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zoom RSS 善としての互酬制の思想 ー 西田幾多郎、大杉栄、大江健三郎  by本多敬

<<   作成日時 : 2011/05/26 13:43   >>

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善としての互酬制の思想 ー 西田幾多郎ー大杉栄-大江健三郎


1、岡倉の東洋の理想は「アジアは一つ」という言葉から始まる。アカデミズムはこの理想を中立化してしまい、よく統御された文体で綴った美術史として扱うが、せいぜいオリエンタリズムにしかならないだろう。岡倉は政治的なのだ。「アジア」は占領地帯にある、と読むべきだ。例えば、沖縄は、そんな「アジア」に属している。沖縄は、世界資本主義に囲まれた日本を投射した場所と考えることができる。


2、西田幾多郎「善の研究」。問題提起的な語り口で、スピノザ汎神論、カントの道徳人格法、互酬的交換制を洞察している。TPPの歌を斉唱する現在の官僚機構。国家が、資本主義の悪(貧富の格差)を是正できないとしたら、互酬的共同体しか残されていない。西田に於ける善の研究とは、即ち、宗教運動としての社会主義の発明を意味したはずではないだろうか

3岡倉の「アジア」は、「場所」と西田が呼んだものに対応する。前述したように、国家は、資本主義が齎す矛盾、「貧富の格差」を是正する役割を持つ。例えば、官僚機構は奪って再分配する集団だ。つまり、福祉や戦争は国家Stateの領域に属する事柄となる。しかし、国家は結果的に、資本主義を延命させてしまう。

4資本主義との決定的な対立は、抵抗としての民族Nation、互酬的交換様式たる共同体からしか生じない。つまり、宗教運動としての社会主義のことだ。結局、「善」の場所は、宗教運動としての社会主義が沸騰する空間にほかならない。「場所は主観的であってはならぬ、場所其者が超越的でなければならぬ」と、西田が強調する所以だ。ただし、宗教運動としての社会主義は、「超越的」ではない。つまり、それは、内在的な「近さ」、私達の内部に存するといえる。つまり、西田哲学に木霊する、「即」のアナーキズム的な直接性だ。例えば、「真の人格的要求即ち至誠」という。

5、「即」のアナーキズムを、「媒介」の論理の縄で縛ろうとする言説の暴力とはなにか?つまり、質の悪い二項対立のことだ。こうした「媒介」の論理は、想像力の中心に敵を置くやり方だ。統一の為に敵を必要とする悪質な二項対立、narrow-minded, 愚か者の演説口調の論理に流れる暴力だ。外国人の地方参政権を拒む宗教団体、君が代斉唱を強要する、外国人嫌いの知事達・・・皆、「愛」と「即」の無媒介性を怖がっている連中だ。言い換えると、彼らは、資本主義との決定的な対立を恐れるあまり、「貧富の格差」を現状肯定してしまう。役に立たない約束をして民意を奪う。彼らは、抵抗としての民族Nation、互酬的交換様式たる共同体、宗教運動としての社会主の、歴史的な意義を消去してしまおうとする反動的な桎梏に過ぎない。

西田幾多郎は「善の研究」では、プラトー、アリストテレス、ヘーゲル、そしてカントに基づく普遍的国家観を語っていた。曰く、国家は今日の処では統一した共同体意識の最も偉大なる顕現であるが、我々の人格発展は此処に止まる事は出来ない。尚一層大なる者を要求する。・・人類的社会の団結である、と
三十年代のスターリンとヒトラーの接近、人民戦線の崩壊(但し中国では国共合作成立)という世界情勢の中で、西田は普遍的国家観を撤回した。曰く、個人は国家との統一の中で自発的な生命を発展させ、不可分に組織され生かされなければ。召集令状で自ら死を選んで死を超越せよ、と田辺の天皇万歳の哲学

6、大杉栄の理想のなかに、「善」を現実化する世界精神が展開した。私のネットで発表した小説である。私の小説の最後で、大杉は告げる。「市民社会の思想を、マルクスが措定した欲望の交換関係と混同してもらっては困る。僕が考えているのは、相互関係、互酬的な依存のことだ。この依存という概念は、物質的な次元における関わりから、鳥がひなを抱くように、モラルを抱くイメージとして思い描くことができるだけでなく、平等な相互関係のあり方を喚起させるだろう。と同時に、それは、政治的なものだ。僕が目撃したのは、自分達と直接かかわりがない事柄に同情と憤りを感じて、パリ街頭に繰り出した十万の人々である。民族と言葉の違いを乗り越えて、一人一人が抵抗の主体となり、一緒にパリの街頭、いや世界史の街頭を歩いた。権力が自己正当化する麻痺してしまった神話を爆発させるためにね。そうさ、精神そのものの爆発だった。たとえ、戦争を止めさせる事に失敗したとしても、未来に於ける飛躍のために、市民社会の歴史を創る、画期的な第一歩だった。これが、僕が見た十万のふくろうねこだったのだ。将来において必ず、国家の境界を超えて、世界中の都市で、人々が同時に自発的に行動を起こすことになるだろう。精神の行進が目撃されることとなるだろう。思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更にはまた動機にも自由あれ!」。


7、「善」の場所−大江健三郎の文学における継承。大江は真に左翼的文学者だ。日本という見える定義の集合のなかに、見えない自己定義の集合(フクシマ、原発)を差異化させて、なにかを言わんとしている;フクシマを過去の出来事とし、これまでの原子力計画を続けるとすれば、そのあいまいな日本の、次の私達に、果たして未来はあるのでしょうか、と。

