言葉と表現と射影のブログ

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<<   作成日時 : 2015/12/10 14:36   >>

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BIG SHAME !
Japan hangs two prisoners, including first convicted in lay judge trial

わたしは死刑制度に反対しています。その理由は・・・

戦後日本人は日本軍国主義について知っていたので死刑反対の割合が非常に多かったといわれます。日本軍国主義と処刑の結びつきをもう忘れたのですか?とくに安倍内閣になってから死刑ラッシュのようですが、軍国主義の復活の兆候を疑いますね。どんな人も間違いをおかします。人が人を裁く裁判では間違いが起きます。冤罪の問題が常にあることを念頭に置く必要があるとおもいます。また死刑で犯罪防止するという威嚇効果も疑われています。ヨーロッパのどの国も死刑を決してゆるさないのは、様々な理由があるはずです。実際に私が知っている学校教育の場では、この問題について多様なアプローチから子供たちが議論したり作文を書いていました。わたしは死刑執行は殺人を再び国家に行わせることに等しいという考えをもっています。処刑した国家にたいして殺人罪を適用するのはどうしたらいいでしょうか?残酷で野蛮な処刑である、国家による殺人を実現させた法務大臣岩城光英と執行に関わった組織、裁判官・検察官、そして処刑をみとめた裁判員達、あなたたちが高次の人類の法廷で殺人の罪で裁かれることになる日はいつくるのでしょうか?
ー「裁判員判決で死刑 初執行。2009年5月に裁判員制度が始まって以来、初めて市民が判断した死刑因に刑が執行された」 (朝日新聞)


the narration in Godard's "Film Socialism" (2010)
ゴダールのソーシアリズムのナレーション;<投射>の視点から、1789年について言及する。個人と法との間にはスクリーンが不在だ (ネオリベ体制のもとで搾取が起きる現在の話)
Je ranconte 1789 nuit 4 août
Avec les corps sont abolis tous les droits particuliers
Il n'y aura plus qu'un droit commun
droit commun applicable universellement
condamné à chaque Français
Plus aucun écran entre l'individu et la loi

凄いなあ、なにもしなくとも向こうから古典ギリシャ語が流れてくるよ
Μὴ ἐν πολλοῖς ὀλίγα λέγε, ἀλλ' ἐν ὀλίγοις πολλά. Pythagoras (Stobaeus, Anthologium, III 35, 8)
多くのことでわずかしか語ってはならない。むしろ、わずかなことで多くを語れ。……ピュタゴラス(出典はストバイオス『精華集』III 35, 8)


“Our truest opinions are not those we never change, but those to which we most often return.”
― Denis Diderot


ブラウン管のなかで「クールなんとか何とか」と口にする人をみると、重商主義国家が喋っているのかとおもってしまうんだけど



フェルメールとジョイス

洋の東西を問わず、広く木版印刷や活版印刷術が普及する以前、本は筆写するものであった。中世ヨーロッパにおいて写本はキリスト教の修道院を中心に行われたのである。エーコ「薔薇の名前」の映画のなかで、「解釈するな、ただ書き写せ」と命じられる学問僧・修道僧が本を筆写している姿がでてくる。なんでもかんでも解釈しなくてはならない現代からすれば解釈しないことはさぞ苦痛だったのではないかと思われる。が、原初的テクストにたいする崇拝が書かれた言葉を神聖な言葉として書き写させたのであろう。中世の絵、僧侶の筆写している姿の絵を、下のラブレターを書く世俗の女の絵と比べてみたくなるというものだ。僧侶の書く姿に、自然との関係が指示されているわけではない。肉眼ではとらえきれない理性の抽象的照明をなんとかこじつけて読み取れる。窓から差し込む自然光も、部屋の中でその光の中に侵入し拡がっていく闇もまだ存在してはいなかった。フェルメールの女性で表現されることになったのは、鑑賞者との親しい関係におかれる、繊細さに溶け込む、イヤリングにおいて際立つ煌めく闇であった。だがこの近代の絵に至って失われたものはなにか?言説のゲームがいかに変わったのか?文字を書く姿を描いた絵画から、文字そのものが消えることになったのである。ここで、「ユリシーズ」の教理問答の文体でかかれた「イタケ」挿話Itacaをどうしても思い出すのである。「イタケ」挿話のナレータの最後の言葉は、Where?であった。この最後のWhere?という言葉は実は、「ぺネロペイア」挿話の最初、すなわちモリーの眠りの独白世界の入り口で発せられた最初という位置をもっている。午前二時半、寝室のモリーが眠れない状態が続くとすれば、ではかわりにだれが眠ることになるのか?語っていた書かれた言葉が終わるところで、語ろうとする声が始まる。そのとき寝室で眠るのは文字である...



