グローバル資本主義、国家、帝国、グローバルデモクラシー ー 渡辺一民、柄谷行人、子安宣邦

1,「フランスの誘惑」の渡辺一民は、嘗て航路でニか月かかったが、飛行機などの交通手段・テクノロジーの発達で到達時間が数時間までに短縮されると皮肉にもかえって、'フランス'は消滅してしまったという。これは、国家を国家の内部から内部に即して捉える視点を相対化しようとするポスト構造主義的国家論であったとおもう。

2,国家をどう語るかという問題についても、渡辺氏は、できるだけ外部の視点からとらえようとした。パリ留学の日本人の例をあげながら、あらかじめ母国に帰還することが予定されていた程度の故郷喪失者であるかぎり、知識人に国家の問題はなかった。30年代に入り、戦争をはじめた国家の事情によって強制的に帰還させらた知識人だけが、国家とはなにかという問題を取り扱うことになった。

3. 渡辺氏は、ポスト構造主義的な立場から、'普遍主義'の概念を内部に絡み取られる危険な言説と考えたのは当然であった。しかし'知識人'という言葉は大事にした。だから理性が存在しない戦争中は、知識人の問題は存在しない。知識人が問われるのはただ戦前のファシズムの時代においてんあおである。林達夫などの知識人に言及しながら、アイロニーによって、国家の全体主義の反対側に脱出する抵抗を考えた。

4,この点について、渡辺氏はファシズムの問題にも外部の視点を徹底させたといえよう。例えば、ワイマールからナチスへの転移は、(ワイマール体制はいわば150年遅れた仏革命に対応するとした上で)、極端に短い期間に凝縮された革命史の混乱ー全体主義を民主主義と言い民主主義を全体主義と言うーと考えた。だからこそ知識人のメビウス環的なアイロニーの抵抗が有効になると考えていたのではないだろうか。(現在この視点は中国問題に適用できるだろうか)

5, 「二十世紀精神」と渡辺氏がよぶものの最大の問題は、ヒトラーとスターリンの大同団結である。知識人に影響力をもつ共産党が従うと、統一戦線が崩壊してしまった。ファシズムへの言論の抵抗は、労働を称える党神話の無意味さを自らの肉体労働の経験で考えていた思想家が行った。68年の近代の'普遍主義'の批判的見直しはすでに、ほかならない、ヴェーユから始まるのである。

6、渡辺氏の「二十世紀精神」は、全体主義に抵抗したが、結局ともにスターリンの一国社会主義に挫折させられてしまう人民戦線、またはスペイン市民戦争におけるインターナショナルなボランティアの市民たちの連帯に、グローバル・デモクラシーの書記言語的原点をみた。20世紀の端緒は、19世紀のデモクラシーの時代を継承している。「二十世紀精神」が、1894年のドレフェス事件から語りはじめるのは、この理由からだけではない。なんでもかんでもカネが支配する19世紀終わりと、21世紀の、1990年代から台頭してきたネオリベのグローバルに抵抗するグローバル・デモクラシーの21世紀とが重なり合うからである。「二十世紀精神」は、カネの疎外の支配から自由になっていく絶対知すなわち絶対精神ーマルクスがヘーゲルから発展させたーを示唆していること明らかであろう。精神という語に、グローバル資本主義とグローバルデモクラシーの対立が含まれている19世紀と21世紀との類似性について、「世界精神マルクス」のアタリはいう。

