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zoom RSS 10月 2014年

<<   作成日時 : 2014/10/08 06:19   >>

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The first thing to say about Finnegans Wake is that it is, in an important sence, unreadable.
- Seamus Dean

Joyce, the greatest of them all, wrote his last text simultanousely in about two dozen languages. Even today Finnegans Wake poses stupendous problems for a translator; how is the job to be done? Out of what language ? And into what base-language ? How can any version begin to render the plurality of the text ?
- Declan Kaiberd


O terra, addio ! (さらば大地よ)

今日渋谷でスロヴェニアのマリボール国立歌劇場のオペラを観劇。ヴェルディーのオペラは、見事に楽器の可能性を引き出していますね、ワグナーの音楽みたいに声に従属していませんよ。戦う国家=祀る国家から逃れていく男女の終末、O terra, addio ! (さらば大地よ) と唄う二人をみて、「アイーダ」は、駄洒落ではないけど、愛のコリーダ、という感想をもったのはこの私だけでしょうか?


「The Times」紙というと、いまだになにか英国コンプレックスのある人々の間で、吉田なんとかが読んでいた高級紙のイメージがあるようなのですけれど、現在はスポーツと芸能記事で占められているタブロイド紙で、ロンドン時代のときは海外の記事にかんしてはそれほど信用していませんでした。判決を書いたつもりの気取った英語で飾った保守主義の視点で書いた社説は真面目。大抵は反ヨーロッパでいく、大英帝国「後」のイギリス国益中心の視点。今回の'屈服'という語がいかにも古臭く扇動的、大衆受けマッチョ主義を感じますね。事の真相は、是非心あるジャーナリスト達の調査に委ねたいと思います。


ブラショの「何ごとかが、至高性そのものがここに消え、ここに現れる」は、つまり、 <置き換え可能なもの/不可能なもの>がここに消え、ここに現われる、を意味することばだったのではないでしょうか。たとえば、そういう思考として、文学を翻訳した精神分析の領域、逆に、精神分析を翻訳した文学の領域などが考えられるが、しかしこの思考の外部性においては、何から何を翻訳したか定かではありませんから、文字通りの意味での翻訳とはいえないでしょうけど・・・

「なぜならその沈黙は法自身の沈黙した死骸から発しているのであり、法はなぜ墓に入ったか、墓を解放しまたは受け入れに降りてきたのかどうかを明らかにすることを拒んでいるからなのだ」


quand la parole
se détruit
quand ell n'est plus
le don
que l'un fait à l'autre
et qui engage quelque chose
de son à être
c'est l'humaine amitié
qui se détruit
telle est l'inquiétude des peuples
elle n'est pas matérielle
d'abord
elle est d'abord cette inquiétude
du coeur et de l'esprit
qui naît de la mort des amitiés
je ne crois pas aux voix mystérieuses
mais je crois à l'appel des faits
considérons les temps
les lieux où nous vivons
la situation precise
qui nous est faite
et l'appel qui qui en résulte
et après cela
jugeon


( Denis de Rougemont )


When the world is destroyed, when it's no longer a gift made by one to another that involves something of his essence, it's human friendship that's being destroyed.Such is the anxiety of peoples, it isn't material at first. At first it's that anxiety of heart and of mind which is born out of the death of friendship.I don't believe in mysterious voices but I do believe in the call of the facts.Let's consider the times, the places in which we live that the specific situation that is made for us and the summons that results and after that we'll decide. - Denis de Rougemont


「映画史」のゴダールが依拠しているドニ・ド・ルージュモンDenis de Rougemont がスイスの評論家であったことを長い間、見逃していました・・・

「言葉が崩壊し、誰から誰かへの、その存在に関わる何かを賭した贈与ではなくなってしまえば、崩壊するのは人間的な友愛である。人々の不安とはそのことだ。もとよりそれは物質的なものではなく、何よりもまず、友愛の死から生まれる。心と精神の不安である。私は神秘的な声を信じていない、ただ事実の呼びかけに信を置いている。時代を注視し、われわれが生きる場所、われわれを取り巻く正確な状況、そしてそこが導き出した呼びかけを見極めよう。判断を下すのはそれからだ。」


大正はなにを書くのか?

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
ー萩原朔太郎「純情小曲集」(大正14年)