8、「私達の国の為した世界文化への輝かしい貢献、今なおこの貢献は努力されている・・・美に対する汚辱と曖昧な破壊とが進行するこの時代に・・・幸福な知らせが到来したのだ。」このイェイツは、共同体において政治的な役割と責任を引き受けた古代の詩人達の姿に理想的なアイデンティティーの形成を見出したが、ボヘミアンの人生を讃えたというべきこの主張は、大江を魅了した。
 さて、大江文学をポストコロニアリズムの角度から捉え直す為に必要な議論である、ヨーロッパのボヘミアンの理想を共有し、踏襲したようにみえるアイルランドのボヘミアンの独自性とは何であるかについて考えてみたい。
 十九世紀半ばに出版された「共産主義者宣言」が「ヨーロッパに怪物が徘徊しているー共産主義者という怪物が」という冒頭ではじまるのは周知であるが、大江の「個人的な体験」の中の新生児が「怪物」と呼ばれることは単なる偶然ではなく、コミュニズムをアナーキズムのヴィジョンにおいて捉え直そうとする大江の立場が窺える。一般的に、ヨーロッパのボヘミアン達はインターナショナルなアイデンティティーを主張し、「共産主義者宣言」のマルクスの言葉を借りると、ボヘミアンの芸術家には国境が無いとされた。これに対して、アイルランドのボヘミアン達は自己のアイデンティティーを独立国の理想の中に見出した。芸術とナショナリズムとは、彼らのヴィジョンの中において互いに切り離せない関係にある。このアイルランドにおけるボヘミアンの独自性は、マルクスとエンゲルスが同国のナショナリズムに対して行った評価に従って正当化する事ができるだろう。事実、文化革命ともいうべき、イェイツが創設したアイルランド文芸復興連盟とマルクスの創設した国際労働機関との間には活発な交流が存在したのである。
 産業革命以降、歴史の趨勢を握ったブルジョアジーの主導権は決定的となるが、ブルジョアジーの貴族へ注がれた憧憬と拒絶は、フランス革命以降約百年間続いた幻想であった。例えば、外国語を取得するためには、いちいちそれらの言葉を母国語に置き換えている限り困難であり、母国語の媒介なしにその言葉で考える必要があるが、マルクスはこのことをブルジョアジーの主導権についてのアナロジーとして用いている。ブルジョアジーが自分達の言葉を喋るためには、貴族のコスチューム、およびその身振りと語彙の模倣をすべてやめる必要があったが、それらは一向に実現せず、台頭する労働者階級との間の闘争の中で、それらの貴族に対する憧憬と拒絶は大きな振幅を伴いながら、かえって強化される現象も生じた。
 さて、芸術における参加の意義を強調したヨーロッパのボヘミアン達は、理想が私有財産を否定したアナーキーな公共空間に存在すると考え、彼らにとってブルジョアジーの階級的な存在理由は否定されるべきものであった。こうして、芸術の私有を否定したヨーロッパのボヘミアンは、二十世紀初頭において、ついには貴族の幻想を完全に払底したブルジョアジーと鋭く対立することになる。公共空間を求めたヨーロッパのボヘミアンの政治的な信条は、アナーキズム的な第一次インターナショナリズムの主張に重なっていく。アイルランドのイェイツもヨーロッパのボヘミアンの理想を共有し、公共空間の重要な意義を訴えた芸術家の一人であった。イェイツを始めとするアイルランドの作家達は、ブルジョアジーの国家とは全く異なる共同体の建設を夢想したが、アイルランド西端に位置するアラン島はその理想の共同体のモデルであった。「ラシーヌを棄てアラン島へ行け」とは、パリで創作のうえで燻っていたジョン・ミリントン・シングに向かってイェイツが放った有名な言葉であるが、この言葉には理想郷へ向けられたボヘミアンの強い思いが込められている。貴族のノスタルジーが漂うブルジョア的な芸術は拒否され、観察と計量のリアリズムはフランス産業社会のイデオロギーとしてきっぱりと否定された。その代わりとして、アイルランドの口承文化の伝統を継承した神話とリアリズムとが折衷する、全く独自のジャンルの確立が模索された。こうして、アイルランドのボヘミアン達は、自らのアイデンティティーを語るために独自の言葉が必要となり、アイルランド西部の「農民」を発見するに至る。「農民」は彼らの理念の反映であり、近代社会やブルジョアジーに対するアンチ・テーゼとなった。
 ところで、「自分自身の感覚とモラルと思想」を徹底的に再検討したいと考えた大江は、自己省察に基づいたルポルタージュ作品の「ヒロシマ・ノート」や「沖縄ノート」に取り組むが、この大江の態度は上記のヨーロッパのボヘミアンに繋がっている、と解釈されよう。芸術における参加の意義を強調したボヘミアン達は、理想が私有を廃したアナーキーな公共空間にあると考えたが、大江にとって、ヒロシマと沖縄はまさしくそのような公共空間として存在したのである。「アラン島へ行け」、というイェイツの言葉には理想郷へ向けられたボヘミアンの強い思いが現れている。同様に、大江がヒロシマを「日本人の原点」と呼ぶ時、ヒロシマはアラン島に相当するユートピアの空間となるべきであった。そして、占領者を追放した沖縄は誰も所有できない大地、として思い描かれた。

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