7、マルクスの生涯を追ってみれば、さまざまな矛盾のなかで育まれる異常な運命が生み出す極端な現実状況が理解できるだろう。第一に、かれが過ごした世紀が驚くほどわれわれの世紀と似ているからだ。今日同様、世界は人口的にみるとアジア優勢で、経済的にはアングロ=サクソン優勢であった。今日同様、民主主義と市場が地球を侵略しつつあった。今日同様、技術がエネルギーや素材の生産、コミュニケーション、芸術、イデオロギーを革命化し、労働に伴う苦痛も、驚くほどの軽減を告げていた。今日同様、市場がかつてない成長の波に入る直前にあり、その矛盾が絶頂期にあったかどうかを知るものなどどこにもいなかった。今日同様、もっとも力のあるものと、もっとも貧しいものとの不平等もひどい状態であった。今日同様、しばしば暴力的で、さらに絶望的な圧力グループが、市場のグローバリゼーション、民主主義の勃興、宗教の世俗化と対立していた。今日同様、人々は、貧困、疎外、苦痛から人間を解放することより、別の友愛的世界の中に希望を託していた。今日同様、人々を必然的に友愛的世界に導く道をみつけたという名誉をめぐって、多くの作家や政治家が言い争っていた。今日同様、勇気ある人々、とりわけマルクスのようなジャーナリストが、演説の自由、執筆の自由、思考の自由のために命を落としていた。最後に、今日同様、資本主義がわがもの顔に支配し、至る所で労賃に重石をかけ、ヨーロッパの国民国家にあわせて、世界組織を作ろうとしていた。マルクスは最初の「グローバル」な思想家であり、「世界精神」をもった人物である。とりわけ資本主義の中にそれ以前の疎外からの解放の世界を、彼が見ていたことがわかる。

8、21世紀の地球の座標は、互いに不断の闘争状態にある4つの基底(原理)をもってる。すなわち、グローバル資本主義と帝国と国家とグローバルデモクラシー。恐らくその一つの基底が他の基底を征服して21世紀の地球を独占することはないかもしれない。この4つの基底がともに構成するベクトルが、21世紀の地球を決定することになるのではないだろうか? 説明していくと、二十一世紀は基本的には、グローバル資本主義とグローバルデモクラシーの間の対立が基本にある。この間の対立を調整するのが、国家とか帝国(EU,ロシア、アメリカ、中国)だというふうにかんがえている。一九九〇年代以降世界で起きている動乱で、グローバル資本主義に関係がないものはひとつもなく、したがって全部グローバルデモクラシーに関係あるものであろう。デモクラシーを訴えている人々は、時代遅れにも、民族主義と烙印をおされているだけだ。あるいはそう呼ばれているから効果を狙ってそのようにふるまっているだけである。具体的に言うと、国境を超えたデモクラシーとデモクラシーの連帯は、スコットランドの国民投票の影響をみていくことができよう。もっと近いところでは、台湾と香港の動きがある。どちらも(マルクス主義の平等理念を捨てさった)コミュニズムが強いてくる市場万能主義にたいする抵抗運動として捉えることができる。これらが民主主義の問題に発展していくのか、天安門事件の課題に向かって大きな流れをつくっていけるのかどうか注目している。一方、帝国の側は、(文革とはちがう)グローバルデモクラシーに対抗すべく、権威的な新儒教とかの普及を世界規模で国策的に展開している。日本の場合は、外部で起きているグローバルデモクラシーにかんする報道を十分に行わなければ、それはマスコミの信頼を失っていくことになるだろう。また、安倍を起点とした集団的自衛権とTPPと愛国心の言説が、なにをしたいのか曖昧なのであるが、デモクラシーの側に抵抗の運動がなければ、あるいはあっても国際的な連帯もなく一国的に孤立していれば、おそらく、確実に、アメリカの帝国の内部にむかってぐいぐいと引き寄せれていくだけの、知性もなんの感性もない、閉じた未来しかないであろう。これも帝国のイデオロギーを構成するものだ、とわたしはかんがえる。 緊急の問題としては、日本と韓国の間に可能性としてグローバルデモクラシーがあるのだと信じなければ、人々は民族主義的対立を煽る両方の政府(+歴史修正主義)に引き込まれていくばかりである。結局日韓のエスタブリッシュメントはともにネオリベであるから、このことをかんがえて改めて事態をみると、この両者は、国民の政府批判(経済政策)を避けるために、民族主義的対立を互いに利用しているのではないだろうか。両国の間に平和的な人間交際をつくっていくためには、もはや国家がなにもしてくれなければ、人々はなにができるか?この点について日本人に誤解があるのは、帝国がグローバル資本主義を抑えこむという幻想である。今年から柄谷は帝国をはっきりと正当化する言説すら展開しはじめた。しかしEUも中国も、内部は、まったくのフリーマーケットであることに注意しなければならない。つまりグローバル資本主義に抵抗するのは、帝国ではなく、オキュパイ運動以降の(イラク反戦もふくめた) グローバルデモクラシーなのである。