明治の巨人と昭和の巨人のあいだにはさまれてた大正はそれほど存在感がありません。書店の棚にも、関東大震災の話題をのぞいて、大正の本をあまり置いていないようですね。しかし重要な事柄は全部大正のときにできてきます。'社会'と名のつくものは全部、大正のときに生まれてきました('社会政策'、'社会運動'、'社会主義' 等々)。子安氏が強調するように、なによりも明治が追及した、植民地をもつ日本帝国主義はこの大正からです。また戦争の全体主義のまえに、昭和に先行して、原敬内閣のもとでアメと鞭の国民統合(普通選挙法と治安維持法)が大正期に確立しました。ちなみに父は大正最後の年に生まれたので、尊敬した'原敬'の名をとって私の名にしましたが、将来ジャズミュージシアンになったら 'K'とも読める名前がいいとおもったとも真相はよく分からないのですが(笑)、兎に角、欧州の総力戦の荒廃に匹敵する関東大震災の後に、ヨーロッパのアバンギャルドが受容されてくるのも大正時代でした。さてヨーロッパとの学問の同時代性を意識しはじめた大正の知識人たちは、東洋のラテン語であった漢文エクリチュールを読めなくなっていました。この場合、失われた普遍言語は何によって回復するのでしょうか?留学生達が依拠したドイツ語等のヨーロッパ語だけではありません。新しい時代の普遍言語を構成していくものとして、芸術の言語がありました。萩原朔太郎の詩「黒い風琴」を読むと、新しい時代の息吹を読み取ることができます。しかし単純ではありません。大正のアバンギャルドは本当にそれほどアバンギャルドであったか?実際に朔太郎の詩は、街を観察した庶民的な詩「大渡橋」を経て、全体主義の昭和十年の前年に、漢詩のような「帰郷」を書くに至るのですね。これは何を意味するか?つまり漢文エクリチュールは、詩人において、完全には消滅していなかったということではないでしょうか。恐らく萩原朔太郎はフランスのシュールレアリズムのようにはそれほど神秘的な声を信じていなかったのですが、ただ事実の呼びかけに信を置いていたと思います。時代を注視し、われわれが生きる場所、われわれを取り巻く正確な状況、そしてそこが導き出した呼びかけを見極める、判断を下すのはそれからだというふうに。こうした呼びかけは、反時代的に、漢詩的な漢文エクリチュールにおいてしか表現されえなかったということが大変重要なことだとおもいます。



世界「共和国」がいかに、権威主義的「帝国の構造」へと<転向>していくのか?「気をつけろよ、転向がはじまっている」と、いとうせいこう氏が用心深い警戒をツイッターで飛ばしていたとおり、この人物のもっとも周辺から痛い<転向>が起きていたのである。これについて黙っている人も全員転んでいる

黒い風琴

おるがんをお弾きなさい 女のひとよ
あんたは黒い着物をきて
おるがんの前に座りなさい
あなたの指はおるがんを這うのです
かるく やさしく しめやかに 雪のふっている音のように
おるがんをお弾きなさい 女のひとよ。


だれがそこで唄っているの
だれがそこでしんみりと聴いているの
ああこのまっ黒な憂鬱の闇のなかで
べったりと壁にすひついて
おそろしい巨大な風琴を弾くのはだれですか
宗教のはげしい感情 そのふるえ
けいれんするぱいぷおるがん れくえむ!
お祈りなさい 病気のひとよ
おそろしいことはない おそろしい時間はないのです

お弾きなさい オルガンを
やさしく とうえんに しめやかに
大雪のふりつむときにの松葉のやうに
あかるい光彩をなげかけてお弾きなさい
お弾きなさい おるがんを
おるがんをお弾きなさい おんなのひとよ。

ああ まっくろのながい着物をきて
しぜんに感情のしずまるまで
あなたはおおきな黒い風琴をお弾きなさい
おそろしい暗闇の壁の中で
あなたは熱心に身をなげかける
あなた!
ああ なんといふはげしく陰鬱なる感情のけいれんよ。

(萩原朔太郎「青猫」大正12)



大渡橋

ここ長き橋の架したるは
かのさびしき惣社の村より 直として前橋の町に通ずるならん。
われここを渡りて荒寥たる情緒の過ぐるを知れり
往くものは荷物を積み車に馬を曳きたり
あわただしき自転車かな
われこの長き橋を渡るときに
薄暮の飢えたる感情は苦しくせり。


ああ故郷にありてゆかず
塩のごとくにしみる憂患の痛みをつくせり
すでに孤独の中に老いんとす
いかなれば今日の烈しき痛恨の怒りを語らん
いまわがまづしき書物を破り
過ぎゆく利根川の水にいっさいのものを捨てんとす。
われは狼のごとく飢えたり
しきりに欄干にすがりて歯を噛めども
せんかたなしや 涙のごときもの溢れ出で
頬につたひ流れてやまず
ああ我れはもう卑陋(ひろう)なり。
往くものは荷物を積みて馬を曳き
このすべて寒き日の 平野は暮れんとす。

(萩原朔太郎「氷島」大正14)


帰郷

わが故郷に帰れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽車は闇に吠え叫び
火焔(ほのお)は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
夜汽車の仄暗(ほのぐら)き車燈の影に
母なき子供等は眠り泣き
ひそかに皆わが憂愁を探(さぐ)れるなり。
嗚呼また都を逃れ来て
何処の家郷に行かむとするぞ。
過去は寂寥の谷に連なり
未来は絶望の岸に向かへり。
砂礫(されき)のごとく人生かな!
われ既に勇気おとろへ
暗澹として長なへ生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや
汽車は荒野を走り行き
自然の寂寥たる意志の彼岸に
人の憤怒を激しくせり。
(萩原朔太郎「氷島」昭9)



