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zoom RSS ALSO SPRACH OWLCAT ふくろうねこ、かく語り き  9月 2012 

<<   作成日時 : 2012/09/18 18:28   >>

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「ヌーヴェルバーグ」を例に、八十年代以降ゴダール映画は、「方法としてのスイス」の様相を呈す。チューリッヒからローザンヌ、ロール(彼の故郷)へと通過する列車は国境を越えない。出発は独逸語を喋る乗客中心だがそのうち仏語を喋る乗客に置き換えられていく。レマン湖は境無し。此処とあそこだけ

宗教改革というのは、旧教と新教との対決の構図に拠っては理解不可能。アイルランド独立運動の歴史も斟酌すると、カトリックかプロテスタントかに関わらず専制的権威から自立する理性の主権が先行する必然性があった。スイスに来たバクーニンの「神と国家」は国家もそういう専制的権威の一つとみなした

政治家達は「どうか中国に来て下さい」と懇願したくせに!とテレビと新聞は説教調。今日お前達の暮らしがあるのは日本企業の恩寵と思い込み略奪行為を非難する。が、もし本当に恩寵ならば、早速引き揚げて日本の若者を雇うべきだが。貧しい国の労働者達からすれば、外国資本は搾取しに来ただけの吸血鬼

朝日新聞は自身の言葉に酔う。「むろん主権は譲れない」理由を告げない。「挑発をせず、挑発に乗らず、あおらず、そして決然と」としかいわない。結局それは、「主権は譲れない」のは「主権は譲れない」からだろう。同じく、「TPPは不可欠」なのは「TPPは不可欠」だからと、社説も「決然」の論理

防御か攻撃かは明確に線引できないだろう。ただ瓦礫と石しか持たない漁船による海上保安庁船への体当たりと聞けば、あちらはなにかを守ろうと必死になっていることだけは分る。天声人語の方がよほど「英雄気取り」ー>「むろん主権は譲れない。だが挑発をせず、挑発に乗らず、あおらず、そして決然と」


<後出しジャンケン,ふくろうねこ主権>1,質問;仰りたい事が分りませんね。答;スイスで主権のことを考えました。面白いのは、非分割性を旨とする近代の主権概念の下に、エクリチュールと語りの一致という観念が受け入れられたのではないかです。否、逆かも。質問;駄洒落の真意は?答;ホホー

<週末の執筆テーマ>1、チューリッヒで「ル・モンド」の興味深い記事を読んだ。中国共産党と新儒学との表層的な関係をポストモダン的と評すー西欧なきポストモダニズム?。2、非分割性を旨とする近代の主権概念の下に、エクリチュールと語りの一致という観念が受け入れられたのではないかという自説

新聞は中立を。オリンピックの如く盲目的に、「領土問題」を実況放送するあまり、日本で暮らしている中国人への差別を引き起こすのではないかと大変心配だ。この危惧感は私だけではないはず。報じるなと言っているのではない。ただ、書く行為に、ヒューマニズムへの責任の自覚とのバランスを伴なわなければ


単に、橋下は他者殺戮の「マネジメント」だ。他者殺戮は、その「快感」が、政教分離の理想に縛られる「不快感」を凌ぐ限り正当化される?->(茂木健一郎)『とかくイデオロギーの問題として拘泥しがちだった日の丸や国歌の問題を、マネジメントの問題へと転換したのも、橋下徹さんのイノベーション』

自分の認識の仕方そのものに問題があることに、茂木氏は気がつかないようです。(彼が尊敬するペンローズ先生なら一秒で気がつくでしょうが)。結局、「ソドム百日」でパゾーリーが描いてみせたのは、そんな善意のサディストによる「モラルハラスメント加害者の屁理屈」の倒錯でした@sayori27

さより ‏@sayori27
逃げることも大事ですね。パラドックスは相手の土俵から降りれば避けられる。支配も隷属もしない。憎悪に囚われない。"@owlcato: サディストに対抗する者は自身もサディストになっていくパラドックスがあります。アイルランドのパラドックスかな・泣。単純に逃げることによって捨てる。"