カラヴァッジオ、レンブラント、フェルメール、とつづいて、明日からは、ベラスケスへ行く

映画館のなかで子供のときに惹きつけられた映像とは、メリーポピンズの空飛ぶ「傘」でも、チキチキバンバンの水に浮かんですすむ「車」でもなかった。東京を舞台とした007の「忍者」ではありえなかった。私の唯一の映像は、キューブリック「2001年宇宙の旅」のラストシーンで宇宙飛行士が立つバッロク風インテリア空間だった。煌めく闇というか、内部空間というものの美しさをどうしようもなく感じてしまったのである。だから、ということもないが、この本の表紙の絵(宮廷衣装で飾られた女性)をみて、宇宙の広大な闇に佇む宇宙飛行士の姿を重ねてみるのはわたしだけだろうね(笑)。そもそも映画館のなかに浮かぶスクリーンというのは、光と闇が戯れるどこかバロック的な内部空間の様相がある。だからテレビの光の威厳をもって聖人ウルトラマンたちが次々と空から現れるとき、いかに天が倫理的な天蓋であるのかと教えられることになったが、ただどうしてもかれらが私が見た映画スクリーンの宇宙の闇から来たとは信じられなかったものだ。伝達することを目的としたテレビには、説明できない孤独な闇というものをゆるすスペース(余白)がないのだ。オペラはバロックの時代からしか現れなかったのはなぜなのか?この問いが反復してわたしをとらえて離さない。カラヴァッジオ、レンブラント、フェルメール、とつづいて、明日からは、ベラスケスへ行く


でもラングロワがこの世を去ったあと急にそうしたことをするために必要な条件がそろわなくなったのです・・・」。


「そのひとがジェネラル・モーターズの流れ作業のなかでなり、ある保険会社なりで働いていたとすれば、自分の労働についての写真は一枚も残っていないはずです。自分の子供の写真は何枚か残っていても、たぶんそれほど多くはないだろうし、いずれにしても、労働についての写真なり音はもっと少ないはずです。」

「私が言いたいのは、・・・妻を寝取られた男は、妻とその相手の男が一緒にいるところを見たりしたことがなければ、つまり、妻の写真と相手の男の写真を手に入れ、それらを並べて見たりしたことがなければ、あるいはまた、相手の男の写真を見たあと、鏡で自分自身を見たりしたことがなければ、その浮気についてはなにも見なかったことになるのです。つねに二度見る必要があるのです」


これは、人生の重要な側面である労働と愛について語ったすごい言葉だ。あちら側に語られる労働と愛が存在し、こちら側に語る映画が存在するとみなされるようなこの関係をゴダールは転倒する。否、転倒以上のことを行っている。ゴダールは労働と愛を映画の側から定義してしまっているからである。つまり「労働」とは映像(写真)が介在できない領域として定義される。他方で、「愛」とは「つねに二度見る必要がある」領域として定義されることになるのである。なにを言いたいのかまだわからない。ゴダールの言葉にしたがって理解するしかない。すると、映画は、映像(写真)が介在できない領域と「つねに二度見る必要がある」領域を呈示することが課題となると言っている。ここから、ゴダール自身の人生と仕事が語られると言っているとき、そこに映画が映画をとらえるという視点が働いているとかんがえていることがわかるのである。

あまりにも曖昧だとしてこの捉え方には批判も多いのだけれど、パレスチナ問題をいうときあえてそれを映画の問題として構成してみようとするのである(ドキュメントとフィクションの問題)。なぜか?恐らくは、映画から離れては、問題を開くことができない、(したがって政治家と専門家だけが語る問題のままである)と考えているからではないか。ゴダールは哲学者ではないけれど、哲学的な方法論的自覚をもっている知識人だとおもう。フーコがポスト構造主義の外部の思考を依拠できる思考としたように、ゴダールは映画を依拠できる思考として措定してきたのだから映画から接近するのだ。もちろん限界にぶつかる。その限界から知識人の語りが始まる。