世界精神の五十年代・六十年代、そして'68年'に至った重要な闘争。運動の挫折、戦後民主主義の近代に対する決定的見直しが起きてきたのに、これらの経験と反省をまったく無視する形で、70年代に大正デモクラシーの言説が普及してきました。この言説は、<戦争の全体主義のせいで短命でしたが、故人の大正の理念は立派に現在の私達の戦後民主主義において発展していくことになりました>などという調子で自らを称えてくるのです。が、それが依拠している大衆社会の可能性も八十年代バブルで消尽したと言わざるを得ません。今日なお、悪戯に消費フェチに託して時間を無駄にしているにしかみえませんがね。さて敗戦後の知識人は、大正デモクラシーが戦争の全体主義を齎したかどうかを検証することもなく、アナクロニズム的に、大正デモクラシーを反復すべきだと信じました。そうして、冒頭に述べた社会主義の運動の挫折が明らかになったとき、運動の現場から問うのではなく、運動に先行する理念の内部から理念の内部に沿って、市民の個々の主体の成立を問うたのです。今日このような知の保守反動性は、「帝国の構造」の柄谷行人が演じ始めたと言わざるを得ません。この日本知識人は、オキュパイ運動の流れをなす台湾と香港の抗議、グローバル・デモクラシーの運動を支持することなく、それどころか、弾圧側の理念の内部から理念に沿って、「帝国の構造」に (非ヨーロッパ地域に成立したと世界史の言説がきめつけた)近代の優越性を託しています。しかし大切なのは、グローバル・デモクラシーの運動から、近代性・現代性を問うていくことであると私は思います。せっかく高度な意義深いカントの読みを世界に問うことをはじめたのですから、つぎに、これを、アジアに来ているグローバル・デモクラシーの運動から発展させていくことこそがトランスクリティークの課題ではないでしょうか?


結論; 方法としてのデモクラシーは、カントと同時代の、近代化の個々人の主体の成立を問うた仁斎のような思想家が存在した徳川日本に、近代と同等のものが成立したと考える。だから知識人は大正デモクラシーの内面的起源に回帰せずに、社会運動の現場から大衆社会デモクラシーの近代化・現代化を考えればよいということになろう


Der Mensch gilt so, well er Mensch ist, nicht weil er Jude, Katholik, Protestant, Deutscher, Italiener u.s.f. ist. Dies Bewuß:tsein, dem der Gedanke gilt, ist von unendlicher Wichtigkeit...
(Hegel, Grundlinien der Philosophie des Rights)

人間が人間とみなされるのは、かれが人間であるからであり、かれがユダヤ教徒、カトリック教徒、プロテスタント、ドイツ人、イタリア人等々であるからではない。思想がかかわるこうした意識は無限に重要である。(ヘーゲル「法の哲学」)


今回のノーベル平和賞は、平和原則を利用して<なに>をつくっていくかを言うことが評価されたとおもいます。教育保障のノーベル平和賞。スコットランド独立も大学教育無償化の願いがあるのです。この時代の方向に背をむけて、教育の格差をつくっていくことを国是とする、時代遅れの"「カジノ国家」追及のネオリベ日本'は、好戦的な反知性主義の未来を無駄に追求しています。


グローバル・デモクラシーの思想史とはなにか?
そのための詩・文学・演劇・映画・アートはなにか?

言いたくない 
聞きたくない 
見たくない

12月10日は。秘密保護法と集団的自衛権が徴兵していく兵隊たちでありと同時に見えない戦争のもとで犠牲者となるようなつくられていくグローバル時代の新国民の誕生


狂信がないと息苦しいぜ!

意志のこの要素のうちに、私があらゆるものから自分を解き放ち、すべての目的を放棄し、いっさいを度外視しうるというのことが存する。ひとり人間のみが一切を、おのれの生命をも放棄しうる。人間は自殺を行うことができる。動物はこれができない。動物はいつでもただ否定的でしかないままでいる。つまり、おのれのものでない規定のうちにいて、この規定にただ慣れるだけである。人間は自己自身の純粋な思惟であって、思惟するものとしてのみ人間は、おのれに普遍性を与えるという力なのである。すなわちあらゆる特殊性、あらゆる規定されたあり方を消去する力なのである。この否定的な自由、ないしは悟性の自由は、一面的である。しかしこの一面的なものはそれ自身のうちにいつも一つの本質的な規定を含んでいる。それゆえ、持ち去ってはならない。とはいえ、悟性の欠陥は、ある一面的な規定を唯一かつ最高の規定にまで高めることである。・・・自由の形式は、政治的生活ならびに宗教的生活の活動的な狂信において、もっと具体的に現象する。たとえば、フランス革命の恐慌時代がこれに属するのであって、才能とか権威とかの一切の区別は廃止されるものとされた。この時代は、あらゆる特殊的のものに対する戦慄、反抗、非協調の時代であった。なぜなら、狂信は一つの抽象的なものを欲するのであって、どんな分節と編成を欲しないからである。もろもろの区別が頭を出してくると、狂信はこれを、おのれは全く何でもあるとも決められていないという無規定性に、反すると思って、それらの区別を廃止する。それゆえまた人民は革命の中で、人民自身がつくったものであったもろもろの制度をまたしても破壊したのである。どんな制度も、平等の抽象的な自己意識に反するからである。ヘーゲル「法の哲学」


他者。人間ひとりびとり(自分自身の似像)をひとつの牢獄であると想像し、そこにひとりの囚人がまわりの宇宙全体とともにおしこめられているさまを見ること。Simone Weil

あなたはオリジナル?コピー?

