言葉と表現と射影のブログ

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zoom RSS 2006年一月 (1)

<<   作成日時 : 2016/01/07 22:00   >>

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軽蔑している組織に入ったが永久に抜け出せない惨めな自分を軽蔑しているのにその組織になんか課題がありこの自分が期待されているかもしれないと自分に思い込ませているという自発性なき人間が言いそうなこと
ー>安倍晋三首相は19日午前、解散騒動があったアイドルグループ「SMAP」の存続について「政治の世界もそうだが、同じグループが長年続いていくには様々な課題があるのだろう」と述べた。「多くのファンの期待、願いに応えて存続するのは、良かったのではないか」とも語った。


台湾在住の友人によれば、今回の選挙結果は想定済みだといいます。民主台湾の勝利をもたらしたものが太陽花運動でした。立法院を占拠した学生・市民たちが反対した中台服務貿易協定とはいわば中国版TPPのこと。だが、なぜか、日本マスコミは、太陽花運動を通じた実現した、TPP的グローバリズムにたいする学生・市民の勝利が、日本人にとっては何を意味するのかを必ずしも伝えているようにはみえません。マスコミは安倍自民党との米国TPP推進に関する協力合意ができていないのなら、市民が米国のTPPにたいしてはNOの意志表示をできるのだということを公に説明・議論してください!
友人から訂正をもとめられましたー>「ひまわり運動はサービス貿易協定に反対していた、という解釈には問題があります。サービス貿易協定について、民主主義的な手続きを経ずに締結しようとした、そうしたプロセスの度外視に反対して起きた、ということです。」


なぜダンテとシェークスピアは普遍言語のラテン語で書かずに、地方言語のイタリア語と英語で書いたのはなぜか?普遍主義の代名詞のラテン語と哲学との結びつきは揺るぎないようにみえたが、デカルトは地方言語のフランス語で哲学を書いた。学術研究の領域に存続しても知識人が定位する言論の領域ではラテン語は時代遅れになったのか?だとしたら、デカルトの後のスピノザは自分の考えをラテン語で書いたのは理由は何か?近代語は初期言語としての古典ギリシャ語・ラテン語の文法性に負うのだが。さてポストコロニアリズム研究のおかげで、1665年のスピノザの次のような手紙の一文が再発見されることになった。'I would have preferred to write in the language in which I was brought up' (de taal, waar mee ik op gebrocht ben); I might perhaps express my thoughts better" 。自分のオランダ語を直してくれと友人に頼んだ手紙だが、これを読むと、自分の考えを書くためには、通説が解釈したようにラテン語ではなく、ポルトガル語で書いたほうが有利だとスピノザは書いていた。と、ポストコロニアリズム的言説から、マイノリティーのスピノザが仕方なく自分の考えをラテン語で書いた姿がみえてくるが、しかしそうか?ポストコロニアリズム研究の<脱普遍主義>の思考に限界がないわけではない。普遍主義の歴史が語る他の歴史を語ろうとするあまり、民主主義のリアルな歴史を軽視することが起きる。スピノザのラテン語への回帰というか、反時代的なこだわりは、もはや普遍性が崩壊したとしても(経験知から新たに再構成された)普遍的な理念性がなければ人間はやっていけなくなるという近代哲学の民主主義の息吹を思わせる。独立オランダのスピノザやフェルメールは、'偉大'な普遍性をもっていたハプスブルク帝国の崩壊の後の時代に生きた人々であった。

民主台湾の勝利をもたらしたものが太陽花運動。かれらが反対した中台服務貿易協定とは中国版TPPのこと。だから民主台湾の勝利とは太陽花運動を通じたTPP的グローバリズムにたいする勝利を意味したのに、なぜ日本マスコミがこのことを報じようとはしないのか?外の事件のことは報じられますが、日本人にとってはそれが何を意味するのかが解釈されることがないままです。しかしなぜ解釈しようとしないのか?単純に、解釈する能力がないか?だから沈黙しているのか?疑ってみると、ここで一応二つあります。まず一つは中国の政治に言及しないというマスコミ界のそれ自身政治的な自己規制、もう一つはすでにマスコミは安倍自民党とのアメリカのTPP推進に関する協力合意ができていること、または両方ですね、