消滅しないものは存在しない。ディドロが唯物論的にかんがえていたとすれば、永遠に変化しないものは存在しないと思っていたにちがいない。真理といわれる思考が依拠できる意見とは、永遠に変化しない意見のことではない。真理とは人々が絶えずたちかえる意見のことなのだ。(“Our truest opinions are not those we never change, but those to which we most often return.” ― Diderot) 真理を、永遠不滅の真理ではなく、人々の思考が依拠できる真理としてとらえたことは、ディドロがはじめて言ったことだった。ここから、ゴダールがいう問題もみえてくる。彼は人間が依拠できる思考とその意味を問題にした。思考が依拠できるような映画世界が消滅し切ったときに、この消滅によって、思考が依拠できた映画世界とその意味は何かという問いが初めて立てられることになるだろうと、ゴダールは方法論的に考えていたのである。これは映画を思考の形式として再構成した画期的な視点だった。(映画世界が消滅する前に) かれは早々と映画の終焉について戦略的に語っていた。これに関して言うと、たしかに、フェリー二の映画がつくられていたときは、思考が依拠できる映画世界の意味を問う必要はなかった。現在そのフェリーニはいない...映画も上映されない...フェリーニの映画が現実世界に投射されることがない現実世界に生きなければならない。区別がないほど現実が映画に近づいたという意味で、映画世界と現実世界は互いに溶け合っているという指摘は今日では当たり前になってきた。だけれどね、それを前提とすると、現実世界だけはあるのに、立ち返るべき意味ある映画世界が存在しないんだ。そう考えてみると、「アルファビル」のカリーナのように意味の不在に怖ろしさすら感じることがないほど恐怖のどん底にいることに気がついた...パスカルが畏怖した(無意味な)宇宙の無限の拡がりしかない



「私は方法についての考えをもっているのですが、それを具体化する手段をもっていません。アンリ・ラングロワがこの世を去る以前にもすでに、・・・というか、、いま言ったようなことを一緒にすべき人がいるとすれば、それじゃアンリ・ラングロワです。彼はきわめて多くのことを記憶していたし、映画史そのものを実によく知っていたわけで、たとえば<むしろこれこれの時代のこれこれの映画を調べるべきだ>といったように、私に確かな指示を与えてくれたはずです。・・・でもラングロワがこの世を去ったあと急にそうしたことをするために必要な条件がそろわなくなったのです・・・」。

最初にこの翻訳を読んだときは、迷える読者に過去の映画世界を案内してくれるということぐらいのことしか考えていなかった。おそらくはゴダールが映画をあらわす名になっていく2000年ぐらいから、重要な映画作品が急激にみられなくなったといわれた。急激に記憶からなくなる。映画世界がどこに埋葬されたかすらも知らない。ところで現在あらためて「映画史」を読んでわかることは、そのゴダールですら、すでに思考が依拠できた過去の映画世界の意味がわからなくなっていたということである。2000年前後に完成したビデオ「映画史」は、ラングロワならば知っていたはずの映画世界の呈示だった。だがあくまでもそれは方法としての映画世界に過ぎないのであり、いわばラングロワがみていた本物の実体的再現ではありえなかった。知識人は死に切った絶対的な過去と向き合きあうとき方法論をもつ。時として徹底した方法論は異常なものにみえることがある。ゴダールも、死に切った過去(映画世界)をいかに読むかだけでなく、その過去に介入する方法を語っていたときに、それは徹底した方法論であった。われわれは自分たちに都合よくゴダールを、読み手の側のために説明した年代別に語る映画論としてはかなり逸脱した作り手の側の映画論の枠組みに押し込めていたけれど、モンタージュについていわれることは、映画の言説を超える、同時性のヴィジオンではなかったか。遠く離れたもの同士を、媒介なく直接的に近づけるのはシュールレアリスムの方法論であった。ゴダールはこのシュールレアリスムの原点をもっている、というか人間とはんあいかを語る人文科学の原点をもっている。


野蛮さにゾッとしてしまったよ、土人が最高裁裁判官してるお国
3人の女性裁判官は違憲の意見
ー>民法で定めた「夫婦別姓を認めない」とする規定の違憲性が争われた訴訟の上告審判決で最高裁大法廷(裁判長寺田逸郎長官)は16日、「規定は合憲」とする初めての判断を示した上で原告側請求を棄却

自分の考えを整理するいい機会かもしれません。まずわたしの考えでは'土人'というものは存在しません。それは近代の文明が自分の優越性というか、正当性をいうために発明した観念に過ぎないとおもっています。そして文明の優越感をもつ権力者をみるとわたしは、'文明'のかれらがつくった'土人'ということばを、'文明'のかれら自身に投げ返したくなるのです。さて、本来ならば一人一人の自己決定権に委ねるのが適当な事柄を、時代遅れとなった法律とそれを合憲とする判決が、みとめないのはなぜか、と、私は自身に問いています。なぜだろうか?端的にいって、国が民を自己決定権をもちえない劣った存在とみなしているからだといいたいです。それは'文明'国が、植民地化した国に'文明'がないと勝手にみなしていつまでも独立させないという事情と同じかもしれません。'後進国では、女性の人権すら無い'については、皮肉なことなのですが、今回の最高裁の司法判断によって、日本がまさにそういう後進国となっていく危険性があるのです。日本はそれほど後進国でもないし、(女性の知性を破壊する)家父長制的「家」は事実上殆ど消滅しています。ヤバイと危惧することは、合憲の最高裁判事たちが('文明'のかれらが軽蔑しているだろう)'後進国'をつくってしまうということ、そのかれらが家父長的家の文化をあらたにつくってしまうことにはならないのかという点です。合憲判決の前は、'後進国'でも'家父長制的「家」'でもなかったのに、です。世界を見渡せば、選択的夫婦別姓を認める国や、夫婦が結婚後も別姓を名乗る国が主流。実際に、合理的に考えた人々は、違憲判決を予想しまたそれを期待していたとおもいます。ですからこの問題に関しては、おそらくは保守の側からも容認できないとする声もでてくるでしょう。保守というのは人間の自立性を尊重しますから。(かれらの尊重される家族のあり方は、人間の自立性を助けるための家族です。) 今回の合憲判決は、国の、不合理なものへの一層の従属化を加速化させていく、間違った方向だと考えることになるのではないでしょうか。一応わたしのかんがえは、現実には、葬式と同じように、家族の実体なんかもうどんどん成り立っていかなくなるのだから、もう単一的な家族観にふりまわされた幻想をどんどん捨てていこうよということなんですがね。(葬儀も個人レベルになってきましたね)