ヨーロッパの近代史のズレとは、ロシア革命が直面した、ヨーロッパからの遅れのこと。ホ〜、それは、西欧はオリジナル、(漱石の悩みの如く)吾輩達はコピーという知識人の遅れの意識を構成します。アイリッシュなんかはパブの乱痴気騒ぎで、俺たちはフランス革命どころか、500年前の(人間が登場する)ルネッサンスを必要としているぐらいだぜーなどと彼ら一流の皮肉をはなっていましたが(笑)。でもね、ヨーロッパの中心をみてみると、「アンチ・オィデプス」のドゥルーズ&ガタリは、自分たちがオリジナルという罪悪感の役割を嘲弄的に演じていたとおもうニャリよ。みーんなだれも気がつかないけどね、だからこそ、あの本は「アンチ・オィデプス」という題名だったわけで.....

大正期の私法の社会民主的解釈の破綻を考えていた大学時代に、将来ネオリベ全体主義に抵抗する為には、回顧的に市民の個々人の主体の成立に云々するよりは大衆社会デモクラシーでの近代化・現代化を問えと喋っていた記憶が。現在は新たに子安先生のもとで東アジア全体を見ながら再び考えることになった

<大正>をいかに読むか?
- 子安氏の講義(10月11日;早稲田大学生教室)を簡単にまとめてみました

・ヨーロッパの近代史のズレは、日本のような後進国において再体験された。たとえば、ロシア革命が直面していた問題を再体験していくのである。つまり日本では市民社会が成立せず(成立しても未成熟な形で)いきなり大衆社会が成り立ってしまう(日露戦争後いきなり独占資本主義が成り立つ)
・大正は<日比谷焼き討ち事件>、即ち日本で最初の大衆運動という始まりをもち満州事変で終わる。「全体主義運動は大衆運動であり、それは今日までに現代の大衆が見出し自分たちにふさわしいと考えた唯一の組織形態である」というアーレントの指摘は、大正においても成り立つ。さて戦後民主主義は、この全体主義に帰結した挫折した大正デモクラシーの失敗を繰り返すことなく、その消滅した理由を考える必要がある。(中国の文革の崩壊が20世紀全体主義の終わり)
・知識人は市民の個々人の主体の成立 を問題とするのではなく、グローバル時代のグローバルデモクラシーはなにか、大衆社会デモクラシーは何かを考えるべきで、そこでの近代化・現代化が問われてくる!
・子安氏の「大正論」は、前回の「中国論」と繋がっているという印象をもちました。そのことを念頭において、上に示した最後の言葉を私(本多)なりに書きかえてみますとこのようになりました。'知識人は市民の個々人の主体の成立 (ヨーロパの近代史のズレを補う「帝国の儒教」)を問題とするのではなく、もはや「帝国の亜周辺」というナショナリズムの言説に同一化することは無意味だから、グローバル時代の大衆社会デモクラシーは何かを考えるべきで、そこでの近代化・現代化が問われてくる!'


知識人は市民の個々人の主体の成立 (ヨーロパの近代史のズレを補う「帝国の儒教」)を問題とするのではなく、もはや「帝国の亜周辺」というナショナリズムの言説に同一化することは無意味だから、グローバル時代の大衆社会デモクラシーは何かを考えるべきで、そこでの近代化・現代化が問われてくる!

'社会'と名のつくものは全部、大正のときに生まれてきました。'社会政策'、'社会運動'、'社会主義' 等々。このsocietyの訳語に、福沢諭吉の訳語'人間交際'がありました。これは明快な訳といえないでしょうか。ちなみに'社会'の'社'は元々土地の神の神道的概念。(成程、'社会党'は悉く消滅してしまうはずだ・汗)。さて'人間交際'に沿って'人間交際'をかんがえたのは江戸思想からはじまることです。徹底した身分制の'社会'のもとで自由が抑圧されていましたが、自由がなくなってしまったのではなく、それだけいっそう、危険をおかしても自由について考えようとした人々の交際が起きてきたのかもしれません。(これと比べられるのは、原発災害が起きたとき全国新聞とテレビが報道をやめてしまうと、この自己検閲によって世の中から報道がなくなってしまうのではなく、人々はTwitterのような対抗メディアでなんとか報道にかわる情報網の形成を試行錯誤したことでしょうか) 。'近代'は、この時代に活発な言論活動があった事実をみようとはしません。これに関しては日本主義論争において講座派と労農派のあいだで論争が展開されましたが、講座派については、江戸思想を通してこの時代の'人間交際'の条件と成熟を知れば知るほど、講座派の前提である、ステレオタイプの'前近代'の風景が益々成り立たなくなるということがあります。