再びかんがえる・・・

絶望的に時間の無駄とあきらめていた私にふたたび、こうして政治に考える試練を与えてくださった戸倉氏と平井氏のお二人に感謝申し上げます。昨年は、本来ならば自民党の御用学者として発言してもいいような憲法学者たちが、ーかれらはどちらかというとかれらが大事と考える国家の枠組みの危うさを感じて憲法の危機を訴えたのでありますがー、なんと自民党審議会の中から抗議の声をあげたことは一定の世論の喚起がありました。連動する形でそのあと、かつての安保のときの東大・早稲田のような中心的大学からみえれば周辺に位置しているような大学生たちが声をあげました。たしかに、国会前のデモにいく電車・地下鉄の中で、こんなに'おしゃれ"な格好でいいのかと思うほどの'場違いな''お祭り'といわれても仕方ないようなマスコミ商業主義への迎合の稚拙さのことが指摘されましたし、それどころか、誤解もあったとはいえそれにしても、許されざるような集団規模のへイトスピーチを韓国人研究者のFb友人に浴びせるという事件が起きました。この点に関して、憲法制定権力から立つデモの自由はいかに同時に、他者の発言する言論の自由をみとめるのかというテーマを真剣に検討すべきでしょう。ただその若者たちが満員電車のなかで、'強行採決のことを考えると憂鬱だ'と語り合っていたことだけは信用していいとおもいます。また戦争法強行採決の敗北の後、非難されることになった女性たちは「自由に喋らせてくれ」と訴えました。こういう戦後初めての自発的な訴えともいうべき個人の言論の自由の要求にもっと注意を向けなければならないと思っています。たしかに、国際的連帯のことを考えることがない孤立した日本左翼の運動の存在感のなさは否定しようもありません。あまりにもナショナリズムにとらわれてしまっている現実をどうするのか?たしかに理念を口にすればそれがそのまま実体化するはずもありませんが、ただそれでも、現在のナショナリズムを相対化するために、なにかの理念はすくなくとも方向づけを与える可能性はあると考えています。'東アジアの民主主義'だけではないとおもいますが、子安氏が言うように、民主台湾の「勝利は東アジアの民主主義に希望を与えるものだ。この勝利を東アジアの民主主義の前進に繋げるかどうかは、日本の我々自身の運動にかかっている。民主台湾のこの前進は2014年春の学生市民の太陽花運動に始まったことをしっかり思い起こそう」。つまり東アジアの民主主義という理念と、権威主義体制に穴をあけた太陽花運動があったという経験知ですね。私が考える、理想・理念と経験知との関係はこういうものです。「ー人は一人でも飢えてはならない」という理想・理念がなければ、ネオリベのマーケット無政府主義を正すことができませんし、また同時にそこに、「一人でも喋る自由を奪われてはならない」という理想・理念がなければ、ネオリベの権威主義体制の歴史修正主義を正すこともできません。これにかんして、現在消滅しきっているわけではありませんけど、かつて野党として存在していた社会党のことを時々話しあいます。第二次世界大戦前は、貧富の格差が拡大すると同時に戦争体制と言論の自由を抑圧する体制が拡大しました。だから社会党が戦争反対を訴えたときは、戦争の問題と貧富の格差の問題を共に主張しなければなりませんでした。最後に、そのことを踏まえて現在について考えることは、今年か来年かはわかりませんが、自衛隊がアメリカ軍の空爆を手伝い現地の住民を大量に殺戮していく事態になって、なお左翼政党たちが「憲法は日本人をまもっている」と言うことが果たして可能なのか妥当なのだろうか、中近東の爆撃された人々はどういう気持ちでそれをきくことになるのだろうか?もちろん一人一人の市民が街頭でそれを言うことの意味は大きいとおもいます。ただ政党はどうだろうか?議会の立場から現在直面している問題を考えさせてくれることをいわなければならないのではないかと。そしてもし社会党は消滅していなかったらかれらは何を言うことになるのだろうか?やはりその事態のときに左翼はどのように抗議していくのかをいまからかんがえる必要があるのではないかとかんがえています。それなのに、選挙は大事ですが(その大事という意味は考える自由が与えられるからですが)、現在の日本政治のように数合わせの選挙協力という選挙しかないんだというローマ式民主主義のもとではなにも考えることができなくなります。でもその数合わせも破産したようですが



ミシェル・フーコー
十八世紀に起こった変化は、構造論的に見て、それ以前とは全く異なった臨床医学の形を生み出した。知覚しうるものと陳述可能なものの新しい形。シニフィアンとシニフィエの関係の全面的変化。こうしたものが医学的経験のあらゆるレベルに生じた。−臨床医学の誕生−



歴史的に、東アジアの市民運動から成り立ってきたデモクラシーの「知」を、国境を越えた市民の間でいかに共有するかを考えることは大切だとおもっています

日本の政治のことについて考えるのはもはや時間の無駄のようにおもってきたから、そう感じたときはそうなってはいけないと自身を反省したけれど、オキュパイ運動以降世界に連動している東アジアの変化と運動ー今度の台湾の選挙ーをみると、わるいね、ここで本当の事を言ってしまって....やはり日本の政治に期待することのどうにもならない不毛さをどうしようもなく自覚することになりました。しかしだれがこのわたしを叱りますか?
東アジア規模の権威主義体制に対する台湾・香港の学生が穴を開けようとしている抵抗の意味も広く一般に理解されていない有様で、それどころか、現状維持でいいと思っているところが多々あるので、現在なにもかも破たんしてしまったというリアルな事実認識が中々起きませんね。日本側の運動の連帯をいう知識人は非常に例外的で、また発言する公の機会も奪われています。残念ながらいまだにこのことの深刻さも議論されることがありません。しかしこれがナショナリズムということなのかもしれません。歴史的に、東アジアの市民運動から成り立ってきたデモクラシーの「知」を、国境を越えた市民の間でいかに共有するかを考えることは大切だとおもっています。わたしは東アジアの一日一日の市民の運動の成長を見ています。



思想史は運動Bewegungをどのように語ったか?