9、柄谷行人は、グローバル資本主義の問題を考える上で、民族と国家の問題を知るべきだという。「資本論」の限界はなにであったか?それは資本の問題だけを論じていて、民族と国家の関係を捉えていなかった点にあると見抜いた。しかしそこから柄谷は、青年マルクスの民族と国家の関係を論じたテクスト(例、「経哲草稿」)に向うことはない。ここで柄谷は唯一のテクストとして「資本論」に依るとはっきりいう。この「資本論」に明白な記述がなくとも、文と文の余白から、民族と国家についての記述を読み出すことができたとすら彼は言い切るのだ。「資本論」を前にすると、日本知識人たちはなにか絶対的な存在の前に出たというようになるが、柄谷もそうである。しかし21世紀グローバル資本主義の問題を有効に解決できなかったテクスト(「資本論」)の問題を解決するために、再びそのテクストに委ねていくことはいかにして可能なのだろうか?テクストに書かれていないことは書かれていないのである。書かれていないときに書かれているとするのはなぜか?つまりそれは、書かれていない...ことと書かれていることを同一化しているからだ。あるいは、同一化の無意味さを隠蔽するような言説が機能しているではないか。
さて柄谷のこのような<唯一のテクスト>の問題は、<唯一の空間>を構成する言説の問題に顕著にあらわれてくることはけっして見逃すことはできない。柄谷は、「天命=民意」なければ分割なし、つまり自由民主主義的な体制はゆるされない、と主張する。この言葉は、国家の中の国家をみとめることはできぬという19世紀的国家主義の言葉でないとしたら、グローバル資本主義を解決するためにオキュパイ運動のようなグローバルデモクラシーがあらわれてきたことを理解できていない思想家の言葉である。それは帝国デモクラシーとよぶべき危険な言説を構成しはじめている。柄谷が擁護する<唯一の空間>こそは、グローバル資本主義を推進してきた、したがってグローバルデモクラシーを抑圧してきた構造なのである。そしてこの<唯一の空間>の問題を解決するためには、再びこの<唯一の空間>に委ねていくことは不可能だし倫理的にも許されないと私はかんがえる。だから柄谷に問おう。すなわち、デモクラシ一は存在していないときに存在していないのである。デモクラシ一は存在していないときに存在しているとするのはなぜなのか?言い換えれば、デモクラシ一は存在していないときに、「天命=民意」として存在しているとするのはなぜなのか?柄谷は<唯一のテクスト>のときと同じ幻想に絡み取られていることが容易にみてとれる。つまりそれは、柄谷において、存在していないことと、存在していることが同一化されているからだ。あるいは、繰り返しを恐れずにいうならば、同一化することの無意味さを隠蔽しているという言説のあり方が思想史においてわれわれが取り組むべき問題となってきたのである。

10、子安的なグローバルデモクラシーは、<精神の市民社会>(マルクス的に、ラディカルであるとは、事柄を根本において把握することである。だが、人間にとっての根本は、人間自身である)、<語る民主主義> (小田実的に、小さな人間が大きな人間をただすこと)、<脱民衆史> (国家に囲まれただけの人々に、あたかも果たせなかった真の近代を実現できるとするユートピアの主体性を読みださないこと)、から成り立つ。
それにたいして柄谷的な「帝国」デモクラシーは、<交換の市民社会> (なんでもかんでも交換が支配するとみなす視点)、<選ぶ民主主義> ('学生と貧困層は帝国の「民主」に干渉するな')、<ポストコロニアリズム、高度に次元で回復した民衆史> (民族の語彙で国家に囲まれた人々をユートピア化・実体化する言説。過大評価と過小評価の間を揺れるが、近代が自らの'優越性'を正当化するために対抗的に捏造した'劣等性'の言説)、である。