1, アイルランドには英国が持ち込んだ一望監視方式監獄のような文明化!があった。内戦の中断の後、五十年代から近代化のプログラムが再開された?が、フランス革命前の「(人間が登場する)ルネッサンスすら必要だ」と怒る批判は、後発資本主義国の主体の近代化の遅れを突くアイリッシュ一流の皮肉である。
2, 西欧の近代化からのズレの意識は、後発資本主義国であればあるほど凝縮されてくる。日本の場合も、「戦争の全体主義の中断の後、日本の戦後民主主義は(未成熟な)大正デモクラシーを発展させた」と自己称賛する正にそのときに、主体の近代化をもたない資本主義はゼロに等しいという重い意識に縛られた。
3,四年前に自分が依った思想全部を白紙にしたいと思ったとき、大杉栄の自身だけを拠り所にした零からの出発をいう言葉が私を捉えた。彼を調べた三種類の伝記の書き手の中に大杉が蘇る構成に嫌悪感を覚えた。伝記の書き手=戦後民主主義と、大杉栄=大正デモクラシー、の間にはそれほど連続性があるのか?
4,「全体主義運動は大衆運動であり、それは今日までに現代の大衆が見出し自分たちにふさわしいと考えた唯一の組織形態である」(ハナ・アーレント'全体主義' 「全体主義の起源」みすず書房、1974)
5,<大正>をいかに読むか?ヨーロッパの近代史のズレは、日本の様な後進国において再体験される。ロシア革命が直面していた問題を再体験していくのである。つまり日本では市民社会が成立せず(成立しても未成熟な形で)いきなり大衆社会が成り立ってしまう(日露戦争後いきなり独占資本主義が成り立つ)
6,大正は<日比谷焼き討ち事件>、即ち日本で最初の大衆運動という始まりをもち満州事変で終わる。子安氏によると、戦後民主主義は、この全体主義に帰結した挫折した大正デモクラシーの失敗を繰り返すことなくその消滅した理由を考える必要があるという。(中国の文革の崩壊が20世紀全体主義の終わり)
7,知識人は市民の個々人の主体の成立を問題とするのではなく、グローバル資本主義の時代の大衆社会デモクラシーをかんがえるべきで、そこでの近代化・現代化が問われてくる。


日本のファウスト達

「資本論」の原理論的読みは、ファウスト達に市民的主体を与える神話になってきた。メフィストは約する。純粋に、原理的に読めば、君たちのコンプレックスである'近代化の遅れ'を贖えると。そうすると、自信をつけたかれらのなかには、「帝国の構造」の言説の高みから、「帝国の亜周辺」という形式化されたナショナリズムの言説を有り難く授かる者もでてくるというものだ。この至福の時にファウスト達が支払うべき対価は何だろうか?かれらのなにもかも'民族紛争'とみなす時代遅れの尺度で勝手に測っておきながら、構造化を望まない近傍としての台湾と香港にたいして、つまり抵抗の声をあげはじめた学生たちにたいして、「諸君は周辺だから黙って帝国の'民主'に服せよ」と言うとしたら、一体なんという対価だろう。日本知識人たちよ!



ロンドンでみた、画期的なバタイユ展。「ドキュマン」誌刊行によって、シューレアリズ運動の中心をなす、バタイユの影響圏に、エイゼンシュタインは向かっていきました。ローマ時代のコインの肖像、祭祀のマスク、演劇の仮面、動物の表情。「顔」に関する宇宙論的探求は、人間を中心とした従来のモンタージュ理論の「知」には収まらない、神秘主義のなにか他の惑星の異生物と交信している自動筆記的な方法でありました。シューレアリズの哲学が、限りなく、(対極の側にあるとされる)「唯物論的弁証論」に接近していくのは、この哲学は方法を重んじる神秘主義的弁証法であることによってです。つまり、哲学自身がすべての内的矛盾を承認することが可能となる弁証法となるから。人間から出発するという間違いをおかしてもまた、母国語から出発するという間違いから出発しても同一的なものは存在しません。世界は弁証法的に・・・

人間が人間であるときに人間であるのはなぜなのか?
動物が動物であるときに動物であるのはなぜなのか?
人間が人間であるときに動物であるのはなぜなのか?


ひとが母国語で書いているとき母国語で書いているのはなぜなのか?
ひとが外国語で書いているとき外国語で書いているのはなぜなのか?
ひとが母国語で書いているとき外国語で書いているのはなぜなのか?