偶像破壊的な大島、脱構造的なゴダール・・・

もう27年前のことかあ。当時野坂昭如と対談した大島渚が「あの方(ヒロヒト)は大変苦労なさった」という発言を知って失望した、怒ったという声があるが、多分それは一般的なヒューマニスティックな同情心からの言葉で、それ以上でもそれ以下でもなかっただろう。戦争責任は終わっていないことに対する自らの苛立ちをキャンセルしたわけでもなかろう。当時はそれよりも、テレビの大島が丸山真男を再評価するという言葉を繰り返し口にしていたことに驚いていた。大島は反骨の偶像破壊の監督といわれる。その意味はなにか?偶像破壊者というのは、偶像を破壊するだけでなく、新しく偶像をつくるのである。<近代>という偶像にいかに挑むのか?近代はヨーロッパだけに起きたのではない。啓蒙主義が多様であるように近代は多様なのだ。18世紀以降に西欧対アジアという歴史に規定されながら、近代は離れた場所で同時に起きることになった。偶像破壊者大島は近代を乗り越えるために(偶像破壊)、日本的近代へ行く(偶像の再興)。ただしそこに留まることなく、更に日本的近代を乗り越えていく(偶像破壊)。と、そのように大島を理解していたので、近代主義者を称えた言葉は意外だった。大島の仕事はゴダールと比べられる。ゴダールは偶像そのものを拒む脱神話的(物語嫌いの脱構築的)ではないか。現代アートはゴダールを認めないが、彼にスター崇拝はない。ゴダールの偶像それ自身への無関心は彼の俳優嫌いから説明できるかも。ベルモンドは街頭で野良犬の如く撃ち殺されたし、アランドロンは二回も!溺れ死んだ。またゴダールがライバルと思うほどの監督ならばその主演女優を奪ってくるという嫉妬深い?やり方がある。タルコフスキーを打ち負かすときは、タルコフスキー映画の女優を自分の映画に使うのである。楽園から追放されたアダムとイブの未来を象徴するかのように、大島「愛のコリーダー」の映像が「映画史」に引用されていた。その意味は何か?



「お前は非国民だ」と指さされたらもうおしまいだ、どこにも生きていくことができなくなる。と、「はだしのゲン」では、「戦争に反対している人は国に逆らうこわい非国民だ。付き合うのをやめましょう」と街頭で喋っている人々に<光>があてられている一方で、非難されている人間は<闇>の中におかれている。手前勝手な普遍的な?正義を喋る<光>の領域に対して、分裂しなければもうやっていけなくなるのだという人間の経験知としての<闇>が侵入し広がっていくチャンスがあるのか?「はだしのゲン」を読むとき、ハラハラしながらこのことを考えたものだ。中沢啓二の強いコントラストの絵は、アムステルダムでレンブラントの残したスケッチをみたときおもいだしたのである。レンブラントのあのスケッチたちは光と闇との対決... やはりゴダールはレンブラントこそドキュメンタリーを確立した最も大切な画家とみなしているのではないだろうか。下の編集は、過去の作り物の映画に描かれた収容所ユダヤ人たちの演奏の一場面に、レンブラントがスケッチした自画像を重ね合わせている。これに関して、記録マニアのナチスならば必ず撮影していたはずだといわれるが、現在まだ公に出てこないガス室の中の地獄を記録した決定的な映像について、ゴダールと「ショアー」の監督の間に激しい論争が起きた。証拠の映像が不在である以上収容所は無かったと極右が主張する歴史修正主義に対しては、厳密な証言(言葉)から真実を再現すべきだとワイズマンはいう。ゴダールの方は、利用できる映像の編集によって代理させること(substitution)が可能で過去に介入すべきだと主張した。「映画史」で示された下の編集はその一例。ワイズマンの主張のほうが説得力があるが、問題は、現在そういう映像が出てきてもそれを見た極右が「それがどうした」と言う可能性がある恐ろしい事態になっていることだ、日本の極右の場合にもいえる事だが。人間性の崩壊に関する危機感がゴダールの側にある