韓国人?台湾人?中国人?ときいてくるのは、目が大きいからだろう。が、ヨーロッパでは中国人と間違われなかったのは、少しだけ着ていた物が高価だったからか。時代は変わった。昔中国人と間違われると、そんなに野暮ったいかと恥じた日本人。いまはそんなに金持ちに見えのるかと当惑するようになった

威厳かどうかは別として、ふくろうねこの眼差しなので、もしや、なにか知恵があると思われたかもしれませんね。笑@Beardslie 本多敬先生は、威厳ある素晴らしい方です。しかしhumbleになられる事もありましたから、アイルランド人、イギリス人は敬先生に学ぶことが多かったと思います

あの、短い滞在でしたが、念願のチューリッヒへ行ってきました。動物公園は行けませんでしたが、ジョイスの家の近くに宿泊できました。何箇所かあるのですが、チューリッヒ湖畔の住居ですね。戦争を避けたとはいえ、物価も高くドイツ語中心の街で大変だったのではないでしょうか@Beardslie

原子力規制委員会の田中俊一は、「(原発は)人類が生きる上で大事な技術」と強調。「人類」に寄与する無限大の利益を持ち出せば、どんなリスクも損失もファイナウンス可能と説教しているつもりか?「人類」に訴えてくるのは科学者の語りの特徴だが、この人の「人類」からは真理性がきこえてこない

書く行為は倫理的なものです。特に、多種多様な読者を想定した新聞である以上は、やはり公平に書く責任というものがあるはずでしょう。全国新聞の書き手達は、自分達の記事を中国人も読むという緊張感を持っていますか?日本のことは日本に即して理解すれば十分だと自分達に都合よく決めていませんか?

元アイルランド大統領メアリーロビンソンは嘗て、中国の人権抑圧に抗議すべく経済制裁を国際世論に呼びかけた。中国現地の日本企業の「被害」が報じられるが、しかしそもそも人権抑圧に沈黙してきた彼らは「加害者」でもあったのだ。自分の被害には過度に敏感、自分の加害行為は鈍感になっていないか?

中国の人権抑圧に抗議する経済制裁を求める国際世論に背を向けて、日本政府と企業は、金儲けの為なら、ベトナムとリトアニアに危険な原発を輸出する様に、資本を中国に輸出してきた。現地日本企業の被害の報道の前に、われわれは自分達の被害には過度に敏感、自分達の加害行為に鈍感になっていないか?

先々週ジュネーブ大学でルソー生誕三百年を祝う展示を見学。ルソーを知る上で今回スイスを観てきたのは役立った。主権概念の理解に苦しんだ大学時代は、高校時代の様にはルソーの議論をスイスイ追えなくなっていた。ルソーの理解が定まらなかったから、ルソー批判に定位するデリダの理解がブレたと思う

ルソーは、スイスのジュネーブ生まれである。先々週ジュネーブ大学でルソー生誕三百年を祝う展示を見学。主権概念の理解に苦しんだ大学時代は、高校時代の様にはルソーの議論をスイスイ追えなくなっていた。正直、主権概念を育んだオランダやイギリスやフランスといった国をまわってきても実感できなかった。EUだからだろう。最初に行ったアイルランドなどは、北はイギリスに属すといった現実で、主権は、えんどう豆みたい割れてしまってる。今回、スイスを観てきたのは役立った。ルソーの主張にリアリティーを感じた。恐らく長い間ルソーの理解が定まらなかったから、ルソー批判に定位するデリダの理解がブレたと反省中

2030年までの原発0%の目標は、財界と米国の干渉によって、事実上閣議決定できなかった。原子力規制委員会は原発ムラの村長のもとにおちた。民意を汲めない政府の失敗から学ぶことはなにか?原発の解決の問題は民主主義の問題と切り離せないこと、端的に、原発は民主主義と両立できないことである

右手は原発0%を唱え操業に関するリスク認識をもつのに、左手はこっそりと原発をベトナムとリトアニアへ輸出するとは?人間性に劣る。ドイツとイタリアから感化された日本の反原発運動が自身を取り返す条件は?将来原発企業商品の不買運動を行う海外デモとの連帯のことがある。中国の人々との連帯は?