読むことの快楽、見ることの快楽、学ぶことの快楽

「論語」のなかで本当に孔子が言った言葉がどれだけあるのかは本当はわかりません。孔子の死後、後世に書き足された言葉が多くあるのですね。書き足されたり、削られたり、ふたたび書き足されたりと、本としての「論語」も、今日のものよりももっと厚かった時代のことが推測されます。「儒教」という言葉も孔子は知らなかったか、知っていても自分の「学」において意図していなかった言葉でした。この「論語」がなにを語っているかは、江戸時代の思想家(伊藤仁斎)による、朱子の「論語」解釈の批判をとおして、なんとか理解の条件を理解できるぐらいです。朱子の解釈は「論語」を捉えるフレームとしてこれを読む必要もありますが、仁斎の脱構築的な注釈によって朱子の解釈を批判的にみていくと、依拠できるような解釈は殆ど残っていきません。「論語」は読むことができない原初的テクストとして存在しています。ただ孔子の文献学者としての仕事ぶりをみることができます。孔子以前には古の言葉が存在しなかったといえるほど、かれ以前の古典の本、すなわち古えの言葉を初めて編集したのですね。現在にひきつけて、これと比べられる話は、ゴダール以前は、ある映画作品がいつ何年に存在したということしかいわれなかったのに、70年代後半から着手されるかれの映画史的編集によって、ある体系性をもって、その作品の映像がどの作品の映像よりも<前>なのか<後>なのかということがはじめて意識されるようになったのですね。時間のキャンバスに映画の歴史が風景として現れてくるという驚き! <前>に存在したものを見ているときになぜかくも楽しいのかということです。ただ古の言葉とか過去の映画は一つ二つみただけでは考えることはできない。<前>に存在したものは、千、二千と見ていかないと考える事ができませんが、視線に先行してこの<前>という観念が存在していることの奇妙さ不思議さに絡み取られていく思考が、ここで書きたかった快楽なのです。またこのほかに、学ぶことの快楽に、自分の殻をやぶって大きな世界を知る喜びがあるとおもうのですけど、宗教というのもこういう喜びがあるのではないかと想像はしています。「法哲学」のヘーゲルがいうようには、国家が学をとらえるときは、国家が宗教を取り込むときのような腐敗が起きない、とはおもいません。やはり学びも国家意識のなかで腐敗してしまうと怖れます。この点については、存在していたらの話ですが、孔子も偉い人に仕えるチャンスもあったと思うのですけれど、いつまでも諸国を放浪していたのは、国家から逃げていたようにおもえて仕方ありません。これは、かれが学を腐らせたくなかったからか?「論語塾」で学んだこと。孔子は自分の学問の「終わり」のことは、顔回の死後、鋭く意識していたことです。私の理解では、最愛の最も信頼していた後継者の死は、孔子の内部のなかで、知(学)が 非知(宗教)に一番接近した実存的なときだったかもしれません。 学びは腐敗することは決してありませんでしたが、終わらなければならなかった。この唯物論的構成性は、日本人の自然観の<腐敗したもの=消滅するもの> <腐敗しないもの=生成するもの>とは違いますがね


観念が先行するのか?
視線が先行するのか?
それが問題だ

<前>に存在したものを見ているときになぜ楽しいのかと思います。ただ過去の建築とか過去の映画は一つ二つ見ただけでは考えることはできない。<前>に存在したものは、体系的に見ていかないと考えることができません。しかし視線に先行してこの<前>という観念が存在していることの奇妙さ不思議さ



ところで近代の翻訳語ですけど、仏教や儒教の「教」は、「教学」の「教」であることに違和感をもつひとが案外とすくないですね。自分がかかわるのは信仰あって教説ではないのに!、という違和感が聞かれない。いくら教説を分析しても、それは教説について語った言葉であり、信について語ったことにはならないのですけどね。誤解と混同がずっとあるかもしれません


オペラ「論語」

ホ〜、学ぶことの喜びのひとつに、自分の殻をやぶって大きな世界を知ることがあるとおもうのですけど、宗教というのもこういう喜びがあるのではないかと想像はしています。さて「法哲学」のヘーゲルがいうようには、国家が学をとらえるときは、国家が宗教を取り込むときのような腐敗が起きない、とはおもいませんよ。わたし的にはね、やはり学びも国家意識のなかで腐敗してしまうと怖れますがね。この点については、存在していたらの話ですが、大昔、孔子ちゃんも、偉い人に仕えるチャンスもあったと思うのですけれど、いつまでも諸国を放浪していたのは、国家から逃げていたようにおもえて仕方ありません。これは、かれが学を腐らせたくなかったからではニャかったか?「論語塾」で学んだこと。孔子は自分の学問の「終わり」のことは、顔回の死後、鋭く意識していたことです。私の理解では、最愛の最も信頼していた後継者の死は、孔子の内部のなかで、知(学)が 非知(宗教)に一番接近した実存的なときだったかもしれません。 学びは腐敗することは決してありませんでしたが、終わらなければならなかったニャ。(この唯物論的構成性は、日本人の自然観の<腐敗したもの=消滅するもの> <腐敗しないもの=生成するもの>とは違いますね)




集団的自衛権はなんのための侵略戦争なのか?

イラク戦争を観察すると、簡単に国外に出た軍隊はいかに、戦争が終わっても、帰還してくることが難しいかです。国民が世界地図のどこにあるのか指をさせないような国々に行くかもしれない、米軍のあとにしたがう集団的自衛権の行使によって、「敵」が存在しなくなった後も現地の爆撃を「協力」しつづけるという最悪の事態もかんがえないわけにはいきません。その場合、政府は米国の戦争継続を正当化するために、反戦を唱える人々を秘密保護法などで弾圧していく危険性もあるでしょう。無意味な戦争から、自衛隊を撤退させるのは、ほかでもない、「日本周辺」という制約ですけれど、この制約を外したら何が起きてくるかです。国を守る?戦争は、全員が兵力となり、全員が国内での家庭生活から国外へ引っ張りだされてしまう侵略戦争の様相を呈するのでしょうか。現代のハイテク化した'見えない戦争'は、かつての総力戦とはちがって、国民全員が巻き込まれる心配はないのでしょうか?ここでは二点だけ書き留めておきたいと思います。まず戦争が'見えない'ことに関しては、おそらくこれは最初だけのこと。爆撃される貧しい国の大量の難民は、確実に存在してきますから。次に、国民全員が巻き込まれるという可能性については、すでに自治体の7割が勝手に個人情報を国に提供しています(「自衛官募集」)。これは、かつての総力戦と同じように、国が市民生活の隅々まで監視してくるひとつの形に相違ありません。否、集団的自衛権によって、嘗ての総力戦を超える極限までに、戦争に役立つかどうかという観点でわれわれ一人一人の身体の隅々が監視される戦場に置き換えられてしまうことだって。
集団的自衛権の日本が紛争地域をつくっていく現実的可能性があるなか、ご指摘の通り、「外野」はほんとうにそれほど外野だったのかという問いにいよいよ直面しつつあります。公家氏演出のアフガニスタンの芝居をみたとき、この企画は、紛争を演劇の内部から演劇の内部に即してなにを見るのか、というよりも、'外部から演劇がいかに紛争に介入していくのか'ということから、'演劇がいかに自分の力の限界を知るのか'まで含めて、演劇がいかに自己を開いていく再定義していくのかを問いかけてくる企画だとおもいました。これについては、紛争地帯の人々が自分たちが何をしているのかを伝えることができないという怒り、作家の問題提起に最初に来る切実な問題を、日本知識人、演劇評論家には理解できないということは、それ自体紛争を構成しています。自己の中で自らを「外野」と自己同一的にリアルに?位置づけるナショナリズム特有の言説ではなかったでしょうか?