1、運動の哲学は、機械論ー目的論の対立にかかわっている。アリストテレスは、運動を、可能態の現実化として目的論的に捉えた。中世でも、目的論的自然学が支配的で、運動も目的論的に捉えられていた。しかし近代になると、運動は、機械論的に捉えられるとともに、運動を捉えるすっがくとしてとして関数や微分学ー積分学が展開されるようになった。ヘーゲルは、一方で、「自然の無力」を主張し、自然が自立的に発展することを否定しているが、運動そのものを否定しているわけではない。ヘーゲルは、自然に発展がなく、自然は同じことの繰り返しだとみなしたが、運動を物質Materieの本性をなすものとしてとらえていた。「運動のない物質はなく、物質のない運動もない」。ー「ヘーゲル用語辞典」(未来社)より

2、若いマルクスはエピクロスに、目的論と機械的決定論の双方を、原子の運動の偏差から批判する企てを見出した。イオニア派の思想はこのようにマルクスの唯物論において蘇生したのである。・・・量子力学は、ある意味で、質量と運動は不可分離だというイオニア派の考えを回復したのである。すなわち、量子は粒子(質量)であると同時に波動(運動)である。ー柄谷行人「哲学の起源」(岩波書店)より

3、理論といえども、衆人を掴むや否や、物質的な力となる。理論はそれが人に即してad hominem 論証するやいなや、衆人を掴むことができるのであり、そしてそれがラディカルになるやいなや、人に即しての論証となる。Radikal sein ist die Sache an der Wurzel fassen.Die Wurzel für den Menschen ist aber der Mensch selbst.ラディカルであるとは、事柄を根本において把握することである。だが、人間にとっての根本は、人間自身である。
ーマルクス「ヘーゲル法哲学批判序説」(大月書店)より

4、学問としての江戸思想は、近世の市民(=町人)が立ちあげた。門の前に通った農民も招き入れられたというエピソードがある、「古義堂」での講義は、今日の政治演説のように一対多の配置で行われたのではなく、「一対一」(仁斎と聴講者)の配置で行われたことに私は注目する。物質の自己運動のごとく、思考に偶然性とか相対的なものが介入したから、その結果、定義は重んじられることはなかった。なにかそうして市民が願っていたものは何だったのか?かれらが望んでいたのは、政治的なあなたとわたしの関係である「即自かつ対自的に普遍的なもの」が、市民たちの学ぶ関係によって規定されることだったのではないか。勿論江戸時代の町人たちは武士が独占していた政治から厳しく排除されていた。だから政治を語ることは危険なことであったから代わりに(市民)道徳について語り合った(本多)



小林秀雄は西田幾多郎を痛烈に批判したといわれる。なぜか?「西田の孤独が日本語では書かれておらず勿論外国語でも書かれていないという奇怪なシステムを創りげていった」と指摘したのだった。▼これはなにか、小林がテクストの内側に絡みとられていかない為のギリギリの批評だったかもしれない。▼だが、「これは確かに本当の思想家の魂を持っていた人が演じた悲劇だったように僕には思える」という小林の言葉から再び内部の読みをはじめたのは、柄谷行人だ。▼西田はライプニッツの西田という形で再び内部的に読まれていく。最近は柄谷の読みのもとで西田は「帝国」論の先駆的思想家とされそうだ。▼それにたいして「大正を読む」の子安宣邦氏は西田のテクストは外部的に読まれるべきだという。▼デビューした「善の研究」の出版は大逆事件(1910) の翌年に出版されたことに私は注目する。海外で代表作の一つとされる西田「場所」は、津田左右吉「神代史の研究」(1924)の2年後に、また関東大震災後に起きた大杉栄が殺戮された1923年の3年後に、和辻哲郎「日本精神史研究」と同年に出版されたのであった。これは何を意味するのか?そして大正の西田哲学はどこへ行くことになったのか?▼昭和に論じられた皇室「絶対無」論 (1938年「日本文化の問題」)のなかで「皇室はどこまでも無の有であり、矛盾的自己同一であった」という。▼ここでは西田の思想はそれほど外からの影響を受けないものだったのか?西田は、皇室(天皇)の歴史の神話化を否定した津田左右吉と、脱神話化を再び神話化した和辻哲郎の<間>にかれの場所をとらざるを得なかったようにみえる。▼西田の思想をモナドの思想としてとらえることになる柄谷は、「窓」なきモナドの問題も指摘してきたことは正しかった。だがしかし柄谷は再び西田を「窓」なき純粋な思想家として内部的に語りだしてしまうのである。


