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みんなの「子安宣邦」ブログ

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書評;子安宣邦著、『「大正」を読み直す』(藤原書店)
子安宣邦著、『「大正」を読み直す』(藤原書店) ...続きを見る

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2016/05/08 23:02
子安宣邦著「帝国か民主か -中国と東アジア問題」を読む
レジスタント運動のサルトルのジレンマは、かりにファシズムをやっつけてもそのかわりに資本主義が勝利したらいったい意味があるのだろうかというものでした。このサルトルのジレンマとは逆に、反グローバル資本主義の意思表示であった、2009年ロンドンでのG20開催とサッチャーリズムの労働党に反対した中央銀行前広場の占拠のときは、この占拠によって、労働党の信頼が決定的に失墜し、しかしそのかわりもっと悪いファシズム的な保守党が政権をとるとしたら、意味があるのだろうかなどと占拠の現場で共に話し合ったものですが、こ... ...続きを見る

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2015/05/23 21:54
子安宣邦「仁斎学講義」を読む、朱子学ロゴス中心主義を脱構築的解体すること
1、東アジアの「論語塾」、朱子学ロゴス中心主義を脱構築的解体すること ...続きを見る

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2015/05/18 16:56
亡命するエクリチュール - l'ecriture self-impos 論語塾からの報告 (準備中)
認識学ではとの代替可能性について問うのに対して、倫理学はいかに行動するかを問う道徳行為者にとってのかが問題となる。だから近代・現代世界においてはそれはのスターリニズム・毛沢東主義か、の西欧民主主義か、そうでなければ、子安氏が理念的に構想したの東アジアの共同体である。その鍵が18世紀の徳川日本の「論語」の読みである ...続きを見る

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2014/11/23 14:07
大正という他者 (準備中)
大正論 フーコ・言語の拡散と人間の登場、言語の集中と人間の拡散? 人間の拡散のなかで「人」の問い、ー>幸徳。大杉、小田 言語の拡散と集中 ー>萩原朔太郎のアバンギャルド(言語の集中)から反時代的な漢詩の復活へ。 唯物史観が自己のために読む「資本論」、貧困問題の不在 (ダイアグラム的にフーコ的に分析すると) ...続きを見る

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2014/11/22 01:58
書評; 子安宣邦「中国論」を読んで ー 人類史的に開かれた二十一世紀の精神をかんがえるために
書評; 子安宣邦「中国論」を読んで ー人類史的に開かれた二十一世紀精神をかんがえるために ...続きを見る

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2014/11/14 06:04
グローバル資本主義、国家、帝国、グローバルデモクラシー ー 渡辺一民、柄谷行人、子安宣邦
1,「フランスの誘惑」の渡辺一民は、嘗て航路でニか月かかったが、飛行機などの交通手段・テクノロジーの発達で到達時間が数時間までに短縮されると皮肉にもかえって、'フランス'は消滅してしまったという。これは、国家を国家の内部から内部に即して捉える視点を相対化しようとするポスト構造主義的国家論であったとおもう。 ...続きを見る

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2014/11/06 23:43
方法としての「歎異抄」- 子安宣邦「歎異抄の近代」」(白澤社) の感想文
方法としての「歎異抄」- 子安宣邦「歎異抄の近代」の感想文 (本多敬) ...続きを見る

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2014/08/29 01:39
方法としての絶対他力、方法としての「歎異抄」
講座「歎異抄の近代」について ...続きを見る

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2014/08/05 22:28
愚者も亡命する国家 (1)
運動としての、原初のテクスト ...続きを見る

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2014/08/03 01:58
子安宣邦著「鬼神論」の感想文
茅ヶ崎での投票のついでに両親の家に立ち寄り、子安氏の「鬼神論」(福武書店、1992)を二十年ぶりに読み返してみた。鬼神は、キシン、きじん、、おにがみとも読む。昔はお手上げだったが、今回jは、子安氏の、近代日本における文学の独自の意義を措定し、ここにとどまらずして、更にそれを乗り越えんとした意欲をなんとか理解することができた。(と言っておこう・汗)。 鬼神論といえば、山崎闇斎。嘗て子安氏が東大で師事した倫理学教授(ヘーゲル大論理学の翻訳を行った)と重なる。土人の儀式みたいに、偉そう... ...続きを見る

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2013/07/23 09:19
(2)、(編集中)思想における他者の介入 −言葉を中心としてー
三、子安宣邦著"「アジア」はどう語られてきたかー近代日本のオリエンタリズム"(藤原書店、1993)の感想文 ...続きを見る

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2013/07/19 13:52
(1)、(編集中) 思想における他者の介入 −言葉を中心としてー
1、(工事中) 思想における他者の介入 −言葉を中心としてー ...続きを見る

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2013/07/19 13:52
(3)、(編集中)思想における他者の介入 −言葉を中心としてー
六、「国家と祭祀」 ...続きを見る

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2013/07/19 13:50
子安宣邦氏;「日本思想史」の成立とイスラム世界ー和辻哲郎と大川周明ー(「日本近代思想批判」)の感想文
子安宣邦氏;「日本思想史」の成立とイスラム世界ー和辻哲郎と大川周明ー<「日本近代思想批判、ー国知の成立」(岩波現代文庫、2003年)より>の感想文 ...続きを見る