誰が「紛争地帯」を伝えるかという問いが最初に立つのだとおもいます。国際メデイアが伝えるのか?現地メデイアが伝えるのか?貧しい国は国有メデイアをもっていませんから、(持っていても非常に限られた放送に体制です)、その国の人々は現在進行形で紛争が起きていることすら知りません。アフガニスタン演劇を観てこのことを改めて思ったのですが、これと一緒に、九〇年代後半から八年間住んだアイルランドの歴史に即していいますと、イギリス軍の市民にたいする無差別発砲が起きた七〇年代の血の日曜日事件をBBCは一切報じませんでした。それどころか、北アイルランドではなにも起きていないという報道すらしたといいます。国際メデイアに依拠している現地の人々は他に知る方法がないのです。(BBCに関して同じようなことは、ナイジェリアの内戦のときも起きたと友人は言っていました。)しかし国内で何か大変なことが起きていることは間違いないと人々は疑っています。ご存知かもしれませんが、そうしたなかで、草の根運動の演劇集団(フィールド・デイ)が結成されました。紛争地のデイリーに行き、'なぜ紛争が起きてくるのか'をテーマとした芝居を討論会とともに展開するためです。(できるだけ「偏り」を避けるために、運営委員メンバーをカトリック側とプロテスタント側を半分半分にしたようです。かれらは他に、南アイルランドの、ラジオしかないような地域に巡業しました)。要領がわるく説明が長くなってしまい、本当に恐縮ですが、とくに、3・11を契機に一層考えることといえば、報道というのは、マスコミの所有物ではないとうことです。アイルランドの場合は、イギリスのマスコミが「報道」しなかったので、演劇が「報道」したのですね。(このことから、報道とは、to visualize the voiceless voice ということだとわたしは理解しております)。さて、正義についてなにがいわれようとも、そもそも事実の発見がなければ正義が成り立たちません。そしてこの両者が区別なく一体のものとしてあるのは、やはり、事件性を離れては語ることができないからとおもいます。つまり解決したいという問題意識が語ることの根底にあるからではないでしょうか。アフガニスタン演劇で学んだこと。権力者が政治的に正義を語ることならば、それに対して声なき人々は正義について語らないというのは、抵抗を構成します。(政治家はポストコロニアリズムの言説を支配の言説として利用しています。'われわれは誰か'を教えるfromの教説)。と同時に、これと同等に、他の可能性が存在することをかんがえる機会でもありました。つまり、権力者が正義を語らないときは、抵抗する人々に政治的に正義を語るチャンスがくるという可能性のことです。('われわれは誰か'を問うという、開かれた問いとして問う<in,into>の語り)。適切なお返事になっているのかわかりませんが、と、このように、未来のことも含めて、(おもいだされる未来というべきかもしれませんが)、政治ゆえに起きてくる語りのダイナミックに揺れる関係を一方の極に固定してしまったら、現在進行形で語られてくる紛争地帯の現場がただの<ゼロ>、ただ無意味なnothingの教条主義になってしまうのではないかとかんがえている次第です

ポストコロニアリズムの作家として知られる、ナイジェリアのウォレ・ ショインカのテクストからつくった作品。内戦と亡命、祖国喪失者をテーマとしない詩はもはや、決定的に時代遅れと痛感させられたものです。サルトルの、作家は現地語で書けというnegritudeの方向とは異なり、ソインカは自らの複雑なアイデンティティーを英語で書きました。かつてこの作家はジェイムス・ジョイスの仕事をアフリカに紹介したことを、ロンドン時代のナイジェリア人の友人からききました。いかに書くかということについていうと、ヴァージニア・ウルフから影響を受けている第三世界の女性作家が多いのですが、彼女たちの方が、(私の知る限りでは)、フェミニズムのイギリス人女性よりも、ウルフの'父なるもの'にたいする根本的な拒否' を文体との関係において敏感にかぎつけている感じがしました。思い出すと、ロンドンに来ていたパレスチナ女性詩人の詩も、男性作家のようには決して完成を目的としない、文法も忠実ではない、(自分を苦しめる父=男性の構築物に忠実であることにはたしてどれほど意味があろうか?)、分割と区分けに従わない隙間だらけの不完全な書き方が、語り継ぐカタルシスの場を構成していました。



ポストコロニアリズムの作家として知られる、ナイジェリアのウォレ・ ショインカ氏のテクストからつくった作品。この作家は、ジェイムス・ジョイスの仕事をアフリカに紹介したことを、ロンドン時代のナイジェリア人の友人からききました。ロンドンでは、内戦と亡命、祖国喪失者をテーマとしない詩はもはや、決定的に時代遅れと痛感させられたものです。


Which of the 11 American nations do you live in?