右手は原発0%を唱え操業に関するリスク認識をもつのに、左手はこっそりと原発をベトナムとリトアニアへ輸出するとは?人間性に劣る。ドイツとイタリアから感化された日本の反原発運動が自身を取り返す条件は?将来原発企業商品の不買運動を行う海外デモとの連帯のことがある。中国の人々との連帯は?


ドイツとイタリアから感化された、日本の反原発運動が自身を取り返す条件はなんだろうかと毎日考えます。結局、2030年まで原発0%にする政府の約束は、財界と米国の干渉により、事実上保証がなくなったわけですし、結局原発を見張る審判長は原発ムラ村長が行うことになりました。このように民意を汲めない政府の失敗からあらためて学ぶことは、二点。まず、原発の問題は、民主主義の基盤が弱ければ容易に解決できないこと。次に、自らの力だけでは解決できない問題ならば、徹底的に国際問題化していく努力が必要であること、です。それにしても、右手は、原発0%を唱え、操業に関するリスク認識をもつのに、左手の方は、危険な原発をこっそりとベトナムとリトアニアへ輸出するとは...?端的に、人間性に劣らない行為といえないでしょうか?それとも、私の見間違い、聞き間違えなのでしょうか?将来、原発企業商品の不買運動を行う海外デモとの連帯のことがあります。恐らく、日中韓の人々の連帯によって、原発推進派の政治勢力を押さえ込むシフトをつくらなければならないでしょう。しかし、それどころか、国民同士が、タカ派の政治家達が煽る領土問題にズタズタに引き裂かれているという、なんとも厳しい現実です

小田実
眼からウロコが落ちることがなければ、旅に出かけることもない。『地図をつくる旅』1976年

燕尾服着てオペラを指揮しているジョン・ケージ?「革命児の遊び心」とまとめるとは、あまりにも大衆的な。ポストモダニズムが権威的に偉い文化となった現在、モダニズムの復権が注目されているが、今の朝日新聞には前衛精神の解説はムリムーリ。相撲記事と芸能人自慢話と天声人語でごまかしておけ

米国を追い出したあと、その穴を徴兵制によって埋めないかぎり、「独立」がないと説く意見もありますが、益々アメリカ漬けになる危険性がないですか?実はこんなタカ派の人々はなんでもいいから、「敵」というルサンチマンをつくらないと、彼らが大好きな「憎しみ」の中に安らげないだけなのでしょうが

戦争のときあなたの息子さんを前線に送りますか?ときいたらいいのです。そんな法律をつくれますかと。徴兵を唱える11人の答えは明らか。故郷愛である土フェチだけじゃつまらない。自分の力を知る為にも一人ひとりが国境を越えて。成人式は廃止、代わりに二十歳全員に、パスポートをあげてくださいな

米国を追い出したあと、その穴を徴兵制によって埋めないかぎり、「独立」がないと説く意見もありますが、益々アメリカ漬けになる危険性がないですか?実はこんなタカ派の人々はなんでもいいから、「敵」というルサンチマンをつくらないと、彼らが大好きな「憎しみ」の中に安らげないだけなのでしょうが


戦争のときあなたの息子さんを前線に送りますか?ときいたらいいのです。そんな法律をつくれますかと。徴兵を唱える11人の答えは明らか。故郷愛である土フェチだけじゃつまらない。自分の力を知る為にも一人ひとりが国境を越えて。成人式は廃止、代わりに二十歳全員に、パスポートをあげてくださいな

地球半分を支配した大英帝国なら格別、現在ヨーロッパ一中堅国でしかない英国は核搭載トライデントが地球の裏側まで行かせている。007でも救出?

正直、こんなに反発されると予測できなかった?新聞は、経済に関して、中国がダメなら東南アジアがあると楽観的だが、しかし、中国とのモノが出入りしないことは、モノが運ぶ情報の出入りもなくなることを意味する。われわれは平和戦略に向けて一人一人が、アジアの情報大国とならなければならないのに

正直、台湾からもこんなに反発されると予測できなかったのでしょうか?ところで新聞は経済に関して、中国がダメなら東南アジアがあると非常に楽観的のようですが、しかし世界史を鑑みて一般的に言えることは、情報はモノによって運ばれます。そうして近代の大阪の場合、当時交通の中心にいた町人達が豊かな文化と学問を享受できました。たしかに、商業資本主義のヴェニスの場合もそうでした。これは現在にもあてはまりませんか?やや極端に言うと、中国とのモノが出入りがなくなることは、モノが運ぶ情報の出入りもなくなることを意味するでしょう。しかもこの中国はいまや帝国と評される程の広域なネットワークを持ちます。われわれは平和戦略に向けて一人一人が、偏ることなくアジアの情報大国とならなければならないのに、鎖国的四面楚歌はダメダメ。それとも石原知事と共に孤立し、常に敵を捏造し憎しみの中で安らぎたいですか?