西田幾多郎の最後の著作は「場所的論理と宗教的世界観」(1945)でしたが、とにかくNothingness and the religious Worldviewときっちり英訳されるのですね。晩年の本は難しく分からないのですが、デビュー作の「善の研究」ならばクリアーに理解できるかといえば、さにあらず(汗)。▼渡辺一民氏は京都学派の生命の哲学に警戒していたが、「善の研究」の西田幾多郎ならば擁護したいと言っていました。その理由を知ることができなくなってしまったが、ラベル張りが嫌いな先生でした。▼私の理解では、the ontological independence of substance(実体の存在論的独立性?)とスピノザでいわれる世界に西田は関心があったことは確かだと思うのだけれど、「神」とか「精神」といったものを実体化してそこから世界を説明からアプローチするのが嫌だったし(そりゃそうだ、なにかラベル張りみたいだ)、またマルクス主義者のように物質からすべてを語ることも嫌ったのですね(わかる、わかる。やはり同様にラベル張りの危険があるね)。簡単にはいかない...。▼主客合一といわれるように、精神面の領域と物体面の領域との重なり合いに純粋経験があると説明されます。私の解釈で恐縮ですが、前者が<盲目の言葉>の領域、後者が<沈黙する領域>だとすると、両者の同時に重なり合う領域に実践理性批判的なスクリーンが存在するのです。カントが言う意味で純粋理性が回避できない誤謬(特異点)をなんとか回避するために、経験知としてのこのスクリーンが必要です。映画スクリーンのように2次元でもいいし微分多様体の表面のように多次元でもかまわない。そこで信の構造の親鸞がみえたり理念の構造のカントがみえたりと。やっぱりcloudと言われるのは仕方がないか、すいませんでした(笑)



3・11以降安倍自民党がつけあがっている現在は、関東大震災の<後>に起きる復興幻想を契機に右翼思想が現れ始めた戦前の歴史について再び考えてみることは無駄ではないでしょう。必ずしも大川周明が本当のことを言っているとは思いません。昭和14年に書かれた「日本二千六百年史」はそもそも題名から間違っています(笑)。▼ただ、「童子問」を「教育勅語」のようだときめつける絶望的に無知な渡辺昇一という愚かな御用学者はせめて大川周明を読むべきだと思うのは、世界宗教を研究し古典を広く読んだ大川だからこそ彼は学ぶことの重要な意義を知っていたからです。大川はこう言いいます。「個人の魂、民族の精神もまた、決して生まれながらに豊富・荘厳・偉大ではあり得ない。そは博く学び、濃かに思い、篤く行い、その魂に入り来る一切を抱擁して、向かうところを之に与えることによって、歩々偉大となり行くのである」。▼ところで、逆に、「個人の魂」が「偉大」にならないとしたらそれはなぜなのかと考えてしまいました。だがその答えもちゃんとここに書いてあります。「個人の魂」は「民族精神」のもとでは「博く学ぶ」ことが難しくなるからではないでしょうか。「博く学ぶ」ことがなければ、<他>を受け入れることが起きずに、渡辺が称える「教育勅語」の不毛な孤立に絡みとられてしまう危険があるのです。▼例えばそういう危険として、「個人の魂」は、アベノミックスの「民族精神」のもとでは、他との接触によって豊かに育まれる文化の可能性を拒んで動物の如く生存手段にしがみつく「生まれたまま」ではないでしょうか。▼事故原因も分からない危険な原発を再稼働しこれを武器と共に海外に輸出するとしたら、世界地図のどこにあるかも指させぬ国への空爆を手伝うとしたら、そして東アジアの人々が願う平和共存を嘲笑う歴史修正主義者に満場一致の拍手するしかないとしたら、「日本国家」の「偉大」しか存在しないし、そこでは「個人の魂」は生きるに値しないだろうとおもいます。



安倍内閣の大臣から「ナチスの手法」を口にするのは、許してはならないものなのだ。ヨーロッパの極右翼がナチスを称えるのは本当に怖い。なぜか?議会主義的功利主義者たちがナチスに向かって'あなたのこの常識が無意味だ'とか'あの常識が無意味だ'と指摘しても通じなかったのは、常識そのものを無意味だとみなしている相手に常識を説いても無駄だったからである。ナチスが狂気だからというよりは、カントの考えにしたがって理解すれば、ナチスは純粋な理性そのものだからこそ(経験の反証によっても)避けることのできない純粋な幻想に絡みとられていったのではないかと考えられる。そこからナチスは恐るべき破壊衝動を現実化した。さて2016年は、戦前のような天皇ファシズムは起きないであろうが、ただし考えておかなければならないことは、憲法そのものを無意味だとみなして守ろうとは考えてない相手に、秘密保護法は言論の自由を保障した憲法21条に違反するとか、集団的自衛権は憲法9条違反だとか、そんな憲法の常識を説いても敢えて言うと全く効果がないということである。野党はこの問題をどうするのかということを世界中の人々に訴えていくときではないか。数合わせの選挙協力では全然足りない


"Denmark is set to force refugees to hand over their valuables in order to pay for their accommodation while applying for asylum, in a move the UN has warned may fuel fear and xenophobia."