地層は大地の<身体>の上での凝固の現象であり、この現象は分子的でもあればモル的でもある。つまりそれは蓄積、凝結、沈澱、褶曲(しゅうきょく)といった現象なのだ。それは<帯状>をなし、<挟み>であり、<分節作用>である。――(下)p301
地層には著しい機動性がある。一つの地層は、進化的な秩序とは無関係に、いつも別の地層に対して基層となり、他の地層に衝突することがありうる。そしてとりわけ、二つの地層のあいだ、あるいは地層の二つの部分のあいだには、間層というべき現象が現れる
つまりそれはさまざまな環境のあいだのコード変換であり、移行であり、また融合である。リズムはこのような間層的な運動にかかわるのであって、それは同時に地層化の作用なのだ。
地層化は、いわばカオスに発する世界の創造であって、持続し、更新される創造である。そして地層は<神の裁き>を構成する。古典的な芸術家は神に似ていて、形式と実質、コードと環境そしてリズムを組織しながら、世界を作るのだ。 ―(下)p302


Tu appelles ça de la jalousie. J’appelle ça la peur de te perdre.


Hello!

アイルランドに入ったとき純粋異教徒のこの私にも(笑)、デリダ的ジョイシアンからは、Hello!を連発されました。ジョイスは、傘の形をしたスピーカーを通して Hello!と呼びかけると棺桶に繋がる蓄音機 gramophoneを書きました。文学の倒錯に陥る滑稽極まる想像と一笑するなかれ!今日私たちが過去の映画をみるときに常に死者(スター)をみていることに気がつけばですね、このジョイスがベンヤミンの問題意識に沿って、テクノロジーが媒介する神話世界の(根拠なき)現前を前衛的に描き出していたその画期性を理解できるのではないでしょうか。ジョイスのブルームが交通していこうとする死者とは、文字通りの死者ではありません。それでは、郵便論的な靖国公式参拝になってしまいます(汗)。そうではなく、他者としての死者は、たしかに近くに存在しながらも遠くにいるとかんじられるような存在です。つまりマルクス的な意味で'疎外された人々'、多様性として受け入れられていない人々のこと。具体的には「ユリシーズ」では、主人公である、アイルランドに生まれたユダヤ人のことでした。もし今日ジョイスが生きていたら間違いなくアラブ人を主人公にするはずです。なぜか?Ulysee gramophone を読むことは、 反時代的に、多様性にたいしてHello!と言うことの倫理性を読むことにほかなりません。そしてデリダのエクリチュールも、政治のルソー的演劇化、すなわち単一の声が支配する全体主義の領域にたいして批判的に介入していくという脱構築的のHello!、なのでした。


わたしは読んでいるときに読んでいるのはなぜか?
語りかけているときに語りかけているのは何故か?
読むときに語りかけているのはなぜか?
その答えがここに...
Ulysee gramophone を読むことは、 反時代的に、多様性にたいしてHello!と言うことの倫理性を読むこと


綴り字法(orthography)

辞書をひくと、綴りは、布きれなどをつなぎ合わせてつくった粗末な衣服の意。綴り字法(orthography)とは、欧米語を表記する際の文字の並びです。綴り字といえば、プルーストは小説のなかで、所有したいと願い失うかもしれないとおそれた愛人の名の綴り字に凝りました。嫉妬jealousy のシーニュ(徴)に先行して、綴り字があったのです。親しさを感じた、担任の女の先生が英語のくずした綴り字で私の名前を示したときこれを読めず後で痛い屈辱感を覚えた子供時代の厄介な記憶があります。四年間の自身の依った世界が全部否定されたと感じたものです

ジョイスは小説のなかで、傘の形をしたスピーカーを通して Hello!と呼びかけると棺桶に繋がる蓄音機 gramophoneを書きました。滑稽極まる想像ですが、しかし今日私たちが過去の映画をみるときに常に死者(スター)をみていることに気がつけばですね、ジョイスがベンヤミンと同様にテクノロジーが媒介する神話世界の現前を前衛的に描き出していたことを理解できるでしょう。さてデリダのエクリチュールも、ルソーの演劇化した全体主義の領域に批判的に介入していく使命をもった脱構築的のHello!なのでした。しかしこの存在論的に他者に開かれたデリダも、郵便的日本知識人の手にかかると、Hello!ではなく、外国人嫌いの大日本帝国憲法のヘイトスピーチに堕落してしまうというのはどうしたものでしょうか?これも帝国の同化主義的構造なのでしょうか?


沖縄のテントのときはエスカレートしていかないようにと願っていたのですが、今度は、経産省前の第二テントの中がメチャクチャにされたようです。現場の写真をみると、陰険に脅迫を目的とした破壊行為にみえます。解決できるのにこの問題を放置すると、もう次の襲撃が始まっているのかもしれません。

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10月 2014年 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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