「映画とテレビの真の歴史への手引き」という題の映画の一種のシナリオを、共同プロデュース作品のようなものとしてつくろうと提案していた。その歴史が映画とテレビの真の歴史であるのは、その歴史が、文章(テクスト)からではなくー図版によって解説された文章からでさえなくー、映像と音からつくられるはずだからである。」ここでゴダールが問題提起しているのは、大衆とはなにかという探求だったと思う。敢て対象(大衆)を実体化せずに、寧ろ対象(大衆)を成り立たせているなにかを通じて対象(大衆)を語ろうとした。そのなにかが「映画」と「テレビ」なのだ。このとき、射影という思考の形式が鍵となるー<前>と<後>を関係づけるために。テレビの意味を問うとき、(テレビの前のメディアであった) 映画にテレビを射影してみる。(テレビの知識を重んじた伝達可能性はすでに映画にあったことがいわれる。) 今度は映画の意味へ行くときは、(映画の後にきた)テレビに映画を射影したら何が言えるか?(映画の演劇に依存しない表現は、ヒチコックのような映画監督がテレビスタッフを利用して制作した映画に際立ったといわれる。) また映画とテレビをつくる人々の歴史に向かって映画のスクリーンを射影する。新しく発見されることはなにか?ここで大衆の意味が明らかにできるのか?方法としての大衆を語ること、ここから知識人は思考の歴史として映画の歴史を抽象的に再構成していく。必然として、最初から映画史は、文字を読む人(知識人)が文字を介さない対象を考えこれを伝えることがそもそも可能かというパラドックスにつきまとわれることになった。(精神分析は夢を分析できるか?かかわることしかできないのではあるまいか。)ほかに、ビデオ映画史制作のときは、八十年代から展開したグローバル資本主義と戦争の問題が、大衆を語るゴダールの問題意識に干渉した。「最悪の映画史」という戦争を修飾した言葉に現れたように、知識人の中で大衆との倫理的な分裂が絶えず生じたのである

' What I can not create I can not understand' (Feynman)

「私は自分が創ることのできないものは理解できないんだ」
1965年にノーベル物理学賞をもらい、1988年まで生きていたんだな。ファイマンが亡くなったとき彼の黒板に書かれていた言葉。

昔ダブリンで買った本だとおもうのですが。80年代まではファイマンのこの本は、ユークリッド幾何学原論とニュートン「プリンキアマティカ」とともに、メディアに出てくる岩波文化人達から読むようにと薦められた教養書 (!)の一冊だったのです。わたしのようなものはわかりませんけどね、一応持っていることは持っていると(笑)。かれが残した最後のこの言葉は、正直その意図された意味はわかりませんが、大変気になる言葉であることは確かです。文をそのまま読めば、だれに向かって語った言葉かということだけは明らかですね。

VERMEER

現在アメリカの中流は半分に減ったと報じられているが、九十年代に始まるケルトの虎と呼ばれた好景気のときにはこれとは逆のことが起きた。アイルランドの中流の数が二倍になった。とはいえ、ヨーロッパの他のどこの国と比べても中流がまだ少ないことは、19世紀植民地化のもとで民族資本の形成と成長が妨げられた歴史的な背景から説明できよう。今日まで外資に依存せざるをえない。さて当時住んでいた場所から三十数分も歩けば、この絵を展示した美術館に辿り着いた。ここに来るたびに思った。なんでこんな貧乏な国にこんな高価な絵があるのかと。英国女王からSirの称号を与えられた南アフリカ出身のアイルランド在住の大富豪が所有していたこの絵は幾度となくIRAに誘拐された。最終的に持ち主から国の美術館に寄付されることになった。返却のときは手紙を書く女主人と召使いの女性の間に生々しい大きな傷跡が。身代金の問題だけではなかったようだ。色々と想像する。召使いの女性ー女主人の手紙を書くのを待って窓の外を眺めているーは、現在でいえば、労働者階級に属する者だ。建前的には、アイルランドのナショナリズムは労働者階級のものとされているから、それが中流に隷属するというふうに読まれるとしたら大変微妙だ。しかもこの絵を所有している者が搾取者の裕福なブルジョアだとしたら...。手紙の内容は秘密だ。内容は絵の内部から内部に沿って解釈するしかない。モーゼを抱いた女性の姿を描いた絵が壁に掛かっていることが解釈の糸口となる(イスラエルの子孫の力を恐れたエジプトのバロ王は出生した男児の殺害を命じたが、モーゼはバロの娘(モーゼの命名者)に救われ宮廷で成人した。) 一方女中は窓から街のなにを眺めているのか?秘密に、手紙をいかに父親に届けるかその道筋を考えている?そして私は私で、この絵画をわがものにするつもりで17世紀バロック世界の芸術至上主義に浸りたいと望みながらも、不可視の傷を思ってアイルランドから見る不安を消せずにいたのである