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2013/07/17 23:59
1、(工事中) 思想における他者の介入 −言葉を中心としてー
1、子安宣邦「思想史家が読む論語ー「学び」の復権」の感想文 − 「論語」と戦後憲法(前文)と ...続きを見る

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2013/07/03 22:56
子安宣邦「思想史家が読む論語ー「学び」の復権」の感想文 − 「論語」と戦後憲法と
子安宣邦「思想史家が読む論語ー「学び」の復権」の感想文 − 「論語」と戦後憲法(前文)と ...続きを見る

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2013/06/12 11:22
子安宣邦「漢字論ー不可避の他者」(岩波書店)の感想文 ー思考と精神が究極的に依拠すべき漢字の普遍主義
子安宣邦「漢字論ー不可避の他者」(岩波書店)の感想文 ー思考と精神が究極的に依拠すべき漢字の普遍主義 ...続きを見る

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2013/06/06 11:35
子安宣邦の論語塾 第一回4月27日 仁斎とは誰か。古義学とは何か。なぜ「論語」注釈は思想革命なのか
http://www.youtube.com/watch?v=1pi2ITzcH8g&feature=share&list=UUSGOwhlK_1LXUQ7qG5GiI4w ...続きを見る

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2013/04/28 21:20
子安宣邦著「日本人はどう中国を語ってきたか」(2012、青土社)の感想文
子安宣邦著「日本人はどう中国を語ってきたか」(2012、青土社) ...続きを見る

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2013/04/06 10:46
子安宣邦著"「江戸思想史講義」(岩波書店)の感想文ー
子安宣邦著"「江戸思想史講義」(岩波書店、1998)の感想文 ー「方法としてのアジア」、「方法としての江戸」、「方法としての知識人」 ...続きを見る

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2013/04/05 03:26
子安宣邦著「日本ナショナリズムの解読」の感想文 ー福沢諭吉、ジョイス、清沢満之
子安宣邦著「日本ナショナリズムの解読」の感想文 ー福沢諭吉、ジョイス、清沢満之 ...続きを見る

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2013/04/03 20:35
子安宣邦著「昭和とは何であったか」(2008年;藤原書店)の感想文
「昭和」とは、戦争する国家が非軍人の人々を巻き込み生活の隅々を監視した時代の名前だ。イラク戦争勃発五年後、「昭和」を問う子安氏が何故三木清から書き始めたのか?敗戦後彼を獄死させた「昭和」は終わっていないからだ。現在国家は再び勝手に領土問題を起こしている。昭和はどう終わらせるのか?,このことを「昭和とは何であったか」を読みながら考えた。 「昭和とは何であったか」の副題は、反哲学的読書論である。可能的に内在的に無限にあるものがふたたび自身の原因となること。反哲学的読書論とは、プラトン的な超... ...続きを見る

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2013/03/31 10:00
 子安宣邦著"「アジア」はどう語られてきたかー近代日本のオリエンタリズム"(1993)の感想文
 子安宣邦著"「アジア」はどう語られてきたかー近代日本のオリエンタリズム"(藤原書店、1993)の感想文 ...続きを見る

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2013/03/29 11:55
子安宣邦著 " 「近代の超克」とは何か"(青土社)の感想文
子安宣邦著 "「近代の超克」とは何か"(青土社)の感想文。 ...続きを見る

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2013/03/27 01:33
子安宣邦著 "和辻倫理学を読むーもう一つの「近代の超克」"の感想文
子安宣邦氏「和辻倫理学を読む」は、言語の拡散と集中というフーコと共有する問題意識から、和辻解釈学を暴き出す。翻訳の新漢語でしかないのに和辻が解釈してみせる<倫理>の語は、十分に拡散していた言葉などではなかった。歴史の古層という装いで彼の倫理学の解釈は倫理学のナショナリズムの一点に集中していく。ただし、和辻の方法としての<倫理学>は、アカデミズムの紹介する為に専ら翻訳する<倫理学>からの思想的自立という課題を持っていたことを無視したらフェアーではないだろう。結果的には、方法としての彼の<倫... ...続きを見る

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2013/03/23 12:12
子安宣邦著「国家と祭祀」の感想文
祀る国家、戦う国家の絶望とはなにか?滅びゆくものから、言葉・音・石・色から、不朽のものを創り出そうとする、その絶望的な試み。形をまとった空間が、時代を超越していくために。ニ十年ごとに繰り返す「再帰する始源の呪縛」がその形態のひとつに過ぎない。 さて明治を総括すると、祀る国家、戦う国家であった。靖国神社は近代において発明された戦争機械の一つである。だから<諸君の大地を掘り起こすと古代から靖国が現れるぞ>は、贋の文化概念である。ところがこの戦争機械を近代以前のものと思い込まされたら最後、... ...続きを見る

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2013/03/18 17:18
6・22は転換点、即ち、市民的介入が始まる最初の日です。 思想史の小安宣邦氏共に歩いたデモの現場です
<小さな人間>の力が <大きな人間>の過ちを正す。 それがデモクラシー。 <われ=われ>が正せば、今日よりよい明日が必ずきます。 6・22は転換点、即ち、市民的介入が始まる最初の日です。 思想史の小安宣邦氏と共に歩いたデモの現場です ...続きを見る

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2012/06/25 06:06
WHAT IS the 3・11 ? by Nobukuni Koyasu
WHAT IS the 3・11 ? ...続きを見る

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2012/03/09 09:28

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