Πόλεμος πάντων μεν πατήρ εστί, πάντων δε βασιλεύς. Και τους μεν θεούς έδειξε, τους δε ανθρώπους, τους μεν δούλους εποίησε, τους δε ελευθέρους.
War is the father and king of all, and has produced some as gods and some as men, and has made some slaves and some free.
- Heraclitus


柄谷行人が「古代イオニアのイソノミア(無支配)」と呼ぶものは、「語る小さな人間たちの大きな人間をただす力」(小田実)と比べられるかもしれません。本の紹介の言葉をひくと、「アテネのデモクラシーは、自由ゆえに平等であった古代イオニアのイソノミア(無支配)の成功しなかった再建の企てであった。滅びゆくイソノミアを記憶し保持するものとしてイオニアの自然哲学を読み直し、アテネ中心主義的に形成されたデモクラシーの神話を解体する」。だが結局、「「世界史の構造」を経てはじめてなった政治的想像力」と称えることは受け入れ難いです。それは「世界史の構造」の繰り返しだったからーそこではカントが発見した人間の視点が再び消去されています。「イオニアの」という修飾の語を、マルクスとヘーゲルの語彙「労働」「精神」に加えても 、19世紀が語った古代ギリシャ哲学史に新しいことが言われることはないでしょう。▼柄谷が「社会改革」のデモクラシーについて語るとき、「大きな人間」の側から民主主義に限定していくのは何故か?「社会改革」は現実に「経済的不平等」がある以上、「デモクラシー(多数者支配)という形」をとることになる。この試みは成功を収めるが、「この過程で僭主があらわれる」。「民衆の自由に任せれば僭主政になってしまう」。ここで柄谷はアテネ帝国の民主主義を語っているのに、帝国か民主かという21世紀の問題を語っていると思えるのです。同様の19世紀マルクスとヘーゲルの視野から、21世紀の東アジアの民主主義を語っているからですが。「帝国の構造」でも「哲学の起源」でも柄谷が決して理解しようとしないのは、デモクラシーに、「大きな人間」に委ねる民主主義しか道が他にないのだとする神話への反抗が含まれるということです。▼交換様式の分析はホメロスなどの神話を読み解くのに役立ちます。他に、ソクラテスの公でない私の立場を論じていた示唆に富んだ分析を読んで、宇宙の中心にある「古義堂」の伊藤仁斎の場合と比べて考えることになりましたね。



「平安朝は何人も知るがごとく、意力の不足の著しい時代である。・・・意志の強きことは彼らには醜悪に感じられたらしい。・・・一切の体験において、反省の不足、沈潜の不足となって現れる。彼らに進む力はなく、ただこの両端(地上生活のはかなさと地上生活の愉悦?)にひかれて、低徊するのみである。かく徹底の傾向を欠いた、衝動追迫の力なき、しかも感受性においては鋭敏な、思慕の情の強い詠嘆の心・・・」(「日本精神史研究」)。と、大正の和辻哲郎の文を読んだとき、精神主義の高い意志をもった明治の側から敢えて彼が、平安朝文学の上に大正を映し出していたように感じました(夏目漱石「明暗」の心理文学を思い出した)。▼大正の津田左右吉の反時代的な脱神話化的読みに対抗したこの和辻が、「古事記」について語るとき必然として、かれは来るべき昭和から、「古事記」を読むことにはならなかったでしょうか?「古事記」についてこう語ります。「かくして政治に権威を与えるものとしての天皇の意義に対する反省が起こり、前代にあっては反省せられざる直接の事実であった神聖な権威が今や組織された神話の形にて発生したのである。」(大正11年、飛鳥寧楽時代の政治的思想)。▼1935年に和辻は「続日本精神史」を刊行することになりました。「日本人は、利益社会的発展を止揚するところの国民的共同社会への覚醒において、自ら知らずに世界の先駆者となった」(「日本精神」)というのです。これについて加藤周一は「日本精神史研究」が大正デモクラシー20年代に書かれた事実を指摘した上で、「これは20年代の著作にみられた日本文化の積極的評価とは質の違うナショナリズムである。」とするのですが、だがそれは和辻思想の発展だったかもしれませんよ?日本帝国主義の完成であった大正が事実上、日比谷焼き討ち事件から始まり満州事変で終わった構成を考えると、大正に昭和十年代の要素を孕んでいなかったと考えることに無理がでてくるー嗚呼加藤が感受性の知識人を擁護するようには・・・