MANET ET PICASSO

今日フェミニズムはこの絵を非難するだろう。また植民地の風景を利用した異国趣味に先行した、男性原理のオリエンタリズムの絵として読まれるかもしれない。だがマネの絵は当時は、権威の中心からは受け入れ難い危険な破壊力をもっていた。外部の自然を宇宙の中心において脱出していくことを告げるイメージというかーたとえその宇宙が絶対的に喪失してしまったとしても。ちなみにフーコがマネの絵を研究していたことを知ったのはずっと後のことだった。いままで観てきたなかで一番「ガーン」と衝撃を受けた絵はなにかときかれたら、おそらく、この二〇代後半に見たマネの絵ではなかったか。正面二人の位置で構成されるスクリーンに向かって無限遠点から、女性の不自然な姿をとったなにか謎の(X)が投射されているようにみえる。これは凄いんだよ。その結果「知り難く行ひ難く高遠及ぶべからず」の超越性が消えたのである。ピカソの模写がわたしの読みを正当化しているかもしれない。19世紀からのなんという挑発だろうか?善良な男女たちを当惑させてしまうスキャンダルさだけではない。思想史的に言えば、なにかこれはフランス革命後のアナーキズムの方向を思い出させる痕跡に違いないのだから。ただし、逆の方向に、この謎のXがふたたび奥にある超越性の位置に戻された反動が繰り返し起きたことも事実である。つまりフランス革命後の国家への方向のことである (第一帝政ナポレオン一世、王政復古のルイ18世、ルイ・フィリップ、第二帝政ナポレオン三世、ロシア革命後のボルシャヴィキ、スターリニズム、官僚資本主義・・・)




「想像の共同体」のアンダーソンは、もはや19世紀的な国家の実体は存在しないという。現代はNHKの7時のニュースをいかに解釈するかという読みに日本国家が存在すると彼はいうのだ。これは大切な認識だ。戦争法の「テロリスト」はグローバル資本主義に関係する動乱を報じるニュースの解釈のなかにしか存在しないかもしれないからだ。BBCが「テロ」という言葉を使用することに警戒した所以である。さて下の一頁は映画とテレビの関係を考察した「映画史」からのものである。政治的に独立した新興独立国モザンビークのテレビ放送の取り組みについてゴダールが言及したところは、(わたしの)力不足のために大切なことをいまだに書き切れていないが、アイルランド映画史を考えるヒントを与えてくれた。ポイントは、モザンビークという共同体がどこに存在するのかという問題である。モザンビークのエスタブリッシュメントがロシア革命と中国革命に影響されているとゴダールが指摘している。ここから彼が何を言おうとしているのかいつものようにはっきりとわからない。ここでは、ハリウッド映画とインド映画がいかにロシア革命と中国革命を解釈しているかという解釈の中にしかアフリカの一国家が存在しないと彼が言っていると私は理解する。これに関して、アイルランドのメディア研究の興味深い分析をひとつ紹介しよう。かつて、超ナショナリストのシンフェイン(IRAを指導する政治機関)が選挙に乗り出したとき、かれらがいかに、ハリウッド映画の描いてきたアイルランドのステレオタイプを利用して選挙戦を巧みに展開したのかということが考察されている。独立当時の演劇と文学の知識人達は神話的な「祖母」を描いた。だが一般のアイルランド人は祖母という存在に特別の思い入れがあるわけではない。しかしシンフェイン党は「敵からわれわれの祖母をまもれ!」と大々的に宣伝した。このとき、投票した人々は大きな危機感をもって、ハリウッド映画の描いた「祖母」のアイルランドに一票を投じることになったのである。




