フランシス・ベーコン展の感想



今日、竹橋の美術館でやっているフランシス・ベーコン展へいった。17歳のとき、ダブリンの街頭で野良犬の小便する姿をみて芸術上の啓示をえたとベーコンは綴っていた。かれの絵をみると、ゴシック教会の化物を思い起こす。ベーコンは、死んだ動物の姿をした、死者を祀っているのだろうか?但し靖国の如く国家が死者を祀る特権的なやり方ではないだろう。国家の側が救済というナショナリズムで人々を序列化していく。国家のために殺した者に救済が与えられるというふうに。仮にベーコンが死を儀式化している表現をもつとしても、死後どこへ行くのかを読み取ろうとしても無駄。死者はそもそも遠くからくるのではない。死者は生者の近傍に生きている。それは街頭を通過していく野良犬の影かもしれない。我々は死者と共に天を感じるだけだ

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