相変わらずpointlessだよね、この自己満足型反省おじさん達は。沖縄の人々の悲鳴は現実にどこの国に向かって発せられているの?公平にそれも書かなくちゃー>南から台湾漁船、西から中国公船、北からロシア機。閉塞と思うまい。満蒙の危機を叫んだ新聞の責任を省みる(朝日新聞;「素粒子」)

Takashi Honda says; oedipal montage as pluralistic world, anti-oedipal close-up as methodical doubt , Rolle as Godard

多様性ー単純性によっては隠蔽され得ないーを表現する豊穣性の方向を辿る芸術がある。但しジョイスは基底としてのアルファベットの単純性を排除しなかった。次に、単純性ー多様性によって隠蔽され得ないーを表現した不毛性の方向を辿る芸術が。但しベケットは多様性を排除せず絶えず自分自身を翻訳した

The audience thus encouraged, instead of shouting insults and howling with laughter, applauds enthusiastically, proud to show its good taste.  Marcel Proust

井上ひさし曰く、「劇場というのは、神のようになった観客が、人生の織物と出会うところ。生命の輝きが、その輝きを一段とますのを見るところ」。ただし、プルーストによれば、芝居に熱狂的に拍手を送る観客は、たんに自分の趣味の高さを示すためにそうしているだけじゃねーかと冷静に見定める。神様になっってはヤバイ。井上ひさしは、「神のようになった観客」と言っているが、「観客のようになった神」とは言っていない。「観客のようになった神」の拍手といえば、コンサートの熱狂的な拍手。グールドはそれ嫌で、スタジオに引きこもって録音した。演奏はテレビ収録に限った。今と違って、当時テレビも色々な可能性があったしね


The audience thus encouraged,instead of shouting insults and howling with laughter,applauds enthusiastically,proud to show its good taste. Proust
井上ひさし曰く、「劇場というのは、神のようになった観客が、人生の織物と出会うところ。生命の輝きが、その輝きを一段とますのを見るところ」。ただし、プルーストによれば、芝居に熱狂的に拍手を送る観客は、たんに自分の趣味の高さを示すためにそうしているだけじゃねーかと冷静に見定める。やはり何事も神様はヤバイのだろう。たしかに、井上ひさしは、「神のようになった観客」と言っているが、「観客のようになった神」とは決して言わない。ちなみに、「観客のようになった神」の拍手といえば、コンサートの熱狂的な拍手。(だからバルトは、ショパンの演奏会が大嫌いだった・笑)。グールドは観客の拍手に嫌悪を感じて、電子の迷宮の如きスタジオに引きこもって録音に専念したようなもの。なぜかというと、よく知らないが、ロマン主義的なものに反発したんだろうねー。だから、演奏はテレビ収録に限った。今と違って、当時のテレビも色々な可能性があったしね。カナダの放送局は

Postmodernism in CCP?
by takashi honda

Adam Smith of China has reproduced the false ideology disguised "Asian Socialism" since the Tiananmen Square Incident in 1989. The "Da-tong" 大同思想 is generally known as Chinese traditional thought that refers to sharing wealth of the world equally, and to respectable harmony. In the CCP there are superficial postmodern overlaps between the feudalistic premodern "Da-tong" and the modernization without West.But the "Da-tong" advocated by the Chinese leadership is in no more a socialism than the survival of the fittest promoted by Capitalism. At the expense of pro-democracy movement led by intelectuals, CCP 's "Da-tong" doesn't only achieve harmony and silence, but also exile. It's still a big question. Isn't the plurarism of <China principle> in CCP as worst a discourse as the unificationist of Greater East Asia Sphere once advocated in Japan
imperialism during 1930's ?