イノセントにイギリスの議会制を称える日本人をみると、それによって地球の半分を植民地にして収奪した帝国主義を称えるどうしようもない愚かさをみてしまう。イギリス人は日本人みたいに軍国主義の自己規律にとらわれた心の冷たい冷静な人々という評判が常にある。それとは対照的に、イタリア人というのは、ハリウッド映画とか19世紀大オペラを通じて描かれているように、狂気の民衆の如く思われているが、それは真実ではない。イギリス人は狂気を隠しているだけで、ただ隠すのがうまいのよ、と、英国人を夫にもったロンドン在住のイタリア人の女性が私に語ったのである。イラク戦争のように戦争が起きると隠しきれないと言ったのだが、このとき女性は英国批判をしたかったのか、A級戦犯合祀の靖国神社の公式参拝をやめようとはしない日本の現状を批判をしたかったのかははっきりと判断ができなかったのだけれど。ここで、わたしは、詩の芸術をつくる想像力の源泉としての狂気の意義を否定するのではない。ただ、戦前は、皇室 (天皇)の起源と、(民族したがって国民)の起源を神話的に同一化する・一体視する狂気が問題だったことを言いたいのである。戦前と同じことが現在にそのまま繰り返されることはないだろう。寧ろ同じかどうか分からないほど原因と結果を明確に指示不可能な事柄が全体的に陰険に進行するのだから。この不安感のなかで、安心させるために?、<われわれはどこからきたのか?そしてどこへ行くのか?>という起源を物語る政治の芸術化が繰り返されているようにおもわれる。ギリギリ全体主義の左翼知識人が得意に分析してみせる'反復する歴史のリズム'も、この種の起源のでっち上げだとおもうのだが。秘密保護法と戦争法を契機に、権利の無い国に反対する声を封じ込め、多様性を統一的<一>のもとに包摂してくる言説を脱神話化することが大事だし、あるいは、弱腰だけれど、起源の複数化を物語る言説によって抵抗することができないものだろうかとあれこれとかんがえているのだけれど



千のプラトー:資本主義と分裂症

ただ一つ、ボーダーだけが重要なのだ。ボーダー、すなわち変則者。「私にとってあの白い鯨は城壁だ。それが私のすぐ近くにそそり立っている。」白い壁面(ホワイトウォール)。「向こう側には何もないと思うこともある。だがしかたがない。」[(中)p174]

プラトー〔高原・台地〕はつねに真ん中にある。始めでも終わりでもない。…さまざまな強度の連続する地帯、みずからの上に打ち震え、何かある頂点へ、あるいは外在的目標に向かうあらゆる方向付けを回避しつつ展開される地帯である。


17世紀の書物

童子問(どうじもん)は、江戸時代前期(17世紀)の儒学者伊藤仁斎が著した漢文体による問答形式の儒教の概説書。円熟した仁斎は過去の自己自身に向かって質問し、初学者として想定した自己自身に答えている。ここで仁斎は「論語」を読むときの思想転換が必要だと書いている。「知り難く行ひ難く高遠及ぶべからざるの説」ではなく、「平易近情」(日常の状態)のことが「論語」の中心的テーマとして書かれてあるということを強調している。「知り難く行ひ難く高遠及ぶべからざるの説は、乃(すなわ)ち異端邪説にして、知り易く平正親切なる者は、便(すなわち)是(これ)堯舜(げうしゅん)の道にして、孔子立教の本原、論語の宗旨なり」という。子安氏の解説によると、これは根底的な逆説を示している。さて、たとえば、今日自民党安倍が言う「美しい日本」などは、「知り難く行ひ難く高遠及ぶべからざる」の説だろう。他方、「人間が一人でも飢えたらその国はだめだ」は、たしかに理想としてかんがえられるけれども、「知り難く行ひ難く高遠及ぶべからざるの説」とはおもわない。それは寧ろ、経験知としての「平易近情」がただす理念といえるのではないか。そうすると、理念とともに「平易近情」を否定し尽くす美しい国の聖人如き救済神学に未来を委ねていいものだろうか?そうはおもわない。この点については、17世紀の書物は、道徳的次元から批判的思考を促すが、ただこうした近代のナショナリズムの展開のことは知らないから、自分で考えなければならない問題である。ここであらためて自分に問う。人間にとっての人間の「平易近情」の意味はなにか?やはりそれは、ほかならない、他者との関係に生きる人間のことではないか。人間の向こう側には何もないと思うこともあるが、しかたがない。それを問う人間自身も含めてなにもかも全部がゼロとなってしまうことが起きないように。