文化多元主義とはなにか?文化多元主義とは多文化性ー社会における異文化の共存をいう。文化多元主義は過去の植民地主義を克服しようとする、したがって、社会の根底にどんな本質も措定しない差異化の戦略である。この文化多元主義は元々は、68年に起きた同質的権威主義に対する抗議の運動を通じて、また新植民地主義の復活に対する危機感のなかで自覚されたと一応言っていいと思う。文化多元主義は後に体制内化したマルチカルチュアリズム multi-cultural-ismとして国家の側から国策的に展開されることになった。▼ここで問題提起。しかし政治多元主義を欠いた多文化性ならば、それは帝国主義的社会統合の方法としてすでに戦前に存在したのではなかったか。大正が昭和を準備した。例えば、和辻哲郎の国民が作者となる文化的復古主義の言説のあとに、大川周明の「日本精神」、西田幾多郎の「無の場所」は、宗教的・哲学的に帝国主義同化政策の包摂を原理的に形式化することが可能となったのではなかったか。▼探求されるべき問題は、アジアから考えた政治多元主義がいかに、政治多元主義を欠いた文化多元主義(その究極として西欧近代を超克した天皇ファシズム)に縮小していくことになったのかという問いにある。その道筋は決して単純ではないだろう、その答えを'前近代性'に見出した戦後民主主義の丸山真男が明快に呈示したようには...。やはりこの丸山と同じくらい近代の超克はこの事実を知っていたはずである。S(複数性)こそ共同体にとって大切な意義をもっている。だがSSには気をつけようと。だがそれにもかかわらずSSに絡みとられないためにSを求めたのにSSの全体主義にどうしようもなく包摂されていくことになった。▼フロイドはなぜ亡命しなければならなかったのかを問うだけでは十分ではない。日本の文脈においてそれをどう考えていくのか?だれも答えていないように思われる。だから自分の課題としてある。


Since the OPEC oil crisis of early 1970s. Islam has become an all-encompassing scapegoat. Furthermore, the distaste for Islam spans the entire political spectrum where ' for the right, Isalm represents barbarism; for the left, medieval theocracy; for the center, a kind of distasteful exoticism, Said is not setting out to defend the of so-called 'Islamic states' since he is all too aware that in these states there is a great deal of repression, abuse of personal freedoms and a denial of genuine democracy, all of which are legitimated by reference to Islam. Rather, he is at pains to point out that Islam as a religious doctrine needs to be separated from the discourse on Islam, which in both the East and the West is tied up inextricably with the question of power. (' Edward Said' by Bill Ashcroft and Pal Ahluwalia, 1999)

70年代に青山スーパーマーケットでトイレットペーパーを買占めた父は、当惑した子供の私に向かって、深刻な欠乏を経験した戦中生まれならばどうしようもない衝動だからと説明した言葉を覚えているけど、この石油危機のパニックのときから、右からは'野蛮'、左からは'中世神権政治'、中道からは''恐ろしい異界'という調子でスケープゴートとされたのがイスラムだ。現在「聖戦」の非民主主義体制に席巻されたが、「アラブの春」の民主主義の起きた後に、サイードが言う様に「宗教教説イスラム」と「言説イスラム」とは別々に考えて中近東の問題解決を図るのか。或いは、(この著者の本を読んでいないから正確な内容は把握していないが)、従来通りヨーロッパ的な言説の政治を中心に展開して、(イラク戦争以降西欧の攻撃にさらされている)宗教を忘れることは不可能な所まできたと、怒りの身振りで、<帝国>ヨーロッパの戦争に対して、左翼は自らの抵抗戦略を再定義する必要性に迫られているようだ。言論が絶対に覆せぬ権威に対しては暴力が必然的に起きる。東アジアの左翼はこの問題の全体をどう考えるのだろうか?


東アジアの左翼はいかに考えるのか?空爆する<帝国>アメリカの援助要請があれば明日中近東へ行く自衛隊を誰も止められなくなるかもしれないというこのヤバイ2016年 !?私の考えでは、宗教はただ、グローバル資本主義がもたらす動乱から生じる抵抗の形である。そこに介入しなければならない非民主主義的抑圧体制が生じているとしても、この体制のなかにあるかもしれない、グローバル資本主義にたいする人々の抵抗を空爆することになうとしたら、それは避けなければならないとおもう。


権利のない国をつくってしまった、壇上から語るおじさんおばさんの苦労話・自慢話をきいて何が面白いの?税金の無駄だから成人式は必要ありません。ただこれだけでいいでしょう。二十歳になったひと全員にパスポートを支給してあげることです。

