子安宣邦著「日本人はどう中国を語ってきたか」(2012.青土社)



天安門広場事件から簒奪された「事件性」を取りもどすこと、今日神話的に内側に絡み取られてしまった言説から、批評にもとづくリアルな歴史を取り戻すために、子安宣邦氏は、本書「日本人はどう中国を論じたか」を書いたのではないだろうか。「日本人はどう中国を論じてきたか」という問いとは、なによりも、「われわれはどう他者を語ってきたか」という開かれた問題提起と等価ではないかと私は考える。
ところで神話的な語りというのは、対象を対象の内部から対象に即してみる<語り>に立脚する。本書のなかで日本における中国学の視野を分析している箇所が大変示唆的である。そこで、中国学が、いかに中国を中国の内部から中国に即してみる言説として自ら完成していくのかという知の歴史が、説得力をもって描き出されている。たとえば、日本における中国学の内部で、「内なる天皇」に対応するが如き「内なる中国」というオリエンタリズム的幻想が誕生していくプロセスがよく理解できた。驚いたことは、今日中国のアカデミズムが、この最近の日本の中国学を取り込んでいるというのだ。
なぜ今日日本の知識人たちが、命を脅かされている2010年ノーベル平和賞受賞者劉暁波をはっきりと支援できないのか?オリエンタリズム的言説と知識人のあり方、この両者は、「日本人が中国をどう論じてきたか」において、互いに切り離せない関係にあるだろう。本書を読み終えたとき、なぜ日本の知識人たちが命を脅かされている劉暁波を見捨てるのかその理由の核心が、それまでこの問題を無知であったこの私にも非常によく理解することができたのであった。
現代の中国を語るとき、「官僚制資本主義」を語る視点が欠かせない。端的に「官僚制資本主義」とは、<アジア的原始共同体>と<専制政治>から成る体制として定義できるが、神話的な語りは、この両者が、孫文と毛沢東によって、あたかもすでに克服されて終わったかのように語ってきた。いつでもわれわれが生きている現在の姿というのは、神話的な語りによって、過去との連続性に位置づけられるものだ。中国も然り。しかし神話が終わったところから、天安門広場の占拠が始まったのである。天安門事件広場での抗議は、連続性の夢からわれわれを覚醒させようとしたのである。つまり、現実には、<アジア的原始共同体>と<専制政治>は解決済みのものではなかったことを一人ひとりが自発的に世界に知らせようとしたのだ。そして、これこそが、事件性と呼ぶに値する、批評性と関係した言論活動にほかならない。
言論の場で子安氏が繰り返し訴えてきたように、事件性とは、小さな人間の声が、大きな人間を糾す<喋る>民主主義の語りのことである。この点に関して、<かれら>の官僚的資本主義の問題といえ、<われわれ>の原発問題といえ、構造が齎したの問題の解決を、再びそれを推進した政治的経済的文化権力的一体的構造に委ねることは不可能であるしまた倫理的にも許されないものだ。こうして、「日本人はどう中国を論じたか」という問いとは、なによりも、「われわれはどう他者を語ってきたか」「われわれは依拠すべき他者との関係をどのようにつくっていくかと」いう開かれた問題提起として、与えられてくるのである。


以下、子安宣邦「日本人は中国をどう語ってきたか」のあとがきより

私の「中国論を読む」ことの動機をめぐってさらにいえば、現在なお中国の獄中にいる2010年のノーベル平和賞の受賞者劉暁波の支援の問題があった。劉暁波に対する私たちの支援は日本ではまったく孤立している。日本の既存の中国研究者で劉を批判するものは数多くいても、彼を支援しようとするものは殆どいないということは、私にとって驚きであり、考え込まされる事態であった。なぜなのか。この懐疑が私を戦後日本における中国観の見直しに向かわせたのである。さらにいえば、現代において全く批判的、思想的機能も意味をも失ったかのような日本のアジア主義、あるいは中国主義というアジア・中国への<肩入れ>とはいったい何であったのか、という問いもまた私に「中国論を読む」ことを促した理由でもあった。

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