現代の思想地図

ただし袋小路の現代の思想地図。今日、いかに、思考を成り立たせなくするブラックホールから脱出することが可能なのか?いかに、テクストを、外部へ繋げていくのか?包摂されることになった行き詰った文化多元性から、政治多元性の戦略へシフトできるのだろうか?例えば、反復される歴史のリズムと声高に宣言する「世界史の構造」は次に「帝国の構造」で、帝国の支配の正当性をいうことになったが、これでは19世紀・20世紀の国家と民族の時代遅れの捕獲装置の言説へ戻る危険があり、日本近代のあり方を批判的にとらえることに失敗している。またそのような視点としては従来、「大正」の視点が支配的だったが、現在あらためて「大正」を読むときー日比谷公園焼き討ち・大逆事件から満州事変までとする期間として「大正」を再構成するときー、統制として民主主義を囲い込んだ大正デモクラシーの限界と、それを復活しさえすればいいとした今日に至る民主主義の言説の限界が明らかになってきた。さて、小田実がいう市民的な「でもくらてぃあ」のワイワイガヤガヤwaiwaigayagaya、ウヨウヨウロウロuyouyourouroは、グローバル資本主義と帝国の危機的時代に抵抗する市民とその自発性のことである。この思想はすでに幸徳秋水と大杉栄の言説ー人間の自発性を国家の中におくのではなくその外におくという思想ーに言われていたのであり、語られなかった大正が市民の側から現代に反復してきたことがいえよう。このような市民の側から、日本近代のあり方を批判的にとらえる課題はそもそも、江戸思想のときから非連続性をもって連続的にはじまっていたと構成できるのは、伊藤仁斎の思想が東アジアの知識革命をなしたという事実による。東アジアの市民の思想の歴史を示す思想地図は、西欧の近代化に巻き込まれながらも、西欧の近代化が果たせなかった課題を担って、市民の自立と連帯を抑圧するグローバル資本主義の分割である帝国を巻き返していくという運動体の流れをあらわしている。

相対論的因果律と同時性のパラドクスは、商品価値形式と貨幣の分析に対応するかね?

私と徳川日本思想史問題

袋小路の現代の思想問題。今日、いかに、思考を成り立たせなくするブラックホールから脱出することが可能なのか?いかに、テクストを、外部へ繋げていくのか?包摂されることになった行き詰った文化多元性から、政治多元性の戦略へシフトできるのだろうか?例えば、反復される歴史のリズムとかなんとかいっている「世界史の構造」は次に「帝国の構造」で、帝国の支配の正当性をいうことになったが、これでは19世紀・20世紀の国家と民族の時代遅れの捕獲装置へ戻ってしまうことになるだろう。「でもくらてぃあ」の'ワイワイガヤガヤ、ウヨウヨウロウロ'こそが、21世紀の人間の課題ではないのか?この課題は、江戸思想のときから、非連続性をもって連続的にはじまっていたのである. また2015年、自由に喋る行為を非難しないでくれという主張がはじめて現れたのである。この主張は以前に一度も言われなかったものである。





海外メディアからは戦争神社と完全に見抜かれている靖国神社。近代の祭祀国家の中心にある、闘う国家だけを祀ることを目的としたこの靖国をいかに批判的に相対化していくのか?光州事件のホン・ソンダム氏の応えは、光州事件のときと同じように、映像をつくることであった。繰り返さないために、考えること。考えるためには、できるだけ映像で、隠されたものを開示すること。東アジアのYSASUKUNISM展から受けた感化を表現すべきときが来たとわたしはかんがえる。靖国の建築物からは、パレスチナの人々を罪人にしていく国家イスラエルが拵えた壁のことをかんがえる。例えば、本来ならば等しく祀られるべき死者達の間にヒエラルキーがある。沖縄戦の住民の死者たちは、国のためにたたかったといわれる英霊と区別されることは、人々を分割してしまう排除の暴力による。中近東で爆撃される市民の(圧倒的な数の)死者たちへの関心が少ないのは、このことによるのではないだろうか。一考の価値がある。また、なにか隠された真実を明らかにするためには、靖国神社とともに、どうしても、戦争と一体となった隠蔽もそこに描くということがなければ本当ではないだろう。だが隠蔽それ自身をどうしたら描けるのかと自問することになった。答えはないが、しかしヒントになったのが、直接には靖国問題を扱っていない作品でも、坂口安吾「桜の満開の木の下で」を演出した広渡常敏氏の舞台である。東京演劇アンサンブルのアイルランド公演の舞台撮影をしたときに準備していた舞台スケッチを見直す。と、山賊の畏怖すべき殺戮の痕跡は、降りしきる桜が隠していたということに遅きながらやっと気がついた。あれだけの数の女性たち(女房)を斬り殺したのだ。だが事件を目撃しておきながら、見たことを隠蔽し都合よく忘却するために、われわれは悍ましい血痕を、美しく降りしきる桜吹雪の映像と取り換えるのだ。これが、恐らく広渡氏が舞台で呈示しようとした、取り換えることを本質とする隠蔽の現前ではなかったか。綺麗な印象的な写真を撮るためにもっぱら桜吹雪に心を動かされていた私もまた、隠蔽の暴力に加担していたことを考えさせられる。だが、痕跡というのは、完全に消すことはできないー降りしきる桜吹雪によっても。だから痕跡は痕跡と云われるのだろう。皮肉なことに、大地を覆うほどの桜吹雪の不自然さから、隠蔽されていたなにかがかえって現れることになるのだ。そうして、思考するために十分に見る眼をもたなかった自分に気がついた、これを契機に、長らく放っておいた、YASUKUNIの破片のような映像が、自問する私のまえで、なんとかやっと現れてきたような気がするのである。

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12月2005 (2) 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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