クニの外からクニをみるとか相対化するというのは大切なことだと思うのです。クニが及ぼす災難(戦争・原発災害)を耐えるというのではなく、道徳性を徹底する立場ならば、考え方として、暴力・武力のクニの災難から逃げてもいいんだ、クニを裏切って捨ててもいいんだとかんがえることを促したいですね。話を進めますと、渡辺一民氏がよく言っていたのですが、ヨーロッパの知識人というのは自分のクニを選んだりするのがあたりまえなのだけれど(クニがないと選ぶことも含めて)、土に対する執着をもっているのは日本知識人だけなんだと。おそらくこのときクニに死ぬことにたいする執着を言っていたのだとおもいますが、これをきいたとき、ロンドンにいたときにみた第一次大戦で死んだコミュニスト達の共同無名墓地(名前も墓も拒んだ墓地)を思い出しました。たしかにそのときは祖国がない人々が生きた痕跡を見たおもいでした。ロンドンで死ぬことをびくびくしたり鬱になってははだめだなと(笑)
講座「歎異抄の近代」のときは居酒屋で埋葬の形についてずいぶんと話し合ったことを思い出しますが、しかしそうか、人知れず「腐る」という手がありましたか!おそらくそれが一番いいでしょうね。そのときどうかわたしの魂が、肉体が腐る記録を取ってしまうことがないように(笑)。 わたしの理想は、「僕はすでに生を終わったもの、あるいはまだ生を受けてこないたちの間で暮らしている」(クレーの墓碑に刻まれた言葉の一部)です。これならば死んだときというのは生きている現在とあまり変わらないので(爆)、死に大げさな意味をあたえなくていいのかなと


Un philosophe, c'est pas quelqu'un qui contemple, et c'est même pas quelqu'un qui réfléchit. Un philosophe, c'est quelqu'un qui crée.
Gilles Deleuze


ジャーナリズムとはなにか?近代文学は文学と互いにどんな関係をとったのか?

ホーキング、かく語りき?子供が一番尊敬する人はホーキングという時期があったが、ベッカムにかわられてしまうとき、詩のワークショップに来たイギリス人男性にきいた。物理学者もサッカー選手も出版資本とマスコミが作った資本主義的偶像だと言う。こんな覚めた見方をするのは、国民性によるものか、寧ろ19世紀ジャーナリズムが培った懐疑精神によると思う。▼ロンドンの書く詩はジャーナリズム懐疑精神が書く文明批判的詩だった。アメリカの詩人のようには「私」の経験を主張しない。ジョイスの到達した地点からみると、微妙だが貴族上流階級の価値観がみえ隠れするエリオットとパウンドは中途半端におもえるが、文体に凝った彼らに倣う、新聞社説見出しみたいなアイロニーの、だが行き過ぎのない良心の叫びの調子の詩がワークショップで賑わった。▼ジャーナリズムは文学と互いにどんな関係をとったのか?新聞の社説を読む中流読者は同時に漱石小説「明暗」も読んでいたが、これは何を意味していたのか?▼ワークショップではバイロンもどきオリエンタリズムの退廃的夢も意外にも女性からあわれるが少数派。スコットランドの故郷を思う心は理解されない。ヨーロッパの外の内戦・亡命を書いた詩にジャーナリズム的関心が行く。▼当時英語が難しくて近づけないでいたが、新聞付録のおかげで、マルクスの社会意識とフロイト精神分析を以て病める現代イギリスを診断したオーデン(Auden)を読んだ。詩人は神秘的象徴的になるが、カンタベリー大司教R. Williamsが解説文を書いている。ゲイの知識人である権利を確立していると彼らが自慢するだけのことはあると思った。▼最後に、英国ロマン主義の貴族的種は、「敵」のアイルランドが吸収しナショナルアイデンティティーの神話的想像力の源となっているというからややっこしい、否単純なのかも。Bernard ShowやO'Caseyのリアリズムはその解毒剤。両者の折衷がアイルランド演劇のメインストリートを構成することになるという





ミシェル・フーコー
先史学と古生物学とをつきあわせてクロスチェックし研究することで、ひとは人類において「人種」などあったためしはないということを証し立てることが出来る。−〈生-歴史学〉と〈生-政治学〉−


John Cage
私の関心を引くのは規則ではなく規則の変化だ。だから私は自分の藝術をゲームだとは思わない。私は毎回規則を変えたり、あるいは規則を設けないようにしている。それに対してゲームは定められた規則を反復することから成立している。だから実際のところ私にはゲームは関係がない。発明のほうが好きだ。




今回の少女像撤去の問題から明らかになったことは、国家日本が過去に生きた人々一人一人の人間性をいかに踏みにじってきた事実が隠蔽されてしまうという問題だけではありません。▼少女像撤去の問題は、少女像という痕跡を通じて歴史を知ろうとする未来の人々の人間性も踏みにじられるという問題を含みます。▼21世紀精神とは<人は一人でも飢えたらダメなんだ>と<人は一人でも喋る権利が奪われてはならない>を同時に目指す精神ではないかと考えますので、声なき声voiceless voice(s)を可視化することの努力こそ大切なのに、歴史修正主義者たちと日本会議はそれとは正反対の方向のことをしています。▼なんでもかんでもカネが「最終的かつ不可逆的に」モノをいうとかんがえるようになった国にはなんかの感性の進歩があるのでしょうか?
Disgusting ! Prime Minister Shinzō Abe and most members of his Cabinet are affiliated to the openly revisionist organization Nippon Kaigi, that denies the existence of Japanese war crimes, including sexual slavery for the military.



