幼少時代の四年間、まだ白豪主義の豪州で育った。日本との戦争、インドネシアでの捕虜虐待の記憶がベトナム戦争で呼び起こされた時期。誕生日パーティーに行くも、私だけ追放されたものだ。親達が私に向かって悪魔と呼んだ!

・他者は自己の鏡 ? 両親と中国人達を除いて、周囲(友達等)は全員「白人」なので、英語を喋る自身を白人と考えていました!労働党支持の大工の息子から、アボロジニの写真集を見せられ時、衝撃を受けました。私達白人は罪深い排除を行っている、と


・弱者を攻撃するテレビと映画はウンザリ!「英国のコメディ文化においては、自国の事でも他国の事でも笑いになるかどうかのぎりぎりの所を探るという伝統がある」。しかし被爆者を「世界一不幸な男」と攻撃する態度はコメディ文化とは関係が無い。お笑い番組と擁護するお利口さんも, pointless

・注意深く事柄を吟味せよ!英国人の紋切り型も役立つ。日本人にもユーモアはあるし、英国人と同様、ナイーブな人々だ。naiveは、外国だとネガティヴな響きしかない言葉だが、弱者を思う正義心だ。だがユーモアの性質や国民性を論じても無駄。弱者を攻撃するテレビのお笑い番組を中止すべきなのだ

・オーストラリア人はNature自然を尊重する。自然を重んじる態度は、戦後英国が豪州の砂漠で核実験を強行した歴史に関係している。英国の旧態依然とした、植民地主義的態度に反発したのだ。砂漠は白人の為のレジャーの場所だけでなく、排除されたアボロジニ達が生息してきた生活の場所でもあった


・偏執狂のナチスなら、覗き窓から小型カメラで、収容所ガス室内のユダヤ人を撮影した?フィルムは必ず現存する、とゴダールは主張した。その映像を公開しない限り、戦争犯罪の反省はあり得ない、と。が、映像を見ても、何も感じない人々が増えているとしたら恐ろしい。被爆者への嘲笑いは関係がないか?


・検証。被爆者を嘲弄したBBC。日本側の論点を整理すると、1外国のユーモア文化を認めた上でその逸脱を戒めた見解。2コメディアンには悪意がなく、テレビ番組として劣悪とする見解。しかし疑問だ。逸脱もなく劣ってもいないとしたら?テレビは視聴率の為に「合理的」に他者を攻撃しているのでは?

・Four season in a day 一日に四季があるという、アイルランド人の口癖。雨・雹・晴天・強風と一日中不安定な天気だ。故に、アイルランド人は、車を洗う米国人に衝撃を受けた。その愚行に大笑いしたが、洗車は清潔というブルジョア的記号の消費と理解し、車を洗う事を真似し始めた


・1980年代後半の東欧とソ連に起きた民衆蜂起は、現在のアラブ地域にも生じる可能性があったが、結果的に、腐敗した反動的な指導者達の存続を許しただけでなく、新自由主義経済の波を持ち運ばせてしまった。支配階級の家族の特権的利権をうるおし、その代償として、底なしの貧困と疎外を産んだ、と


分類できないもの・未定義なもの・無用なもの



・チュニジア革命においてネットが果たした役割が注目される。ロンドンでのG20開催に抗議する自発的に集まった人々は、ネットで集まって来た。一昨年二月ロンドンで四千人が行進し、シティーの中央銀行広場を占拠した。八時間に及ぶ警察権力の包囲網の中で、この出来事を携帯電話で世界に発信した!


・文学トハ書クコトノ実存ナリ。マルクスならば、ネットと自己との関係を見極めたかしら?ジェニーとエンゲルスは彼のネットを構成したのか?全体化不可能な積分と微分、多穴性の仮想都市、ジョイスのダブリナーズ

・全部がアニミズムと一神教に分類されちゃうのでしょうか?アニミズムでもなく、一神教でもない、そういうものって、なんですかー。例えば、恋愛って、二人で一つに収縮していく方向だけど、一人が二つに拡大していく方向ともいえそうです。恋愛はアニミズム?一神教?
 ツイッターはどうでしょうか?友達と交信していますが、神様と交信していると思う事もあります・・・多神教と一神教の中間とはいえないでしょうか?
 恋愛は宗教的な狂気と譬える人もいます。二人の間の関係として成り立つ愛を、宗教は自分のモデルとしてきたのではないでしょうか。多神教のストーリーもあれば、一神教のストーリーもあります。三人の関係は複雑すぎて宗教には扱えませんが、文学は常に三角関係を扱います・・・

・ジョイス小説の中で、登場人物が校庭の子供達を指差し、神様の声と形容します。Hooray! Ay! Whrrwhee!外国生活した作家達はうまく喋れず声にコンプレックスを感じる結果、閉じた内面ばかり描きます?学校横のアパートに住めばよかったのにと思います

・理性の笑みの時代、多様な才能が集まる場、 十七世紀の女性達が主催したサロン文化。バベルの塔という陰口も、ジョイスのシンポジウムは文化サロンの継承です。大物パトロン、ユダヤ人Sennの警鐘;探求を続けるためには、解決するな!罵倒は安易な「解決」と思う

・成人式の日に、二十歳となった全員に、パスポートを無料で支給してあげて下さい。外国を見るって大事だから。世界的に通用していると思っても、本当は日本人の間にしか流通していない、そういうものだらけなんだ。知らなくちゃならないよ。何故?その理由も、海外に行って学ぶんだ。おやすみ、二十歳よ