11、思想史というものは、認識学と倫理学と倫理学がいかに互いに影響し合いながら発展していったかをみていく学だと言い切ってもそれほど間違いではないだろうとおもう。たとえば、ロールズの公正の正義論は、功利主義批判のときに必要なウィットゲンシュタイン的認識(批判)論をもっている。ウィットゲンシュタイン的認識(批判)論は、アートを定義するか(そもそも定義は不可能であるのか)をめぐる表象批判の論争を導いた。(実際にロンドンのテートのワークショップではこれにもとづいて展開されていたのを覚えています)。この英米系現代芸術論に反論していくのがまさにフランスのポスト構造主義であった、というふうに思想史の時間軸に沿って考えることができる。思想史という名の<他と干渉し合う>プロセスを観察するということを意味している。思想史は方法論的な自覚をもっている。日本思想史の場合は、ポスト構造主義の他に、カルチュアルスタディーズ、ポストコロニアリズムに規定されながら顕著な批判精神を発揮してきた。「方法としての日本思想史」は、自らを相対化するほどの批評性を自負した言葉かもしれない。が、今日敏感な知性からは、ついに日本思想史から「日本」の語を取り去らなけれなならないと嘆く声がきかれるようになった。つまり「日本」は危険なナショナリズム的な方向づけを包摂するに至ったが、このベクトルの基底のひとつに安丸良夫の民衆史的日本思想論があり、これはまさしく子安氏が批判するものである。<方法としての思想史>としては、自らを再定義することは起きない、安丸の民衆史の問題については後で詳しく触れよう。さてポスト構造主義の知識人は、あとにエコロジー的視点を得て、(地球環境を成り立たせなくしてしまうほどの永遠の成長の夢にかられた)資本主義の暴力的ともいえるほどの「発展」の必然性を分析していった。この点に関して、嘗てポスト構造主義の論客であったにもかかわらず、現在の柄谷の「帝国」論には、資本主義の必然性の分析が欠落しているという印象をもつ。21世紀のグローバル資本主義から起きてくる必然的な動乱を全部、'民族主義'という19世紀的語彙で枠づけてしまうからだ。「帝国」論を読むと、ポストモダニズムの言説からマオイズムにたいするノスタルジーを構成するというというポストモダンのモダニズム的言説に並行して、(中心と周辺に、亜周辺を新たに付け加えただけの)構造的に捉えた天皇的民衆像をアジアに投射しているだけ?)。なににであれ、ナショナリズムを超えると期待される?、この代表的な日本知識人の'普遍主義'の言説は、しかし、その環境として民衆史からの規定をもつかぎり初めから大きな限界があるのではないだろうか。ポスト構造主義は、日本においては、(批評精神を失った) 80年代・90年代のポストモダニズム的消費社会論の内部に絡み取られていった。ポスト構造主義の武器であった(反)精神分析+フェミニズムは、民衆史のヴァリエーションであるポストコロニアリズムのナショナルな言説の方へに移動させられていったのである。ただ、ポスト構造主義は、文化資本の中に消滅しきったわけではない。この<啓蒙的主体>批判の言説は、80年代に新たにフーコによって言いだされたカント的主体論によってまだ持続しているといえよう。これは(一度死にきった)市民社会論の再構成を意味しているのではないかというのが私の意見である。実際にフーコは啓蒙を批判した啓蒙主義者という側面がある。この点について安丸は自分とフーコとの違いを説明している。かれによると、決定的なのは、フーコには民衆意識が重要ではないという点です。

「フーコがとりわけ注目するのは権力だが、その場合の権力とは国家権力ではなく、人間が主体化されるさまざまの様式の中に働いている技術であること、それは真実や愛や人間性さえもつくり出していること、およそこうした次元の方がフーコの主題であって、近代の学問や知の自明的な前提や思い込みへの原理的な批判を提示するところにフーコの立場がある。フーコは、史料にもとづく具体的な分析をしているようにみえて、こうした原理的抽象レベルがフーコの主題であるために、歴史家の関心とは大きく異なった方向で論じられているといわなければならない」