1970-1990; postmodernism is no less resistance to authority than modernism, just because it refuses
utopian vision. (takashihonda)


Nightmare.
Right-wing politicians rally to the support of nuke. Convulsion in politics goes hand in hand with the worst nationalism in territory issue. Toward the Rising-Sun flag, patriotic heroism would trap jobless young people being at the bottom of depression. Somehow or other we have to break the vicious cycle in which territory breeds war and war territory. But how....?
takashihonda


朝日新聞・社説"日中国交40年 信頼を築き直すために"を読んで

「購買計画」と呼ぶほど、石原の行動は中立的なのかしらかねえ?この言葉の使い方を一度も検証せず、「反日」という言葉を五回も使ってしまう朝日新聞こそは、石原と共に、どこまで「反中」。われわれの側には、「反中」がありませんかあ?どちらが原因でどちらが結果か分りませんが、恐らく誰も分らないことでしょうが、「反日」だけあって、「反中」が無いということはないでしょう。「反日」だけを記述するのは、フェアーではありません。ちなみに、40年前は、父が、両国間の関税手続きを調整する事務方として、田中角栄よりも先に、中国へ行った年でした。二週間滞在の後、持たされたお土産は、一刀彫の虎と王将の駒と切手、それから毛沢東語録の赤い手帳。多分これらは全部、父の遺品といっしょに、水曜日のゴミの日に、理由も無く無造作に捨てられてしまったんじゃないかなww、母によって。

四十年前は、父は、両国間の関税手続きを調整する事務方の一人として、田中角栄よりも先に中国に入った。友情の印として持たされた土産は、一刀彫の虎と王将駒、記念切手と赤い毛沢東語録。嗚呼、これらは皆虚しく、父の遺品と共に、水曜のゴミの日に、理由無く無造作に処分されてしまった、母によって

「私は書いているとき、完全に放心しているような気がする、もう全く自分を抑えようとはしない、私自身、穴だらけになる、私の頭には穴があいている」Duras

Big shame! This week two execution were carried out.Why majority of Japanese cannot see execution is no less torture than POW atrocities?

アングロサクソンといえば、Vandalismバンダリズム。芸術文化の破壊行為や蛮行をいう。破壊と略奪をほしいままにしたバンダル族の名から由来、今日ならネオリベ系橋下族だろう。スイスが日本人に合うと思うのは、バンダリズムがない点。古いものを大切に保存したいなら、中立を貫く努力が必要

なるほど、"〈ネイティブなアメリカン→同じアメリカ人〉という同化の罠を回避するために、あえて「インディアン」と名告る"ということなのですね。金子さんが与える戦略の見取り図、よく分りました。これに関連してですが、私の考え方というのはいつも言葉に即しています。「空」とか「土」とか、分割できない物質名詞というのがあるでしょう?分割できない連帯の意義をかんがえるとき、いつもこの物質名詞の共通性のことを思い浮かべるようにしています。そして、物質名詞の普通名詞化a cup of water とか、限定詞による限定化 the blue water、というのがありますが、こうして、これは、共通のものが、インディアンという属性や、アフリカンという属性を含むことに対応します。ここまでは、文法の知識に助けてもらいますが、この後は、哲学の思惟に助けてもらいます。waterとい語は神様から与えられたものではないように、共通の物というのは天賦不動のものではありません。共通の物は、人々によって絶えず発明されつくられていかなければなりません。そうでないと共通のものは、言葉(言語)と同じように、化石化してしまうからです。なにか、スピノザみたいな感じになるのですが、まさにこのスピノザなんです。ちなみに、アイルランドの高校の教科書、世界史の一頁目は、ジェロニモの肖像写真でした。自分達をインデイアンに自己投影する、アイリッシュの自己流世界史を垣間みせる決定的な映像です。また、イギリス人から白い黒人とも軽蔑されていた時期が長く、アイリッシュの反抗的なアーチスト達のなかにはその差別を利用するものもいます。インデイアン+白い黒人=Irishness、という方程式を眺めると、おのずと、かれらが発明していこうとする「共通のもの」がなにか分ってきます。啓発セミナーみたいになってきました(笑)。ちなみに、スコットランド人もそれを意識して、Britishnessという言い方があります


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