・田中正造の国会質問「関東平野の真ん中を不毛の砂漠とし、そこの人間が助けてくれと請願に出ると殴りつけ、しかも、犯罪人だと言って引っ張っていく。人間の生きる父をほろぼして、国家が立ち行くか。今や、日本は亡国となった。政府には、それがわからないのである。」


・田中正造の国会演説「帝国憲法によれば、日本臣民はその所有権がおかされることがないと或る。鉱山事業がもし公益に害を及ぼした時は、政府は与えた許可を取り消すことができるとある。なぜ、政府は法律に従わないのか」


・東京からアイルランドに行ったとき、不便で困りましたが、不便ゆえに人間のコミュニケーションが密で、英語の表現能力が高まりました。東京は便利すぎます。多分庭造りみたいに、英語の勉強は確実に発展します。若い人にとって心の安定に役立つはず

・owl-catoはかく語りき; ほーほーtoday's shit is tomorrow's gold・・・今日の糞ったれは明日の黄金なり、と。 だから本当に、黄金に値するかどうか吟味しなければならないにゃ



・「既得権益が破壊する人間性の方が問題」。中国の皇帝に仕える高級官僚は奴隷出身者が多かった理由は、彼らを鞭で拷問できたからそうだ。鎌倉武士の様な氏族や貴族階級なら反発は必至。制度は同じ。拷問こそないが、日本の官僚は人格放棄の奴隷と思っていた.

・「週間金曜日」に物申すニャ。140字で議論が深まるのはおかしい、と書いてあった。ホホー、そうかニャ?現在米国人はイラクの戦況が不利だから反省しているが、日本人は勝敗関係なく戦争自体を犯罪と考える事ができる。日本国憲法が数学の定理の如く規定しているからだ。140字以下の言葉で、だ

・ホホー!昔ニャ、寺山修司の映画で演出家だった映像作家の先生から、絶対に役者になれ!と説得された。ただ、お前の言葉は上品過ぎて駄目、役者に成る為には青森弁を学んで喋れ、という忠告。理由をきくと、寺山が青森弁だからという。日本女子大で青森弁を勉強いたしました、と寺山は得意だったとか

・ホーホー!マルクス流金融危機とは?連載の再開ニャ。マルクスは自分の分析を政治経済学と言ったけど、それはニャ、政治学プラス経済学の話ニャナイ!そんな陳腐な話は新聞かテレビのご御用学者に任せておけ。でもニャンだろうな?フランス革命のユートピア+ドイツ観念哲学+イギリス古典経済学=0

・ホー、毎週日本語教授も、男子禁制、千人の砦の中に入るには心臓が必要だった。間違い?が起きるのを避ける為に女子生徒の目を見ないように!という同僚の警句。ニャンだかニャー。la piquée cœur non comme sácred héart , mais une mouche


・物価が高く人種差別もある英国で四年間、厳しい生活を強いられました。灰色に灰色を塗りつぶした毎日。ユダヤ人に「イギリスは嫌な事ばかり」と打ち明けると、「いや、イギリスにもいい事がある」と言います。「なんだ?」ときくと、「天気だ」と言いました。ドーン

・「OPEN性」の指摘に感銘を受けましたー進化論的比喩は検討の余地があるかもしれませんね。「多様化された普遍性」という言葉はいかがでしょうか?ネットの越境する多様性と、新聞の同質的な普遍性。競争しつつ共存発展する構造、と私なりに理解します

・ホー、悪夢にならない様にニャ!ネット友達のおかげで、古い歴史を持つスイス・ドイツ語の存在を知った。ネットは言語地図、十ヶ国語以上の言葉で毎日変容する。遠いものが近くに、近いものが遠くへ行く世界市場とも、文化と文化が交換される世界文学とも類似する

・文明国=軍事大国ならば日本は喜んで野蛮国になろう!岡倉のメッセージはスイスのネット友達から反響があった。古い起源のスイスードイツ語の存在も知った。母国語の外で、ネットは毎日変容していく。遠いものが近くに、近いものが遠くへ行く世界市場とも、諸文化と知の交換たる世界文学とも類似する

・外国のネット友達は偽名の者もいる。facebookの実名登録の義務は本当か?一昨年加入した時、国の監視を恐れて迷った。昔はノンポリの人でも、有機野菜を一回でも買うと公安による電話盗聴が起きた。検閲の厳しい国の作家の友達は通信干渉を受けているし、facebookの自己検閲も頻繁だ

・facebookで得したこと1テートモダンの仲間との連絡の便宜2イラクとアフガニスタンの侵略、沖縄の米軍基地等、米国人に抗議の意思を伝えた3死刑制度と在日外国人への差別等、日本の国家暴力を欧米とアジアに伝えた4国家に属する自分の名前に愛着をもたなくなったこと。名前は道具箱。以上

我々のマスコミは被占領地帯にあります!「私たちがネットによって受けている恩恵と同じ作用が政治の中で起こっているのだと思います。国家にとって情報管理が難しくなる・・民主的な方向に行くのか、破壊的な側面が増幅するのか、国家がより狡猾になるのか、まだ不透明ですね」

ホーホー。今朝、おにぎりを買いに出掛けた所、家の近くで休憩していた作業服のおにいさんとおねえさん七人が、「お、かわいいのが出てきたな」、「ポンキッキーみたい」と皆笑ったけど、ふくろーねこのことかニャ?









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ALSO SPRACH OWLCATO ふくろ・ねこー、かく語り き  2011 一月 本多敬  言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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