「たとえば近世後期に国体論が急速に大きなイデオロギー的役割を果たすようになって、維新変革が幼い天皇の権威を前面に押し立てて遂行されたことの根拠や、1920年代なかば以降に国体論イデオロギーが重大な意味をもつようになった背景には、権力構造と政治過程に即した分析だけでは説明しきれなだろう。平常は殆ど意識化されないような社会の構成原理が危機的な状況のもとでゃ浮上してくるかもしれないし、国家の正当性原理とそのコスモロジー的根拠づけのなかにも複雑な葛藤があって、危機的な状況のなかではそうした諸契機が思いがけないような意味をもつようになって、権力構造の規定要因なるかもしれない。日常的に存在している生身の天皇とそれを取り囲む人間関係や諸勢力、憲法や法律に規定された、それ自身大きな矛盾を孕んだ権力規定としての天皇制、天皇制をとり囲みそれを支えているイデオロギーとコスモロジーとしての国体論、またその例外状況での特殊な役割、民衆意識に根を降ろしている権威崇拝や神観念'」

ここでいわれていることは、結局フーコは民衆意識にはかかわりがない、ということである。そしてここで、安丸の民衆史は、フーコが依拠する観念的構成にしたがうことはできないとするということだ。では安丸の「民衆意識」とはなにか?かれはこう語る。

「「民衆」や「大衆」とは私たちの生きる世界の全体性を眺めるさいの方法概念なのであり、そうした方法概念とそこの固有の立場性なしには、私たちは有意味な認識ができないのだろうと考える。正直な話、私たちは誰も自分は民衆について、たとえば日本のそれについて、よく知っているとのべることはできないとおもう。私たちが知っていると思い込んでいるものは、そこになんらかの内実があるとしても、それはきわめて限定された視覚と素材からのことにすぎない。しかしそれだからといって、自分が十分には理解し得ていないそうした大問題に言及しないのが知的に繊細で洗練されているとか誠実だとかというわけではない。私たちが私たちの生きる世界に向き合って生きようとする限り、この世界の全体性を民衆の生活を介して表象しようとする努力を止められるはうがない、と私はおもう。」

われわれの外部にある他者が、われわれが誰なのかを見てきたのである。つまり、われわれは誰であるかという知は、人類史的な外部の視点なくしては定立できない普遍主義的な知なのである。具体的にいうと、東アジアの民族主義的対立という現状をいったいだれが望んだのだろうかとかんがえたときに、ポストコロニアルな民衆史的日本思想は、民族のほかになにも知らない。この点にかんして、子安氏が指摘するように、「われわれアジア市民はそれを望んだりはしない。国内危機を国際危機に転化させていったそれぞれの国家権力の担い手たちが望んだことだろう」というのが本当ではないだろうか?つまり、ここれいわれるのは、「われわれアジア市民」というカント的主体の構成の必要性のことである。ポストコロニアルな民衆史的日本思想は、人類史的な「われわれアジア市民」を、「民衆意識」によって根拠づけられなければ意味がない「大きなイデオロギー的役割」とみなすかもしれない。だが大切なのは、われわれアジア市民」という理念性を介在させなければ、われわれ自身が立ち行かなくなるということではないか。小さな人間たちが自らの問題に向かって大きな人間をただすときはじめて、「私たち」は自らのおかれた「現実」を相対化していくものなのではないか。それが「私たち」の歴史だったのではなかったか?そうしてつまり思想史の中心にあるのは、「民衆」でも人民でもない。中心にあるのは、グローバルデモクラシーとともにある普遍主義的な「知る」主体であるとわたしはかんがえる。



12、最後に、グローバル資本主義、国家、帝国、グローバルデモクラシーについて図式的に整理しておくと、


・グローバル資本主義 ー <投射>

主体として、投射の翻訳不可能な多言語的機能
客体として、未定義の余白をつくりだしていく、間隙を切断していく思考のスクリーン
主客統一としての貨幣ー商品世界、<われわれはだれでもないという非アイデンティティーの非政治化>


・国家 ー <境界>

近づくと消滅し、遠ざかると(排除されると) 現れる

・帝国 ー <包摂>

一に還元されていく一的多様体

・グローバル・デモクラシー

国家にたいする抵抗としては、<多孔性>
グローバル資本主義にたいする抵抗としては、<われわれはだれかというアイデンティティーの政治>

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