Hebbian theory is a theory in neuroscience that proposes an explanation for the adaptation of neurons in the brain during the learning process. It describes a basic mechanism for synaptic plasticity, where an increase in synaptic efficacy arises from the presynaptic cell's repeated and persistent stimulation of the postsynaptic cell. Introduced by Donald Hebb in his 1949 book The Organization of Behavior, the theory is also called Hebb's rule, Hebb's postulate, and cell assembly theory. Hebb states it as follows:


Let us assume that the persistence or repetition of a reverberatory activity (or "trace") tends to induce lasting cellular changes that add to its stability.… When an axon of cell A is near enough to excite a cell B and repeatedly or persistently takes part in firing it, some growth process or metabolic change takes place in one or both cells such that A '​s efficiency, as one of the cells firing B, is increased.[


2016年とはなにか
総体の問題に直面せざるをえない状況で、非常に複雑な現象に投げ込まれて生きている現実なのですが、しかしながら根本のところは、フランス革命とそれが呈示した普遍主義の理念に関係しないものはひとつもないと考えるようになりました。フランス革命の理念は、<人が一人でも飢えたりしてはならないし>且つ<一人でも喋る権利が奪われてはならない>でした。そこから、19世紀精神は民族と国家が<人は一人でも喋る権利が奪われてはならない>を追求しましたが、資本主義の内部で<人は一人でも飢えたらダメなんだ>を実現しえませんでした。貧富の格差が生じました。20世紀精神は、19世紀精神とは逆に、<人は一人でも飢えたらダメなんだ>を追求する社会主義が現れましたが、国家の内部で<人は一人でも喋る権利が奪われてはならない>が実現できませんでした。現在マルクス主義の平等概念を捨てた社会主義国が言論弾圧のもとに貧富の格差をネオリベ資本主義国と同様に生産しています。さて21世紀精神ですが、ウヨウヨウロウロしワイワイガヤガヤする市民たちが、19世紀と20世紀の経験を生かして、<人は一人でも飢えたらダメなんだ>かつ<人は一人でも喋る権利が奪われてはならない>を同時に目指しているかもしれません。挫折してしまうかもしれません。最悪なのは、<人は一人でも飢えたらダメなんだ>も<人は一人でも喋る権利が奪われてはならない>も否定していく、つまり安倍自民党が「この道しかない」と指さす方向です。正直他の問題は権能というか自分の力も責任も及ばないところがあり諦めている事柄も多々あるのですが、しかし人間の想像力とか良心の問題についてなら考えることができることがあるかもしれません。その場合、人が一人でも飢えたりまた同時に喋る権利が奪われたらその普遍主義はダメである、もはや人間はやっていけなくなるのだというカントがいうような意味の理念があってこそ、想像力と良心が成り立っていくのではないかということを考えています。



「国内」にいるとその国が<外>でどんな戦争をしてどのような問題を起こしてもいてもそれほど気にならないのはなぜだろうか?大英帝国主義時代の失敗があるから公共放送はそういう点は敏感だったとおもうけれども、それでも、国民がスケープゴートにたいする戦争の異常さに気がつくことがそれほどないとしたら、それは彼らが戦争協力をしている国に属しているからだろうか?アンチ・アメリカのイギリスですらそうだったのだから、日本の場合はどうしょうもなくなるかもしれない。わからないが、すくなくとも冒頭に述べたこの疑問をいまからいっしょに考えておくことは無駄ではないと思う


ホントは、時代遅れの無知な水爆実験よりも、必死に隠蔽しようとしている、過去から自分たちの正体を知っている少女像を怖れているんでしょう?

シアン色の領域は、反・新植民地主義の1968年の脱・普遍主義。
灰色の領域は、文化多元主義に沿って展開する'多様性としての普遍主義'。
赤色の領域は、政治多元主義に沿って展開する'多様性としての普遍主義'。

20世紀精神史から21世紀精神史へ

20世紀精神史は証言します。反・新植民地主義の1968年を契機に、<文化多元主義>に沿って展開した'多様性としての普遍主義'は、90年代以降はグローバル資本主義の分割である「帝国」の言説に包摂されてしまったのです。現在普遍主義は<政治多元主義>に託しているといえます。人が一人でも飢えたりまた喋る権利が奪われたらその普遍主義はダメである、人間はやっていけなくなる、と、21世紀精神史は自らの理念について言うことになるのではないでしょうか。





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2006年一月 (1) 言葉と表現と射影のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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